最強の騎士団長、嵐の帰還
王都からの過酷な遠征を終え、数年ぶりの長期休暇を手に入れた王国騎士団長・セリア(23歳)。彼女の腕には、テオとミラのための大量の玩具やお菓子が抱えられていた。
「ふふっ、テオは喜んでくれるかしら。師匠も、私が騎士団長になって3年目の報告を聞いたら、きっと頭を撫でてくれるはず……」
10年前、森で魔物に家族を奪われ天涯孤独となった彼女を拾い、心身共に鍛え上げたのは、当時Sランク冒険者であったエレナだった。セリアにとってエレナは命の恩人であり、絶対的な「師匠」だ。そして、5年前に18歳で免許皆伝を受けて王都へ旅立って以来、これが初めての帰郷だった。
胸を高鳴らせて冒険者ギルド『琥珀の星』 を訪れたセリアだったが――。
「えっ、実家が空に浮いてるから、裏路地の魔法陣から帰る……?」
すっかり見違えるほど成長した16歳の双子、リーゼとロッテ に案内され、セリアは困惑しながらも転移陣を踏んだ。
そして、天空の浮遊島に建つ懐かしい家。
リビングに通されたセリアは、大量のお土産をテーブルに置き、弾む声で尋ねた。
「リーゼ、ロッテ。師匠はどこ? 森に狩りに出てるの?」
その瞬間、双子の顔から笑みが消えた。
「……セリア姉。お母さんは、数年前に病気で……」
リーゼの絞り出すような声が、静かなリビングに響いた。
「――嘘よ」
セリアの瞳孔が揺れる。王国最強と謳われる彼女の魔力が、無意識のうちに暴走を始めた。国で五本の指に入る並外れた魔力が、周囲の空気を軋ませる。
「師匠が病気なんかで死ぬわけない! 私を置いて、そんな……ッ!」
悲しみと混乱が彼女の理性を吹き飛ばし、全力の身体強化が発動した。
「セリア姉、落ち着いて!」
リーゼが長剣を、ロッテが鉄のガントレットを構える。しかし、セリアの動きは双子の認識を凌駕していた。双剣を引き抜いた彼女の「スピード連撃」は、王国の一軍すら単騎で蹴散らす神速の領域だ。
鋭い踏み込みから放たれた斬撃が、リーゼの長剣を軽々といなし、ロッテの拳の隙をすり抜ける。純粋な戦闘技術において、16歳の双子ではまだ彼女の足元にも及ばない。
「邪魔よ! 私は、師匠に伝えたいことが……!」
「――セリアお姉ちゃん、ダメ」
冷たい声と共に、8歳のミラ が指先を振るった。
セリアの周囲の空間が、幾重にも展開された『空間固定結界』によって強制的に泥のように重くなる。
「なっ……身体が……!?」
「セリアお姉ちゃんの魔力、暴走してる。このままじゃ家が壊れる」
ミラの底知れない魔力による本気のサポートを受け、双子が再び連携してセリアの双剣を弾き飛ばし、床に押さえ込んだ。
「くっ、あああああっ……!」
床に押さえ込まれながらも、子供のように泣き叫ぶセリア。
その時、キッチンからエプロン姿の少年が、おたまを持ったまま慌てて顔を出した。
「ちょっと、凄い音がしたけど……えっ、セリア姉ちゃん?」
「……テオ……?」
セリアの動きがピタリと止まる。
12歳になり、すっかり家事全般を取り仕切るしっかり者に成長したテオ。だが、セリアの目には、昔自分が溺愛していた小さな「弟」の面影がはっきりと重なった。
テオは状況を察すると、困ったように微笑み、セリアの頭を昔と同じように優しく撫でた。
「おかえり、セリア姉ちゃん。……母さんはね、最期までお姉ちゃんのこと、自慢の弟子だって言ってたよ。だから、そんなところで泣いてないで、一緒にご飯食べよ」
その言葉に、セリアの張り詰めていた糸が完全に切れた。
「うわあああぁぁぁん! テオーーーッ!」
王国最強の騎士団長は、双子の拘束を振りほどくと、テオに抱きついて大声で泣きじゃくった。
その夜。テオが腕によりをかけた豪華な夕飯を囲みながら、セリアは目を真っ赤に腫らして笑っていた。
悲しみは完全に癒えたわけではない。だが、彼女が愛した「師匠が守りたかった日常」は、規格外に成長した家族たちと共に、この空飛ぶ家で確かに続いていたのだ。




