10話 人化
「人化できるんだな...知らなかったぜ...」
「必要な時にしかやらないからね。さすがに水中で揚げ物はよろしくない」
「人化し続けるのには魔力を使います。普段なら問題にならない程度のごく僅かな消費量なのですが、今のガルトニクス様は無駄な消費ができませんので。
最近は、多少不便ですが執務もすべて本来の姿で行われているのです」
「イカリングの食感のために使うのは無駄じゃないのか」
「最重要事項と言っても差し支えないね」
そうだった。こいつは意外とグルメなんだった。
サクサクもぐもぐと食べながら、結構重要なことを聞かされている気がする。
「それって、みんな出来るのか?」
「いえ、魔力量と魔法技術が優れていなければ不可能です。この城でも、他には数人しか人化できる者はおりません」
「ベニッピー、君もできると思うよ。やってみたら?
その方が絶対、イカリングが食べやすいはずだ」
「そうだな。実はすっげー食べずらかったんだよ、大きな食べ物。
で、どうやって人型になればいいんだ?」
ガルがナチュラルにボケている。ツッコミ役は...あ、レモン絞るのに夢中で機能していない。
「まず、人の身体を思い浮かべる。できるだけ詳細な部分までね。
次に、今の自分の身体のパーツが、人体のどこに相当するのか、イメージで擦り合わせる。
それができたら、脳内イメージを保ったままで、ブワッと魔力を使ってみるといい」
そんなアバウトで可能なのだろうか。
ええと、人間の指は5本だったよな。親指は短くて、でも足の指はさらに短くて...
頭には髪が生えていて、眉毛もあって、手足は先の方が細くて...うん、無理だ。わからん。
このまま人化したら異形の生物になってしまうだろう。
「すまん、はっきりと思い出せない。ちょっと服脱いで手本を見せてくれ」
「えー、面倒くさいなぁ、手ベタベタだし...。ヘクター、私の代わりに見せてあげてよ」
ヘクターさんの方がレモンで手がグチョグチョなんだが?
「私はまだ、レモンを絞る作業で忙しいのです」
と、レモンだけを見つめたまま、どこからか取り出した布でサッとガルの手を拭くヘクター。
果汁は既に最後の一滴まで搾り取られ、皮が悲鳴を上げているが、まだ止めるつもりはないようだ。
それを見て苦笑したガルが、仕方ない…と言いつつも、服と靴を取り払ってくれる。
さらに親切にも、全身の関節を曲げ伸ばししてみせてくれた。
「ほら。大体こんな感じだよ」
「さんきゅー!これで半魚人にならないで済みそうだ」
腰に残った短パンのようなものを見る。
「それは取ってくれないのか?」
「人間はね、腰布の下を見られると死んでしまうんだよ。難しい作りじゃないから、想像で補えるさ」
「そうなのか。わかった。意外と大変な生き物なんだな」
何故かヘクターさんがこちらに背を向けてプルプルしている。レモン汁が目に飛び込んで反撃でもしたのだろうか。
ガルがテーブルクロスを被せてくれた。
それにくるまり、自分の身体とのイメージの擦り合わせをする。
俺が人の身体になるなんて想像もつかないが、やるしかない。
イカリングにかぶりつく為に。
一気に魔力を放出する。
すると身体がカッと熱くなり、一瞬、全ての感覚が断ち切られた。
でも不思議と、体がウニョーンと伸びていく実感だけはあった。
五感が戻ると、俺はクロスを纏って床に倒れているようだった。
なんとか上半身は起こしたが、足を使って立ち上がることはできない。
近づいてくるガルとヘクターさんが、すごく立体的に見える。
「おー、一度で成功するとは。やっぱり凄いね、ベニッピー」
「この事実だけでも様呼びするのに十分ですよ。...ベニッピーさん」
そんなに難しいものだったんかい!
だが確かに、魔力が枯渇しかけている。
「イカリング...早く食わねぇと...」
「そうだね、冷めてしまう。手の指は使えそうかな?」
「う…まだ無理そうだ。両掌で挟んで食べるよ」
肘を曲げるのも大変なのだ。
それほどに、魚類と哺乳類の身体は別物だった。
「私が食べさせてあげてもいいんだよ~」
「初々しいパパみたいな顔すんな。レヴィアタンの威厳どこいったよ」
自分で言ってハッと気づく。俺の見た目どうなってんだ!?
「鏡を貸してくれ!あと、死なねえように腰布も用意してくれると助かるんだが」
「はい。取りに行ってまいります。少々お待ちください」
ヘクターさんが、人型のままスイスイと泳いで部屋を出ていった。
とりあえず、イカリングにかぶりつく。
そして、決意した。
以後食事の際は、必ず人型になると。
そういやガルもヘクターさんも、本来の姿が十分に大きいもんな...。羨ましい。
「ベニッピー、年齢はいくつなんだい?」
「1歳になったばかりだ」
「そうか...君はまだ赤ん坊だったのか...」
「ざけんな、赤ん坊がこのサイズか...って、まてよ、まさか指が使えないのって、もしや本当に...
年はそのまま人型に反映されちまったってのか...!?」
そんなバカなと戦々恐々としていると、ヘクターさんが戻ってきた。
「とりあえず、サイズと形状が合いそうな兵士の制服をお持ちしました。履物と下穿きもありますので、身に着けてみてください」
「ありがとう」
受け取って、クロスの下でごそごそと服を着る。
毎朝リョウタ様が制服に着替えるのをを見ていたから、着衣の仕方は分かっている。
なんとか手はにぎにぎできるくらいには慣れてきたので、床に寝転んだまま必死に頑張った。なにせ死活問題だ。
着物と上着を羽織り、ズボンを穿いて履物に足を突っ込んで上半身を起こすと、ガルが抱え上げて椅子に座らせてくれた。
ヘクターさんが、大きめの鏡を持って前に立つ。
鏡に映る人影は、どうしても自分には思えない。種族が違い過ぎる。
年齢は、リョウタ様より少し下くらいだろうか。赤ん坊ではない。良かった。
俺の自慢の体色は、頭髪に反映されたらしい。光を受けて、深紅の長髪が輝いている。
「なかなか派手だね」
「そうか?赤い部分が少なくなって、むしろ地味だと思うが」
「赤髪の人間はいないから、かなり目立つはずだよ。人に紛れる時には、色を変えた方がいい」
人に紛れるだって?まさか。
「ああ。丁度そろそろ次の段階に進めそうな頃合いだったんだ。
...君には、人間に扮して地上の情報収集を行ってもらいたい」
イカリングを食べ終え、ガルとヘクターは元の姿に戻った。俺は、慣れるためにまだそのままだ。
二人が仕事をしている横で、一人泡の中に残り、歩いたり走ったり跳ねたりと人型修行中。
逆立ち歩きができるようになったところで、ガルが笑いながら声を掛けた。
「もう十分だよベニッピー。一体何になるつもりだい」
「この身体がおもしろくてな。人体が水草よりも柔らかく曲がるなんて知らなかった」
ジャンプして泡を突き抜け、水中に戻ったところで、突然動きが悪くなった。
呼吸は普通にできているが、手足が重い。
「なんだこれ!?お、泳げないぞ!」
「そりゃあ、空気の中で生活する生き物の身体だからね。泳ぐなら手を回したり、足をばたつかせるといい。
少し難しいけど、下半身だけ元に戻すという手もある」
さっき見たヘクターの泳ぎを真似て、少しずつ進む。
半分だけ人化なんて、多分まだ出来ないだろうから。
近くに来た俺を確認して、ヘクターさんが微笑む。
「見た目は、問題なさそうですね。
では修行その2、座学に移りましょう」
.........。




