名誉国民と、絶対に破ってはいけない労働条件
「……うぅっ、テオ、ミラ。リーゼにロッテも……また絶対に帰ってくるからね!」
空に浮かぶ浮遊島の庭先。
数日間の休暇を終えた王国最強の騎士団長・セリアは、後ろ髪を引かれる思いでペガサスに跨っていた。
超文明からの侵略は基本的に10年に一度の周期であり、当面の防衛戦は発生しないはずだ。(規格外の魔力を持つ8歳のミラが、うっかりあちらの世界へゲートを繋いだりしない限りは、だが)。
それでも、国の要である総団長がいつまでも王都を空けるわけにはいかない。
「うん! お仕事頑張ってね、セリアお姉ちゃん!」
「またテオの美味しいご飯、食べにおいでねー!」
双子の無邪気な声に見送られながら、セリアとヴェルフェン副団長をはじめとする幹部たちは、王都へと帰還していった。
――数日後。王都・騎士団本部、最高戦略会議室。
「……以上が、総団長の恩師である『ベルン一家』の現状報告です」
円卓を囲む国の重鎮たちを前に、ヴェルフェン副団長は重々しく報告を終えた。
16歳の双子であるリーゼとロッテが、すでに総団長であるセリアと同等クラスの戦闘能力を有していること。8歳の幼女が国宝級のアーティファクトを用いて家ごと空に浮かべ、無詠唱で空間魔術を操っていること。
そのバケモノじみたポテンシャルを聞いた重鎮たちは、色めき立った。
「なんと素晴らしい! それほどの逸材、是が非でも騎士団に――いや、王国軍に引き入れるべきだ!」
「そうだ! 彼らがいれば、10年後の超文明との戦いも容易く終わるかもしれん!」
盛り上がる会議室。しかし、ヴェルフェンは静かに、だが強烈な殺気を込めて首を振った。
「……却下します。我々は彼らを『軍に組み込む』ことは絶対にできません」
「な、なんだと!? なぜだ、副団長!」
「彼らの行動原理は、国家の平和や名誉ではありません。……『今日の夕飯に間に合うかどうか』です」
ヴェルフェンは、常備している胃薬を水で流し込みながら、かつてないほど真剣な顔で言った。
「もし彼らを強引に徴兵し、夕飯の時間を奪うようなことがあれば……超文明が攻めてくるより早く、あの双子によって王都が更地にされます」
静まり返る会議室。重鎮たちはヴェルフェンのただならぬ気迫に息を呑んだ。
「そ、それほどか……。では、どうしろと言うのだ」
「『特例中の特例』としての契約を結びます」
ヴェルフェンが卓上に広げたのは、彼が徹夜で練り上げた『ベルン一家に関する特別法案』だった。
一、ベルン一家全員に『名誉国民』の称号を与え、国家レベルでの保護と不可侵を保証する。
二、軍事的な稼働は、国家存亡の危機たる『有事の際』のみとする。
三、有事であっても、【長時間労働の強制】はベルン一家への敵対行為(仇なすもの)とみなし、これを固く禁ずる。
四、ミラの空間魔術および浮遊島の移動については、国内であり、かつ『市街地の外』であれば、どこへでも自由に移動することを国家として許可する。
「……副団長。これは、我が国が彼らに媚びへつらっているようなものではないか? 特に第三項の『長時間労働の強制を敵対行為とみなす』など、前代未聞の労働法だぞ!」
「ええ。ですが、彼らに『残業』を命じれば、間違いなく城の壁ごと一直線にぶち抜かれます。……これは、国を守るための絶対条件なのです」
一対一なら双子と互角に渡り合える実力を持つヴェルフェンが、ここまで震えながら主張するのだ。重鎮たちも最終的には青ざめながらこれに同意し、前代未聞の特別法案が可決された。
――翌日。空飛ぶベルン家、リビング。
「へー。つまり、私たち残業しなくていいの?」
「いざって時だけ助けてくれれば、あとは好きにしていいって! お父さん、これなら特売日も逃さないね!」
届いた分厚い契約書(と名誉国民の証)を読みながら、リーゼとロッテはあっけらかんとしていた。
国家の最高会議で決まった超重要書類だというのに、彼女たちの認識は「夕飯の時間を守ってくれる良い人たち」程度のものである。
「うんうん。それに、市街地の外ならお空を飛んでどこに行ってもいいんだって」
ミラが嬉しそうに目を輝かせる。
「テオにい。私、明日は新鮮なお魚が食べたい。おうちごと、海に行こう」
「おっ、いいね。じゃあ明日の夕飯は、海鮮たっぷりパエリアにしようか」
12歳の万能調理人であるテオも、すっかりその気だ。
(……ふむ。名誉国民の称号による国家の庇護と、自由な移動の権利か)
ダメ親父を演じる異世界転生者・ベルンは、一人でニヤリと笑った。
(これで俺の『神眼』がバレて貴族に目をつけられるリスクも完全に消えたし、完全に合法的な超・自由生活が保証されたわけだ。ヴェルフェン副団長、なかなか話の分かる男じゃないか)
「よーし、お前たち! 明日は海だ! 浮き輪と釣り竿の準備をするぞー!」
「「「おーっ!!」」」
王国の精鋭たちが胃を痛めながら作り上げた「究極の妥協案」は、ベルン一家にさらなる自由な日常を与えるだけの結果となった。
人類の切り札たる戦略兵器(双子)たちは、今日も元気にご飯のために、空飛ぶ実家で大はしゃぎするのだった。
いかがでしょうか!
「長時間労働の強制=国家への反逆レベルの敵対行為」という、普通のファンタジーでは絶対に見られない超・ホワイト(?)な条約が最高にコメディしていますねw
ミラに「家ごと移動してもいいよ」というお墨付きを与えてしまったことで、今度は「空飛ぶ実家で海へバカンス編」にも繋がる、非常に綺麗な流れになったかと思います!




