20話 帰還
翌日。
昨夜の怪物が通過した際に起こしてくれなかったことをまだブツブツ言っているウラリー、睡眠不足気味のリディ、事態が進展する可能性にやや表情が穏やかになったケヴィンに一旦別れを告げ、俺は荷物とサトリを抱えて飛び立った。
3人は、俺が戻ってくるまでエマームに滞在して復興作業の手伝いをするらしい。
「キャン!」
「自分で飛びたいのか?でもお前、そんなに速度出ないだろう」
「ワフー」
「なるほど。最高速度を把握したいと。いいぜ、やってみよう」
サトリを放すと、彼女はビューンと飛び始めた。
昨日よりも飛ぶのが上手く、速くなっているようだ。時速にして何㎞くらいだろうか。
「結構速いじゃないか。それにまだまだ伸びそうだ」
「ワン!」
「え、俺も?...まあいいか。じゃあ、よーいドンでスタートだ。
10秒飛んだらストップな。
よーーい...ドン!」
10秒間、できるだけ速く飛んでみた。
振り返ると、サトリとの距離がかなり開いている。
「スタート地点を覚えておくの忘れた。これじゃあ速度がわからないな」
「クーン」
「お前の倍くらいの速度だったって?そうか。
...具体的な数値が知りたいところだな」
急ぎつつも、楽しみながら移動する。
やっぱり誰かがいると楽しいものだ。
「ワッフ!」
「チャクラムか?これはおもちゃじゃないぞ。
危ないからやめとけよ」
「ウ~...」
「舐めてるわけじゃねえよ!
だが、言う通りかもな。いつ使うときがくるかもわからないんだから、早めに慣れといた方がいいのは確かだ。本番で使い手が怪我したら笑いものだしな」
「キャーン!」
という事で、俺たちは移動しつつもフリスビーで遊ぶことになった。
腰の革袋から一枚取り出し、サトリに見せる。
「見ての通り、これは凶器だ。安全に咥えられないと思ったら、絶対に避けろよ」
「ワン」
「俺も投げるのは初めてだから、変な方向に行っても勘弁してくれな」
「クン!」
最初は、ゆっくり投げてみた。思った軌道とズレたが、サトリは軽々とキャッチして戻ってきた。
何回か繰り返すうちに俺も投げるコツを掴んで、投げた後に魔力操作で軌道変化をつけられるようになった。
時々、サトリは敢えてキャッチしない。そんな時は、俺が自分の元に手繰り寄せて、手で掴む瞬間に速度を落とす。
これが意外と難しかった。何度も手を切りそうになったが、流石に俺の身体は硬くて傷一つ付かなかった。
人化した時にも硬度を保てていたらしい。
そんなこんなで、思いがげず空の旅路の最中にチャクラムの修行ができた。
「サトリ、ありがとな。なんとか使えるようになったよ。
複数同時使用はまだ先だな...」
「クフン」
「いや、それは練習しないと無理だろ。
しっかし、どんな状況で使うものなんだろうなコレ...」
「キャン」
「矢の先端を切り落とす? だったら物理結界張ればよくね?」
「ワッフゥー」
「マジかよ。結界破壊効果のある矢があんの? 流石によく知ってるなぁ」
伊達に何百年も生きる特殊狼なだけはある。
この世界に無知すぎる俺の、先生の一人になってくれそうだ。
地上に降りて休憩をとりつつも飛び続けること数時間後、ついに龍宮城付近の海域上空に到着した。
金魚形態に戻り、サトリを泡で包んで海に潜る。
やがて周囲が暗くなり、城の門が見えてきた。
門番に敬礼されながら通過し、扉番に挨拶して入城し、すれ違う者に挨拶されながら執務室を目指す。
実に懐かしい。僅か3日ぶりである。
「ベニッピー、報告の為戻りましたー」
「おかえり。早かったね」
扉を開けて、サトリを伴って入室すると、ガルとヘクターさんが目を丸くした。
翼の生えた狼なんて珍しいよな。
「たった3日で変貌して戻ってくるとは...さすがだねベニッピー」
なに、俺を見て驚いたの?
縮んだとはいえ、金魚形態ならさほどの変化は無いはずなんだが。
...何か嫌な予感がする。この表情、昨夜も見たヤツだ。
「あれ、ひょっとして気づいてないのかな?」
「...何にだ?」
「君、半妖になってるよ」
「..........。」
なんだと。
「半分、妖怪になってるって事か?」
「うん。その小さい狼の妖と、霊友になっただろう。魂友とも言うね」
頭が追い付かん。
まず、サトリは動物の狼ではなく「妖」だったわけだ。そこまではまだいい。
「れいゆう?」
「魂の格が近い者同士でのみ可能な、絆を結んだ間柄のことだよ」
詳しく説明してもらった。
霊友とは、
・格下の者が申請し、格上の者に名前をもらうと成立する。
・互いに、種族や年齢、能力などの受け渡しが行われる。その種類や程度はランダム。
・近くにいると、能力が底上げされる。
「あと、召喚魔法で呼び出す際のコストが凄く軽くなったり、相手の危機を察知できるようになるオプションが付いてるね。
他にもまだ何かあったかな...」
いつのまにか、サトリとそんな関係になっていたとは。
まだわかっていないだけで、実は互いにかなり激変している部分があるんじゃなかろうか。
追々確かめていくとしよう。
「半分妖になったとしても、金魚のままなら問題ない。
それより聞いてくれ、結構重大なことがわかったんだ」
そして、今回の仕事で得た情報を語った。
俺がどこで、何のために召喚されたのか。
高緯度地域ほど、重度の異変に侵食されている事。
既に知っていることも多いかもしれないが、一応全ての知り得たことを教えた。
「なかなか充実した3日間だったね。特に、君が別の名前で有名になっていたところが面白かった」
「ジャスパー人形は、流行りが収まるまでになんとしても手に入れなければなりませんね」
おい。
「で、俺は正体をバラして彼らに協力した方がいいか?」
「それなんだけどね」
ガルは一転して真剣な表情になる。
「神の目が虚ろだったという。普通ならば、そんなことは有り得ない。
だがその話が本当で、もし有り得るとすれば、神をその状態にした黒幕が居るはずだ」
「神さえどうこう出来る黒幕か。厄介にもほどがあるな」
「ああ。だから、彼らに協力して、神の様子とその周囲を探ってきてほしい。
それに...おそらく君でも、神を殺めることはできない」
「まじかよ。それなら本末転倒だな」
あいつらの努力も水の泡かよ。
流石に可哀そうだな...。
「彼らには、私がそう言ったことは言わないでほしい。
君が彼らに協力して、さらに詳しい情報を引き出してくれたら...全ての対応は、その後で決まるから」
「...わかった。俺は何も知らないふりをして、素直に手を貸してくればいいんだな」
「そういうこと。...ごめん、騙すようで心苦しいだろうに」
俺は首を振った。
「別に騙すわけじゃないだろう。最初から結論を知っているだけだ。
あいつらだって、ここまで用意したんだ。試さないわけにはいかないだろ」
「そう言ってくれると助かるよ。
...他には何か、気づいたことはなかったかい?」
何かあったかなぁ。
うーん...あ、そうだ。
「昨日の夜中、空飛ぶ黒いクジラが南西の方に飛んでったぞ。凄い邪悪な気配だった。
あいつが、一昨日の地震を起こしたらしい」
それを聞き、ガルとヘクターは今日一番驚いた。
二人は顔を見合わせる。
「バハムートが、復活したのか...」
「これは...まさか」
奴は「バハムート」という名前か。
リディも聞いたことがあると言っていたし、やはり無名の怪物ではなかったようだ。
「ベニッピー。バハムートまで絡んでいるとなると、かなり危険な仕事になるかもしれない。
今回以上に気を付けて行ってくれ」
「了解だ。他に何か助言はあるか?」
「ウラシア大陸の中央に、アルゴスの樹海と呼ばれる大森林地帯がある。
そこに沢山の上位精霊がいるから、一人でいいから説得して一緒に神の元に向かってくれ」
「...はい?」
龍宮城で一晩休んだ後、俺たちは渡された手土産を携えて出発した。
海面までは、ヘクターさんと一緒だった。
「では、行ってらっしゃいませ。くれぐれも、安全第一にお願いしますよ」
「ちゃんと注意して行動するよ。それよりも...本当に買うのか?ジャスパー人形」
「はい。もしも出来が悪いようなら、もっと詳細な部分まで情報提供してまいります」
「......。」
帰りにも行きと同じように、上空でサトリとフリスビー修行を行う。
今度は、複数同時に操る。サトリも、次々に投げ返す。
かなり難しくて、始めは無駄に魔力を消費してしまったが、慣れたら低コストで操縦可能になった。
「すごいなサトリ。フリスビー大会で優勝できるんじゃないか?」
「ワン!!(ガブッ)」
「ぎゃああぁ、いでででで!冗談だって!
お前の牙、どんだけ硬いんだよ!!」
そうして激しくじゃれ合いながらも、一路エマームを目指した。




