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金魚戦記  作者: 悠布
1章 騰蛟起鳳
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12話 上陸

「じゃあねベニッピー。何かあったら、すぐに報告・連絡・相談に戻ってくるんだよ。

 ベルタ、彼をよろしく頼むね」

「お任せくださいっす!」

「ベニッピーさん、貴方なら大丈夫ですよ。初仕事なんですし、気負う必要はありません」


 なんだろう。この、はじめてのおつかい的な送り出しは。いや、1年生の初登校か?

 スパイのような仕事ってさ、「正体バレるから戻るな!」とか「無能な奴には死を」みたいなシビアな世界を想像していたんだが。

 まあいいか。むしろ有難い。


「ああ、行ってくる。有益な情報を持ち帰れるように努力する。

 お前は無理するなよ、何かある前に俺を呼び戻してくれ」

「行ってきまっす」


 軽く手を振り、ベルタと共に泳ぎだした。

 

 


 今から向かうのは、龍宮城の南東にある島国「パレンシア」の海岸沿いの地方都市「ロルカ」である。

 彼女はそこの冒険者ギルドに登録しているらしい。俺も冒険者の肩書きを得るべく、同じ場所で登録する予定だ。

 しばらくハイスピードで泳ぎ続け、徐々に海底が浅くなってきたところで人化する。髪の色も黒に変えた。

 

 ベルタがそっと海面から顔を出し、周囲に目撃者かいないか確認する。

 問題ないようなので、人気の無い海岸にコソコソと上陸した。


 久しぶりの地上だ。土と緑、そして生き物の匂いがする。


「うぃー…、暑いっすー。いつまでたっても最初は慣れないっすー」

「おい、まじで辛そうだが本当に大丈夫なのか?」


 ベルタは顔を赤くして、ヘフへフしている。

 俺は慌てて結界を張り、周囲の気温を少しだけ下げた。ついでに、そよ風も吹かせる。


「ありがとー、ベニッピーさん。持つべきものは有能な後輩っすねー」

「急激な温度変化は俺たち魚にとっちゃ、致命的だもんな。

 ...これじゃ、チンピラにも勝てないわけだよ」



 

 少しして彼女が復活したので、結界を解いて歩き出す。

 片足が地面に触れるごとに、丁度身体から自然放出されるだけの魔力を流していく。

 俺が歩くと、踏みつけられた足元の雑草から喜びの感情が漂ってくる。Mか。


「それ、宰相に教わったやつっしょ?めちゃくちゃ器用っすね!」

「ん、何が?先輩だって今やってるじゃないか」

「自然放出量ジャストを流せてるじゃないっすか!私なんて、結構こぼしてるっしょ」

「あぁ、なるほど。言われてみれば、確かにこれ難しいしなぁ」


 はたから見たら、俺よりも彼女の方が魔力の多い者に思われるだろう。

 それでも全く問題ないレベルなのだが。


 人間の魔力量は、魔族、天族、エルフ族などに比べると少ない。

 他種族だということにしないのは、人間の街に潜入する以上、彼らに擬態するのが一番だからだ。


 雑談をしながら(それで良いのだろうか)テクテク歩き、海岸沿いの雑木林を抜け、人通りの多い道に出た。


「おー...。街だ...」


 そう。街なのだ。

 この世界へ来て初めて見る、人間の街。

 暖かみのある低い建物と、布でできた露店が並び、様々な表情をした人々が行きかう。

 店の客寄せの良く通る声、色鮮やかな果物、混じりあった食べ物の匂い、活気のある気配。


 店は沢山あるのだが、食べ物以外は用途不明な売り物が多いな。


「はい、行きますよ、お上りさん。街の観光は、冒険者になった後っすよー」


 思わず歩みの遅くなった俺の背中をポンと叩き、先輩が誘導する。

 そうだった。肩書きを手に入れる方が先だ。


 商店街を通り抜け、少し雰囲気の変わった街を進むと、一つの大きめの建物の前に着いた。

 入り口を出入りする者たちは、一般市民よりも強そうに見える。


「ここがこの町の冒険者ギルドっす。いいっすか、新参者のお上りさんは、登録の前後に必ず絡まれるっす。

 相手は幼児、自分は悟りを開いた求道者のつもりで、敬語で華麗に躱すっすよ」

「応、任せとけ」

「私は入り口で待ってるっす。健闘を祈るっすー」


 ヒラヒラと手を振るベルタを置いて、一人で建物内部に進む。

 絡まれないのが一番なのだ。

 ゆえに俺は、常に人と人の中間の位置を歩き、堂々と前を向きつつ、誰とも目を合わせないように視点を定めず、気配を消して登録受付カウンターに向かった。

 

 の、だが。


「よう、嬢ちゃん。その若さで、なかなかやるようだな。

 俺たちと依頼行かねェか?」


 あと3歩のところで声を掛けられた。

 でもこれは絡まれたんじゃないな。むしろ好意的なお誘いだ。それに免じて嬢ちゃん呼ばわりは許してやる。

 ていうか新参者に思われていないのか。


「お誘いありがとうございます。しかし俺は今から冒険者登録をする素人ですので、貴方たちの足を引っ張ってしまうと思いますよ?

 あと、自分は男です」

「坊ちゃんだったか。邪魔して悪かったな、登録してきてくれ」

「はい。お気になさらず」


 よしよし、完璧な敬語だった。偉いぞ俺。

 

 残り三歩を歩み、カウンターに無事到着する。


「冒険者の登録をお願いします」

「かしこまりました。犯罪歴の確認をいたしますので、こちらの水晶玉に左手を載せてください」

「はい」

「…ありがとうございます。身分証明書のようなものはお持ちですか?」

「ありません」

「わかりました。それでは、お名前と出身地、年齢、誕生日を、わかる範囲でお願いします」

「名前はテオ。出身地はロルカ。歳は16歳。星霜暦1729年4月生まれです」

「…了解いたしました。それでは腕輪を作成しますので、少々お待ちください」

「はい」


 予め決めておいた個人設定をすらすらと述べた。すんなりと登録できそうで何よりだ。

 冒険者の身分証明には、個人情報と等級が記された腕輪が使われる。

 偽造・紛失防止の機能もついているらしい。便利だな。


 少しして、カウンターに黒い腕輪が載せられた。


「お待たせしました。こちらがベニッピーさんの証明腕輪です。

 等級は現在、ランク1です。

 昇級すると、腕輪の色も変わります。

 冒険者について、もっと詳しい説明をお聞きになりますか?」

「いえ、先輩がいるので大丈夫です。ありがとうございました」

「それでは、安全で楽しい冒険者ライフをお送りください」


 やったー、身分証明証を手に入れたぞー。

 

 冒険者は誰でもなれるものだが、犯罪者は左手に仕掛けが施されるので、登録ができないらしい。

 なので、最低限の身分保障にはなるのだ。


 用事を終え、振り返って数歩歩いたところで、ガラの悪そうな連中が近寄ってきた。

 今度こそ本命のお越しのようだ。

 俺が今、黒い腕輪を受け取ったのを見ていたようである。


 先頭の男が、自然な素振りで俺に肩をぶつけようとしてくる。

 ぶつからせるわけにもいかないので、掠りもさせないよう大きく回避する。

 だが、


「おぃおぃおぃぃ、随分な態度じゃねえかよぉ。オレはバイ菌かぁ?

 躾がなってねぇようだなぁ、このガキがぁ!」


 結局どちらでも絡まれる結末だった。

 酒臭い。こいつ昼間から呑んでるな。


「すみません、そんなつもりはなかったのですが。では失礼します」

「あぁん!?謝りゃいいってモンじゃねぇだろぅがヨォ!」


 後ろから肩を掴んできそうな気配がする。さっさと逃げるか。

 

 しかし、俺に向かって伸びてきた毛むくじゃらな手は、途中でガシッと止まった。

 先程依頼の誘いに来た男が、腕を掴んで止めてくれたようだ。


「相手の実力も測れねーのに、誰かに絡むんじゃねェよ」

「んだとぉ!?てめぇ、放しやがれ!」

「おめェの為に言ってんだ。もう止めとけ」


 男は酔っ払いの腕をあっさり離した。

 酒男はまだ非常に不満げな顔だったが、周囲の注目が集まり始めているのを察知した彼の仲間たちによって、どこかへ連れていかれる。


「...っ覚えとけよ!」

「いや、忘れてあげますよ」


 最後まで丁寧に返答する。

 よっっし!最初の洗礼をクリアしたぞ!


 助けてくれた男に礼を言う。


「ありがとうございます。助かりました」

「いいってことよ。ここで問題を起こされて困るのは俺だかんな」


 彼はギルドのパトロール隊なのだろうか。冒険者だよな?

 ま、いいか。


「さっきの話の続きなんだが。一緒に依頼に行ってみないか?

 初心者なんだろう。全ランク受注可能な依頼も多いからよ」


 そうなのか。

 冒険者の肩書きになったのだから、本来の仕事と依頼を両立するのが一番だ。

 個人で活動するよりは、最初だけでも誰かと組んでノウハウを身につけた方が良いかもしれない。

 ベルタはこの後すぐに自分の仕事に戻るので、一緒にパーティを組んだりはできないのだ。


「そうですね...とりあえず一度、一緒に依頼をというのは、俺にとっては有難い申し出です。

 でもこちらは素人なのに、甘えてしまってもいいのでしょうか」

「素人だろうが熟練者だろうが、役に立つ立たないは関係ねぇよ。

 やりたい依頼(仕事)がないか、あそこ(掲示板)を見てくるといい」

「…ありがとうございます。ちょっと見てきますね」


 なんて良いヤツなんだ。自分の幸運に感謝する。


 依頼が張り出されている掲示板を見る。

 基本は等級に応じて、受注可能な依頼は決まっている。ランク1は、雑用や採集が多いようだ。

 人探しや迷子のペット探し、失せ物探しなど…探す系が、全等級受注可能のようだ。


 人探し、良いかもしれない。色々な場所に出かけ、情報を集めるのならば、仕事と両立できる。

 

 並ぶ似顔絵を見ていると、その中に、変なものがあることに気づいた。

 ごにょっとした、人の顔でも犬猫でもないイラストがある。

 近づいてじっくり見てみると...それは俺だった。


 危うく奇妙な声を上げるところだった。

 今の見た目は人間だが、思わず周囲を確認してしまう。

 当然だが、誰も気づいてはいない。


 挙動不審にならぬよう気を張りつつ、説明書きを読む。

 

 『空を飛ぶ魚。基本の体色は赤だが、変色も可能。

  膨大な魔力量と硬い身体を持ち、かなりの知性がある。

  そのため、上記の情報以外の状態である可能性も高い。

  

  もし発見したら、人探しをされていたことと私の名前と連絡先を伝え、可能ならば丁重にお連れしてほしい。


  依頼主:ケヴィン・エルランジェ

  連絡先:ロルカ、白桔梗亭』


 

 ......なんということだ、本当に俺は探されていた。

 しかしこんな冗談のような内容を信じて、本気で探す者が果たしていたのだろうか。


 慌てて、紙を持って依頼受注カウンターに行く。


「あの、この依頼って...」

「…あら?こちら、受注期限が切れていますね。ひと月近く前までです。

 すみませんね、依頼書が多くて、撤去し忘れていたようです」

「俺、この探し人、知ってるかもしれないんですけど...」

「そうでしたか。誰かを探して街を移動して、冒険者ギルドに依頼を出し、短期間で去っていく人は多いですからね。

 記してある連絡先の宿に行けば、次の行き先くらいはわかるかもしれませんよ」

「そうします。ありがとうございました」


 宿の場所を教えてもらい、カウンターを離れる。

 もうこの街にはいないのか。

 ケヴィンという名前。おそらく、召喚されたあの場に居た、立派な服の怖い顔の男の可能性が高い。

 

 ...丁重にお連れしろと書いてあったな。それに、話せば俺が自分からやってくるかもしれないと考えているようだ。

 うーむ。真意はわからんが、追うしかない。

 情報収集の仕事なのだから、最優先事項に相当するだろう。


「すみません、たった今、急用ができてしまいました。急いでこの街を発たねばなりません。

 お誘い、本当に有難かったです。いつかまたお会いした時には、その時こそご一緒させてください」

「そりゃ残念だ。楽しくなりそうだったのによ。旅の無事を祈ってるぜ」

「はい。貴方も」

 

 男は手を振った。

 俺は一礼し、速足で外に出ていった。




「ギルマス、残念だったな。せっかく面白そうな新人を見つけたのに」

「ままならぬ方が面白いこともある。そのうちまた来るだろうよ」

「ていうかギルマス、いつも言っていますけど、非番の日くらいちゃんと休憩したらどうですか」

「何度も言わせんなよ。冒険者が俺の休憩だって言ってんだろ」


 黒髪の新人が去ったギルド内で、こんな会話が交わされていた。

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