【ベルン視点】ダメ親父の隠し事、あるいは国一の鑑定眼
誰もいない静かなリビング。
実のところ、ここは森の奥にあるプール付きの超豪華な大邸宅なのだが、俺、ベルンは先日なけなしの小遣いで買ってきた『絶対に水が腐らない壺』をテーブルに置き、静かに息を吐いた。
その瞬間、俺の顔から「気のいいダメ親父」の笑みが消え、行商人時代から培ってきた鋭い眼光が宿る。
「……『鑑定』」
小さく呟くと、俺の瞳の奥で世界を構成する情報が奔流のように解析されていく。
俺がひた隠しにしている固有スキル『森羅万象の神眼』。
この国で最高の宮廷魔術師だろうと、名うての目利きだろうと足元にも及ばない、世界最高峰にして国一の精度を誇る鑑定スキルである。
目の前の薄汚れた壺の真のステータスが、脳内に浮かび上がる。
【水精霊の恩寵壺:神話級アーティファクト。周囲の魔力を自動で吸い上げ、万病を治す霊薬を無尽蔵に生成する】
「ふむ。詐欺師から銀貨3枚で買ったにしては、悪くない掘り出し物だ」
今朝、娘のリーゼには「昨日汲んだ水、もうちょっと臭うんだけど!」と怒られたが、そりゃそうだ。ただの水が極上の霊薬へと濃縮される過程で、強烈な魔力反応が匂いとして出ているだけなのだから。
「それにしても……ダメ男を演じるのも、なかなか骨が折れるな」
俺は苦笑しながら、壺を実家の巨大な地下金庫へと片付けた。すでに俺が二束三文で買い集めた国宝級のアイテムで溢れかえっており、我が家の莫大な財産は増え続けている。
なぜ俺が、こんな真似をしているのか。
それは、数年前に病気で他界した最愛の妻であり、伝説のSランク冒険者だったエレナとの約束だからだ。
『ベルン。あなたのその恐ろしい鑑定スキル、絶対に他人に知られちゃダメよ。国や貴族に目をつけられたら、厄介事に巻き込まれて家族の平穏が壊れちゃうから』
かつて、しがない新米行商人だった俺を護衛として雇い、なぜか俺に惚れ込んでくれた最強の妻。彼女だけが、俺のスキルの秘密を知っていた。
エレナが生きている間は、彼女の圧倒的な武力で俺たち家族は守られていた。だが、彼女が亡くなった今、俺が「国一の鑑定士」として表舞台に出れば、間違いなく権力者たちの争奪戦の的になり、子どもたちを危険に晒してしまう。
だから俺は、すべて計算ずくで怪しい儲け話に騙されてばかりの『ダメ男』を演じ続けている。
それに、「子どもたちには正しい金銭感覚と自立心を」というエレナの強烈な教育方針もある。俺がダメ親父である方が、リーゼもロッテも反面教師にして立派に育つしな。
現に、12歳のテオはこの家の家事全般を取り仕切るしっかり者に育ち、8歳のミラも元気に育っている。
「おーい、父さん! お茶淹れる準備できたよー!」
キッチンの奥から、エプロン姿のテオの声が響いた。
その直後、玄関の重厚な扉が勢いよく開く。
「ただいまー! お父さん、言ってた通りちょっといいお茶っ葉買ってきてあげたよ!」
「でも、お父さんにはもったいないから一口だけね!」
ギルドでの依頼を終え、剣術使いの姉リーゼと拳術使いの妹ロッテが帰ってきたようだ。
「おおっ! おかえり、リーゼ、ロッテ! さすが俺の自慢の娘たちだ、ありがとう!」
俺は瞬時に眼光を緩め、愛嬌のあるタレ目をさらに下げて、いつもの「憎めないダメ親父」の顔を張り付ける。
(ふむ……ロッテが買ってきたその茶葉。東の霊山で百年に一度しか採れない『星輝茶』じゃないか。ギルドの連中、価値も分からず二束三文で買い取ったな……でかしたぞ、我が娘たち)
心の中で娘たちの無自覚な豪運と買い物スキルを大絶賛しながら、俺は満面の笑みで食卓へと向かう。
「さあさあ、テオの淹れるお茶は世界一だからな! 早く飲もう!」
「もう、お父さんったら調子いいんだから」
この騒がしくも温かい日常を守れるなら、俺は一生、世界一のダメ親父で構わないのだ。




