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金魚戦記  作者: 悠布
1章 騰蛟起鳳
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10話 人化

「人化できるんだな...知らなかったぜ...」

「必要な時にしかやらないからね。さすがに水中で揚げ物はよろしくない」

「人化し続けるのには魔力を使います。普段なら問題にならない程度のごく僅かな消費量なのですが、今のガルトニクス様は無駄な消費ができませんので。

 最近は、多少不便ですが執務もすべて本来の姿で行われているのです」

「イカリングの食感のために使うのは無駄じゃないのか」

「最重要事項と言っても差し支えないね」


 そうだった。こいつは意外とグルメなんだった。

 サクサクもぐもぐと食べながら、結構重要なことを聞かされている気がする。


「それって、みんな出来るのか?」

「いえ、魔力量と魔法技術が優れていなければ不可能です。この城でも、他には数人しか人化できる者はおりません」

「ベニッピー、君もできると思うよ。やってみたら?

 その方が絶対、イカリングが食べやすいはずだ」

「そうだな。実はすっげー食べずらかったんだよ、大きな食べ物。

 で、どうやって人型になればいいんだ?」


 ガルがナチュラルにボケている。ツッコミ役(ヘクターさん)は...あ、レモン絞るのに夢中で機能していない。

 

「まず、人の身体を思い浮かべる。できるだけ詳細な部分までね。

 次に、今の自分の身体のパーツが、人体のどこに相当するのか、イメージで擦り合わせる。

 それができたら、脳内イメージを保ったままで、ブワッと魔力を使ってみるといい」


 そんなアバウトで可能なのだろうか。

 ええと、人間の指は5本だったよな。親指は短くて、でも足の指はさらに短くて...

 頭には髪が生えていて、眉毛もあって、手足は先の方が細くて...うん、無理だ。わからん。

 このまま人化したら異形の生物になってしまうだろう。


「すまん、はっきりと思い出せない。ちょっと服脱いで手本を見せてくれ」

「えー、面倒くさいなぁ、手ベタベタだし...。ヘクター、私の代わりに見せてあげてよ」


 ヘクターさんの方がレモンで手がグチョグチョなんだが?


「私はまだ、レモンを絞る作業で忙しいのです」


 と、レモンだけを見つめたまま、どこからか取り出した布でサッとガルの手を拭くヘクター。

 果汁は既に最後の一滴まで搾り取られ、皮が悲鳴を上げているが、まだ止めるつもりはないようだ。


 それを見て苦笑したガルが、仕方ない…と言いつつも、服と靴(邪魔な布)を取り払ってくれる。

 さらに親切にも、全身の関節を曲げ伸ばししてみせてくれた。


「ほら。大体こんな感じだよ」

「さんきゅー!これで半魚人にならないで済みそうだ」


 腰に残った短パンのようなものを見る。


「それは取ってくれないのか?」

「人間はね、腰布の下を見られると死んでしまうんだよ。難しい作りじゃないから、想像で補えるさ」

「そうなのか。わかった。意外と大変な生き物なんだな」


 何故かヘクターさんがこちらに背を向けてプルプルしている。レモン汁が目に飛び込んで反撃でもしたのだろうか。


 ガルがテーブルクロスを被せてくれた。

 それにくるまり、自分の身体とのイメージの擦り合わせをする。

 俺が人の身体になるなんて想像もつかないが、やるしかない。

 イカリングにかぶりつく為に。


 一気に魔力を放出する。

 すると身体がカッと熱くなり、一瞬、全ての感覚が断ち切られた。

 でも不思議と、体がウニョーンと伸びていく実感だけはあった。


 


 五感が戻ると、俺はクロスを纏って床に倒れているようだった。

 なんとか上半身は起こしたが、足を使って立ち上がることはできない。

 近づいてくるガルとヘクターさんが、すごく立体的に見える。


「おー、一度で成功するとは。やっぱり凄いね、ベニッピー」

「この事実だけでも様呼びするのに十分ですよ。...ベニッピーさん」


 そんなに難しいものだったんかい!

 だが確かに、魔力が枯渇しかけている。


「イカリング...早く食わねぇと...」

「そうだね、冷めてしまう。手の指は使えそうかな?」

「う…まだ無理そうだ。両掌で挟んで食べるよ」


 肘を曲げるのも大変なのだ。

 それほどに、魚類と哺乳類の身体は別物だった。


「私が食べさせてあげてもいいんだよ~」

「初々しいパパみたいな顔すんな。レヴィアタンの威厳どこいったよ」


 自分で言ってハッと気づく。俺の見た目どうなってんだ!?


「鏡を貸してくれ!あと、死なねえように腰布も用意してくれると助かるんだが」

「はい。取りに行ってまいります。少々お待ちください」


 ヘクターさんが、人型のままスイスイと泳いで部屋を出ていった。


 とりあえず、イカリングにかぶりつく。

 そして、決意した。

 以後食事の際は、必ず人型になると。

 そういやガルもヘクターさんも、本来の姿が十分に大きいもんな...。羨ましい。


「ベニッピー、年齢はいくつなんだい?」

「1歳になったばかりだ」

「そうか...君はまだ赤ん坊だったのか...」

「ざけんな、赤ん坊がこのサイズか...って、まてよ、まさか指が使えないのって、もしや本当に...

 年はそのまま人型に反映されちまったってのか...!?」


 そんなバカなと戦々恐々としていると、ヘクターさんが戻ってきた。


「とりあえず、サイズと形状が合いそうな兵士の制服をお持ちしました。履物と下穿きもありますので、身に着けてみてください」

「ありがとう」


 受け取って、クロスの下でごそごそと服を着る。

 毎朝リョウタ様が制服に着替えるのをを見ていたから、着衣の仕方は分かっている。

 なんとか手はにぎにぎできるくらいには慣れてきたので、床に寝転んだまま必死に頑張った。なにせ死活問題だ。


 着物と上着を羽織り、ズボンを穿いて履物に足を突っ込んで上半身を起こすと、ガルが抱え上げて椅子に座らせてくれた。

 ヘクターさんが、大きめの鏡を持って前に立つ。

 

 鏡に映る人影は、どうしても自分には思えない。種族が違い過ぎる。

 年齢は、リョウタ様より少し下くらいだろうか。赤ん坊ではない。良かった。

 俺の自慢の体色は、頭髪に反映されたらしい。光を受けて、深紅の長髪が輝いている。


「なかなか派手だね」

「そうか?赤い部分が少なくなって、むしろ地味だと思うが」

「赤髪の人間はいないから、かなり目立つはずだよ。人に紛れる時には、色を変えた方がいい」


 人に紛れるだって?まさか。


「ああ。丁度そろそろ次の段階に進めそうな頃合いだったんだ。

 ...君には、人間に扮して地上の情報収集を行ってもらいたい」






 イカリングを食べ終え、ガルとヘクターは元の姿に戻った。俺は、慣れるためにまだそのままだ。

 二人が仕事をしている横で、一人泡の中に残り、歩いたり走ったり跳ねたりと人型修行中。

 逆立ち歩きができるようになったところで、ガルが笑いながら声を掛けた。


「もう十分だよベニッピー。一体何になるつもりだい」

「この身体がおもしろくてな。人体が水草よりも柔らかく曲がるなんて知らなかった」


 ジャンプして泡を突き抜け、水中に戻ったところで、突然動きが悪くなった。

 呼吸は普通にできているが、手足が重い。


「なんだこれ!?お、泳げないぞ!」

「そりゃあ、空気の中で生活する生き物の身体だからね。泳ぐなら手を回したり、足をばたつかせるといい。

 少し難しいけど、下半身だけ元に戻すという手もある」


 さっき見たヘクターの泳ぎを真似て、少しずつ進む。

 半分だけ人化なんて、多分まだ出来ないだろうから。


 近くに来た俺を確認して、ヘクターさんが微笑む。


「見た目は、問題なさそうですね。

 では修行その2、座学に移りましょう」





 .........。

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