37話 エーギル
立ちこめる砂煙の中、瓦礫を掻き分け顔を出す。
塔に激突した衝撃で、結界は解けてしまった。
だが解けはしたが、結界のお陰でその衝撃をモロに食らうことは避けられた。
ケヴィンに回復魔法をかけ、コダ爺を回収し、しょんぼりしているサトリを慰めていると、辺りが騒がしくなった。
衛兵のお出ましである。煙で視界が悪いうちに、こそっと人化しておく。
武装した兵士は…甲殻類系が多いようだ。
つまり、人間の国ではない。
衝突の寸前に見えた城は、浅瀬に存在した。
...やはり、ここがエーギルだったか。
絶対にヴォルカの者だとバレないようにしよう。
兵士たちは俺たちにハサミを突きつけ、誰何した。
「何者だ。直ちに答えよ」
「冒険者です。風魔法で飛行移動中に、誤って衝突してしまいました。申し訳ありません」
サトリの芭蕉扇を収納にしまって隠し、代表して答える。
うん。ほとんど嘘はついていない。大丈夫大丈夫…。
しかし、兵士は警戒を緩めない。
「塔を破壊する威力の速度で飛ぶ奴がいるか!
その上無傷だと?
―――怪しい奴らめ。来い!」
やっぱ、そうなりますよねー...。
兵士に連れられて、俺たちは城内を進む。
別に、捕縛されたりはしていない。
そうならないように、軽く魔力をチラ見せして威圧しているからだ。
塔を壊してしまったという点では俺たちが全面的に悪いので、素直に丁寧に接しているが、ここは敵国。
心情的にも、いいようにされたくはないからな。
だから、歩きながら城を観察する余裕もある。
この城は、四方にそびえる高い塔を壁で結んだ、城郭都市のようだ。
土台の足の部分と1階・2階のフロアは海中にあるが、現在居る3階以上は空中である。
このフロアには、家や店などの生活する為の施設が所狭しと並んでいる。
今は空気で満たされているが、作りを見るに、完全に水没しても大丈夫なようになっているらしい。
武器や防具の店が並んでいる一角に、冒険者たちが集まっていた。
ベルタの言っていたように、人間の冒険者が多く訪れているのだろう。
彼女もいるかな?
城の建材は何でできているんだろうな。
石灰? サンゴの死骸?
どうやって造ったのだろうか...。
つらつらと考えながら兵士についていくと、階段を1フロア昇って4階に上がった。
すると、速足にこちらへ向かってきていた兵士とぶつかりそうになる。
ヒトデを元にした形態をしている。ちょっと珍しいな。
少し階級が高そうなその兵を見て、俺たちの引率兵が敬礼する。
「兵士長! 南の塔を破壊した連中を連れてきました!」
「ご苦労。ここからは、彼らは私が預かろう。行ってよいぞ」
「はっ」
もう一度敬礼し、はじめの兵士は去っていった。
それを見送り、「兵士長」は俺たちに向き直る。
「おまえたちは、ヴォルカの者か?」
なんでバレたーーっ!?
ポーカーフェイスのまま内心アセアセしていると、ケヴィンが代わりに答えてくれた。
「ヴォルカとは、国の名前か?」
ナイス、ケヴィン!
俺なら「違いますぅ!」って答えてたぜ。
「そうだ。パレンシア付近の海底国家だ。
そっちの子供二人が着ているのは、ヴォルカの服だが...」
「そうだったのか。これは、パレンシアの店で購入したものだ。
その国の者が売っていたのかもしれないな」
ふうぅぅぅ...頼もしい。
ケヴィン兄さんに丸投げしよ。
俺とサトリを見る兵士長に向かって、二人そろってニッコリ微笑む。
キラキラの純真な笑顔でな。
敵対心なんか、まるで無いよーっ、と。
「そうか...」
彼は溜息をついて、やれやれという風に首を振った。
「もう行っていいぞ。...ヴォルカの間抜けな者どもよ」
「......。」
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「 ―――って事があったんだよ。なんでバレたんだと思う、ベルタ」
「ベニッピーさんも、たまに抜けてるっすよねぇ。まさか知らなかったなんて」
「何をだよ!?」
俺たちは今、城の外の街中にある飲食店でベルタとお茶をしている。
先程、憮然としつつも首を傾げながら階段を降り、冒険者たちのエリアに差し掛かったところで、彼女とバッタリ遭遇したのだ。
久しぶりの再会だ。
折角なのでお茶でも、ということになり、地上の街に出て事の顛末を語っているところである。
「ヴォルカの着物は、国民である証みたいなものっす。つまり、門外不出なんすよ」
「ゔっ...えええぇぇぇ!?」
飲んでいるお茶を吹きだしそうになる。
なにそれ、初耳!
ぜんっぜん知らなかったんだが!?
「普通の国民なら、生まれた時から知っている事っす。他国の者でも、それを知ってる人は多いっすよ。
当たり前すぎて、みんな教えるのを忘れてたんすねぇ...」
じゃあなに。
...めちゃくちゃ、敵国でバカを晒してきたわけか。
うわぁ......。
恥ずかしい...。
「王がいけないっすね」
「ああ。ガルのせいだな」
全ての責任は王にある!
あいつ、実は結構適当なんだよな。
―――何か他にも、適当なことを言われた事があるような...無いような...気がする。
まぁ、王はそのくらいで丁度いいのかもしれないが。
「だが、どうしてお咎め無しで放置されたんだろうな」
「うーん...下手に拘留して内情を探られたくないとかじゃないっすかねぇ?」
難しい顔で首を捻ったが、結局わからなかった。
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ベニッピー達がベルタとお茶を楽しんでいた、その頃。
エーギルの中枢では、緊急会議が開かれていた。
王の居る玉座の間に、高位の文官や軍部の者が招集されている。
彼らの視線は「兵士長」に向けられている。
「兵士長。塔を破壊した者は、何者であったか」
問われ、彼―――ルイス兵士長は、敬礼をしながら答えた。
「はっ。
ヴォルカの者でありました」
会議場がざわめく。
「いつでも、城に攻撃できるということか...」
「一体、どんな方法で塔を崩したのか」
「セパルに急いでもらわなければ」
「して...その者は?」
その問いに、議場が一斉に静かになる。
とくに文官たちの顔には、怯えの色が浮かんでいる。
「...は。 丁重に、帰しました」
場の緊張の糸が緩み、あからさまにホッとした空気が流れた。
「どうやら、塔に攻撃をしたのはヴォルカの意思ではなく、力ある彼の者の独断専行だったようです」
「なに!? ...ならば、何故帰ってくれたのか?」
「そうだ。普通はもっと、暴れていくだろう」
不審そうな目を向けられ、ルイスも困ってしまった。
「...理由は、わかりかねました」
彼だって知りたい。
どうしてあんな物知らずな者たちが突っ込んできて、あっさり帰っていったのかを。
しかし、本当にすんなり手を引いてくれて助かった。
彼一人の手には余る力を持った者達だったからだ。
あの場で機嫌を損ねて暴れられでもしたら、階下の住人にも被害が及んでいただろう。
答えが出ないので会議はお開きになり、皆が退出していく。
そんな中、ルイスだけはその場に残る。。
静かになったところで、王―― ヘルフリートが口をひらく。
「ルイス。して、本当のところは?」
「は。現場に駆け付けた兵士たちによると「魔法で空を移動中に、誤って激突した」と申していたとのことです。
私も、それが事実ではないかと考えます。
なにせ...ヴォルカの服を着ながら「そんな国は知らぬ」などと言い張る者達でしたから」
ヘルフリートは、実に愉快そうに笑った。
「わっはっはっは!
独断での攻撃以下だった可能性が高いわけか。
いや、実際そうなのであろうよ。間抜けにも程があるがな」
「彼らは、人間と天族の子供、魔族の男、上位精霊の4人に見えました。
服装で判断したのは、このうちの子供二人です。
...もっとも、正体は不明ですが」
王は、腹を抱えて大笑いしている。
「海底国の要素がまるで無いな!
ガルトニクスも面白い連中を捕まえたものよ...ブハッ」
「何故、このような時期に...ヴォルカの力ある者が国を離れていたのでしょう」
「再侵攻にはまだしばらく時間が掛かると見抜かれたか、もしくは国の守備よりも大事な密命でも受けていたのであろう。
だがそいつらがエーギル城の塔を折っていくなどと...アイツも想定外だっただろうな!」
結果的には良い牽制になったがな、と言いつつもヘルフリートは内心小躍りしていた。
先の侵攻の報告を受けた際、おもしろい情報を得た。
人化できる小さな魚、これまた人化可能な翼のある狼、そして地の上位精霊が居た、というものだ。
帰還した現場の指揮官タラッサによってもたらされた情報である。
3人共、強い力を有していたと述べていたが...とりわけ、魚の存在には心底怯えていたのだ。
もうヴォルカには行きたくない、などと言ったため、軍の上層部によって階級が落とされてしまっていた。
タラッサは気も強く、実力もある。実際、ヴォルカの宰相を討ってきている。
だがそんな彼女と、未だ戻らぬもう一人の指揮官ラリッサを容易くあしらう者がいた。
あの国で彼とまともに戦えるような実力があるのは、現王であるガルトニクスくらいしか居ないと、思っていたのだが...。
報告では、何と言っていたか。その魚の名前―――。
しばし考え、ヘルフリートは思い出した。
先程までこの城に居た間抜けたちが、おそらく彼らなのだろう。
「ふふ...ははははは...っ!
ヴォルカで会う日を、楽しみにしているぞ「ベニッピー」!!」




