15話 裏側3
ベニッピーがロルカに上陸した日から、6日ほど前のこと。
ケヴィン、ウラリー、リディの三人は、エマームの村に着いていた。ベニッピーの予想した通り、ザパスとルンベックの間に存在する村である。
ここまで全く情報を得られなかったことで、彼らの表情は明るくはない。
特にケヴィンは、判断を誤ったかと焦っていた。
こんなにも何の手がかりも目撃者も無い事態は、想定していなかったのである。
ジャスパーのことは諦めて、最初から次の者を召喚する選択をすべきだったのでは。
もう少し粘れば何かを得られるかもという期待と、一刻も早く戻りこれ以上時間を無駄にするなという理性の間で、彼は葛藤していた。
エマームに到着したのは、そんな時だった。
「さぁ、着きました、ここがエマーム村ですね!
ギルドは無いようなので、依頼は出せません。いつも通り、手分けして聞き込みです!」
「...ああ。この村には大きな川が流れている。リディ、水辺の生物には特に念入りに頼む。できるだけ多くの者にあたるぞ」
「わかった。ケヴィン、焦るな。おまえの判断を採用したのは責任者のウラリーだ。
...それに、もうすぐ何かがありそうな気がする」
「そうです、私が責任者なのです!ゆえに、最後まで責任をもってジャスパーさんを探します。
貴方は焦ると判断を誤るのですから、焦ったら黙っておいてください。というか既に焦っているという事は、既に誤っているということですね。なのでこのまま進むのが正解です!」
ウラリーとリディに励まされ(?)、ケヴィンは頭を切り替えた。確かに、言われた通りなのである。
そしてリディの勘は非常に精度が高いのだ。
ちなみに彼女は今まで、ジャスパーの居場所について「全くわからん」と言っていた。だからこれまで通ってきたルートは、探索効率と推論から、彼とウラリーで考えたものだ。
「そうだな。ひとまず落ち着くことにする」
「まったくです。そんな暗くて怖い顔をしていたら、村の人たちが逃げて行っちゃいますよ。
ほら、こっちを見てる...って、あれ?」
ウラリーが驚いたのは、村人たちが、ケヴィン以上に暗い雰囲気を漂わせていたからだ。
村の入り口で派手に(一人だけ)騒いでいる彼らを目にとめ、数人が近づいてくる。
「あんたら、冒険者か。運が悪い時に来ちまったな。
...もう、良くなることはないかもしれないが」
「冒険者というか、探し者をしている旅人ですね。この村の暗い雰囲気の理由をお聞きしても?」
「ああ。愚痴みたいになっちまって悪いが、つきあってくれるなら有難いくらいだ」
そう言って彼らは、この村で今何が起きているのかを語った。
山岳地帯に存在するエマームの村は、昔から狼と共存していた。
普通の狼は、人を襲う事こそ少なけれど、家畜を襲う害獣だ。
しかしこの村の狼は、家畜を襲うことも無く、むしろ僅かな畑の作物を狙ってくるシカやイノシシを追い払ってくれるような、特別な存在だった。
それはこの村が、太古から山奥に住むという「山神」を敬い祀り、山の恵みを敬虔に享受する生き方をしていたからだという。
だが、それが1年前、突然変わった。
狼たちが凶暴化し、家畜を襲うようになったのだ。
シカやイノシシを牽制するのをやめ、そればかりか畑の柵をも破壊する。
夜には村の家の近くまで下りてきて、威嚇するように遠吠えする始末。
「酷いもんだろう。
1年前、他の地域でも次々に異変が起こったのは知っている。この村の異常も、それに入るんだろう。
だから多分、俺たちの暮らし方が悪いから山神が怒ったとかじゃなくて、別の原因があるはずなんだが...
もう、村を捨てるしかないのかと途方に暮れてるんだよ」
エマームの村人は、そう一息に語った。
ケヴィンとウラリーが、同時にリディを振り返る。
「私は、動物と意思の疎通ができる。彼らの知能が高いほど正確に。
夜になったら、聞いてみよう。...でも、期待はするなよ」
「なんだと!?そんな事ができるのか!?
...凄い。ぜひともお願いしたい」
彼らが揃って深く頭を下げたので、リディは驚いた。
「なぜ簡単に信じるんだ」
「親切にしてくれる人を初めから疑ってかかるような者に、この山で恵みを受け取る資格はねえよ。
騙されたらその時に、残念だったなぁ、アイツは哀れなやつだなぁって思えばいいんだ」
夜になり、村の宿屋で休んでいた3人の耳に、動物の遠吠えが届く。
「...来たか」
彼らは頷きあい、部屋の外に出ていった。
あの後、できるだけ多くの村人たちにジャスパーの目撃情報を聞いて回ったが、案の定収穫は無かった。
水辺のカワウソや亀、山のタカやトンビからも、赤い魚を見たという話は上がってこない。
残念なことだが、ここまでは想定内であった。
別の部屋で待っていた案内役の村人サムソンに導かれ、一行はそっと宿屋を後にする。
不気味な遠吠えだけが響く静まりかえった村の道を歩き、川の水音が聞こえ始めた頃にサムソンが立ち止まった。
彼は木立の裏に隠れ、合図を送ってきたので3人も同じように身を隠す。
しばらく息を潜めて待つと、対岸の森の奥から狼の群れが姿を現した。
ケヴィンとウラリーには暗くてはっきりとは見えないが、鋭く光る一対の眼が10以上は並んでいるようだ。
狼たちは川岸に立つと、村の家々に向かって一斉に吠える。
宿屋の部屋でもしっかりと聞き取れた声が、今はすぐ近くでする。本能的に身体が硬直するような、物凄い迫力である。
サムソンは固まってしまっていたが、3人が在籍していたのは魔生物科。狼たちの様子を観察するにつれ、皆緊張を忘れていく。
「見えますか、二人とも!彼ら、結構魔力をはらんでいますよ!動物なのに」
「ああ。見える限り、外見は普通の狼だ。あれは後天的な魔力だろうな。どうやって身につけたのか」
「魔物になったわけじゃないですよね。雰囲気はまだ、動物っぽく感じます」
「あいつら、理性が本能に飲み込まれそうになってる。話してくるからここで待っていろ」
そう言ってリディはスッと姿を見せた。
狼たちが遠吠えをピタリと止め、爛爛と光る眼でこちらを見つめる。サムソンは腰を抜かしかけている様子だ。
彼女は一頭一頭に目を向け、ただじっと立っている。
そのまま何分経ったのか。
やがて、狼たちが一頭、また一頭と後ずさりしては踵を返し、森の奥へと静かに戻っていった。
「今日は帰ったと思う。サムソン、怖がらせて悪かった」
リディが座り込んでいる彼の手をとって立ち上がらせようとするが、いつの間にか本当に腰が砕けていたらしい。
仕方がないのでケヴィンが背負って帰ることになった。
道中、静かに話をする。
「本来、連中には相当の知力がある。なのに理性が飛びかけていて、まともな会話はできなかった。異常だ。
見ての通り、魔力をはらんでいただろう。あれが原因なのは間違いない」
「何か、他にわかったことは?」
「村人を追い払わなければ、という強い意志を感じた。だが、悪意からくるものじゃない。
むしろ、その反対か...?」
「奴らは、群れのリーダーの意思で動いていたか?」
「いや、少なくとも今の群れにリーダーはいなかった。それなのに、一つの目的を遂行しようとしていた。
つまり...どこかに上がいる」
ケヴィンの背にいるサムソンに目を向ける。
「サムソン。山神とは、実体のない神のようなものか?
それとも、強い力のある狼の上位個体か?」
彼は力なく首を振った。
「すまない、俺にはわからない。個人的には、神に等しい存在だと思っているが。
だが、俺よりもずっと詳しい者がいる。祭祀を司る役目の者たちだ。
明日、彼らに聞いてみるから...申し訳ないが、もう少しつきあってもらってもよいだろうか?」
サムソンは頭を下げる。
「構わない。非常に興味が湧いてきた」
「同感です!興味本位でこちらこそ申し訳ないですが、もっと首を突っ込んでもいいのでしょうか!?」
「元より数日は滞在するつもりだったしな。異変の事例の一つとして参考にさせてもらえるなら、礼を言いたいくらいだ」
3人ともから即座に心よい返答をもらえて、彼はもう一度、心からの礼を述べた。
翌日の朝、朝食をとってすぐに、昨日に引き続きサムソンの案内で村の外れに向かう。
山奥に存在する社へと続く山道の麓に、昔から祭祀役の者たちが住んでいるという。
そして、彼らはその家の座敷に通された。
簡単に挨拶と自己紹介を交わした後、リディが口を開く。
「単刀直入に聞く。山神は、動物か?」
「はい。神か動物かと言われると、動物になるのでしょう。
しかし、当然ただの狼ではございません。少し説明をさせていただけますか」
彼らが語ったのは、この山の狼の不思議な生態だった。
・山神とは、巨大な白い雌の狼。
・何百年も生き、死ぬとすぐに普通の狼の群れから赤子として再び誕生する。
・彼女は、必ず白い毛皮と強大な力・魔力をもって生まれてくる。
・このあたり一帯の山に生きる全ての生き物を守護し、害為すものを排除する。
・普通の狼たちは、彼女に従っている
「私どもは、代々祭祀のお世話をさせて頂いている一族でございます。
現在は、この私と隣に座る息子のみ。
もっと昔、我らの一族からは、山神様の意思を汲み取る能力を有する者も、頻繁に誕生しておりました。
今お話ししたことも、我らが自分で実際に確認したことではなく、代々伝えられていることです」
そう言って、初老の男は息をついた。
「私どもが村人と山神様の架け橋となることも、お役目の一つでごさいます。
...不甲斐ない自分を、情けなく思うばかりです」
隣に座るまだ若い息子も、拳を握ってじっと俯いている。
「そうか。わかった。山神と会ってみよう。
一族の者以外でも、会うことはできるのか?」
「山神様は、山の山頂にある岩棚の上の、天然の社にいらっしゃいます。
我らが祭祀の準備をして登っていくと、いつも必ず岩棚の先までいらしてお待ちになり、お迎えしてくださいました。
しかし...この一年ほどは、お姿をお隠しになられたままなのです」
「なるほど。会えるかは不明と。
岩棚の上まで登ることは?」
「...できなくはないと思いますが、人間が登るには時間と労力が必要なことでしょう」
「できるならやるまでだ。そこまで案内してくれ」
黙って耳を傾けていたサムソンが慌てる。
「おい、その気持ちは非常に嬉しいが、行きに3日、帰りは2日はかかる険しい山道だぞ。
なんでそこまでしてくれる?あんたらに迷惑かけるつもりはねえよ」
「サムソン、この村の危機なんだろう。おまえ一人が断っていいのか」
「っ、そりゃ、そんな権利も断りたくもないけどよ!
あんたたちだって、遠くから来て探しものの旅の途中なんだろ!?こんな大変な寄り道させちまうのは申し訳ねえよ」
「いいから黙って感謝しろ。こっちは興味があるから行くだけだ。どっちにも利があるんだよ」
サムソンは黙り、初老の父親は頭を下げ、若い息子は何かを拝み始める。
ウラリーがソワソワし始める。
「もう行くしかないですねぇ、非常に楽しみです!
もっとも、私は岩棚の下で留守番になりそうなのがもっと辛いのですが」
ケヴィンは若い息子...フィトに目を向けた。
「おまえにも岩棚の上まで登ってもらうから、準備してくれ」
「...わかりました。足を引っ張らないように頑張ります。よろしくお願いします」
翌日の朝、昨日一日かけて整えた準備をもって、5人は山道の麓に立っていた。
彼らの前には村人が勢ぞろいしている。300人ほどいるだろうか。
どの顔も、僅かに灯った希望に期待を込めて輝いている。
「いってらっしゃーい!」
「あんちゃん達、ありがとね!よろしく頼むよ!」
「おいフィト、岩登りすんだってな。落っこちんじゃねぇぞ」
「マロシュ、おまえは自分の年齢弁えて無理すんなよ!」
狭い村だ。噂はあっという間に駆け巡ったらしい。
盛大な見送りに、リディは少し顔をしかめる。
「そんなに期待されても困る」
「みなさん、事情はわかってますよ。これは期待じゃなく、感謝です!
存分に受け取りましょう!」
ウラリーは大きく彼らに手を振った。
「行ってきまーす!首を突っ込ませてくれて、こちらこそ有難うございまーす!
期待せずに待っててくださいねー!」
どっと起こった笑いに背中を押されるように、彼らは村を後にした。




