神眼の代償と、道化(ダメ親父)の誓い
空に浮かぶ浮遊島の実家。
子どもたちが眠りにつき、静まり返った深夜のリビングで、ベルンは一人、グラスに注いだ酒を傾けていた。
テーブルの上に置かれているのは、ただの石ころのようにくすんだ、砕けたペンダントの残骸。
かつて、妻であるエレナの寿命を引き延ばしていた神話級のアーティファクト――『時を騙す星石』だったものだ。
「……今日、リーゼとロッテが王都のギルドでSランクを蹴ってきたよ。お前と同じ理由でな」
ベルンは、祭壇に飾られたエレナの遺影に向かってポツリと語りかけた。
数年前に病気で他界した、最愛の妻。
本来なら『20歳』までしか生きられない運命だった彼女に、このアーティファクトを渡して寿命を延ばしたのは他でもないベルンである。
しかし、ベルンが一人で抱えている絶望は、妻の死だけでは終わっていなかった。
「……ああ、分かっているさ。お前のあのデタラメな力を受け継いだということは、そういうことなんだろうな」
ベルンの視線の先には、子どもたちの寝室の扉がある。
異世界転生時に神から与えられた『森羅万象の神眼』。その眼は、神話級のアイテムの正体を見抜くだけではない。生命の持つ「寿命(残された時間)」すらも、無機質な数値として可視化してしまう。
かつて、エレナが短命であることを一目で見抜いたように。
そして今、ベルンの眼は残酷な真実を映し出し続けている。
母から圧倒的な身体能力を受け継いだ16歳の双子、リーゼとロッテ。
国で五本の指に入る異常な魔力総量を受け継いだ8歳のミラ。
彼女たちの魂の器もまた、母と同じようにその規格外の出力に耐えきれず、普通の人間のようには天寿を全うできないほど摩耗していたのだ。
(※唯一、突出した才能のない『器用貧乏』のテオだけは、その完璧な魔力循環のおかげで正常な寿命を保っているのがせめてもの救いだった)。
「なんで、俺はこいつらに『お前たちの命は長くない』と教えてやれないのか……」
ベルンはギリッと唇を噛んだ。
言えないのではない。「言わせてもらえない」のだ。
寿命という神の領域を視る代償として、この世界を管理する神の力が強烈な制約をベルンに課している。もし彼が「お前の寿命はあと何年だ」と口にしようとすれば、喉が物理的に硬直して声が消え失せる。他人の運命を言葉で直接歪めることは、神眼を持つ者への絶対の禁忌だった。
だから、彼女たちは自分たちが短命であることなど微塵も知らない。
「自分たちの力でお肉を稼ぐ」「ダメなお父さんを養う」と、明日を信じて無邪気に笑っている。
(……それでいい)
ベルンはグラスの残りを飲み干した。
自分はステータス最弱の男だ。魔物一匹倒せないし、娘たちの前で盾になることすらできない。
ならばせめて、この「死の恐怖」という呪いだけは、自分が一人で全部背負ってやる。
あいつらは、ただ笑って、テオの美味い飯を食って、俺の買ってきたガラクタに文句を言っていればいい。
彼が市場でガラクタを買い漁る真の理由。
それは、亡き妻への未練だけではない。
愛する三人の娘たちの寿命を延ばすための、『時を騙す星石』に代わる新たな神話級アーティファクトを、是が非でも見つけ出さなければならないからだ。しかも、今度は三人分。絶望的な確率の宝探しである。
だからこそ、ベルンは国中、世界中の怪しい商人から物を買い漁ることを絶対にやめられないのだ。
「……お前たちの時間は、俺の神眼が絶対に引き延ばしてみせる」
ベルンは砕けたペンダントの残骸をそっと撫でると、いつもの愛嬌のあるタレ目に戻して立ち上がった。
明日は双子たちと一緒に市場へ買い出しに行く約束をしている。最高のお肉を見繕って、ついでに世界のどこかに眠る「命を繋ぐ奇跡」を探し出すために。
世界一のダメ親父は、誰にも知られることのない孤独な決意を胸に秘め、明日もまた「道化」として家族の前で笑うのだった。




