26話 樹海
次の日、俺たちは朝から樹海に入った。
最初に聞いていた情報しか持っていないので、樹海内部の特徴や精霊の居所のヒントなどは何も無い。
端の方こそ普通の森林のようだったが、奥深くに進むにつれ、徐々に様相が異なってきた。
まず、鳥が居ない。
動物も、ネズミくらいしか居ないんじゃないだろうか。
昆虫はそこそこ見かけるが、通常の森と比較すれば少ない。
「動物が居なくては、私は何からも情報が得られない。
ベニッピー、樹から精霊のことを聞き出せるか?」
リディがやれやれといった風に首を振る。
「それがな...
俺には精霊が見えるんだが、まだ自我の無い下位の精霊しか見当たらん。
樹は、「そのうち会える」と笑ってるな」
「精霊が見えるのか」
「ああ。やっぱり人には見えないんだな」
「見える者もいるが、見えないのが普通だな」
ケヴィンが少し驚いている。
「見えないなら、どうやって連れていくつもりだったんだ?」
「精霊が居そうな場所で、事情を話す。了承されれば姿を見せてくれるはずだった」
不可視なのに、お願いマニュアルみたいなものが存在したとは。
精霊に願い事をすることが、たまにはあるのだろう。
「ベニッピー、人化が解けてる」
リディに指摘され、自分の身体を見る。
...両手がある。解けてはいない。
「解いてないし、俺には解けていないように思える。
たぶん、樹海の特性が出始めたんだ」
「なるほど。...サトリも元に戻ったようだ」
言われてサトリを見ると、巨大な白狼になっている。
翼もそのまま大きくなって生えている!
他の二人はそのままかな? と思って見ると、
リディは変化無しだったが、ケヴィンには蝙蝠みたいな翼が生えていた。
「おいケヴィン、実は飛べたのかよ」
「短距離ならばな。しかし疲れるので、ほぼ飾りだ」
そんな事を喋りながら樹海の深部へと歩みを進めていた時。
「こんにちは、皆さん。良いお天気ですね」
いきなり頭上から声を掛けられ、緊張が走る。
見上げると、太い樹の枝の上に緑の服の狩人が佇んでいた。
「何者だ。この森で狩りをする者はいないだろう」
剣を構えながらケヴィンが誰何する。
「狩人っぽい格好だからって、狩人だとは限りません。
私はただの使いの者ですよ」
リディが俺を後ろに隠しながら、こそっと告げる。
「いいかベニッピー。何かあったら、お前だけでも転移で一旦逃げろ」
「それはどうでしょうな。魔法を使うのは難しくなっているはずですよ」
狩人モドキに言われて気づいたが、確かに...魔力の手ごたえがあまり無い。
いつの間にか魔法使用不可結界に入り込んでいたようだ。
頑張ればなんとか転移はできそうだが...どこまで離れればまともに使えるのだろうか。
「こちらに敵意はありません。今のところは。
話を聞いてもらえますかな?」
飄々と言いながら、モドキがふわりと飛び降りてきた。
体重を感じさせない動きで着地すると、二カッと笑う。
「ケヴィン、リディ。大丈夫だ。こいつは本当のことしか言っていないし、言わないつもりだ」
「その通りです。ここはアルゴスの樹海ですよ? 今だけでも信じてくださいな」
モドキは俺に向かって会釈をすると、話を続けた。
「さて。私は「オライ」と申す者。サーガタナスの部下です。
彼の言いつけにより、世界中で強い者を探していました」
「誰だ、そいつ」
「簡単に言うと、世界を乗っ取ろうとする組織の一員です」
「ほう」
実にわかりやすくて助かる。
「私は主に、世界各地の海峡に海の魔物を集めて航海を停止させ、自力で空を移動できるレベルの者をあぶりだす仕事をしています」
「変な鳥を仕掛けたのはお前か」
「ええ。グリフォン程度にも勝てない、飛べるだけの者は必要ありませんので」
「それで? 探してどうするつもりだったんだ」
「組織の一員にスカウトし、断られたら抹殺するようにとのお達しです」
本当にこいつ、全く隠す気が無いんだな。
正直すぎて清々しい。
「んじゃ、その組織について教えてくれ」
「それがですね。「素晴らしい組織である。協力して成果を出した暁には、沢山の褒美を取らせよう」
以外に何も情報を与えるな、と言われているんですよ」
「酷い上司だな。今まで、それで頷く奴がいたのか?」
狩人モドキ...オライは悲し気に首を振った。
「居るわけないじゃないですか。全員に断られましたよ」
「だろうな。全員殺してきたのか?」
「まさか。私より強い者だっていたのに...最初から無茶な内容なんですよね」
「まったくだな」
なんか、可哀そうになってきたぞ。
というかコイツ、一体何がしたいんだろうか。
ケヴィンとリディも毒気を抜かれたように立っている。
「誰かに愚痴を聞いてもらいたかった、というのもありますが。
そろそろ組織を見限って、別の仕事を探すのもよいかと考えましてな。
あなた方は、見たところとてもまともだ。さらにここで精霊を探しているということは...
神の元に連れていくつもりですな?」
「まぁ...そんなとこだな」
オライも実はここの上位精霊とかじゃないよな。
なんでわかるんだよ。
「では、その後で悪の組織を裏切ってそちら側に付きますので、私が危なくなったら助けてください」
悪の組織って自分で言っちゃったよ。
「お前の組織ってのが、神にちょっかいをかけてる連中なんだな?」
「そうです。しっかりした者もいるのですが、私の直属の現上司などはそれは頭の回転が...なくて」
悪いを通り越して回ってないんかい。
「強い者が後から敵として現れると面倒くさいから、今のうちにこっそり消して回れって...
自分でやれやー!」
そのアイデアに関しては結構合理的な気もするが。
危険な仕事を部下にやらせるのはイカンな。
「どうして、俺たちが神のところに向かった後でなんだ?」
「それはもちろん、自分の目で見ればわかるからですよ。あの組織がいかに危ういかが。
私はそれまで忠実な組織の一員のフリをして頑張りますので」
オライはお辞儀をした。
「では、さらばです!」
そして、どこかに転移していった。
いつの間にか結界も解除されている。
俺たちは無言で顔を見合わせた。
あいつ、断られる前に去りやがったな。
「...少なくとも、奴は嘘は言っていなかった。頭の中は靄がかかって覗けなかったが」
「なぜ、俺たちがまともに見えたのだろうか。
それに...他に会ったという強い者に保護を求めてもよいだろうに、わざわざ敵対するであろう方に付くとは」
「この樹海で接触した者には、潔白を証明しやすいからじゃないか?
あと、少し気になったんだが...奴はサトリを気にしていた気がする」
「サトリを?...あいつのこと、知ってるかサトリ?」
「クゥン(No)」
暫く、あーだこーだと議論するも推測の域を出ない。
一旦オライの事は忘れ、前に進むことになった。
どんどん森の奥深くへ入っていく。
鮮やかな緑のコケに覆われた岩やゴツゴツした木の根。
フィトンチッドの匂い。
綺麗な木漏れ日、木の葉が風でそよぐ心地よい音。
そして、キラキラと舞うたくさんの下位精霊。
そんなものに囲まれて、なかなか気分よく上位精霊を探していたのだが。
「...っ、居ねぇーっ!」
ここまで奥深く進んだんだから、絶対一人くらい居るよな!? 見てるよな!?
こちらの内心はもう悟られているはずなのに、全然音沙汰が無い。
「通常の呼びかけを試してみるか」
「そうだな。案外あっさりと出てきてくれるかもしれない」
「...そんなにシャイか?」
兎に角、岩の上に立って呼びかけてみる。
試すのは俺だ。
「お邪魔してまーす。ベニッピーと申しまーす。
最近、神様の様子がおかしいんですけどー。
確認しに行くので、どなたかお一人一緒に来てくださいませんかー?」
辺りはシンと静まり返っている。
「ベニッピー、土産の事を言い忘れているぞ」
ケヴィンに言われ、思い出した。そうだ。
精霊に渡す土産を、ガルに持たされていたんだった。
「お土産に、ガオケレナの枝をお持ちしましたー」
そう告げた瞬間だった。
俺が立っていた岩の中から、次々にポコポコと精霊が現れ、ハイハイハイ!と猛烈に主張をし始めたのは。




