19話 幼退
ど、どうしよう。なんて答えよう。
俺がピキッと固まってしまった時、焼け残った山の奥から狼の群れが姿を見せた。
すると白狼が膝から飛び降り、群れと対峙して見つめあう。
何かを話しているようだった。
やがて、狼たちは暗闇へと帰っていった。
「留守を頼むってお願いしてた。狼たちがこれからも、村人を守ってくれるようだ」
リディが通訳する。
それは良かった。焼け落ちた山村を復興するのは大変だろうから。守護者がいると助かることも多いはずだ。
今ので考える時間も稼げた。
「俺の種族は、確かに人間じゃない。
俺は、ある所で雇われつつ冒険者をやっているんだが、一度、今聞いた話を持ち帰って報告してもいいだろうか。
もしかしたらの話だが...その後になら、かなりの協力ができるかもしれない。
その時に、種族のことも話せる思う」
「ふむ...
おまえの所属している先は、信用できるのか?」
「ああ。トップは話の分かるやつだ。
お前らが異変を止めようとしていると知っても、少なくとも邪魔はしないだろうな」
ケヴィンは頷いた。
「なるほどな。俺たちは、とっさに村人を助けたおまえを信用している。
そのおまえが信頼する頭なら、信用させてもらおう。
ウラリー、リディ、それでいいか?」
「もちろんです!ここの守護神にも懐かれたベニッピーさんですよ?
悪い人じゃないのはもう確かです!」
「私も異議は無い。むしろ正体が気になって眠れないから、はやくバラしてほしい」
ちょ、ちょっと今の「バラす」って打ち明ける方の意味だよな?
目つきが...解剖したそうに見えるんだが...
ぶるっと身を震わせて、一歩後ろに下がった。
白狼がてくてくと膝に戻ってくる。
「そういえば、その狼の名前はどうするんだ」
「あぁ。決めたよ。覚だ。」
当然、さとり妖怪からとっている。単純だが、的確だろう。
ちび狼改めサトリの目を見てそう言うと、身体から何かが抜けてサトリに流れ込んでいった。
それと同時に、俺の方にも何かが流れ込んでくる。
なんだ今の現象は。
「おい、お前今何を...って!!」
サトリの背中から、何か白いバサバサしたものが伸びてきた。
それはみるみるうちに、完成する。
...鳥の翼だった。
「なんで翼が生えてくんだよ!」
「おい...おい、ベニッピー!」
「なんだ?」
「おまえ、...自分で気づいてないのか?」
一体何がだ。3人が、俺とサトリを交互に見て、驚いているようだ。
まさか、俺にも翼が!?
「おまえ......縮んでるぞ」
「はぁ!?」
縮んだのは、昼間のサトリの方だろうが。
俺は黒の組織御用達の毒薬なんて飲んでねえぞ。
だが3人が本気で驚いているので、不安になって立ち上がる。
...視界が、低くなった気がする。
ついでに、服がダボついている気もする。
.........。
「サトリ、てめぇ!
自分が縮んだからって、俺の年齢も持っていくとは!返せ!!」
「ベニッピー、落ち着け。サトリの方は数百歳もってかれてる。
それに比べればお前は3歳程度だ。許してやれ」
「俺が今何歳だと思ってんだ!貴重な年齢を!」
そこで、ハッと気づく。
やべ、1歳だって言う所だった。
「俺...じゃあ今、12、3歳に見えるってことか?」
「そうだな。より女の子っぽくなってる」
「やっぱり許さん!」
その後、翼でパタパタ逃げ回るサトリとの追いかけっこが暫く続いた。
夜。近くで3人が寝静まったのを確認すると、そっと寝床を抜け出す。
眠る時くらい、人化を解きたい。
それに、寝ている最中に人化が解けて目撃されないとも限らない。
なので、俺は別の場所で眠ることにしたのだ。
勘が良くて俺の正体を知りたがっているリディなんか、特に危険だしな。
絶対に見られない場所に行こうと思う。そう、サトリの住処だ。
「サトリ、お前も行くか?」
「クゥン」
行く、と言ったので、二人で静かに飛び立った。
あの後、サトリの意思が何となくわかるようになっていることに気付いたのだ。
耳には子狼の鳴き声にしか聞こえないが、何が言いたいのかの内容だけはしっかり伝わるようになった。
岩の洞穴の石台の上に、持ってきた鳥かごを置く。
俺が鳥かごに入ると、サトリは籠に寄り添うように横になった。
「おやすみ、サトリ」
「...クン」
______________________________
2時間近く眠っただろうか。
俺は、突如近づいてきた邪悪な気配に飛び起きた。
傍らでは、サトリが姿勢を低くして小さく唸っている。
ヤバい。ヤバい奴が、近くに来ている。
こちらに向けての殺気は感じないが、寝ている場合じゃない。
高速で、一直線に進んでいるようだ。...これは空を飛んでいるな。
気配を殺して、そっと洞穴の入り口から様子を伺う。
そして俺は絶句した。
翼の生えた漆黒のクジラが、上空を静かに飛んでいる。
いや...クジラに似ているが、形がやや歪だ。
そいつはどうやら北東の方から飛んできて、そのまま南西に向かっているらしい。
岩山の上を通過し、闇夜に溶け込むように消えていった。
......。
はぁぁぁぁぁ......。行った......。
起きたばかりなのにドッと疲れが出たような気がする。
サトリが、毛を逆立てている。
「キャン!クーン」
「え。あいつが...昨日の地震を起こした?
マジかよ...
つーか地震ってなんで発生するんだっけ...」
日本にいる時、地震は何度も経験した。
水槽の水が溢れないか、水槽が棚から落下しやしないかと、その度に戦々恐々としたものだ。
「そろそろ戻るか。
あいつら、今の気配で起きちまったかな。
抜け出したこと、なんて言い訳しようか...」
村の焼け跡に戻ると、ケヴィンとリディが起きていた。
こちらを見ると、ホッとしたような顔をする。
「どこに行っていたんだ、ベニッピー」
「夜の散歩だ。それよりも、あいつ見たか?」
「ああ。遠くてよく見えなかったが。
あんな危険な奴が飛んでいるとなると、ここらもそろそろ危ういかもしれんな」
「俺には黒いクジラに見えた。サトリによると、昨日の地震の原因は奴だそうだ」
リディが眉を寄せる。
「空飛ぶ黒いクジラ...?どこかで聞いたことが...」
「聞いたことがあるのか」
「たぶん。だが昔のことで何も思い出せない」
「そうか」
それよりも。と、彼女が俺を見た。
「起きた時に既に居なかったから、あいつを追いかけていったのかと思った」
「んな危ない事するか!」
「お前なら、気づかれないように追跡して、向かった先を突き止めて戻ってくる事くらい簡単だろう」
いや、怖すぎて本能的に無理です。
しかし、俺の仕事は情報収集だ。確かにそれくらいした方が良かったのかもしれない。
身の安全第一とは言われたが、できる能力があるのならばやるべきだろう。
「そうだな。簡単かはともかく、また同じような機会があったら追ってみるか。
助言ありがとな」
「おいリディ、何を唆してるんだ」
「思ったことを言っただけだ。私にもそれができれば、そうしていた。
...地震を起こせる空飛ぶクジラなんて、すごく興味深い」
リディは目をキラキラ...というより、爛爛と光らせている。
不味いな。こいつに、お喋りできる空飛ぶ金魚なんて会わせてもいいのだろうか。
一抹の不安を覚えながらも、二人と同じように寝床に戻り、朝まで休んだ。




