怪物教師の授業と、脳筋な名誉会長
王都近郊の上空に浮かぶ『ベルン孤児院兼私立アカデミー』。
その広大な訓練場では、開校初日からさっそく地獄の……もとい、超ハイレベルな実戦授業が行われていた。
「遅い遅い遅ォォォい!! そんな生ぬるい斧の振りじゃ、スライムのゼリーも斬れんぞルビー!」
「ひぃぃぃっ! も、もう腕が上がりません先生ぇ!」
熱血派の女性騎士・アザレアが、木剣一本でルビーの大斧、オニキスの大盾、ジェイドの長槍の三人を同時に相手取りながら怒号を飛ばしている。
Sランク級のステータスを持つ彼女の圧倒的な圧力に、3人の生徒たちは防戦一方で泥だらけだ。
一方、グラウンドの隅では、穏健派の魔術騎士・カモミがニコニコと微笑んでいた。
「はい、アゲート君。その魔力回路の構築は美しいですが、実戦では構築に2秒かかると死にますよ。というわけで、私が放つこの無数の火の粉を避けながら、同じ術式を組んでみてくださいね」
「鬼ですか!? 鬼なんですかカモミ先生!?」
気弱な魔術師アゲートと治癒術師のコーラルが、笑顔で放たれる容赦ない弾幕魔術を前に半泣きで走り回っている。
そして、訓練場の少し離れた森の中。
「……気配が、漏れている。足音、心音、呼吸……すべてを森と同化させろ」
「うわっ!? いつから後ろに!?」
隠密教師のロータスが、スラム出身のベリルと魔弾銃使いのラズリの背後に音もなく立ち、背筋が凍るような実践的なステルス指導を行っていた。
生徒たちは疲労困憊だが、その顔には確かな充実感があった。
王国騎士団の副団長クラスという「本物のバケモノ」たちによる、個人の適性を完璧に見抜いたオーダーメイドの指導。彼らの力は、たった数時間の授業で劇的に引き上げられようとしていた。
「――おーい! みんな、訓練頑張ってるー?」
そんな熱気あふれる訓練場に、呑気な声が響き渡った。
やってきたのは、お馴染みの双子の姉妹、リーゼとロッテだ。
彼女たちのこのアカデミーにおける役職は『名誉会長』。
規格外の暴力で迷宮を更地にしかねない彼女たちが教育に向いているわけがないと判断したセリア総団長が、あえて実務から遠ざけるために用意した「お飾り」のポストである。
「あ、名誉会長だ!」
「リーゼさん、ロッテさん!」
生徒たちがパッと顔を輝かせる。彼らにとって、Sランクの大人たちですら一目置くこの双子は、まさに憧れの象徴だった。
「ふふん、名誉会長の視察だよ! みんな、先生の言うことちゃんと聞いてる?」
「お姉ちゃんたちも昔、お母さんにみっちりしごかれたからね! わからないことがあったら、なんでも聞いていいよ!」
腕を組んでドヤ顔をする双子に、真面目な騎士見習いのジェイドが目を輝かせて質問した。
「は、はい! リーゼ名誉会長! 自分は長槍の突きにスピードが足りず、アザレア先生にいなされてしまいます! どうすれば、もっと速く鋭い突きが放てるでしょうか!」
ジェイドの切実な問いに、リーゼは「んー」と少しだけ考え込み、ポンと手を叩いた。
「えっとね、腕の力で突こうとするから遅いのよ! 足の裏に魔力をギュッて溜めて、ドカン! って地面を爆発させる勢いで踏み込めば、あとは勝手に槍がシュバッ! って飛んでいくよ! ほら、こう!」
ドンッ!!!
リーゼが軽く実演して見せただけで、訓練場の地面がクレーターのように陥没し、凄まじい風圧がジェイドの髪を吹き飛ばした。
「……えっと。名誉会長、その『ドカン』と『シュバッ』の部分の理屈が全くわからないのですが……」
「ええ!? なんで!? 感覚だよ感覚!」
「ロッテ名誉会長! 私はどうすれば防御力が上がりますか!?」
大盾使いのオニキスが尋ねると、ロッテは笑顔で即答した。
「防御? 相手が攻撃してくる前に、相手の武器ごとガントレットで粉々にぶっ壊せば、防御なんて必要ないよ! やられる前にやる! これが最強の盾!」
「……大盾の概念が崩壊しました」
擬音語だらけの感覚指導と、力任せすぎる脳筋アドバイス。
生徒たちはポカーンと口を開け、アザレアたち3人の怪物教師は「やっぱりこの方たちに教育は無理だ……」と遠い目をして天を仰いだ。
「――おいおい。お前たち名誉会長は、生徒に無茶を教え込むな」
呆れたような声とともに現れたのは、視察(という名のセリアの様子見)に来ていた王国騎士団副団長・ヴェルフェンだった。
「ヴェルフェンのおじさん! お仕事サボり?」
「サボりじゃない。総団長の補佐だ」
ヴェルフェンはため息をつきながら胃薬を一つ噛み砕くと、ジェイドとオニキスに向き直った。
「いいか、少年たち。あの名誉会長たちのアドバイスは『素のステータスがバグっている規格外』にしか成立しない異常な理論だ。絶対に真似するな。死ぬぞ」
ヴェルフェンはそう前置きしてから、ジェイドの槍の石突きを足で軽く叩き、オニキスの大盾の構えを手でスッと直した。
「長槍の突きは、下半身の『タメ』と腰の回転だ。地面を爆発させる必要はない。足裏全体で地を掴み、腰から肩へ力を連動させろ。……盾使い、お前は重心が前に行きすぎている。攻撃を『受ける』のではなく、表面で『流す』ことを意識しろ。そうすれば、今の筋力でも大型魔物の突進をいなせるはずだ」
「「……!! ありがとうございます、ヴェルフェン副団長!」」
ほんの少しの具体的な指導で、二人の動きが見違えるように安定した。
Sランク級の強者でありながら、凡人がどうやれば強くなれるかを論理的に言語化できるヴェルフェン。彼こそ、この場にいる誰よりも「完璧な教師」に向いている男だった。
「おおー! おじさん、教えるの上手いね!」
「ね! 私たちよりずっと名誉会長っぽい!」
「俺は王国騎士団の副団長だ! 孤児院のポストに就かせるな!」
双子の無邪気な言葉に、ヴェルフェンが怒鳴り返す。
「ふふふ。まぁまぁ、ヴェルフェン副団長もたまには息抜きに特別講師でもやってくだされ」
遠くのベンチから、ダメ親父が呑気にお茶を飲みながら笑っている。
「――おーい! リーゼ姉ちゃん、ロッテ姉ちゃん! 視察終わった? 今日のランチ、17人分の巨大ハンバーグできたよー!」
アカデミーの厨房から、エプロン姿のテオの声が響き渡った。
「あ、ハンバーグ!! 行く行くー!」
「みんな、あとはおじさんに教えてもらいなよ! バイバーイ!」
嵐のように現れ、無茶苦茶なアドバイスを残して、風のように去っていく名誉会長(双子)たち。
「あいつら……本当に夕飯のことしか頭にないな……」
ヴェルフェンは再び胃薬を口に放り込みながらも、目を輝かせる7人の原石たちに向き直り、「……少しだけだぞ」と、特別講師として彼らに剣術のイロハを叩き込んでやるのだった。




