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金魚戦記  作者: 悠布
1章 騰蛟起鳳
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11話 準備

 座学だと!?

 つまりお勉強だ。机に向かってペンを握り、文字だらけの本と格闘する苦行。

 

「なぜ震えているのですか?

 さあ、始めましょう。まずは敬語、地理、一般常識からです」


 そして俺は力尽きた。



 ...。



 いや、生きてるけどな!?

 彼が宰相だってこと、修行のせいで忘れかけていたんだよ。

 

「敬語は大切です。人間には愚かな者もいて、自分よりも身分の低いものに敬語を使われないと、喧嘩を売ってきたりします。その場合買ったら負けなので、最初からトラブルを避けるしかないのです」

「うへぇ。なんで負けるんだ?」

「話が通じないから、その場では勝っても必ず後から恨みを買うのですよ」

「ひぃ」


「この世界にはいくつか大陸があり、それぞれに多くの国が存在します。海に面している大きな国ほど、国力があると思ってよろしいです。

 種族は人間の数が一番多く、他に魔族や獣人族、天族、炭鉱族、エルフ族などもおります。

 私たち海に暮らすもの達は、「族」というくくりにはなりません」

「俺が生まれた世界には人間しかいなかったな」

「そんなこともあるのですね。さぞや平和な世界だったのでは?」

「肌の色や宗教が違うって理由で、大昔から争いを繰り返しているよ。

 色や考え方に上下なんてあるわけないのにな」


「一般常識ですが、こればかりは地域によって異なります。その時々で周囲に合わせるしかありません。

 逆に言えば、何か浮くような言動をしてしまっても、取り繕いやすいので。頑張って乗り切ってください」

「お、おぅ...」


 てな感じで、敬語、文字の読み書き、大まかな地理、基本的な人間の常識をマスターした。

 軽く言っているけど、サメとの修行よりも遥かに大変だった。


「では最後に、擬態の仕上げをします。

 もうご存じの通り、私たちは皆、魔力を放出し続けています。

 しかし貴方の魔力量はかなり多いので、警戒心を抱かせてしまうかもしれません。

 なので歩くとき、地面に触れた足の裏から地中に放出してください。それで大抵の者には、魔力の少ない人間に見えるでしょう」

「むずっっ!」


 足裏からの放出自体は難しくはないが、何か別の事を考えたり行っている時に、しかも歩きながら常にだ。

 何度も繰り返して、自然にできるように慣らすしかなかった。





「どうだい、ベニッピーの調子は」

「凄いとしか言いようがありません。魔法関連では、教えたことのほぼ全てを習得しました。

 彼がマスターした事のうち、私にも出来ることは半分程です。理論上でしかできないと考えていた現象が、こうも目の前で次々に実現するとは...」

「そうか。ならもう大丈夫だろう。

 地上から、空飛ぶ小さな魚を探している者たちがいるという情報が入った」

「!

 その目的は?」

「不明だ。しかし、積極的に自分たちの噂を流しているらしい。敵意が無い可能性も高いな」

「だと、いいのですが。今更ながら、そんな場所(地上)に彼を送り出すことを躊躇ってしまいそうです」

「ふふ、信じてあげなよ。手塩にかけて育てた自慢の弟子だろう」


 ガルトニクスは、師匠バカを発動させつつあるヘクターを微笑ましく見やった。


「それに、結果的には一番、彼のためにも我々のためにもなるのだから」




____________________________




 やっと修行期間が終わったぁ!

 俺は、明日から地上任務に就く。それにあたって、ガルからプレゼントがあるらしい。

 なんだろうとワクワクしながら執務室に向かい、軽く声を掛けて扉を開けた。


 その瞬間、眼前に飛来する凶器らしきモノ。


「ぬわっ!」


 咄嗟に、物理防御結界、魔法防御結界を張り、身体硬度を引き上げた上で身をかわす。

 さらに油断せず、敵の正体と居所を探り、次の攻撃に備えて魔力探知の精度を上げる。


「お~。すっごい成長したねベニッピー」


 気の抜けるようなのんびりとした声がする。

 敵の正体はガルだった。


「何するんだ、一瞬心配しちまっただろうが。それに、なんだコレ?

 ...円盤?」


 背後の岩壁に突き刺さったままの、凶器を引き抜く。

 穴の大きいCDみたいだ。外周は鋭い刃でできている。


「チャクラムだよ。今のように、投げた先のものを切断する。

 それは魔道具でね、使用者の魔力を予め流しておくと、手元に戻ってくる優れものだ。

 つまり、投げた後も軌道を変えることができる。

 君へのプレゼントさ」


 そう言って、片手で別のチャクラムを扇のように広げる。

 まだ他に何枚もあったようだ。


「君がここへ来たときに一緒にあった魔力品の中に、これらが混じっていた。

 入っていた革袋はボロボロだったし、チャクラムもみな錆びついていたけどね。研いだら綺麗になったよ」


 新しい革袋に重ねて収め、渡してくる。


「遠距離でも使える物理道具は便利だよ。持っておくといい」

「...ありがとな。こんな立派なもの。

 使いこなせるように、地上で鍛錬するよ」


 俺は有難く受け取り、腰のベルトにぶら下げた。

 すると、今度は服と靴を渡される。


「地上の人間は、大体こういう服装をしている。明日はこれを着ておいてね」

「了解だ。...って、なんで女物もあるんだよ!」


 服は2セットあった。男物と女物。

 なぜだ。


「それは勿論、君がどちらにも見えるからだよ。髪を下ろせばより少女に見えるね。

 まさに情報収集にうってつけの見た目だ。そんなところも優れているんだよ、ベニッピーは」

 

 いやそんな感動したように言われても。

 願わくば、女物は未着用のままに仕事を終えたい。

 

 それ以前に本当は、今、人化した時に着ているような恰好で過ごしたいんだが。

 ここでの一般的な服は、元の世界の和服に似ている。

 暮らす者たちが様々な形をしているので、基本は袖の無い着物を着てベルトを締め、腕や足のある者たちは必要に応じて袴を穿いたり上着を羽織ったりしている。履物だって草履だ。

 渡された服は、洋服のようなピッタリとした構造である。靴も、すっぽりと足を包んでしまう。

 動きにくそうだが、仕方がないか。






 俺の仕事は、地上で、最近の異変に関係すると思われる事象を見聞し、それに対する人間や各種族の動向を探ることだ。それを竜宮城に持ち帰り報告するまでがセットだが、どの情報を追跡するかなどの取捨選択は、当然ながら俺の裁量に任せられている。

 簡単に言うと、ターゲットの無いスパイだ。

 こんな重要な任務を、ここへ来てまだ2ヶ月の新参者に委ねてもいいのだろうか。

 俺の他にも同じような任務に就いている者はいるらしいし、ヘクターさんに教育も受けたが、うまくできるか心配である。


 そんな不安を口にすると、食堂で隣に座って一緒に夕食をとっていた先輩が、カラカラと笑った。


「大丈夫っすよ、ベニッピーさんなら。

 私なんて、最初に地上任務にでた時なんか、チンピラにも一撃で屠られそうな弱さだったんすから」


 彼女の名前はベルタ。種族はリュウグウノツカイだ。

 数少ない人化が可能な者の一人で、地上での情報収集をやっている。

 俺が明日、初めて地上へ仕事に行くので、その引率のために一時的に戻ってきてくれているのだ。

 いつもは、敵対している国のスパイをしているらしい。


「チンピラって...なんでそんなヨワヨワ状態で行ったんだ?」

「そりゃ、ある程度ちゃんと訓練してから向かったっすよ?でも地上は暑くて暑くて。

 もうヘロヘロで、適応するまでは生命維持に全力を出していたんっす!」

「おぅ...大変だったんだな...」

「ベニッピーさんは地上から来たって宰相に聞いたっすよ。

 なら最初から万全で臨めるじゃないっすか!私よりもずっと強いんだから、もう超余裕っしょ!」

「なあ、そんなに強さが必要な仕事なのか?一般人に紛れての情報収集なんだろ?」


 ベルタは目をぱちくりと瞬かせた。


「そっか、まだ言ってなかったっすね。私たちの地上での肩書きは「冒険者」っす。

 だから血気盛んな者に絡まれたり、魔物と戦ったりもするんすよ」


 なんと。そうだったのか。

 実はチャクラム、貰ったはいいけどいつ使うんだろうって思っていたのだ。


 魔物か。

 それに俺を探している者たちもいるって聞いた。

 たぶん、あいつらの事だよな。

 

 俺、生きて帰ってこられるかな...


 ますます不安になってしまいながら、夜は更けていった。

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