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金魚戦記  作者: 悠布
1章 騰蛟起鳳
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16話 山神

 人が二人並んで歩くのがやっとなくらいの、細い山道を進む。

 道といっても、当然整備はされていない。

 大きな岩がゴロゴロ転がり、それを避けるために曲がりくねった、獣道だ。

 真新しい狼の足跡が、いたるところに見受けられる。


「マロシュさん、普段はどのくらいの頻度で祭祀を行っていたのですか?」

「年に2回ほどです。

 この山で採れた山菜や果実をお供えし、自分たちをお守りくださっている事への感謝を述べ、村の外で何が起こったかなどの情報をお話しするのです。今ではこちらからの一方通行の話となってしまっておりますが...」

「なるほど。やはり普通の狼と同じような、完全な肉食というわけではないと」

「...しかしそれも、1年前までの話です、以降は供物も、前回供えていったままの状態で残っておりました」

「やはり、(やしろ)に籠ったまま降りてきていない可能性が高いのですね」

「...はい。一体何があったのか、見当もつきません...」


 以降は特に重要な話をすることも無く、ひたすら黙々と山登りを続けた。

 日が落ち、手早く就寝の準備をする。


「そういえば異変が起こった後も、狼たちが人を襲うことはなかったのですか?」

「はい。そして家畜の襲い方も、少し不自然でした。

 囲いの中に飛び込んできて、僅かな数を殺した後、全く手を付けずに去っていくのです」

「食べるのが目的ではない、そして多くを殺すことも目的ではない、ですか...」



 その夜は、狼の遠吠えは聞こえなかった。



 翌日、さらに翌々日も山登りを続け、体力の無い者から順次ヘトヘトになっていった頃。

 ついに、祭祀を行う場所に到着した。


 まだ山の山頂には遠いが、平らな開けた地面が広がっている。

 この辺りにだけ、樹も生えていない。

 そして中央に石のテーブルのような台が設置され、腐った果物の残骸と鳥の糞が散らばっている。


 石台の上を片付けながら、マロシュが上を見上げた。


「あちらが、岩棚と社です」


 巨大な一つの岩の上に、張り出した平らな岩と、その奥に洞窟のような穴の開いた岩が載っている。

 今にもガラガラと崩れ落ちてもおかしくないような、絶妙な均衡だ。


「すごいな。あれが自然物なのか」

「はい。ずっと昔から、地震がきても崩れることはなかったと」

「この国には地震があるのか」

「結構な頻度で、あちこちで発生しますよ。地震の無い国からお越しでしたか」

「ああ。地面が揺れるなんて、考えただけでも恐ろしいな」


 今まで崩れなかったからといって次も大丈夫な保証は無いのでは、とケヴィンは不安になる。

 暮らしていれば、慣れてしまうものなのだろうか。


「ではリディ、フィト。行くぞ」

「私は問答無用で留守番ですか、そうですか。まあ足を引っ張るので当然ですけどね。

 ケヴィン、リディ、戻ってきたときに一つでも私の質問に答えられなかったら、3週間は許しませんからね。

 全てを目と耳に焼き付けてきてくださいよ」


 そんな会話を交わした後、3人は岩に登っていった。




 スイスイと登るケヴィンとリディに遅れて迷惑を掛けないよう、フィトは必死に岩を掴む。

 同じ生き物のはずなのに、動きがまるで違う。

 うっかり下を見ないよう、先を行く二人の背中だけを見つめる。


「フィト、まったく焦る必要はない。

 どれだけ時間がかかってもいい。自分のペースで、安全第一に登ってこい。

 落ちても俺たちはお前を助けられないし、お前が居なくなれば、山神の意思を伝えられる者はもう二度と現れないんじゃないのか」


 そう言われ、彼はハッとする。

 確かにそうだ。自分は、無事に生きて帰らなけれなならない。


「ありがとうございます。ゆっくりと、登らせていただきます」




 一体どのくらい登り続けたのだろうか。フィトはついに山頂に到着した。

 最後は、先に着いていた二人に引っ張り上げてもらう。


「ここが、岩棚の上...」

「ああ。そして社か。十分に注意して行くぞ。フィト、決して俺たちから離れるな。

 ...凄まじい魔力を感じる」


 そしてリディ、フィト、ケヴィンの順に、洞窟の中に進んでいった。


 洞窟と言っても、岩山の上に載っているものだ。広くはない。

 ほんの少し進んだだけで何かが見えてきて、3人は立ち止まる。

 

 巨大な白い狼が、苦し気に、石の台の上に横たわっていた。

 それでも村で見た狼とは違い、しっかりと理性を保った目をしている。

 

 ケヴィンとリディは仰天する。

 この白い狼が、大量の魔力の源であるのは間違いない。

 驚いたのは、彼女が魔力を持て余し、今にも決壊しそうになっていたからだ。

 

 彼女はまずフィトに目を留めると、次いでリディに目を向ける。

 どちらも無言のまま、時間が流れる。

 そして。


「大変だ。火山が噴火する。

 ただちに村人を避難させなければならない」



_______________________________




「...え?」

「フィト、説明は後だ。彼らに乗れ」


 リディは、どこからともなく出現した狼たちを指さした。


「彼らに乗って、岩山を降りる。下でウラリーとマロシュもそれぞれ狼に乗せ、村へ戻る。

 エマーム以外に、近くで人が居る場所はあるか?」

「...っ、あります!3か所、少し離れて暮らしている人たちが!」

「手分けして避難させる。今すぐ、下の二人の分もを含めた配分を考えてくれ」


 フィトは叫びだしたいほどに混乱していたが、無理矢理心を落ち着ける。

 火山が噴火する。ならば今、彼らを助けることが出来るのは、それを知っている自分しかいないのだ。


「ここから、沢が一つ流れています。その沢沿いに、家が二軒。お二人はそちらへ回ってください!

 僕は、少し複雑な場所の家に向かいます。

 下の二人には、村への連絡を!」

「わかった。では行くぞ。ケヴィンも早く乗れ」

「あ、ああ」


 混乱しているのはフィトだけではない。

 乗れと言われても...と一瞬、ケヴィンが躊躇していると、


「ケヴィンさん、早く!」


 と、既に狼の背中によじ登って身体を伏せ、しっかりと腕を回したフィトに急かされる。


「す、すまん」


 ケヴィンも慌てて狼に乗り、身体を伏せた。

 自分が足を引っ張るわけにはいかない。


「行くぞ」


 リディの号令の元、3人を乗せた3頭の狼+2頭の狼は、一斉に岩山を下った。




 ウラリーとマロシュは3人を心配しながらも、のんびりと雑談をしながら待っていた。

 そこへ、狼に騎乗した3人が上から降ってきたので、ぽかんとする。


「火山が噴火する!狼に乗り、ウラリーとマロシュは村へ戻って人を避難させろ!」

「へ?」

「村人が死ぬぞ!私たちは他3か所の家に向かう。村は任せた!」


 そう言って、3人は瞬く間に散ってしまった。

 あとに残されたのは、未だ呆然とする二人と狼2頭。


「...っ、行きましょうウラリーさん!」

「は、はぃぃ!」


 2人も必死に狼へ乗り、村へと駆け出した。









 5人がそれぞれ人を避難させてまわっている頃。

 ベニッピーは、上空からエマームの村を探していた。


 ルンベックから一つ前に戻った位置にある街は、「エマーム」という山岳地帯の村らしい。

 山の中にあるだけあって、平地の街ほど簡単には見つからないから、飛行高度を落としている。


 それにしても、何か変だな。でも何が変なんだろう。

 地中のエネルギー...魔力が、乱れているのか?

 もともと一定のものではないのだが、この辺りは特に、不自然に動いているように感じる。


 

 その時、突然、地表が動いた。

 見間違いかと思い目を凝らしたが、確かに山の木々が揺れている。

 それと同時に、魔力の狂いがピタリと止まる。


 一拍の後、前方に見える岩山の頂上で、莫大な魔力が弾けるのを感じた。

 頂上から流れ出した魔力は、隣の山へと地中から吸い込まれていく。

 

 大量の魔力を吸った山が、ぶわりと震える。

 そして次の瞬間。


 山が噴火した。




 ...え?まじか。

 エマームってこの辺だろう。嘘だろ?


 慌てて下を探すと、丁度すぐそこに、村が見えた。

 木造の家々は山の保護色で、実にわかりづらい。


 とにかく、俺は急いで村に降り立った。

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