頭脳派の理事(姉)と、底知れぬバケモノたち
「――状況を説明しなさい。我が校のグラウンドに、なぜ巨大なクレーターができているのかしら」
ミスリル製ゴーレムが消し飛び、砂煙が舞うグラウンド。
阿鼻叫喚に陥っていた貴族生徒と教師たちの前に、コツコツとヒールを鳴らして一人の女性が現れた。
タイトなスーツを着こなし、知的な銀縁メガネをかけた冷徹な美女。
彼女こそが、この王立第一学園の最高責任者である理事――ヴェロニカである。
そして彼女の顔立ちは、王国騎士団の苦労人副団長・ヴェルフェンにそっくりだった。そう、彼女はヴェルフェンの実の姉なのだ。
「り、理事! こ、この野蛮な留学生たちが、学園の備品を……!」
教師が泣きつくが、ヴェロニカはそれを冷たい視線で制し、メガネの奥の瞳を細めてクレーターと粉々になったミスリルの破片を観察した。
彼女の戦闘力そのものは、一般人と大差ない。
しかし、彼女の「知能」は王国でもトップクラスの天才であり、一目見ただけで事象のすべての物理法則と魔力出力を計算できる超・頭脳派であった。
(……足裏に爆発的な魔力圧縮を伴う踏み込み。そこから生み出された運動エネルギーの連鎖。ミスリルの分子結合を物理的衝撃のみで破砕する出力……計算終了。間違いないわね)
ヴェロニカは一つため息をつき、信じられない事実を口にした。
「……推定出力、Aランク相当。あなたたち孤児院の生徒、たった13〜15歳にして、すでに一流のベテラン冒険者と同等の力を持っているわね」
「「「えっ? エーランク?」」」
教師と貴族生徒たちが、信じられないものを見るような顔で7人の留学生を見た。学園トップの伯爵家長男ですらCランクなのだ。Aランクなど、国軍の精鋭部隊に所属するレベルである。
「す、すみません理事さん……。私、力加減がまだ下手くそで」
ルビーが大斧を隠しながらしょんぼりする。
「気にすることはないわ。……それにしても、驚いたわね。愚弟が最近ずっと胃薬を飲んでいる理由が、よく分かったわ」
ヴェロニカは興味深そうに7人の原石たちを見つめた。
現在Aランク相当とはいえ、彼らの骨格や魔力回路はまだ発展途上。伸び代は文字通り「ごまんとある」状態だ。このままSランクのバケモノ教師陣の教育を受け続ければ、数年後には全員がSランク(七英雄)に至ることは、彼女の頭脳が弾き出した確実な未来だった。
「……ふふ、面白いわね。世界をひっくり返す天才が7人も。……ところで」
ヴェロニカは、ふと疑問に思っていたことを口にした。
「名簿によれば、あなたたちの学校には、あと2名……12歳の少年と、8歳の少女がいるはずね。なぜ今回、彼らは参加していないの?」
「あ、テオとミラですか?」
スラム出身のベリルが答える。
「テオは『冬の保存食を作るから忙しい』って。ミラは『王立学園の図書館の本は全部空間転移で読み終わったし、学べることはない』って言ってました」
「……そう。ちなみに、Aランク相当の力を持つあなたたちから見て、その二人はどれくらいの強さなの?」
ヴェロニカが純粋な好奇心から尋ねた、その時だった。
「「「…………」」」
さっきまでケロッとしていた7人の生徒たちの顔から、スッと血の気が引いた。
「……理事さん。私たちの伸び代なんて、あいつらに比べたらミジンコみたいなもんです」
槍使いのジェイドが、遠い目をして語り出す。
「テオのサポート魔術にかかれば、俺たちの動きすら止まって見えます。あの12歳は、一切の隙がない『完璧』を体現した化け物です」
「ミラに至っては、もう強さとかそういう次元じゃないです……」
インテリ魔術師のアゲートがガタガタと震えながら数式メモを抱きしめた。
「先日、彼女は『スマホの電波が悪いから』という理由で、遠くの岩山の山頂を指先一つで無音消滅させました。神話のバケモノです」
「「「…………」」」
今度は、ヴェロニカの動きがピタリと止まった。
超・頭脳派である彼女の脳内で、凄まじい勢いでシミュレーションが駆け巡る。
Aランク相当の天才7人が、「絶対に敵わない」「次元が違う」と断言する、12歳と8歳。
もし、この7人が順当にSランクへと成長した時、その上に君臨するテオとミラは、一体どうなってしまうのか?
(――計算不能【エラー】。数年後、あの子供たちは『人類』という枠組みを逸脱し、世界そのものを書き換える生きた災害【神】になる……っ)
「……っ!」
ヴェロニカの完璧な計算予測が、彼女自身の許容量を超えてショートした。
彼女は震える手でスーツのポケットに手を入れると、弟が愛用しているのと同じ銘柄の『強力胃薬』を取り出し、水も飲まずにボリボリと噛み砕いた。
「り、理事!? 大丈夫ですか!?」
「……ええ、大丈夫よ。ただ、血は争えないわね。まさか私も、愚弟と同じものを常用する日が来るなんて……」
ヴェロニカは胃を押さえながら、学園の教師たちに向けて力なく宣告した。
「……本校のカリキュラムを、明日から全面改訂します。このままでは、数年後にこの国ごと彼ら(孤児院)に置いていかれるわ……」
かくして。
王都の最高学府は、7人の留学生(Aランク)の異常な実力と、その背後にいる「底知れぬバケモノきょうだい(テオ・ミラ)」の存在を完璧に『理解』してしまった頭脳派理事によって、かつてないほどのスパルタ教育機関へと変貌を遂げることになった。
「なんか、王都の学校って不思議なところだったな」
「うん。でもやっぱり、テオのシチューが早く食べたいね!」
一方の留学生7人は、自分たちが王立学園の常識を完膚なきまでに破壊したことなど露知らず、テオの待つ温かい浮遊島へと、笑顔で帰っていくのだった。




