空白の5年間と、超文明の繁忙期
天空の浮遊島に建つ実家。その広大なリビングで、12歳のテオが腕によりをかけた豪華な朝食が並べられていた。
「セリアお姉ちゃん、昨日はよく眠れた?」
「ええ、ありがとうテオ。……空気が澄んでいて、王都よりずっと快適だったわ」
23歳にして王国最強の騎士団長であるセリアは、優雅に温かいスープを口に運んだ。
ふと視線を上げると、正面の席でパンを頬張るベルンと目が合う。
「セリア、いっぱい食べるんだぞ! なにせ今日は、特売で買った『伝説の不死鳥の卵』を使った目玉焼きだからな!」
「お父さん、それただのダチョウの卵だよ……」
相変わらず愛嬌のあるタレ目を下げ、怪しい儲け話に騙されては娘たちに養われているダメ親父。(実は国一の鑑定スキルを持つ彼が、本当に神話級の不死鳥の卵を二束三文で買ってきたことなど、セリアは知る由もない)。
セリアはそんなベルンの呑気な笑顔を見て、少しだけ頬を染め、そっと目を逸らした。
(……相変わらず、どこまでも人が良くて隙だらけの人。師匠が惚れ込むのも無理ないわよね。実を言うと私だって、10代の頃はあの底なしの優しさに、密かに恋焦がれていた時期もあったくらいだし……って、今はそんな昔話はどうでもいいのよ!)
セリアは内心で己の初恋(過去形)を振り払うと、居住まいを正した。
「……セリア姉。ずっと聞きたかったんだけど」
剣術使いのリーゼが、真剣な顔で口を開く。
「なんで5年間も、一度も帰ってこなかったの? 手紙もよこさないで。お母さんが死んだことだって、知らなかったじゃない」
その言葉に、拳術使いのロッテも寂しそうに頷く。
セリアの顔から、ふっと日常の笑みが消え、底知れない「人類最強」の覇気が静かに漏れ出した。
「……ごめんなさい。でも、手紙すら書けなかったの。この5年間、私は文字通り『地獄の最前線』に張り付けになっていたから」
「地獄の最前線?」
「ええ。あなたたちも『魔界』という言葉は知っているわよね? 数十年に一度、強大な魔族たちがこちら側の世界へ侵略してくるという……」
双子がこくりと頷く。おとぎ話やギルドの警戒情報でもよく聞く、人類共通の敵だ。
セリアは紅茶のカップを置き、事もなげに言った。
「王国の体面上は『魔族との戦い』として発表されているけれど……その実は全く違うわ。あれは未だ解明されていない『超文明』を持つ、異界からの侵略者よ」
セリアが語る真実は、常識外れなものだった。
敵は鋼鉄の空飛ぶ船に乗り、光の矢を放ち、魔法を無効化する未知の装甲を纏っている。
数十年に一度、あちらの異界でいうところの「遠征の繁忙期」のような時期になると、空間の裂け目から機械化された兵隊が大量に押し寄せてくるのだという。
「……ねえ、お姉ちゃん。それってさ」
ロッテが首を傾げた。
「この前私たちが、壁ごと一直線にぶち抜いてスクラップにした『古代防衛ゴーレム』と似てない?」
「あー、確かに。魔法反射で物理無効って言われてたけど、お母さんの形見で全力で殴ったら、普通にひしゃげて爆発したよね」
リーゼの言葉に、セリアはフッと余裕のある笑みを浮かべた。
「ええ、その通りよ。師匠の形見の出力なら、あの装甲も紙屑同然でしょうね。……でもね、リーゼ、ロッテ。問題は『数』よ」
セリアの冷たい瞳に、凄惨な戦場の記憶が過ぎる。
「空を覆い尽くすほどの巨大な鋼鉄の船が何千隻も現れ、そこからあなたがたが殴り壊したようなゴーレムが、雨のように何百万体も降り注いでくる。それが24時間、365日、5年間ずっと絶え間なく続くのよ」
「なっ……何百万体……!?」
双子が絶句する。一撃の破壊力には絶対の自信を持つ彼女たちだが、それはあくまで「短期決戦」での話だ。何年にもわたって無尽蔵に湧き続ける鋼鉄の軍勢を相手にするなど、想像しただけでスタミナが底をつく。
今度は8歳のミラが、パンをかじりながら口を挟む。
「空間の裂け目から来るなら、座標の書き換えができる。私がこの浮遊島の周りに張ってる空間断絶結界をあっちのゲートに応用すれば、侵略してきても全部『自分たちの世界(魔界)の裏側』にリダイレクトして、無限ループで跳ね返せるよ」
「……ふふっ。さすがはミラの頭脳ね、その魔術理論は完璧だわ」
セリアはミラの頭を優しく撫でた。
「でもね、ミラ。向こうだって超文明よ? 結界で弾き続けていたら、いつか空間そのものを破壊する兵器を持ち出してくるかもしれない。……だから、最も確実な防衛策は、『出てきた端から一匹残らず切り刻んで、恐怖を植え付けること』だったの」
セリアは、防衛戦の記念に持ち帰っていた敵の『光の銃』をテーブルに置いた。
それを見たベルンが「ふむふむ。向こうの世界でいう『大量生産の懐中電灯(少し出力高め)』だな。光の収束率が甘い」と呟く。
「ええ、ベルンさんの言う通りよ。単体なら大した脅威じゃない。……でも、それが一万丁同時に自分に向けられたらどうなるかしら?」
セリアはナイフを手に取り、手元のリンゴを空中に放り投げた。
「私が選んだ戦術はこうよ。――『光線が撃たれる前に、銃身ごと光を斬る』」
チャキン、と。
食卓にいた誰も、セリアがナイフを振るった瞬間に気づかなかった。
空中に投げられたリンゴは、テーブルに落ちた瞬間、寸分の狂いもない16等分のくし切りになって、綺麗に皿の上に並んでいた。
「私の双剣と身体強化は、あの金属の『分子の繋ぎ目』を完璧に捉える。師匠には『あいつら固いし美味しくないから嫌い』と文句を言われたけれど……私はこの5年間、たった一人で最前線に立ち続け、数百万の軍勢を文字通り『塵』に変え続けたわ。おかげで向こうの遠征予算は完全に底をつき、繁忙期は終わったの」
「…………」
静まり返る食卓。
お母さん譲りの圧倒的な才能と暴力でギルドで無双していた双子も、規格外の魔力を持つミラも、万能のテオでさえも、この瞬間だけは息を呑んだ。
たった一人で。
5年間、一睡の暇もなく、光の速度で迫る兵器を『技術と速度』だけで斬り伏せ続けた女。
これこそが、伝説のSランク冒険者エレナが手塩にかけて育て上げた一番弟子であり、現存する人類最強の騎士団長の『矜持』。
「……セリア姉ちゃん。やっぱり、お姉ちゃんはお母さんの一番の自慢の弟子だよ。……すっごく、かっこいい」
テオが尊敬の眼差しでそう言うと、双子たちもハッとして何度も頷いた。
「う、うんっ! さすがセリアお姉ちゃん! 私たちの力任せとは次元が違う……!」
「ごめんね、お姉ちゃん! 手紙のこと怒って! 5年間、この世界を守ってくれてありがとう!」
家族全員からのキラキラした尊敬の視線を浴びて、セリアはようやく「ふふっ」と年相応の照れたような笑みをこぼした。
(……ええ。師匠が残したこの愛しい日常を守るためなら、超文明の軍隊なんて、何百万体来ようと私が全部切り刻んでみせるわ)
人類最強の騎士団長は、テオが作ってくれた極上の朝食を味わいながら、密かにそう決意を新たにするのだった。




