英雄の背中と、折れそうな蕾 ―セリアとエレナの始まり―
その日、エレナは帰宅した玄関で、泥だらけで倒れ込んでいる少女を見つけた。
後に「王国騎士団長」として伝説となるその少女、セリアである。当時の彼女は、今のような圧倒的な気配など微塵もなかった。骨と皮ばかりで、風が吹けば折れてしまいそうなほど華奢な体躯。
ベルンが恐る恐る近寄ると、彼女は力なく目を覚ました。
「……死んだ……か……?」
「いや、生きてるよ。とりあえずご飯食べようか」
保護されたセリアは、数日間は寝たきりだった。ようやく起き上がれるようになった頃、彼女は初めてその小さな「差」を目の当たりにした。
庭先では、まだ幼いリーゼとロッテが木剣を振り回して遊んでいる。
「えいっ! やあっ!」
「おねえちゃん、もっと早く!」
子供特有の無邪気さと、そこに含まれる純粋な「才能」の輝き。彼女たちは、歩き始めて間もないというのに、驚くほど軽やかに動き回っていた。
その様子を、セリアは窓際からじっと見つめていた。
彼女のすぐ隣には、ゆりかごでスヤスヤと眠る、産まれたばかりの赤ん坊・テオがいる。
(……この子たちより、私は弱い)
セリアは己の拳を握りしめた。産まれたばかりのテオの、握力すら自分は下回っているかもしれない。あんなに幼い双子でさえ、自分にはない「生命力」に満ち溢れている。
「……悔しい」
その夜、夕食の準備をするエレナの背中に、セリアは震える声で話しかけた。
「エレナさん。……私を、強くしてください」
エレナはオタマを置き、振り返った。その瞳には、かつて数多の修羅場を越えてきた英雄の深淵が宿っている。
「強く? 今のあんたは、走るだけで息が切れる状態よ。テオの夜泣きの方がまだ体力があるわ」
「わかっています。……でも、あの子たちに負けたくないんです」
セリアは、双子のリーゼとロッテの寝顔を見つめた後のことを話した。自分を守ってくれたこの家族の暖かさが嬉しかったからこそ、自分が「ただのお荷物」で終わるのがたまらなく情けなかったのだ。
「あの子たちを護れるようになりたい。……いえ、あの子たちの後ろに隠れるだけの存在にはなりたくないんです」
エレナは少しだけ黙り込み、それからクスクスと笑った。
「そう。いい目をしてるわ。じゃあ、まずはその折れそうな骨を、鋼に変えるところから始めましょうか」
「はい!」
その日から、セリアの地獄のような修行の日々が始まった。
朝露が降りる前に起き、重い木刀を振り、エレナの背中を追いかけて森を走る。
最初は、歩くだけで倒れそうになっていた。双子に追い越されるたびに、セリアは唇を噛み締めて悔し涙を流した。
しかし、エレナは決して「手を抜く」ことはしなかった。
「セリア、まだよ。その程度の根性なら、私を昔雇ったあのダメな商人と大差ないわよ」
「……っ、負けません……ッ!」
こうして、かつては赤ん坊のテオよりも弱かった一人の少女は、Sランク冒険者の背中を追いかけ、双子の成長を糧にして、後に誰もが恐れる「最強」へと変貌していくことになる。
夕暮れ時、修行を終えてヘロヘロになりながらも、双子とテオを見て微笑むセリアの姿を見て、ベルンは独りごちた。
「……あの子、本当に強くなりそうだな」
隣でその姿を見ていたエレナは、少し寂しそうに、けれど誇らしげに微笑んだ。
「ええ。あの子は、きっと私たちが守れなかった未来まで、その剣で切り拓いてくれるはずよ」
それが、王国最強と英雄の、長い長い物語の第一歩だった。




