書写、のその前に
長らく間が空いてしまいました。
すでに忘れ去られていそうで怖いのですが……。
また、ペースを戻していきたいです。
当初の予定通り、世話役をお願いした後は『塔』で写本作業を始めることにした。
なんというか、一人きりでちまちまと、黙々と、何も考えずに作業したい気分だった。
本当はひたすらに薬の材料とかをひらすらにごりごりごりごりと磨り潰す気分なのだけど、まだ、その辺の相談はしてないので諦めた。相談とか出来る気がしない。
帰りのことを考えて、一番判りやすい道順をリリーに地図にしてもらった。
サミュエルに書いてもらうよりもよほど安心できる。
それにしても、西門の付近は本当に複雑だ。北に近づくとより一層そう思う。
“塔”に近付くにつれて真っ直ぐになる道。曲がる回数も、西とは比べるまでもない。
中央の“太陽の塔”の入り口から入り、今日も受付に座るラーシュに手を振って挨拶をする。
「確か、6階……くらい?」
ラーシュに案内された道筋を思い出しながら歩いて行く。
はじめの階段は3階までしかない。その先は“太陽”“月”“星”それぞれの塔まで廊下を歩き、目的の塔の階段を使う。
ギデオン師の部屋があるのは“太陽の塔”だから、はじめの階段から次の階段まではさほど遠くない。“太陽の塔”の階段を更に2階分上がって、5階部分で一度その階の部屋を確認してみる。うん、見覚えはない。もう1階分上がると、今度は見覚えのある廊下だった。まあ、さっきとどこが違うかなんて答えられないけど。何となく、だ。何となく。
ギデオン師の部屋の惨状は前回と変わらず、前回もいた少年が沢山の本を抱えた姿で迎えてくれた。
「セレストさん、こんにちは」
「こんにちは、えーと?」
「あ、僕はユーリです。ユーリ・ダナー。師匠は奥ですよ」
ユーリにお礼を言って、奥の部屋へ。ギデオン師は奥の部屋にいた。
「ギデオン師、こんにちは。
お約束の写本をさせていただきに参りました。どの本を写しましょうか?」
「ああ、セレストか。
じゃ、それを頼むよ。借りるヤツが多いせいか痛みが酷くてね」
それ、と言って目で示した先には大きな机の上に乗った「沢山の」本。
それも、机が見えないほどに積み重なっている。
「えーと、それってどれでしょう……?」
「そこのどこかにあったと思うんだよねぇ。緑の表紙で『“東の砦”付近で採取される薬草と野草』てヤツ」
内容が容易に想像できるけど、そこまで長い書名にしなくてもいいと思う。
それより、今にも雪崩を起こしそうな机の上から、1冊だけ抜き出すような高度なスキルは、私にはない。……いや、むしろ、既に雪崩を起こして机の下に落ちている方に混じっているかもしれない。
私は、机のまわりに、ぐっしゃり、と崩れ落ちた本の山に目をやった。
本は高級品なのに、なんて勿体ない。
「……ギデオン師、それ以外の本も、適当に本棚に片付けてしまっても構いませんか?」
「えー、下手にいじられると物の位置が分んなくなるんだけど。
ああ、扉に近いところの下の方に空に近いところがあったから、そこに入る分は入れてもいいよ。」
見ると、確かに隙間だらけのスペースがあった。ただし、全てが収まるほどのスペースではない。
「……判りました。
適当に入れておきますね」
と、しか言いようがない。
「あ、僕はこの後出かけるから。
書写には第1図書室にそのための用意があるからそこを使ってね」
言って、ばたばたと部屋をでていく。
「うーん。どうしましょう」
一応さっきのユーリにも声を掛けて、本棚の並べ方を聞いておく。
見た感じ、ランダムっぽいかな、とは思ったけど。
「判りません。
師匠は位置を把握しておられるようなので、僕が勝手に触ると怒られますし」
「え、あれで把握できてるんですか?」
その方が驚きだ。
「の、ようですよ。
必要な本がある時は、場所を教えてくださることもありますし」
教えてくださること『も』ある、かあ……。
私は、ぐっしゃりとした本の山を眺めて溜息をついてしまった。
隣ではユーリも遠い眼をしている。
二人とも思い浮かべるのは必要な本を探すために、本の山に埋もれる自分の姿だ。
近いうちにどうにか、いや、真剣に考えた方がいいかもしれない。
「とりあえず、ギデオン師のお許しが出た分だけでも、私たちが分かるようにどうにかしませんか?」
「……そうですね」
まあ、ごくごく一部過ぎて泣けてくるほどだけど。
聞くと、ユーリも何度か状況の改善を図ろうとしたことはあるらしい。
だが。
「そもそもですね。師匠は勝手に物を動かされるのがお嫌いなんですよ。
どこに何があるのか判らなくなる、と仰って」
ということで、片付け自体が許されない。
今回のように、稀に、ごく一部を片付けることが許されても。
「もともと、片付けるスペース自体がないですから。結局積み上げて床に置くだけになってしまって、気がつくと、師匠がまた使って、別の所にやって、僕はどこにあるのか判らない、と。この繰り返しですね」
なんて恐ろしい……。
「……ギデオン師……」
それからたっぷり1時間はかけて、ユーリと作戦を練った。
分類を色々やってみても敵(ギデオン師)に滅茶苦茶にされるのは明白だ。
よって、分類方法は表紙の色ごと、とした。あとは、出来たら本のサイズ。
「有り得ない分類方法ですよね。表紙の色別とか……」
「著者別でもなく、本の種類別でもなく、色別とか。
結局、全ての本を把握しないと、本探せないですしね」
ユーリが遠い眼をするが、私も同様だ。
本の種類別は意味がない(ほとんどが薬草とか、製薬、あたりなので、分けようがなかった)し、著者別だと片付けきれずに結局失敗しそう(一気に片付けさせてもらえないので、本棚に片付けるより、床に積み上げる方が多い=いちいち入れたり抜いたりをしきれない)なので、結局、色ごとという子どものような分類に落ち着いた。
今回お許しがでたのは、本棚の下の方の空きスペース。
「ですが、私は書写のために本を探さなくてはならないので、目的の本が見つかるまでは、その他の本が『多少動く』のは仕方ないと思うんです」
ユーリも力強く頷く。
「ちょうど僕も手が空いてるので、『見た本と見てない本が混ざらないように』お手伝いしますよ」
と、いうことにして、机の上の本と、机の周りの机から落ちた本(もともと落ちていた本含む)をせっせと色別に分類し、ユーリに運んでもらった。
結果。
日暮れ直前には、本棚の下の空きスペースが埋まり、色ごとに分けられた私の腰ほどの高さの本のタワーが9つできた。
実際、開始20分でお目当ての「“東の砦”付近で採取される薬草と野草」は机の上から見つかったのだが、見つかったら片付けも止めなくてはいけないので、こっそりと机の下に落としておいたのだ。
私とユーリとは達成感のあまり歓声をあげ、ギデオン師が帰ってくる前に、と大急ぎで帰ることにした。
結局、書写は全くできなかったので、本もタワーの一番上に乗せておいた。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。