25話 胡瓜
リディはおもむろに鞄から謎の瓶を取り出すと、蓋を開けて地面に放り出した。
中身の黒い液体が地面に染み出す。
「あ、しまったー。触っても問題無いが、体内に入ると厄介な液体が地面に零れてしまったー」
棒読み口調でそう言うと、続けてもう一つ別の瓶を取り出す。
瓶の中から取り出した野菜...キュウリを見て、ボスと水虎の目が泳ぐ。
さらに取り出したまな板をケヴィンに持たせ、キュウリを載せて包丁で輪切りにする。
そして、俺とケヴィンの口に輪切りキュウリを押し込むと、自分も食べた。サトリも貰っている。
「美味いな」
「だろう? キュウリのぬか漬けだ。もっと食うか?」
「もらおう」
「ワフ!ワフ!」
突然、おいしそうに食事を始めた俺たちを見て、水虎たちがごくりと生唾を飲む。
(タベタイ...)(キュウリダ...)(ホシイ...)(美味そう...食いたい...)
食欲が伝わってくる。ボスも釣られてるな。
十分に水虎たちが焦れた頃、リディがまな板の上に残ったキュウリの輪切りを彼らに放った。
「余ったから、お前らにもやるよ」
思わず駆け出した水虎たちだが、地面に危ない液体が染みていることを思い出し、キュウリが地に落ちる前になんとかキャッチしようとする。
そんな中、頭の回る者…ボスは1匹だけ、警戒...はしてないな。
むしろ頭の皿を手に持って、大量のキュウリを上手に受け止めている。皿って取り外し可能なんだな。
その様子をボケッと見ていると、
「お前ら何してる!今だ!」
とリディに怒鳴られ、俺とケヴィンとサトリは慌ててキュウリを飲み込んでボスに打ちかかった。
結果。
大事な皿を手に持っていたことで、両手でのガードや爪攻撃、炎攻撃への水バリアが封印されたボスはあっさりと討ち取られた。
ボスが敗れたのを目にした水虎軍団も、キュウリを口に放り込んで散り散りに逃げていく。
水虎が去った竹林内を、竹に感謝されながら戻る。
聞くとどうやら、水虎が縄張りにしていたことで人に手入れしてもらえず、竹も苦労していたらしい。
百数十枚の皿と、通常の倍はあるサイズの皿1枚を持って、俺たちはギルドに帰還した。
受付で大量の皿を渡すと、職員が奥にすっ飛んでいって、ギルマスを引っ張ってくる。
大きな皿を見て目を丸くされながらも拱手で感謝され、約束通り通常報酬+金貨500枚の追加報酬を受け取った。
今回の依頼で、俺たち3人の冒険者等級も1ランクずつ上がることができた。
路銀に余裕もできたことだし、たまにはもっと高級な宿屋に泊まろうぜ!
という事で、俺たちは今、普段よりリッチな旅館の食堂でミニ満漢全席を囲んでいる。
「そういえばリディ。水虎の好物がキュウリだって知っていたのか?」
回転する赤いテーブルを回しながら、俺が質問する。
「ああ。以前、水虎を解剖した時に胃のなか」
「あーーー、待て待て待てわかった、すまん後で聞くすまん」
豪勢な料理を楽しむ為に、無粋な事を聞くのはよそう。
話題を変えようとしたところで、拾った赤い棒のことを思い出した。
「湖底で見つけたこの棒、なんなんだろうな」
そう言いつつ、片手に持って眺めてみる。
収納から取り出しても、コップの水が吸い寄せられていくことはないようだ。
ケヴィンが興味深そうに棒を見る。
「その色と特徴は、如意金箍棒ではないか。
伝説の武具の一つだ。...おそらく本物だろう」
「まじで? そんな珍しいものだったのか。どうしようコレ」
「確か、扱う者の魔力が少ないと力が発揮されない代物らしい。
魔力があまり無くとも、多少の伸び縮みくらいはできるようだが」
伸びるんだ、この棒...如意棒か。試しに少し伸ばしてみよう。
「10cm伸びろ」
と言うと、10cmピッタリ伸びた。
(先端15cm、曲がれ)
黙って念じても、見事に曲がる。
遠くのものも、引っ掛けて取れそうだ。
ウネウネしたら面白いなーっと考えたら、蛇のようにうねってくれた。
うっわ、おもしろいなコレ!まさしく伝説の便利アイテムだ。
そうやって楽しんでいると、口の中にキクラゲを突っ込まれた。リディだな。
「ぐむっ!?」
「しまえ。そして食え。目立ちまくってる」
「むー...」
やべ。つい遊んでしまった。
周囲の別のお客さんたちが、こちらに注目している。
「すみません。珍しいおもちゃを作ってあげたら、夢中になってしまったようです。
お忘れください」
ケヴィンがすました顔で、フォローしてくれた。
お客さんたちから、ホッとしたような笑いが起きる。
「嬢ちゃん、良かったな! 如意金箍棒そっくりな魔道具なんて、見たことないぞ」
「泥棒に持ってかれないように注意するんだよー」
温かいお言葉を頂く。
ウンウンと頷いて俺がニッコリ笑うと、注目はなんとか逸れていった。
そんなに有名な棒だったとは、恐れ入ったぜ。
微妙に気まずい空気になりながらも、最後まで美味しい食事を堪能した。
その後。
如意棒は、俺が持つことになった。俺が見つけたからだってさ。
そういやヘクターさんが、棒術を嗜むと言っていたな。
戻ったら土産として彼にあげようと思う。
翌日以降は、冒険者として受ける依頼の量をかなり減らし、ひたすら東に進む。
そのおかげで、半月ほどでアルゴス地方に到着した。
途中、ウラリーからの魔道具も届いた。
鳥が運んできたのだ。正確に言うとハクトウワシによる急宅便である。
リディが、位置情報の入った魔石を持っていたらしい。
小包を開けてみると、サークレットが入っていた。
耳当てじゃなくなったのか。
『お待たせしました!
魔法陣の機能を本体に移した事で、コンパクトに出来ました。
自動的に周囲の魔力を吸収するので、動力源の魔石も不要です。
精度も上がっていると思います。中央にスイッチ付きです。
返信不要 ウラリー』
という簡単なメモ書きも一緒にあった。
魔大陸の方角を拝みつつ、早速装着してみる。
すると、気を抜いても余計な思念が全く流れ込んでこなくなった。
近くの通行人をボンヤリ眺めてみても、静かなままである。
サークレットの中央には、翠の魔石が付いていた。これがスイッチだろう。
魔石に魔力を流すと、何も装着していない時と同じように頭の中が騒がしくなる。
...こいつぁ、便利だ!
如意棒といい勝負ができそうな便利アイテムだ!
テンションの上がった俺は、以前と同じように鑑定魔法を使ってみる。
そういや全然使っていなかったな、この魔法。
【深紅の流麗金魚の魔金冠】
魔道具。
高度な思念伝播抑制の機能を有する。
ミスリル製。頭部への衝撃を和らげる簡易結界展開機能付き。兜としての防御力も高い。
ベニッピー・ジャスパー(半妖魚)専用。
作成者:ウラリー・ブラン(人間)
命名者:同上
...すごいハイスペックだった。
ウラリーが魔大陸に帰還してからまだそんなに時間は経っていないはずなのに。
そして、やはり前の鑑定時の表示もバグではなかったようだ。
「ケヴィン、リディ。お前らが広めた『ジャスパー』って仮名、俺の姓になってるぞ」
「...バグでは?」
そう思うよなー。
「お前たちに会ったばかりの頃にも、既にそうなってた。
鑑定魔法に表示される情報って、どんな仕組みになってんだろうな」
「鑑定魔法は...普通は使用が禁止されているのだ。自力で使えるようになる者もまず居ないと聞く。
お前に用意した魔法陣は、主にウラリー達が組み上げたものだ。
召喚者のための特別仕様だから、通常では考えられないような高性能の能力付与がされていた。
鑑定の機能もそうだ。一般市民では、存在すら知らない者も多いだろう」
「つまり?」
「すまん。わからぬ」
「おっけー」
とりあえず、俺の名前の謎については今はわからない事を理解した。
「なぁ...」
「...なんだ?」
急に低い声を出した俺に、まだ何かあるのかとケヴィンがビクッと構える。
「この魔道具、ウラリーが名付けたようなんだが...」
「許してやってほしい。彼女の名付けの才能は全て魔法陣の方に吸い取られてしまったのだ」
「了解だ」
樹海の手前にある街に着いた日。
各自、一日を費やして情報収集を行った。
その結果、
・特に、新しく得られた情報は無かった
それがわかった時、皆思わず呆けた顔をしてしまった。仏頂面のやつもだ。
「強いて言えば、樹海の下の溶岩を生み出した山の名前が『アゲノール』だとわかったくらいか...」
そう。超巨大な富士山のような形の山が、すぐ傍にそびえていた。
しかし、麓の街で得られた情報がそれだけとは...
街の人々は、不思議な樹海を気味悪がってほとんど近寄らないらしかった。
多少道のりが長くなろうとも、森を突っ切って向こう側に出ることもないようだ。
それは樹海の周りに存在する、他の街も同じらしい。
その為、内部にはまともな道さえ無いという。
たまに、ストレスを抱えた者が鬱憤を吐き出し内心を整理しに行く事があるため、細い獣道はあるようだが。
こんなことならもっと龍宮城で話を詳しく聞いて来ればよかったな。
まさか、遠く離れた海底の城の者の方が詳しいとは思わなかった。
黒い液体の正体は醤油です。




