34話 船旅
海風が気持ちいい。
おはようございます。こちらベニッピーです。
えー、現在俺はですね、燦燦と降り注ぐ太陽光の下、心地よく揺れる船の甲板の上で、青空を見上げてボンヤリと物思いに耽っております。
何も考える必要のない船旅というのは、実に気楽で快適なものですね。
願わくば、この素晴らしき環境が永遠に続くよう―――
「ケヴィン! ベニ坊がまたおかしくなったぞい! 水をぶっ掛けるのじゃ!」
「またか。もう今日何度目だろうか...」
「キャン!」
何か会話が聞こえたと思ったら、水をバシャッと掛けられました。何故でしょうか。
...あれ?
俺、甲板の上で寝転んで何してたんだっけ。
「戻ったか。まったく、困ったものだな...」
「ふぉふぉふぉ、修行が足りぬのぅ!」
「ワフー」
困ったような呆れたような目で見られている。
...そうだ、思い出した。船酔いだ。
目に見えないコダ爺はともかく、俺とサトリは本来この船に乗っていないはずの者。
念の為、二人とも人化することなく乗船していたのだが...
目立たない場所でフヨフヨと浮いていると、揺れ続ける足元が見えるせいで酔ってしまった。
ならば着地しようと、うっかり甲板に飛び込んで干からびてしまった魚のフリをして寝転がると、普通に船酔いしてしまった。
なぜか俺の場合、気分が悪くなるとかの症状ではなくて、人格が変わった上で奇怪な行動をとるという酔い方をしたのだ。
行動が予測不能だったため、海に飛び込んだり他のお客さんに絡みに行ったりする前に、冷たい水を浴びせられて正気に戻してもらっているのだった。
ケヴィンが俺をつまみ上げてサトリの背中に乗せる。
「おまえがこの様な状態になるとは、予想外だったな」
「俺だって想定外だったよ...。逆に、みんなどうして平気なんだ...」
「平気ではなくとも、乗り物酔いで酒酔いの症状が出るヤツの話は聞いたことがないのぅ!」
「ご迷惑をお掛けしてます...」
そう。昼間は何回も、水浴びさせてもらう羽目になっている。
そして皆が寝ている夜の間は鳥かごに閉じ込めてもらっているんだった。
人より睡眠時間の短い俺が、誰も見ていない間に居なくなると困るから。
「クーン...へフー...」
サトリもへばっている。
彼女の場合は船酔いではなく、赤道に近づいてきたことによる気温の上昇が原因だ。
暑さが苦手だったようで、特に昼間は辛そうである。
俺が正常な時なら、結界を張って涼しくしてあげているのだが。
「二人がこんな状態で、船が海の魔物にでも襲われたら困るのぅ!
ワシも、地と植物の無い海上ではほとんど無力じゃし」
「やめてくれ爺さん、そういうのをフラグと言うんだ」
だが、コダ爺が盛大に立ててしまった旗は、その日の晩にきっちりと回収されることとなった。
夜。
ケヴィンの船室で、鳥かごの中で眠っていた俺は、何かの音楽で目を覚ました。
周りの皆はまだ眠っている。
外に様子を見に出ていきたかったが、鳥かごは海草でグルグル巻きにされている。コダ爺の植物魔法だ。
声を掛けて起こそうかと思っていたら、突然船が急旋回した。
今の圧力で、ケヴィンとサトリが起きる。
「何だ...?」
「クフン...?」
二人は起きたが、コダ爺はまだ眠っている。
「ちょっと様子を見に行きたい。コダ爺を起こして海草を解いてくれ」
「わかった。......おい、爺さん起きろ」
「むぅ...すーー...うにぃ...」
ケヴィンが揺り起こそうとするが、コダ爺は起きない。
この爺さん、一度眠ったらなかなか目覚めないんだよな。
遠くになら、中身の俺だけが転移魔法で脱出するという手もあるが、近距離だと使えない。
どうしたものかと考えあぐねていたら、船が再び、逆方向に急旋回した。
周りの客室のお客さんたちも起き始めたようで、ゴソゴソと気配がする。
そして、謎の音楽も音が大きくなってきているようだ。
...人が歌っているのか?
「仕方がない。とにかく一度、様子を見に行こう」
そう言うと、ケヴィンは鳥かごとコダ爺を掴んで船室を出た。サトリも続く。
甲板に出ると、周囲は静かな阿鼻叫喚の騒ぎだった。
船が岩礁のすぐ傍を漂っていて、船員たちが、アイドルのコンサートにでも居るかのように興奮している。
しかし大声をあげて音楽を遮らないように、口を抑えたりもしている。
その対象は...岩場に居る、下半身が鳥、上半身が人間の女たちだ。
彼女たちが、美しい声で何やら合唱しているのだ。
「赤い下駄~、履ーいてた~、男ーの子~、
良い爺さんに~連ーれられーて~、行っーちゃっーた~」
...何故か非常にイラっとくる歌だ。
偶然だよな?
「うーさーぎー追~いしー、ア~ル~ゴ~ス~、
仔ー鮒ー釣~りしー、ア~ル~ゴ~ス~」
その歌を聞いたコダ爺が、パッと目を覚ました。
「うぅー、アルゴスを思い起こさせるとは、なんたる連中じゃあ!
せっかくホームシックを克服したばかりじゃったというのに!」
爺さん、ホームシックになってたのかよ。
...いや、そこじゃない。
読心術に耐性のある俺たちが、どうして内面を読まれてるんだ!?
「奴らは「セイレーン」じゃ。美しい歌で、船乗りを惑わせ、船を岩礁に衝突させて難破させる魔物じゃな。
各自の心を打つ歌を歌うために、心の表層の極一部分だけを読み取る能力があるのじゃよ。読心と似ておるが、少し違う仕組みなのじゃ」
それでか。深くまでは読まれていないのか。
セイレーン達はノリノリで歌い続けている。
「剣~太郎さん、剣太郎さ~ん、お腰に佩いた~、ゴツい剣~、
一つ~、私に、下さいな~」
船員たちと同じように夢見心地でボケーッとしていたケヴィンが、ハッと我に返った。
ふざけんな。ケヴィンが剣太郎なら、俺がキジでコダ爺がサルでサトリが犬か?
お前ら今、俺たち全員を敵に回したぞ。
「...っ、そうだ! コダ爺、起きたなら海草を解いてくれ!」
「あいわかった」
コダ爺に鳥かごから出してもらった途端、もう一度船が大きく揺れた。
同時に、俺の理性もユラユラとしてくる。
プツッ。
「ふ...ふは、ふはははは!
大いなる力を手に入れたぞ! 見せてやるのだ、妖精パワーを!!」
そう言って、甲板から岩礁に向かって飛び出していったベニッピーを見やり、コダマはため息をついた。
「...なんというバッドタイミングじゃ。出した途端に酔いおったわ」
「戦う気満々みたいだし、丁度良かったんじゃない?」
サトリは同意を求めるようにケヴィンを見たが、彼はベニッピーを目で追っている。
「...俺も行ってくる。剣を侮辱されて、黙っていられるか!」
「あっ」
敵狂を発動させたケヴィンも、同じように岩礁へ飛び出していってしまった。
コダマとサトリで、岩場で飛び回り始めた二人を見物する。
「あーあ...理性が飛びかけてる二人だけで、大丈夫かなぁ」
「平気じゃろ。セイレーンは船乗りには厄介じゃが、対して強くはないからの」
「...前に、弱いはずの水虎討伐をした際に、強いボスに遭遇して苦戦したことがあったのよ。
その時は、頭の回るリディが居たから作戦勝ちしたのよね」
「ふぉっふぉっふぉ! ならば、ますます見物じゃのぉ!」
船の上では、歌声が一旦止んだことで、船員たちが正気に戻りはじめていた。
俺は、妖精パワーを手に入れた。
そう。折角だから、これだけで戦ってみようと思うのだ。
力の使い方なんてわからないがな。
「そりゃぁっ!!」
とりあえず、近くのセイレーンに向かって手のひらを突き出して...あ、人化していなかった。
ヒレを突き出して何かを放出してみる。
出た。
...いや、これは違う。ただの熱風だ。
セイレーンは焼け焦げながら吹っ飛んでいったが、出したかったのはコレじゃない。
もっとこう、蝶々の羽の生えた小さな半透明の妖精さんが使いそうな、愛らしい妖精魔法だ。
「とうっ!」
尾びれを一振りすると、高速で俺が進んだ。
セイレーン数体を貫通しながら岩礁に突っ込んで、これも貫通し、岩の破片をガラガラと落とす。
難しいな。
人化してやってみるか。
「てぇい! 妖精ぱわーーっ!!」
拳を上に突き上げると、なんか出た。背中から。
「ありゃ?」
振り返ると、背中からトンボの羽が生えている。
...うん。まぁ、可愛いからいいか。
そうだ。これ、使えるかもしれない。
「低周波攻撃ィ!」
羽を振動させてみる。
最初はゆっくりと、徐々に細かく小刻みに...速すぎず、遅すぎず...。
周囲が巻き込まれないよう、指向性で音波を発する。
すると、攻撃の対象にしていたセイレーンが、パタッと倒れた。
よし。
謎の攻撃で仲間が倒れたのを見て、やっとこちらを敵視し始めたセイレーン達が、魔法で水の刃を放ってくる。
だがこの程度の威力ならば、結界を張るまでも無いのだ。
昼間に何回も浴びせられた水の方が、よほど強い水圧だったな。
「ふはは! ようやく妖精らしい事ができるようになったぞ!
愛らしい新技を、とくと堪能しろ!!」
そう叫んで、俺はぼちぼちと地味な無双を開始した。




