ご都合主義な引っ越しと、ダメ親父の告白
「よし、到着。ここなら広くて邪魔にならないし、日当たりもいい」
8歳の天才幼女・ミラが本から顔を上げ、満足げに頷いた。
昨日、国家から「市街地の外なら国内どこでも移動していい」というお墨付きをもらったばかりのベルン一家。彼らを乗せた広大な浮遊島が新たな定住地として選んだのは――なんと、王都から馬でわずか十数分ほどの距離にある『大荒野』の上空だった。
かつては魔物が跋扈する危険地帯とされていた広大な荒野だが、上空に「規格外のバケモノ家族」が引っ越してきた余波(双子の素振りの剣圧や拳の風圧)だけで、魔物たちは完全に逃げ出してしまった。
「やったー! これなら、騎士団のお仕事が終わったあとに毎日みんなの顔を見に来られるわね!」
王国最強の騎士団長であり、実質この家族の長女ポジションでもあるセリアが、王都からのアクセスの良さに(職権乱用気味に)大喜びしている。完全にセリアのための「ご都合主義」な立地選択だが、家族が誰も気にしないので問題はない。
一方、ヴェルフェン副団長をはじめとする王国の重鎮たちは、この事態を逆手にとって大々的な布告を出した。
『王都近郊の荒野上空に停泊する浮遊島は、名誉国民ベルン一家の不可侵領土である。立ち入るべからず』
ほぼ「独立国家」扱いである。
(※ちなみに、布告を聞いて「王都近くに金持ちの島が無防備にあるぜ!」と勘違いした頭の悪い盗賊団が何度か侵入を試みたが、ミラの空間結界に触れて宇宙の彼方へリダイレクトされたり、ロッテの寝返りの風圧で地平線の彼方へ吹き飛ばされたりして、家族が気づかないうちに自然消滅している)。
――そんな国家レベルの厳戒態勢(?)が敷かれたその日の夜。
浮遊島の実家のリビングで、テオが作った豪華な海鮮パエリアを囲んだ後、一家の大黒柱であるベルンは、珍しく真剣な顔で居住まいを正した。
「……みんな、そしてセリア。今日は、お前たちにずっと隠していた秘密を話そうと思う」
愛嬌のあるタレ目から「ダメ親父」の空気が消え、鋭く深い知性を思わせる眼光が宿る。
リーゼ、ロッテ、テオ、ミラ、そしてセリアが、ゴクリと息を呑んだ。
「ヴェルフェン副団長が、我が家を不可侵の『名誉国民』として国から完全に守護する約束を取り付けてくれた。だから、もうこれを隠す必要はなくなったんだ」
ベルンは静かに語り始めた。
「俺は、この世界(ファンタジー世界)の人間じゃない。剣も魔法もない、『地球』という別の世界からやってきた、異世界転生者なんだ」
「「「…………」」」
「そして、転生した時に神から授かった最強のチートスキル……国一の精度を誇る鑑定スキル『森羅万象の神眼』を持っている。俺がお前たちのお金で騙されて買ってきた怪しい壺やガラクタは、実はすべて、神話級のアーティファクトだったんだ」
かつて、妻であるエレナだけが知っていた秘密。
このスキルが国や貴族にバレれば争奪戦になり、家族の平和が脅かされる。だからこそ、ベルンは自身のステータスが最弱であることも利用し、「怪しい儲け話に騙されるダメ親父」を完璧に演じ続けていたのだ。
「……黙っていてすまなかった。俺は、お前たちが思っているような、ただのダメな父親じゃ――」
「お父さん」
深刻な空気を破ったのは、剣術使いの長女・リーゼだった。彼女は目をキラキラと輝かせて身を乗り出した。
「ってことは、お父さんのその『鑑定』を使えば、市場で売ってるお肉の中から『一番美味しくて安い最高のお肉』を一瞬で見分けられるってこと!?」
「えっ? あ、ああ。もちろん、霜降りの入り方から魔力の乗り具合まで完璧に分かるが……」
「すごーい!! お父さん、超役に立つじゃん!!」
拳術使いのロッテも両手を叩いて大喜びしている。
「なるほど。だから俺に買い与えた赤錆の包丁が、あんな神話級の調理器具だったのか」
12歳の万能調理人・テオは顎に手を当てて納得している。
「父さん、次は『絶対に焦げ付かない伝説のフライパン』を探してきてよ。そしたらもっと美味しいご飯が作れるから」
「異世界……地球」
天才幼女のミラは、トコトコとベルンに歩み寄り、その服の裾を引いた。
「お父さんのいた世界には、ここにはない面白いお本、いっぱいある? ミラ、読んでみたい」
「…………えっ?」
ベルンは拍子抜けした。
異世界転生、そして国家を揺るがす神眼の持ち主。これまで演じてきた「ダメ親父」という偶像の崩壊。
普通なら「騙していたのね!」と怒るか、「お父さんってすごかったんだ!」と畏敬の念を抱く場面である。しかし、この規格外の子供たちの思考回路は全く別のところにあった。
国家の思惑や神話級の遺産よりも、「明日の美味しいご飯」と「新しい本」の方が、彼女たちにとっては圧倒的に重要なのだ。
「ちょっと、あなたたち! 驚くところはそこじゃないでしょ!」
唯一、常識人(?)の枠にいるセリアだけが、頭を抱えてツッコミを入れた。
「ベルンさん! じゃあ、この前あなたが特売で買ってきたって言ってた『ダチョウの卵』……あれは!」
「ああ。本物の『伝説の不死鳥の卵』だったよ。テオの目玉焼き、絶品だっただろう?」
「私、目玉焼きで伝説の霊鳥を摂取してたのぉぉぉ!?」
王国最強の騎士団長が、あまりの事実に白目を剥いてソファーに倒れ込んだ。
「あははははっ! さすがセリアお姉ちゃん、リアクションがいいね!」
「お父さん、明日の買い出しは絶対一緒に行くよ! お父さんの眼で、最高のお肉を選んでね!」
「ええいロッテ、引っ張るな! わかった、わかったから!」
最強の妻を娶ることで生き延びるという、ベルンの究極の生存戦略。
その結果生まれたこの家族は、ベルンがどんな秘密を抱えていようと、どんなに偉大な力を持っていようと、根っこの部分は全く変わらない。
「……ははっ、本当に、俺にはもったいないくらい最高の家族だ」
秘密を打ち明け、真の意味で肩の荷が下りたベルンは、愛しい子供たちと、すっかり家族の一員になったセリアの笑顔を見つめながら、心の底から嬉しそうに笑うのだった。




