29話 爆発
爆発といっても、俺の身体が木っ端微塵になったわけではない。
そんなことしている場合じゃないからな。
ちょっと、理性による色々な制御を手放しただけである。
なぜか自然に抑え込んでしまっていた魔力と精妖力をたった今、開放しただけだ。
髪が逆立ち服が揺らめく。
俺を中心に高速で回る渦が形成され、水温が急上昇と急下降を繰り返す。
床、壁、天井...やがて建物全体が小刻みに振動し、パラパラと岩壁が崩れ始める。
その様子を見て顔色を変えた二人の女指揮官...タラッサ(声高)とラリッサ(声低)という名前か。
は、元凶を止めるべく動き出す。
「ラリッサ、今すぐ奴を止めるわよ! ガルトニクスも見つかってない上、兵を減らして...
城まで壊したとあっちゃ、流石に戻れないわ!」
「わかっている。やつを殺せば済むことだ。落ち着け」
岩の破片が落ちる中、タラッサが叫ぶ。
「はん! 自分とこの城を壊すっての!? よく平気で仲間を殺せるわね!」
「お前らのお陰で、もう城の中には生きている仲間は居ないようだ。
礼を言うよ」
俺が嘘を言っていないことを感じ取ったのか、二人は悔しそうに顔を見合わせる。
「チッ...ガルトニクスはもう外なのね」
「あいつを仕留めてから奴を追うぞ」
俺を仕留めるだって?
...ヘクターさんで満足できなかったのか。そうかよ。
結局彼に、俺が立派になる姿を見せることは叶わなかったな。
何か凄いことをやって、それが出来たのはあなたのお陰だって言って、ついでに様付けを回避する予定だった。
......予定、だったんだ。
ああ、すっげー死んでほしいな。特に、タラッサの方。
だけどダメだ。指揮官は、殺すものじゃない。捕らえるものだ。
だからこそ、いいよな。雑魚兵には、全員死んでもらっても。
片手に出現させた如意棒を二又に分け、それぞれの先端をリング状にして二人を捕らえる。
同時にチャクラムを操り、両手首を切り落とした。
叫ぶとうるさいから、口の中に氷の塊を作り出す。
信じられないものを見るような目でこちらを見ている二人に、一応結界を張ってやる。
そして。今度は本当に、怒りのままに全ての力を解き放った。
地鳴りのような重低音を轟かせ、ゆっくりと崩れていく龍宮城。
城の崩壊と同時に上方へ移動し、生み出された大量の岩の破片を周囲に浮かべる。
ぐるりと一周見回しただけで、敵兵の位置が全て頭に入る。
彼らの真上に破片を移動させ、一斉に下へ打ち込んだ。
同時に、城下町から絶えず聞こえていた剣劇の音が止む。
成功したようだ。よかった。
ほっとしていると、先端に二人の指揮官をくっつけたままの如意棒を持った大男が現れた。
ムキムキで、緑の三角帽子を被っている。どこかで見たような...
って、コダ爺じゃないか。
「びっくりした。誰かと思ったよ」
「驚いたのはこっちじゃわい。突然城を壊しよって。まぁ、城の中の連中は全滅したようじゃがの」
「そうか。重力を強くするのにも成功したか」
「ちょっとベニッピー! いきなり何するの!」
ここは水中だから、普通に岩が落ちてくるだけじゃ攻撃にならないと思って重力を...
って、誰だよ。
「誰とは失礼な! サトリ以外の誰が居るってのよ!」
まーじーかーよーー。
だがよく見れば、白い髪に白い翼の12歳くらいの少女は、確かにサトリっぽい。
普通に服着ているな。妖怪だから服も出せるのか?
「もっと感動的な場面で人化する予定だったのに。
あんたの魔力と精妖力に中てられて、早まっちゃったじゃない」
そりゃ悪かったな。
...そういえば、思いっきり爆発したせいか、あのどうしようもない怒りが収まっている。
勿論まだ怒り狂ってはいるが、冷静な思考が出来るようになってるな。
ガス抜きって大事だわ。
「はい。あの宰相さんの棒。拾ってきたわよ」
そう言ってサトリが差し出したのは、ヘクターさんの武器の鉄棒だった。
俺に棒が渡ると、もう手は必要ないとばかりにさっさと仔狼に戻る。
「ありがとな、サトリ。瓦礫の中から探すのは大変だっただろうからな」
「クゥーン」
さてと。次はガルのところに行かなくちゃな。
「こいつらはワシが見とるから、おぬしらで行ってこい」
「わかった。暫く頼むよ」
コダ爺が捕虜を見ておいてくれると言うので、俺とサトリはガルの元に向かった。
ヘクターさんが倒れるのをスローモーションで見ていた時。
俺は同時に、あの場で何があったかの...過去視をしていた。
コダ爺も記憶が読めるようになったようだし、こっちにも似たような能力が現れたのだろう。
何があった、というほどのものでもないかもしれないが。
視えたのは、10人程の子供たち。彼らと引率の先生は、社会科見学か何かなのだろう、城のどこかの部屋で、ヘクターさんや他の職員と和やかに話をしていた。
そこへ突然告げられる、敵襲の報。子供たちを家へ帰そうにも、城下町の方が危ない。
考える時間も無く、急接近してくる敵。そこにガルが現れ、子供たちを地下へ隠すことを提案する。
本来は立ち入り禁止の、存在すらも秘匿されている城の地下空間。ガルと先生、子供たちが下りていく。
ガルは上に戻ろうとしたが、ヘクターさんに止められる。少し揉めたが、結局引き下がった。
...視えたのは、以上だ。
地下空間へ続く階段がある筈の場所。
そこは、城の中庭の端にあった。
上に積もった瓦礫をどかし、地面をノックする。
「ベニッピーだ。開けるぞ」
一応声を掛けたが、おそらく届いていないだろう。
視えた映像では、一度地面を吹っ飛ばし、元通りに岩で固めていたから。
中にいる者に警戒されないように、そっと地面を削っていく。
1m以上掘り進めると、突然穴が開いた。
周囲に誰もいないことを確認して素早く地下に降り、天井を閉じる。
地下空間は、海の中の草原だった。なぜか地上のように明るい。
底には不思議な植物がびっしりと生え、中央に大きな白い樹が1本立っている。
「ガル。ベニッピーだ」
もう一度声を掛けると、白い樹の影から人化したガルが現れた。
続いて、怯えた表情の子供たちと先生も顔を覗かせる。
「ベニッピー。おかえり。
君がここに来たということは...」
「ああ。ヘクターさんは死んじまった。龍宮城も、俺が壊した。すまん」
彼は沈鬱な面持ちで首を振った。
「すべては、私の力不足が招いたことだ。彼の死も、兵士の死も、住人の...犠牲も」
「それは違う! 少なくとも、ヘクターさんがやられたのは...俺の目の前に居ながら死んじまったのは...
俺のせいだ」
あの時。彼の周りを囲んでいたのは、雑魚兵だけだった。それなのにヘクターさんはボロボロだった。
彼をそうさせた原因。城に攻めてきた軍の指揮官の存在に、どうして思い至らなかったのか。
彼が、平気そうな顔で、余裕に見えたから?
違う。...俺に心配をかけまいと、そう振舞ってくれただけだ。
俺が、油断をしたから。
すぐ目の前に居たヘクターさんを助けられなかったんだ。
再び怒りが再燃しそうになる。自分への怒りだ。
しかしすぐに、それを上回る無力感に打ち消された。
...ガルを、頼むって言われたな。こんな俺に。
頼まれたからには、当然引き受けるつもりだが。
ダメだよな、このままじゃ。また油断して、同じことになる。
――決めた。もう、繰り返さない。
もう二度と油断しないとかじゃない。それだけじゃ無理だから。
もう二度と、大切な人を目の前で死なせない。
それだけでいい。だがそれだけを実行するのが、どれだけ大変な事か。
もし、万が一できなかったら、その時俺はどうするのだろうか。
...考えても仕方がないか。
絶対にそうならないように、力を尽くすだけだ。
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とりあえず敵兵は居なくなったので、子供たちと先生を帰す。
親が無事で生きていれば、心配していることだろう。
俺はガルと一緒に、生き残った城の文官や職員を探した。
幸いにも、兵士と宰相が頑張ってくれたお陰で、非戦闘員が自力で城外に逃げ出す時間は稼げたらしい。
運悪くやられてしまった者たちもいたが、この国を動かす中枢の者たちの殆どは生きていたことが判明した。
地魔法が得意なコダ爺と協力して、城の跡地をざっと片付ける。
その広い空間に、超簡易的な建物と机、椅子を用意した。
どーぞどーぞと文官たちを招き入れる。
彼らはガルが無事だったのを見ると、心底ほっとしたように、少し落ち着きを取り戻した。
やはり、ヘクターさんの判断は正しかったらしい。
参謀本部がなんとか動き始めた中、指揮官二人を引き渡した俺は城下町を巡って怪我人の治療をして回った。
思ったよりも、死者や重傷者は少なかった。
前にガルが、この国は予備戦力まで使い切ったと言っていたが、だからこそ一般市民にも戦い方を伝授していたらしい。
小さな女の子まで勇敢に戦えていたのはその為だった。
武器よりも防具を大量に配給し、何よりも自分たちを自分で守ることを徹底させていたようだ。
...全然知らなかった。
打ちひしがれていた人々の表情も、元気に振舞う金魚と仔狼と小人爺を見ているうちに、少しだけ明るくなったようだ。
今の俺に出来ることはこれくらいしか無いからな。いくらでもフリフリダンスをしてやろう。
癒しの大道芸人のように街を練り歩いていると、使いの者が呼びに来た。
「ベニッピー様。王がお呼びです」
「わかった。今行く」
小さな子供たちにバイバイとヒレを振り、簡易参謀本部に向かった。
精妖力=妖精パワー




