47話 海戦 ②
あらかた敵の首級を狩りつくしたかな? という頃。
そろそろアスピドケロンの相手をしに行こうかと話していたら、まだ行っていない方面から、覚えのある魔力の気配がした。
...タラッサだ。
「すまん、師匠の敵が向こうにいるみたいだ。ちょっと行ってくるわ」
「わかったある。ワタシたちはカメの所に行くあるが、ベニッピーはそのまま王様の所に向かっていいあるよ」
「僕はカメと相性悪すぎるから、一旦抜けるよ」
「そうね。ジゼルの護衛についてあげるといいわ」
「ワシは、姿の見えないセパルでも探しにいこうかの。安心せい、絶対に気取られぬ」
俺たちは頷きあうと、四方に散開した。
ヤツの気配に向かって泳ぎながら、上半身だけ人化する。下半身は、その大きさに見合ったサイズの、魚のままで。
いわゆる人魚だ。ちゃんと服は着てるぜ。
水中で武器を手にして動き回るには、この形態が一番適しているのだ。
手に如意棒を出現させ、一言命じた。
「伸びるな、如意棒」
棒はプルッと震えると、長さを固定してくれた。
―――タラッサとは、ヘクターさんから継いだ棒術で普通に戦う。
目の前で逃がした時から、決めていたことだ。
やっと、機会が巡ってきた。
……居た。
以前よりも、覇気が無い。
溢れる自信はみる影も失せ、槍を持ち、キョロキョロと何かに怯えているようだ。
「おい、タラッサ。久しぶりだな」
ヒョイと声をかけると、ビクリとこちらを振り向いた。
俺を見て、目に浮かぶ恐怖の色がひと際濃くなる。
「今日は、階級が高そうなヤツも捕らえなくていいんだ。嬉しいよ、そんな時にお前と会えて」
心の底から、ニコリと微笑みかけてしまった。
...いかんな、もう少し内心を隠すべきだな。
「て、てめぇ...っ! 貴様のせいで、全てが...っ!
くそ、死ねぇぇっっ!!」
口汚く罵りながら、銀の槍を繰り出してくるタラッサ。
うん。キレはあまり良くないが、技量は衰えていないな。無いのは覇気だけか。
俺は棒で槍の穂先を跳ね上げ、そのまま兜に向かって先端を振り下ろした。
真っ二つに割れ、ゆっくりと沈んでいく兜。
彼女はさすがにそんな事には頓着せず、続けて素早く突き・払いを放ってきたが、その全てを如意棒で受け流す。
そうして何度か棒と槍を重ねていたせいか、ぼんやりと、槍から過去の映像が読み取れた。
...なるほどな。
ヘクターさんは、城の文官たちが場外へ逃げ出す時間を稼ぐため、大量の敵兵とタラッサ・ラリッサを一人で無理して引き留めていたんだ。
長時間は持たないような無茶な戦い方で、とにかく指揮官二人だけでも、絶対に部屋の外に出さないように。
―――そのお陰で今、ヴォルカの中枢は万全に機能しているよ。
助けた文官の中には、ジゼルを中心とした、次世代の担い手たちも居たのだから。
「もうそろそろいいか。お前には恨みは無いんだが...災難だったな。俺を恨んでもいいぞ」
そう言って、攻撃に転じた。
棒というのは、剣のように切り裂くものでも、槍のように穿つものでもない。打ち付けるものだ。
武器には珍しく、刃物がついていないタイプなだけあって、相手をあまり傷つけずに制圧する事に向いている。
だが逆に、相手の命を奪う場合…特に、苦しませずに一瞬で、というやり方が難しい武器だとも言えるのだ。
それを為すためには、急所を熟知した上での高い技量が必要になる。
...どうしようかな。
タラッサを冷静に観察する。
一応、俺の攻撃を全てなんとか受け流しているが、防御と回避で手一杯のようだ。
すでに鎧は何ヵ所も砕け、槍にもヒビが入ってきている。
―――そうだ。
「悪いが、実験台になってくれ」
「なっ...ん、だとっ!?」
棒術っぽくはないが、試してみたい事があるのだ。
タラッサは、俺が変な構えをしたので警戒した。
自分でも笑ってしまう。
これではまるで、居合だ。手にするは、刃物の無い普通の棒。
驚愕に目を見開き、青ざめる彼女の右の胴から左肩へと、全力で如意棒を振りぬいた。
防ごうと突き出された槍を、いとも容易くへし折り―――そのまま、確かな手ごたえ。
二つに分かたれたタラッサは、最後に化け物を見るような目で俺を見ながら、水底に沈んでいった。
「うーん。やっぱり棒で切るもんじゃないな。
無茶な使い方して悪かったよ、如意棒。もう伸びていいぞ」
グインと柔らかく伸びて曲がり、ペシぺシと頭を叩いてくる如意棒を宥めながら、ガルの元を目指した。
◇
ハンフリーは、ルイス一人に足止めをくらっていた。足止めをしていた、とも言える。
ベニッピー達のように、頭狩りをして回る予定だったが、こればかりは仕方ない。
彼らの邪魔をさせないためにも、実力のありそうなコイツに動かれては困るからだ。
互いに、得物は剣だ。どちらも、戦いやすいように現在は人化している。
そして奇しくも、同じ「兵士長」という立場である。もっとも、当人たちは知らないのだが。
「早く帰ってくんねぇかねェ。こっちから出向いて、てめーらの所に攻め込んだりはしてねぇっつーのに」
「残念ながら、拠点を消されたからにはここを攻め落とすまで帰れなくなったぞ。自業自得だな」
軽口を叩きながらも、常に位置を変えて動き回っている。
一瞬たりとも油断はしていない。
ハンフリーが鋭く横に薙いだ剣先を、身体を反らして回避し、そのままガラ空きの胴を目掛けて攻撃を繰り出すルイス。
これを身を捻って躱し、今度は上から振り下ろすように叩きつけられたハンフリーの攻撃を、剣を両手に持ち替えたルイスが横から真向に受け止める。
どちらかというとハンフリーが攻撃型、ルイスが防御型なのだが、実力が拮抗している為なかなか勝負がつかない。
周囲ではエーギルの兵士たちが息を呑んで見守っている。近づいても上官の邪魔になるだけなので、助太刀には入れないのだ。
「チッ。厄介だな、ヒトデは。柔軟性と対応力だけは流石だぜ」
「お褒めに預かりどうも。...こちらも、おまえの相手をしているのが私でよかったと、ひしひしと感じているところだ」
ルイスは本当にそう思っていた。
エーギルの兵の中では彼が一番、防御において優れている。そんな自分が守り・回避に手一杯なのだから、相手の攻撃力の高さが窺える。
―――そのように、ハンフリーに掛かりきりになっていたルイスであったから、周囲の――自分に準じる位階の指揮官たちが次々と密かに屠られている事態に気付くのが、大幅に遅れてしまったのだ。
◇
ヴォルカの兵団を率いたエドワールは、サメ軍団を相手に手こずっていた。
当初の想定以上に、数が多かったのだ。その上どうやったものか、普段の嫌がらせの時とは彼らの動きがまるで違う。
―――サメの種族ごとに、連携がとれている。
こちらの集団をアオザメに分断され、少人数の塊になったところをヨシキリザメに包囲され、背中合わせで警戒しているとホホジロザメの突撃を受け、その一瞬の隙にイタチザメに止めを刺される。
それでも、相手は武器を持っていない。
現に今、熟練の兵士たちは何の問題も無く各自で着々とサメの数を減らしていっているのだが...。
「き、聞いてないです、副兵士長っ!」
「サ、サメがこんな動きをっ...!?」
今回の侵攻に合わせて増やされた新米兵士。
まだ慣れない彼らは、まんまと敵の思惑に嵌まってしまっている。
「落ち着け! 動きが洗練されていても、サメはサメ。我らの敵ではない!」
声を張り上げながら、率先してサメの連携を崩していくエド。
彼が槍を振るう度に、急所を突かれたサメたちが沈んでいく。
それを見て、若い兵士たちにも少しの余裕が生じる。
だがエドは内心、自分の不甲斐なさに舌打ちしていた。
市民に危害を加えさせないため、速やかにサメを追い払う。それが完了し次第、エーギル兵との戦闘に移行する。
その陣頭指揮を執るのが、彼の役目であった。
こんなところでモタついている場合ではないというのに。
―――救いだったのは、彼の上官や王、ベニッピーが海面付近で奇襲をかけてくれている事で、まだ一人も、敵一般兵たちがサメに交じってきていない点だ。
それまでに、片付けなければならない。
「もう一度言う! サメごとき、我らの敵に非ず!
王御自ら、最前線にて敵襲を食い止めてくださっているのだぞ!
それに、昨日応援に来てくれた少女さえ、今、前線に居るのだ!
兵が市民を守るのは当然。恥を晒してはならぬ!!」
エドが本気で激励すると、幸運にも、士気が急上昇した。
「お―――うおおおぉぉぉっっっ!!!」
「そうだ! 駆逐してやる、この世から! 一刻も早く……っ!」
「違ぇよ、追い払うんだよ! 何か変な影響受けてないか、おまえ...」
こうして、新兵も全員一丸となって反撃に出た―――。
アオザメ: 全長 約3.2m。 時速 35㎞ 以上。
ヨシキリザメ: 〃 3.3m。 狩りの際は、集団で獲物を囲む。フカヒレ。
ホホジロザメ: 〃 デカい。 賢い。ヤバい。『ジョーズ』のサメ。
イタチザメ: 〃 3.5m。 なんでも食べる。だから危険。




