次元の深淵、神眼の深理と閃光の騎士
王都近郊の大荒野の上空。突如として、天空のすべてを覆い尽くすかのような巨大な空間の裂け目が口を開いた。
世界が鳴動し、そこから這い出てきたのは、これまでの魔物とは根本的に次元の違う冷酷なる銀色の金属塊――異界の超文明が誇る、惑星強襲用の一大機動艦隊であった。
魔法そのものを霧散させる超高密度のエネルギー障壁をまとい、地上のあらゆる質量を分子レベルで消滅させる光の収束砲が、ベルン一家の浮遊島へと一斉に照準を合わせる。
「……来たわね。まさか、繁忙期(周期)を狂わせてまで、ピンポイントでここを潰しに来るなんて」
一瞬にして空気が凍りついた。
だが、セリアの瞳に怯えなど微塵もない。そこに宿るのは、かつて5年間、ただ一機で世界の境界線を守り抜いた「現存人類最強」の冷徹なる覇気だ。
水着に薄手の羽織を引っ掛けただけの姿だというのに、彼女が二振りの騎士剣を抜いた瞬間、周囲の空間そのものが彼女の放つ圧倒的な剣気によって静かに歪んだ。
「リーゼ、ロッテ、それにミリス殿下も下がりなさい。ここから先は、技術の領域。あなたたちの力任せな物理や、生半可な魔法剣では、あの『魔法反射装甲』の位相に弾かれて消し飛ばされるわ」
セリアの言葉は静かだったが、絶対的な王者の威厳に満ちていた。
16歳の少女たちがその気迫に息を呑んだ次の瞬間、セリアの姿が世界の理(速度)を置き去りにして『消滅』した。
敏捷性「99,999」。限界まで身体強化され、光速の領域へと達したセリアの歩法は、もはや時間すらも無視する。
迎撃のレーザーが放たれるよりも早く、セリアは先頭を進む巨大な機動航空艦のブリッジへと肉薄していた。
「『双刃・閃光桜』」
閃いたのは、極限まで洗練されたただの「剣技」。
障壁が魔法を無効化するなら、魔法を一切使わない純粋な剣の「速度」と「刃筋」だけで断ち切ればいい。セリアの双剣は、超文明の未知の装甲が持つ原子の結合部へと、コンマ数秒の間に数万回という超絶的な連撃を正確に叩き込んだ。
キィィィィィィン――ッ!!!
空間を切り裂く高音と共に、一隻で一国の軍隊を滅ぼせるはずの機動航空艦が、爆発すら許されず、寸分の狂いもない細切れの鉄屑となって雲海へと崩落していく。
単騎で軍隊を蹂整する。それこそが、この国が、そして世界が彼女を「人類最強の戦略兵器」として畏怖し、頼り続ける理由そのものだった。
一方その頃、浮遊島のベンチから、ベルンは『森羅万象の神眼』を極限まで稼働させ、迫り来る敵の正体を冷ややかに見透かしていた。
彼の眼に映し出されたのは、冷酷極まる超文明の「真実」である。
「……なるほどな。こいつはひどい」
ベルンはタレ目を鋭く尖らせ、驚くべき精度で敵の本質を読み解いた。
「セリア! むやみに敵の本拠地へ突っ込むな! こいつらは生き物じゃない。向こうの世界の量子演算サーバーが自律制御している『完全自動の無人殺戮兵器』だ。しかも――向こうの奴らは、この凄惨な侵略を、ただの超高精度な『歴史シミュレーションゲーム』として、画面越しに安全圏から操作してやがる!」
「ゲーム……だと……!?」
空中を音速で駆け巡りながら、セリアの細い眉が跳ね上がる。
「ああ。感情も、死への恐怖もないわけだ。あちらの世界の最高指導者から一般市民にいたるまで、全員が戦略シミュレーションのプレイヤーとして、無尽蔵の資源からボタン一つでこの兵器を生産し、こちらの世界を『ステージ』として消費しに来ている。……つまり、個体の強さじゃない。あちらの『無限の兵兵』こそが、この超文明の本当の脅威だ。まともに付き合えば、どれだけ強くてもいつかはスタミナが切れて圧殺される!」
超文明の本当の恐ろしさは、戦いを「ただの消費ゲーム」として処理できる、倫理の壊れた技術力と圧倒的な物量。
セリアがいくら最強であろうと、数百万、数千万と湧き出る鉄の群れを相手にすれば、いつかは限界が訪れる。
「――なら、ゲームの『通信の根幹』を叩き潰すまで」
ベンチから立ち上がったのは、8歳の天才幼女・ミラだった。彼女の瞳には、すでに底知れぬ膨大な古代の魔力が渦巻いている。
「お父さん、神眼で見えた『向こうの量子演算サーバーの空間座標(IP)』を、私の脳内に直接転移させて」
「任せろ、ミラ。……そこだ、座標を固定した!」
ベルンが神眼で捉えた、異次元の彼方にある超文明のコントロール中枢。その絶対的な座標データを、ミラがそのバグじみた魔力総量で強制的に自らの空間魔術へと同期させる。
「古代魔術――『因果律の反転』」
ミラが小さな手を虚空へ突き出した瞬間、浮遊島の周囲の時空間がぐにゃりと歪んだ。
超文明がこちらへ送り込んできた膨大な無人機たちの「遠隔信号」を完全に逆流させ、向こうの世界にあるメインサーバーの演算回路へと、ミラの絶大な魔力負荷を直接叩き込んだのだ。
空間の裂け目の向こう側から、目に見えない次元の爆鳴が響き渡る。
コントロールを失った数万の機動艦隊と機械兵たちは、一瞬にして全機能が停止し、ただの動かない鉄の塊となって大荒野へとバラバラに墜落していった。
次元の裂け目が、強制的に閉じられていく。
「ふぅ……。ちょっと魔力、使いすぎた」
ミラがパタンと本を閉じ、テオの後ろへ隠れる。
空を覆っていた絶対的な絶望の艦隊は、一瞬にして消え去った。
ふわりと庭に着地したセリアは、双剣を鞘に納め、息一つ乱さずに静かに大荒野を見下ろしていた。敵のテクノロジーのヤバさ、そして兵兵の無限さを誰よりも理解しているからこそ、彼女の表情は険しい。
「……ベルンさん、ミラ。ありがとう、助かったわ。まさか、あの無尽蔵の軍勢の裏に、そんな気味の悪い真実があったなんてね」
セリアは長い髪をかき上げ、人類最強としての凛とした笑みを浮かべた。
「でも、どれだけ向こうが無限に兵器を繰り出そうと関係ないわ。出てきた端から、私が全て光の速さで切り刻むだけ。……それが、この世界を守ると決めた、私の矜持よ」
「ははっ、さすがはセリアだ。頼りにしてるぞ」
ベルンはいつものダメ親父のタレ目に戻り、頭を掻きながら笑った。
超文明という、文字通りの世界を滅ぼし兼ねない絶対的な脅威。
だが、それを技術と速度で真正面から叩き切る「現存人類最強」のセリアと、世界の裏側まで見透かすベルンの「神眼」、そして理を書き換えるミラの「魔術」がある限り、この無敵の家族の日常が脅かされることは決してないのであった。




