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金魚戦記  作者: 悠布
2章 家書万金
46/92

46話 海戦 ①

「―――来た」


 敵到達予想日の朝。

 俺は一人で、偵察のために上空に浮かんでいた。

 視界の端に接近してくる島影を捉え、手に持つ通信魔石に魔力を送る。


 これで、海底にも伝わっただろう。

 では。予定通り、一応警告を発するとしよう。


 

 浮島のような巨カメ(アスピドケロン)の所までフヨフヨと飛んで行って、その前方に、海水で作った水壁を出現させる。

 それを受け、緩やかに進行を停止するカメ。

 背に乗っているであろう敵に向かって、声をかける。


「ここはもう、ヴォルカの領海だ。武装した兵を送り込むとは、ひょっとしなくても敵意があるんだな?

 今すぐに、大人しく引き返せ。さもなくば、攻撃する」


 こんな感じだったっけ、警告って。

 威厳のカケラも無いセリフだが、仕方ない。


 すると、島の中から誰かが飛んできた。

 荒れ狂うような生命エネルギーに満ちた、壮年の男である。

 彼は俺に向かって、気軽に話しかけてきた。


「お前がベニッピーだな? 俺は、エーギルの王ヘルフリート。

 今すぐに、ガルトニクスと玉手箱を引き渡せば、攻撃しないでやるぞ?」

「いやだね。

 ところでお前、世界の海を統一すれば、本当にもう争いが起きないと思っているのか?」


 思いもよらない言葉が勝手に口からでて、自分でもビックリする。

 ...俺、こんな事考えていたのか。気づかなかった……。


 彼は、非常に興味を引かれたような顔でこちらを見た。


「どうしてそんな事を気にする?」

「―――さあな」


 自分が聞きたい。


「海を征服したところで、その体制が永久に続くとは思ってねぇよ。武力で不満を封じ込めただけの、ただのまやかしだ。いずれは瓦解する。

 だが、それまでの束の間の平穏と、それが失われた時に初めて感じる平和の大切さは、全員の身に染みるだろうさ」


「結果的に、争いが少なくなっていくと言いたいのか」

「ま、そういう事だな。俺だって好きで戦いたいわけじゃない。しかし今回は、悪魔に手を借りちまったからな。

 お前んトコの王は、見逃してやれねぇんだよ。てな訳で、さっさとアイツ(ガル)を出しな」


 ぞんざいに手を突き出したヘルフリートに、俺は笑いかけた。


「残念だったな、それだけは無理だ。―――サトリ召喚」



 人化しつつ、左手の上に出現させた召喚魔法陣。ほとんどノーコストの優れものだ。

 そこからサトリが飛び出すなり、彼女は手に持った芭蕉扇を一振りする。

 カメの右側の甲羅に向かって。



「ハッ。何してんだ、お前ら。アスピドケロンに風の攻撃だぁ?

 そんな無意味な攻げ―――、...なんだと?」


 彼が戸惑った声をあげたのは、巨カメ(アスピドケロン)が―――猛烈な水飛沫(しぶき)と大波を引き起こしながら、ひっくり返った(・・・・・・・)からだ。

 

 そう。

 サトリによる右上からの風圧と同時に、左下(・・)からも水圧が加わったのだ。

 もちろん、海の龍王(レヴィアタン)の仕業である。


 今頃、海の中ではコダ爺が、甲羅の上の岩や土、その上に生える木々を全て振り落としているだろう。

 俺も、カメの腹の上に水壁を崩してぶちまけ、電流を流す。


 カメは感電したようで一瞬動きを止めたが、怒り狂ったように大暴れすると、体勢を立て直した。

 

 ...よし。背中の拠点は、綺麗さっぱり消せたようだ。ただのバカでかい、ツルっとした甲羅になっている。

 電流はほとんど効かない事が判明したな。だが、注意を引くことはできそうだ。


「また後でな、ヘルフリート」

 

 唖然としてそれを眺めていた彼に手を振ると、サトリを連れて龍宮要塞に転移した。





「拠点は完全に潰せた。混乱が収まったら、すぐにでも敵兵がやってくるだろう」


 速足で要塞内の指令本部に戻り、そう告げる。

 ジゼルが頷くと、落ち着いた声で指示を出し始めた。


「第一作戦成功につき、予定通り、第二・第三作戦へと移行します。

 エドワール率いる4大隊は先行するサメを追い払い、完了し次第、敵一般兵との戦闘に。

 指揮官級の皆さまは、今の混乱に乗じて、速やかに敵の首級狩りを」

「おう!」


 真っ先に、ハンフリーが外へと飛び出していった。


 

 前日までに決められた作戦。

 ただでさえ理不尽なアスピドケロンに、エーギルの王、加えて一般兵、無慈悲なサメ軍団。他にももっと居るかもしれない。

 普通に迎え撃つには相手が悪い。

 

 だったら、撹乱してその隙に時間差で狩るしかねぇ!

 というのが、出た結論だ。


 今頃、乗っていた島がひっくり返った敵も、その下を泳いでいたであろうサメも、大慌てだろう。

 きっと敵の指揮官は何が起こったかわからないままに、先にサメ軍団だけをこちらに向かわせるはずだ。

 そうして戦力を分断した隙に、サメとすれ違うように俺たちも向こうへ奇襲をかける。

 できるだけ頭を狩っておき、一般兵が城下町に向かう前に統率力を削いでおくのだ。


「ガル。何かある前に呼べよ」

「わかった」


 彼がしっかりと頷くのを確認して、俺たち5人(・・)も要塞の外に出た。

 レイラが、やる気満々で拳を突き上げる。


「さあ、ワタシたちも行くある! 連携の練習に!」

「練習台とか言ってやるなよ、それ聞いたら悲しむぞ、敵の指揮官...」


 ツッコんだが、実際そうなのである。

 効率だけなら、本当は各自バラバラに動いた方がいいのだが、今回は訓練。

 5人一班で猛スピードで動き、敵を撹乱しつつ、次々と目ぼしい首級にアタックしていく作戦だ。


 俺以外の4人の、水中での移動速度?

 大丈夫だ。

 どうやったか知らないが、全員レイラに鍛え上げられて、「生まれた時から水中暮らしです」のレベルになっていたから。

 イズナの表情筋が死んでいたから、まぁ、そういう事なのだろう。


「ノームの力を見せてやるのじゃ!」

「張り切って、セパルに存在を気取られないでよ。まだ、あんたの事は悪魔に気付かれていない…はずなんだから」

「わかっとるわい」


 セパルにコダ爺の存在はバレていない、そして奪還されたタラッサも、彼女にコダ爺の事を告げていない、というその二つの条件をクリアしていると仮定した上で、俺たちはカウラでウラリーの助言通りに動いたのだ。

 もしセパルが仲間にアルゴスの上位精霊の存在を告げていたら、隠す意味が無いからである。



 ―――― ベニッピーは知らなかったが、実はこの時、彼らの予想は当たっていた。

 セパルは、エーギルと綿密に関わってはいない。当然、タラッサの報告も受けてはいない。

 それどころか、自分たちが召喚させたのがベニッピーだという事さえ、知らなかったのだ。

 ……この、連絡系統の機能不全こそ、オライが悪魔の組織を離反する決意を固めた理由の一つだったのだが、それが明るみに出るのはまだ先である。

 


__________________________________




 エーギルの兵士たちは、大混乱に陥っていた。

 もう間もなくヴォルカの城の真上に到達するというところで、突如前方に巨大な水壁が出現した。

 そして自分たちが乗るアスピドケロンの動きが止まったと思ったら、いきなり地面が逆さにひっくり返ったのだ。


 海中に放り出されて呆然としていたら、地面の岩土や積んでいた武器防具、食料、医薬品など様々なものが全て、あっという間に水底に沈んでいく。

 島はすぐに元通りに反転したが...これでは拠点が無いも同然になってしまった。


「ち、中隊長!」


 直属の部下に悲鳴のような声で呼ばれ、第2大隊所属の中隊長は、ハッと我に返った。

 呆けている場合ではない。


「次の敵襲に備えろ! サメ隊は...もう行ったか」


 自由度の高いサメ軍団に、一先ず攻撃に転じてもらおうかと考えたが、既に他の誰かが指示を出していたようだ。

 ならば自分たちは、この場に残って周囲の警戒を続けなければならない。


(―――アスピドケロンをひっくり返せるような強者が……敵には居るというのか)


 部下の手前、口には出さずに思う。

 中隊に警戒の陣形を組ませつつ、他の隊とも連絡をとる。


 今回の侵攻、やはり早まったのでは―――、と考えていたその時。



「お? もうちゃんと、隊列を立て直しているトコがあったぞ」

「優秀な指揮官はいただきある!」


 楽しそうな声がした。


「て、敵し……っ!」

「こういう時はね、黙って知らんぷりするのが賢いのよ。兵士失格にはなるけどね」


 視界の端に見えた部下の一人が、何か言おうとした瞬間に、真っ赤な()(がに)になる。


「敵が迫ってきているぞ! 油断するな!」


 咄嗟に叫んだが、まだ自分もその敵の姿を捉えていない。

 不味い―――。

 本能が、逃げろと告げている。



「ふぉふぉふぉ。つぅぅかまぁえた」


 不気味な(じじい)の声が聞こえたと思ったら、全身が金縛りにあったように動かなくなっていた。口を塞がれて声も出ない。

 見ると、海草が何重にもグルグルに巻き付いている。


(なん――――)


 それが、彼の最後の思考だった。

 狼狽したまま周囲にいた部下たちに見えたのは、黒い影が中隊長の元を通り過ぎた一瞬の後に、喉を掻っ捌かれて息絶えた彼の姿だけだった。


「しっかり動けているあるよ、イズナ」

「うーん。でもやっぱり、水の抵抗が重いなぁ...」



 何か会話が聞こえたが――― 敵らしき複数の影は、もう、見えなくなっていた。




 アスピドケロンの下では至る所で、同じような事が起こっていた。


 ある隊長は、ふと身体に違和感を感じた時には心臓を棒で貫かれ、

 別の副隊長は、美味しそうな()海老(エビ)に変身し、

 どこかの軍師は、ピクリと痙攣した後にはもう死んでおり、

 力自慢の頼れる兵士は、なぜか一斉に歯向かってきた海草に絞め殺された。


 それは常に、密やかに速やかに執り行われていった。

 ゆえに―――。



 ヴォルカの王(ガルトニクス)と相対していたエーギルの王(ヘルフリート)や、ヴォルカの兵士長(ハンフリー)と剣戟を交わしていたエーギルの兵士長(ルイス)が気付いた時には...

 

 もうほとんど、現場に直接指示を出す階級の兵士は残っていなかった。

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