王都留学と、バグった常識
王都が誇る最高学府、『王立第一学園』。
貴族や豪商の子息が通うこのエリート校に、今日から一週間の短期留学として、7人の少年少女がやってきていた。
スラム出身のベリル、農家出身のルビー、没落貴族のアゲート、ジェイド、ラズリ、そして孤児のオニキスとコーラル。
彼らは『ベルン孤児院兼私立アカデミー』の第一期生たちである。
「……緊張するな。王都のエリート校だぞ。俺たちなんかが混ざって大丈夫なのか?」
生真面目な槍使いのジェイドが、立派な校舎を見上げてゴクリと息を呑んだ。
「大丈夫よ。セリア総団長が『同年代の普通の学生生活も知っておきなさい』って送り出してくれたんだから」
治癒術師のコーラルが胸を張る。
ちなみに今回、万能主夫のテオは「もうすぐ冬だから、浮遊島のみんなのために保存食を大量に仕込む」と欠席し、天才幼女のミラは「王都の学校の蔵書は全部空間転移で読み終わったから行かない。それより新しい人工衛星作る」と欠席している。
午前中の授業は『座学(歴史と政治)』だった。
「――では、この神聖暦300年代の領土問題について、孤児院からの留学生……ルビーさん、答えてみなさい」
「えっ!? あ、あーっと……気合いで乗り切る、ですか?」
「……立っていなさい」
座学においては、王都のエリート校のレベルは非常に高かった。
農家やスラム出身のルビーやベリルは早々に知恵熱を出し、隠密教師ロータス直伝の『目を開けたまま気配を断って寝るスキル』を発動させて難を逃れた。没落貴族でインテリのアゲートやラズリがいなければ、初日で全員落第していただろう。
「ふん。やはり孤児院の平民だな。学がない」
「実技の授業で、王都のエリートと下界の平民の格の違いを教えてやろう」
昼休み、王立学園の貴族生徒たちが、7人を遠巻きに見ながらクスクスと嘲笑っていた。
そして午後。
いよいよ、貴族生徒たちが待ちに待った『魔法・戦闘実技』の時間となった。
「よし、まずは我が校のトップの動きを見てもらおう! 留学生たちよ、よく見て学ぶがいい!」
教師の掛け声とともに、トップ成績である伯爵家の長男がグラウンドの中央に出た。彼はCランク相当の実力を持つとされ、学園の誇りだった。
「はぁぁぁっ! 見よ、この神速の剣技と、炎の詠唱を!」
伯爵家の長男が、5秒ほどかけて呪文を詠唱し、剣に炎を纏わせて訓練用ゴーレムに斬りかかる。
「「「おおおおーっ!! さすがトップだ!」」」
王立学園の生徒たちが割れんばかりの歓声を上げた。
しかし。
それを見学していた孤児院の7人は、誰一人として歓声を上げていなかった。
それどころか、全員が信じられないものを見るような、困惑しきった顔をしていたのだ。
「……なぁ、ベリル。あいつ、なんであんなにゆっくり動いてるんだ?」
ジェイドが小声で尋ねる。
「さあな。足音も呼吸もダダ漏れだし、アザレア先生(熱血騎士)なら、あの踏み込みの予備動作の時点で首を3回は刎ねてるぞ」
スラム出身のベリルが呆れたように首を振った。
「あの、魔法も……」
気弱なアゲートが、メモ帳にカリカリと数式を書き込みながら震え声で言う。
「魔力回路に無駄が30箇所くらいあります……。カモミ先生(穏健派魔術師)の授業なら『はい、構築に3秒以上かけたので死にましたね』って笑顔で火の粉を浴びせられるレベルです……」
そう、7人は気づいてしまった。
自分たちが浮遊島で受けている教育が、Sランク級のバケモノ教師たちによる「致死量ギリギリの異常な英才教育」であることに。
さらに言えば、日常的に名誉会長(双子)の地形崩壊を見せられ、テオの完璧な魔力サポートを味わっている彼らにとって、王立学園のトップ層の動きは、もはや「止まっているようにしか見えない」のだ。
「そこの留学生! 見学ばかりではつまらんだろう。誰か一人、このミスリル製ゴーレムを相手に実力を試してみるか?」
教師がニヤニヤと笑いながら指名してきた。
平民に恥をかかせてやろうという魂胆だ。
「じゃあ、私やります!」
元気よく手を挙げたのは、大斧使いのルビーだった。
「ふふ、怪我をしないようにな」
教師と貴族生徒たちが鼻で笑う中、ルビーはゴーレムの前に立ち、木製の訓練用大斧を構えた。
(えっと、リーゼ名誉会長とロッテ名誉会長が言ってたっけ。足の裏に魔力をギュッて溜めて、地面をドカン! って爆発させる勢いで……)
「えいっ!」
ドゴォォォォォォンッ!!!
ルビーが軽く踏み込んだ瞬間。
グラウンドの地面がすり鉢状に陥没し、その爆発的な推進力で放たれた木斧の一撃が、超硬度を誇るはずのミスリル製ゴーレムを「上半身と下半身」に綺麗に消し飛ばした。
衝撃波でグラウンドの砂煙が舞い上がり、学園の窓ガラスがビリビリと震える。
「あ。……やば、お姉ちゃんたちの真似したら、力加減間違えちゃった」
ルビーがペロッと舌を出して頭を掻く。
「「「…………え?」」」
王立学園のトップ生徒、貴族たち、そして教師。
グラウンドにいた数百人の全員が、アゴを地面に落として完全に石化した。
「ちょ、ルビー! やりすぎだ! ここは俺たちの学校(バケモノの巣窟)じゃないんだぞ!」
ジェイドが慌ててルビーを引っ張って戻す。
「えへへ、ごめん! でも、なんかここの訓練、スローモーションみたいで調子狂っちゃうんだよね」
(((俺たち……いつの間に、こんな化け物になっちまってたんだ……!?)))
他の6人も、ルビーの引き起こした惨状と、それに全く驚いていない自分たちの感覚の麻痺に、冷や汗を流して戦慄した。
かくして。
「下界の学校」での留学生活は、座学でこそ王都のエリートたちにボロ負けしたものの、実技においては初日のたった一撃で「あの孤児院の生徒たちを怒らせたら国が滅ぶ」という強烈なトラウマを王立学園に植え付ける結果となった。
「……帰ったら、テオの美味しいご飯食べて、座学の勉強もっと頑張ろうな」
「「「うん……」」」
夕日の中、自分たちが「バケモノ(未来の七英雄)」の階段を順調に登っていることを自覚した7人は、少しだけ遠い目をして、浮遊島の温かい食卓を思い浮かべるのだった。




