解放されし神眼と、市場の無双劇
王都近郊の大荒野の上空に停泊する、ベルン一家の浮遊島。
その直下にある王都の巨大市場に、今日はお馴染みの三人組の姿があった。
剣術使いの長女リーゼ、拳術使いの次女ロッテ、そして一家の大黒柱(最弱)であるベルンだ。
「お父さん! 今日は遠慮しなくていいからね! 私たちがいーっぱい稼いだお金があるんだから!」
「そうだよ! お父さんのその『鑑定』の力で、市場で一番美味しくて、一番コスパのいいお肉を探してね!」
双子たちは「一番美味しくて安い最高のお肉」を求めて、目をキラキラと輝かせている。
「任せておけ、お前たち」
ベルンはニヤリと笑った。これまで家族に心配をかけまいと演じてきた「怪しい儲け話に騙されるダメ親父」という偶像は、もう必要ない。
「俺の真の力……見せてやろう。『森羅万象の神眼』、フル稼働!」
ベルンの瞳の奥で、市場を行き交う膨大な品物の情報が、すさまじい速度で解析されていく。
彼の持つ国一の鑑定スキルは、商品の鮮度、産地、魔力の含有量、さらには隠された付加価値まで、文字通り「森羅万象」を丸裸にする。
「……よし、リーゼ、ロッテ。まずは三つ先の肉屋だ」
ベルンが先導して向かったのは、一見すると普通の精肉店だった。店主が「へいらっしゃい! 今日は新鮮なオーク肉が入ってるよ!」と声をかけてくる。
「親父さん、オーク肉もいいが……その奥の木箱に無造作に放り込んである『硬くて不人気なスジ肉』、全部もらうよ。銀貨1枚でどうだ?」
「お? ああ、あいつは煮込んでも食えたもんじゃねえハズレ肉だが……銀貨1枚で全部引き取ってくれるならありがてえ! 毎度あり!」
店主はホクホク顔で肉を包むが、双子は首を傾げた。
「お父さん、スジ肉なんて買ってどうするの? 私たち、今日はガッツリお肉食べたいのに……」
「ふっふっふ。リーゼ、ロッテ。この肉の真の姿はこれだ」
ベルンがそっと二人に鑑定結果を共有する。
【特上・幻影牛の霜降り肉:Aランク魔物の最高級部位。一時的に肉質が硬直する性質を持つが、テオの持つ『赤錆の包丁(料理神の宝丁)』で切り分けることで極上の柔らかさと旨味が解放される。市場価値:金貨50枚】
「き、金貨50ま――!?」
「しーっ! ロッテ、声が大きい! ……お父さん、すごい! ほんの一瞬で5000倍の価値のお肉をゲットしちゃった!」
「俺の神眼にかかれば、この程度の目利きは朝飯前だ。さあ、次はテオに頼まれていた『絶対に焦げ付かないフライパン』を探すぞ」
それからのベルンは、まさに「市場の覇王」だった。
怪しいガラクタ商人の店先から「ただの黒焦げの鉄板(※実は神代の火竜の鱗を打ち直した神話級のフライパン)」を銅貨3枚で買い叩き、ミラが欲しがっていた「面白い本」として、古本屋のホコリまみれの棚から「読んだ者の魔力効率を永続的に10%引き上げる失われた魔導書」を銀貨2枚で発掘した。
「すごいすごい! お父さん、超かっこいい!」
「ね! 今まで騙されてガラクタばっかり買ってたのが嘘みたい!」
双子の無邪気な称賛を浴びながら、ベルンはHP3の最弱ボディでふんぞり返った。
(……まぁ、今まで買ってたガラクタも全部『神話級アーティファクト』だったんだが、家族の笑顔が見られるならどっちでもいいな!)
「そこのお兄さん、お嬢ちゃんたち! ちょっと待ちな!」
気分良く帰路につこうとした三人を、恰幅の良いあくどそうな商人が引き留めた。
「お兄さん、なかなか見る目があるようだね。だが、私の店にあるこの『勇者の宝剣』の価値には気づけまい! 今なら特別に、金貨100枚で譲ってやるが……」
商人がこれ見よがしに取り出したのは、ギラギラと輝く立派な剣だった。
しかし、ベルンは一瞥しただけでため息をついた。
「……ただの粗悪な鉄剣に、『光沢』の初級幻影魔法をかけているだけだな。刃の重心も歪んでいるし、魔力伝導率も最悪。銅貨1枚の価値もないゴミだぞ」
「な、なんだと!? このガキ、素人の分際で私の国宝級の剣を愚弄する気か!」
逆ギレした商人が、用心棒の荒くれ者たちを数人呼び寄せた。ベルンの首根っこを掴んで脅そうという魂胆だ。
ベルンの戦闘力は「1」。用心棒に小突かれただけで即死する。
しかし、商人と用心棒たちは、次に起きた光景に言葉を失った。
「……ねえ。私たちのお父さんに、何か用?」
「せっかくお父さんが楽しくお買い物してたのに、邪魔しないでくれるかな?」
ベルンの前にスッと立ち塞がったリーゼとロッテ。
腰に提げた長剣と、両手にはめた鉄のガントレットから、街の空気を震わせるほどの凄まじい殺気と魔力圧がドロリと漏れ出していた。
それは、国宝級のアーティファクトと、Sランク冒険者だった母から受け継いだ『規格外の暴力』。用心棒たちは白目を剥いてその場に崩れ落ち、あくどい商人も「ひ、ひぃぃぃっ!」と泡を吹いて気絶してしまった。
「ふぅ、全く。お父さんは戦えないんだから、私たちがしっかり守ってあげないとね!」
「うんっ! お父さんの『鑑定』と、私たちの『物理』があれば、市場もダンジョンも怖いものなしだね!」
ダメ親父のフリをやめ、最強の神眼を解放したベルン。
しかし、どんなに神眼が無双しようと、彼が「最強の娘たちに守られる最弱の父親」であるという究極のヒモ適性(生存戦略)は、見事に機能し続けているのであった。
「はっはっは! 頼りにしてるぞ、リーゼ、ロッテ! さあ、テオとミラの待つ実家に帰ろう!」
ベルン一家の無敵の快進撃は、市場でも絶好調である。




