36話 バナナ
今日も空が青いな。見ているだけで楽しくなってくる。
青いといえば...そうだ。
「あるぅ日ぃ。海のぉ中ぁ。ドラゴンにぃ。出ぇ会ーったぁ」
「またベニッピーさんが酔っちゃったわ」
「水掛けるか?」
「いや、おもしろい酔い方だからそのままにしておこう」
「でもいつ海に飛び込むかわかりませんよ?」
「水の用意だけはしておきましょう」
甲板に寝転んで空を見上げて歌っていると、船の乗客たちが覗き込んできた。
俺、酔ってなんかいないよ?
すると、どこからかサトリに乗ったコダ爺が現れて、ガオケレナの枝...を削って完成させた杖を振りかざした。
杖の先端から溢れた柔らかい光が、俺を包み込む。
光が収まった時、俺は覚醒していた。
ハイ、さっきは酔っていました。すいません。
「ふぉ。どうじゃ、ワシの杖の威力は!」
「はいはい、ありがとな。凄いよーって、もう何回目だよこれ言うの」
「やっぱり、ガオケレナの無駄遣いな気がするわ...」
コダ爺の枝は、「使用すると対象者の理性を取り戻す」杖へと進化した。
今のような状況では非常に重宝する。
でも一番力を発揮するのは、酔っ払いに絡まれた時だろうな。
酒場の店主が見たら、喉から手が出るほど欲しがりそうだ。
「無駄遣いとはなんじゃ。おぬしだったらどうしていたのじゃ」
「そうねぇ...相手の理性を奪う能力がいいわ」
「そんな賭け事みたいな効果で一体何をする気じゃ!」
どっちもどっちだな。
後者の場合は、外交官とかが欲しがりそうだ。
乗客たちは、俺が突然正気に戻っても驚いたりはしない。
透明な魔法使いの仲間がいると説明してあるからだ。
サトリも、いつの間にかちゃっかり人化するようになっている。
そして俺たち二人(+1人)の乗船料は、結局タダにしてもらえた。
いぇい。
そんなこんなで残り数日の船旅を、楽しく終えた。
他のお客さんや船員とも仲良くなって、心のエネルギーが充填された感じだ。
たまにはのんびりするのもいいよな。
近いうちに確実にエーギルが攻めてくるんだから、それまでは心を安らかに、ストレスを溜めずにいた方が良いだろう。
うん。力を抜こう。
船着き場で船を降り、大きく伸びをする。
やっぱり揺れない地面は良い。
まだ床が動いている感覚が消えないがな。
ここはリフィン群島の南端。
ケヴィンは一度通った場所だが、俺とコダ爺、サトリにとっては初めてだ。
3人共、思わずキョロキョロしてしまう。
ザ・南国といったところか。
強烈な日射しの中、人々は皆、薄い半袖の服を着ている。
何の素材だろう。綿じゃないな。
「コダ爺、ここの人たちの服は何でできてるんだ?」
気になったので聞いてみた。
物知り爺さんは人々を一瞥すると、事も無げに答えてくれる。
「あれは主にバナナの葉じゃ。パイナップルも入っておるの」
「まじか。通気性が良さそうだな」
「...現地の服に着替えようかしら」
サトリがじっと、通りの服飾店を見据えている。
暑さに弱い彼女は今、船の土産物店で購入した日傘を差したうえで、さらに俺の涼しい結界で守られている。
「結界があるからあまり変わらないと思うぞ。なんなら着物の方が、身八つ口がある分快適かもしれない」
「確かにそうね。ケヴィンは暑くないの?」
「気温が何度だろうと、火の中にいるよりはマシだろう」
ダラダラと汗をかきながら、ケヴィンが謎理論を展開している。
つまり暑いんだな。いいからコート脱げよ。
彼にもヒンヤリ結界を張ってやりながら、移動を開始した。
リフィン群島は大小様々な島で構成されており、エーギルが存在するのは北方の大きな島だ。
それまでは陸路と短い海路を繰り返すのだが ―――。
数日後。
「あー、もう見飽きたわバナナ!」
「この前はバナナ服が着たいって言ってたのに」
「こんなに沢山生えているのなら、そりゃあ衣食住全部バナナにもなるわよね!」
「家は普通じゃろ...」
俺たちは今、エーギルまで最短距離で行くために、大きな街道沿いではなくバナナの森を突っ切っている。
前後左右をバナナの樹で囲まれて、たまに出現する魔物も毒々しい色のバナナ型。
そいつらが「バーナナーッ!」とか言いながらバナナの皮を投げつけてくるのだから、サトリの気持ちも非常にわかる。
粛々と足を進めていると、樹の影から何かが飛び出してきた。
「バァーナナァーーッッ!!」
「また出た! 飛んでくる皮に気をつけろ!」
「もう嫌! 他にも何か言葉覚えなさいよ!」
「あっ...サトリ、足元!」
「え?」
彼女が踏み出した先の足元には、バナナの皮が落ちていた。
なんなくそれを避け...た先の地面にも、落ちていた。
踏んずけてしまい、ズルッと滑る。
「きゃ...え!?」
なんと、滑った足をのせてバランスを取ろうとした場所にも、落ちていた。
つまり。サトリの周辺にだけ、バナナの皮が集中的に落ちていたのだ。
滑っては踏ん張ろうとしてまた滑って...を何度か繰り返した結果。
「きゃああぁぁぁーーーっ!!!」
サトリは、物凄く勢いがついて、どこかに飛んで行ってしまった。
「えぇ...嘘だろ?」
「バナナの皮で滑るだけならともかく、飛んでいったぞ...」
「あやつだけ、ギャグの世界に生きておるのか...?」
残された俺たちはしばし呆然とした後、慌てて彼女を探し始めた。
サトリは、バナナの森のどこかに着地していた。
さっきはあまりにビックリして、途中で翼で飛ぶことも考え付かなかった。
ベニッピーから離れたことで、暑さを和らげる結界も解けてしまった。
早く戻ろうと、飛び上がろうとしたところで、何かの気配を感じて振り返る。
一人の男がこちらを見ていた。
神話に出てくる神が着ていそうな、白い布の服を纏っている。ただしその素材はバナナだろう。
そして、彼が寄りかかっている樹はバナナではなかった。
とてもよく似ているが、葉の形や作りが少し違う。別の種類の木だ。
「こんにちは、お嬢さん。貴女が探しているのは、この銀の扇かな?」
男は、銀色に光る扇を広げて見せ、パタパタと煽ぐ。
サトリは首を振った。
「いえ、違うわ」
「それじゃあ、この金の扇かな?」
今度は金色の扇を見せ、ヒラヒラと振る。
「違うわ。この暑い中、とっても魅力的に見えるけれど。
私の落とし物じゃないわ」
「では...この、葉っぱの扇を探しているのかい?」
また別の扇を取り出して見せる。
バナナか、男が居る木の葉か...巨大な葉をくり抜いて作った、軽そうな扇だ。
その品からは、とてつもない魔力を感じる。
だが。
「私が探そうと思っていたのは、仲間よ。
確かに扇は欲しいけれど、今は暑いなんて言っている場合じゃないわ」
サトリがきっぱりと言うと、謎の男は微笑んだ。
「そうか。君は正直だね。それに、欲深くもない。
この3つの扇は、貴女に譲ろう。君は、持ち主として相応しい」
男はそう言うと、扇をサトリに渡し、忽然と姿を消してしまった。
「なんだったのかしら...」
男の正体は、最後までサトリにも読めなかった。
「いやじゃ。そっちには行きとうない」
「なんでだよ。たぶん、何かがあるって事だろ?」
「ちょっと嫌な何かが居る気がするのじゃぁ」
何故かごねるコダ爺と問答をしていると、その問題の方角からサトリが飛んで戻ってきた。
葉っぱと、キラキラした扇?を手に持っている。
「ただいま。戻ったわよ」
「おかえりー。何だそれ?」
「変な人に貰ったのよ」
サトリは得意げに扇を見せた。
少女に3枚も扇を与えるとか、どんな変人だよ。
と突っ込んでいると、コダ爺がカッと目を開いた。
「芭蕉扇じゃ...!」
バショーセン?
「バショウの葉でできておる、伝説の扇じゃ。一振りで大風を巻き起こすと言われておる。
過去に一度世に出たが、長らく行方不明になっておったという」
「それはおれも聞いたことがあるな。如意棒と同じく、使い手の魔力量に応じて威力が変化するという」
コダ爺とケヴィンが説明してくれた。
「強風を起こして、何をするんだ?」
「雲を吹っ飛ばしたり、台風を作ったりするらしいぞ」
「...あんまり使えないな」
「普通の軽い扇として使えるなら、それで十分よ」
サトリは満足そうに、芭蕉扇でパタパタと自分を煽いでいる。
重たい金銀の扇は俺に押し付けられてしまった。
収納にしまって...永遠に存在を忘れそうだな。
「雨が降ったら、雨雲を消し飛ばしてあげるわ」
「そりゃ有難いな。練習に、今何か煽いでみたらどうだ?」
「地面を煽げば、飛んで移動ができそうだな...」
「いいわね! ちょっとやってみましょう」
ケヴィンがボソッと口にした提案に、サトリがのった。
本当にやるの?
お前、サトリに焼かれたことをもう忘れたのか...?
彼女は魔力量は増える一方だが、それを扱う技術はまだあまり戻っていない。
絶対ロクな事にならないって...。
一抹の不安があったが、コダ爺まで乗り気である。
仕方がないので、金魚になってサトリの頭に乗っかる。コダ爺はケヴィンの肩だ。
最後にサトリがケヴィンの腕を掴み、もう片方の手で持った芭蕉扇を地面に向けて一振りする。
彼女の莫大な魔力の一端が、葉っぱの扇にゆるゆると流れ込んでいくのを見た時、その時点で止めればよかったのだ。
だが、今それを言ってももう遅い。
俺たちが飛び上がるのと同時に地面がはじけ飛び、クレーターが出現する。
そして、こちらは――――――。
飛ぶ、なんて速度じゃない。
やばい、速すぎる。眼下の景色が流星のごとく変化していく。
命を置き去りにしそう。いや、魂を残していく…と言えるかな。
ケヴィンなんて一瞬で意識を持っていかれている。
「ちょ、ちょちょ、スト...っ、ストプ...ッ!!」
「ど、どうやって!?」
「進行方向を…煽ぐのじゃ! 今度はそうっと!」
「わかったわ。―――あっ...し、城が!!」
サトリがもう一度扇を振ろうとした先には、海の浅瀬に建つ白亜の巨城が見えた。
この速度を緩められる威力の風をぶつけたら、おそらく城に甚大な被害が出る。
さすがにそれはできないよな。
彼女にためらう暇は無いのに、躊躇うしかなかった。
だから。
とにかく、俺は最大限強力な物理防御結界を展開する。
そして勢いはそのままに、俺たちは一つの塔にぶち当たって、ボキッと折って破壊してしまった。
敵国・エーギルの中心の城を。




