30話 悪魔
城跡へ向かって泳ぎながら、俺は焦っていた。
さっきは、あまりの怒りを持て余してうっかり城を壊してしまった。
岩壁の破片を武器にしようかなーっと最初から考えてはいたのだが、やり過ぎた気がする。指揮官は捕らえた後だったし。
弁償しろ、龍宮城を建て直せと皆に言われたら...ど、どうやって造り直そうか...
内心、縮こまりながら、そっと簡易建物に顔を出す。
皆が慌ただしく動く中、奥でガルが手招いた。
「ベニッピー。街での治療、ありがとう。助かったよ」
「いや、当然のことだから。...それより、城壊しちゃって、本当に悪かったな。
弁償した方がいいかな...」
俯きながら小さく言うと、文官たちが集まってきた。
「何を言っておられますか。貴方のお陰で、敵兵が全滅したのですよ」
「崩落によるこちらの人的被害は無かったと聞きました。何の問題もございません」
「指揮官まで捕らえていただいて。何もできなかった我々の方こそ、申し訳ありませんでした」
「ベニッピー様がお帰りになったことで、どれだけの命が救われたか」
...ああ。
エマームでも、同じような事を言われたな。
そうか...。
「いつか、今回のような侵攻があると想定しながらも、皆を守り切れなかったのは私だ。
この国の王として謝る。すまない」
無理矢理作った無表情でガルが言った。
そういや、彼の魔力を割いて結界を維持して敵国を防いでいたんだったな。
...何があったんだろう。
「王の責任ではございません!ガルトニクス様のせいだと言うならば、魔力供給の協力ができなかった我々の方にこそ責があります」
「あまりにも...敵と状況が悪すぎたのです」
そして、何があったのかの説明を受けた。
ここの北東に、ヒュドラを王とする海の国がある。ベルタが潜入している国だ。
龍宮城を中心とするこの国...ヴォルカの領海の端は、その敵国...エーギルの侵攻を阻むための結界装置で囲まれている。
以前は、地脈の魔力を流用して装置の動力源としていたが、魔力の自然減少により、維持が難しくなった。
そこで、ガルの膨大な魔力で代用していたわけだ。
彼は少し特殊で、魔力=生命力のようなところがあるらしい。
よって、残存魔力が減ると、戦闘能力を含む色々な能力値も同時に減少するという。
ヘクターさんがガルを子供たちと共に地下に隠したのは、それも理由の一つだった。
いかにレヴィアタンという上位種族であっても、弱体化している時に攻撃されたら危ないからだ。
ヴォルカの抱える「玉手箱」には、口にした者達を超強化させる水が入っているそうだ。
エーギルは、かねてよりこの箱を狙っていた。世界の海の征服が目的なんだと。
今までは、ガルの魔力を減らしつつも兵士たちが頑張って侵攻を防いでいたのだが...
突然、邪悪な人魚により結界装置が破壊された。
そう簡単に破壊できるほど脆い装置ではない。ただ、人魚が強すぎたのだ。
兵士たちが慌てる隙をついて、二人の女指揮官が率いる軍が一気に攻め込んだらしい。
軍は、所々に存在する普通の街は一切無視して、真っすぐに龍宮城を目指した。
城下町や市民に危害を加えることで、城を守る戦力を削ぐ。
ヘクターさんを含む城の者達も応戦したが、敵の侵攻が速すぎたことで味方戦力の集結も間に合わなかった。
...と、いうことが起きたのだった。
ちなみに、ガルは今、結界装置に魔力を割いていない。
軍が侵攻している間に、人魚が他の結界装置も全て破壊して回ったのだ。
だから現在は着々と魔力を取り戻している最中である。
「そういえば、ヘクターさんは...光の粒になって消えてしまったんだが...」
他の兵士たちは遺体が残ったのに、どうして彼だけ消えてしまったのだろう。
不思議に思ってガルに聞くと、
「実はヘクターは普通のタツノオトシゴではなかったんだよ。
カマウェトーといってね、昔は...」
と、彼が少し懐かし気に言いかけ、他の者達の注意も全て、一瞬引き付けられた時。
ズガァン!
と音がして、禍々しい気配の人魚が天井に穴をあけながら飛び込んできた。
咄嗟に動けたのは4人だけだ。
俺は文官たちを守る結界を張り、ガルは近くにいたラリッサに剣を突き付け、サトリとコダ爺は玉手箱を守る。
「チッ」
人魚は忌々しそうにこちらを一瞥すると、縛られたままのタラッサをひったくって瞬時に穴から出ていった。
「お...追え、あの人魚を! 兵士達よ!」
我に返った文官が声を張り上げ、外にいた兵が動き出す気配がしたが、
「追わなくていい」
冷静なガルの声に動きを止めた。
「ベニッピー、それと...コダマ爺さん。あの人魚のことで、何かわかったことは?」
「あれは「悪魔」じゃな。邪悪な心根だったの」
「玉手箱を奪えなかった事よりも、お前の生存の方が悔しかったみたいだぞ」
「ワフ!」
「サトリが、あいつの名前は「セパル」だって」
「そうか。ありがとう」
文官たちが、俺たちを驚愕の目で見る。
まあ、エスパーに見えるよな。
ラリッサに向き直り、冷たく笑った。
「さぁ。質問の時間だ」
思考を読め、鑑定魔法が使え、過去視が出来る俺。
名前や正体など、漠然とした情報を読めるサトリ。
真実や嘘を見抜き、記憶が読めるコダ爺。
俺たち3人にかかれば、全ての黙秘も無駄と知れ!
ということで、結局こちらがいくつかの問いを発するだけで、たちまち終了した取り調べの時間。
拷問などは一切不要です。
ひょっとしなくても、かなり優秀な取調官だよな。
それぞれが得た情報を擦り合わせ、導き出される結論。
色を失ったラリッサの表情が、その答えが事実だと証明してくれた。
彼女から取り上げた情報で、エーギルで何が起きたのか、ざっと知ることができた。
事態は意外と単純だった。
悪魔人魚「セパル」が現れ、「力を貸すから龍宮城を攻め落とせ。奪えた玉手箱はやる。ガルトニクスを殺せ」
と言い、エーギルがそれに乗っただけ。
「悪魔、ですか。魔界に住むという、謎の種族...」
「我らの王を弑することが、第一の目的とは」
「エーギルは利用されたのか」
あれこれと議論が始まった中、ガルが立ち上がった。
「ベニッピー、一緒に来てくれ」
建物を出て彼に付いていくと、地下空間の上に来た。
人目のないことを確かめ、中に入る。
白い巨木の元まで来た時、コダ爺が息をついた。
「...ほぅ。やはり、ここにあったか。ガオケレナは」
「予想しておられましたか、コダマ爺さん」
ガルが軽く笑う。
「地上にあるユグドラシルとは違い、ガオケレナの枝葉が見つかることはまず無いからの。
海の中の、さらに隔絶された空間にあるとは思っておったわ。
ベニ坊が持ってきたから、薄々気付いとったんじゃ」
よくわからない話をしているな。
レアで有名な2本の樹のうちの1本がこれだってのは理解したぜ。
「...じゃが、悪魔が狙っとったのはこの樹ではないな」
「その通りです。彼らも、ガオケレナがここにある事は知らないでしょう。
龍宮城でも、それを知っていたのは私とヘクターだけでしたから」
「なぁ、ガオケレナはどうして貴重なんだ?
それに、何故俺たちに存在を教えた?」
その疑問に、コダ爺とガルが答えてくれた。
「存在自体が既に伝説だと思われておるが。
この樹を食せば、完全回復薬のような効能が現れるのじゃ。そこまではいいんじゃが...
死者に与えることで復活させ、不老不死の身体にするという」
「そんな危ない樹だから、代々この城の王と宰相以外には存在が秘匿されてきたんだ。
悪気は無くとも、樹のことを知っている者の心が読まれるとバレてしまうからね。
だが君たちには全員、読心系の能力がある。つまり、相手からの読心術への耐性もあるんだ」
まじかよ...綺麗な白い樹なのに、超アブナイやつだな...
「この場所と樹の存在は、絶対に知られてはいけない。
でも秘密はいつか必ず漏れる。
その時に、瞬時に最適な行動をとってもらうために、教えたんだよ」
その後、彼が軽く言った内容に少し驚いたが、同時に納得もした。
「――― どうして、お前を狙っていたんだ?」
「それは多分...神を守る最終結界を、私が張っていると彼らが予想したから、だろうね」
...え。
「待て、「彼ら」って、神をどうこうした黒幕だよな? それが、悪魔たちだと。
悪魔たちが、神を殺すためにガルも殺す...?
あれ、俺が召喚されたのって、人も神を殺めたがっていたからで...あれ?」
金魚の小さい脳みそはもうショート寸前だよ。
一体何が起きているんだ。
「私は、先代の「神」でね。
悪魔たちの予想通り、今代の「神」を守る結界装置の核を持っている。
それがある限り、君にも神は殺せないんだ」
おう。なるほどな。もう驚くのは全部後にしよう。
「私が神に就任する前、私とバハムートはどちらが「神」に就くかで争った。
バハムートは人嫌いだ。彼が神になってしまったら、人がどうなるかわからない。
だから、先代神の「リントヴルム」は私を推した」
空飛ぶ黒いクジラだな。昔のガルの敵だったのか。
「私の後ろ盾に先代神がついたように、バハムートにも支援者が居た。それが悪魔だ」
そうか。
後からコダ爺に聞いたことだが、アルゴスで会った狩人モドキのオライも実は悪魔だったんだよな。
悪の組織を裏切りたいって、そういう事か。
「もっと昔は、悪魔がそのような事をすることはなかった。魔界でひっそりと暮らしていただけだったんだ」
「そうじゃの。やつらとは住む世界が違う。干渉する必要はないはずなのじゃが」
コダ爺も首を捻っている。
「人間と魔族が、協力し合って異世界の者を召喚し、神を弑させようとしていた。
そうするように仕向けたのは、おそらく悪魔だ」
カマウェトーとはチリのモンスターです




