異世界転生と、究極の生存戦略
空に浮かぶ浮遊島の実家。そのテラスで、俺は一人、優雅にハーブティーを傾けていた。
眼下に広がる雲海を眺めながら、手元にある銀色の筒――先日、セリアが異界の超文明から持ち帰ってきた『光の銃(懐中電灯)』――を転がす。
「……ふむ。やっぱり俺のいた世界(地球)の工業製品とは、根本的に素材の作りが違うな。あっちの超文明とやらの方が、少しSFチックだ」
誰にも聞かれない声でポツリと呟き、俺は苦笑した。
妻のエレナ以外、家族の誰も知らない俺の最大の秘密。
それは、俺がこの世界(剣と魔法のファンタジー世界)の人間ではなく、全く別の異世界――高層ビルが立ち並び、剣も魔法も存在しない『地球』と呼ばれる平和な世界からやってきた『転生者』であるということだ。
数十年前にこちらの世界へ転生する際、俺は神様的な存在から一つのチート能力を授かった。
それが、現在俺がひた隠しにしている国一の鑑定スキル『森羅万象の神眼』である。
どんな神話級アーティファクトでも、人物の隠されたステータスでも、一瞬で全てを見抜くことができる究極の目。
しかし、世の中そんなに甘くはなかった。
最強の鑑定スキルを貰った代償として、俺の身体能力は「村人Aのさらに半分以下」という、絶望的なまでに貧弱なものに固定されてしまったのだ。
スライムに体当たりされただけで骨折し、少し重い荷物を持つだけで筋肉痛で寝込むレベルである。
「俺は神を恨んだよ。周りは魔物だらけのファンタジー世界だっていうのに、俺自身の戦闘力はゼロなんだからな。鑑定スキルで『あ、あのドラゴンに睨まれたら死ぬな』と正確に理解しながら逃げ回るだけの日々だった……」
そんなひ弱な俺が生き残るために選んだ職業が、戦闘を伴わない『行商人』だった。
そしてある日、護衛として雇ったのが、当時はまだ駆け出しながらも圧倒的な力を持っていた若き日のエレナだったのだ。
『……あんた、本当に弱いな。ゴブリン一匹で腰を抜かす冒険者(行商人)、初めて見たわ』
『ははは……情けない話だが、これが俺の全力なんだ』
出会った当初、エレナは呆れ返っていた。
しかし、圧倒的な才能と武力を持つ彼女にとって、俺のその「どうしようもない貧弱さ」と「(諦めからくる)底抜けの温厚さ」は、ひどく新鮮に映ったらしい。
『強すぎる人って、一周回ってこういうダメな人を守りたくなるのよ』
後に双子たちが語っていた通り、エレナは「私がいないとこの男は三日で死ぬ」という強烈な保護欲求を刺激され、結果として俺たちは結ばれた。
「……結果論だが、最高の生存戦略だったな」
俺はハーブティーを飲み干し、庭の方へ視線を向けた。
そこでは今、16歳の双子であるリーゼとロッテが、人類最強の騎士団長であるセリアを相手に模擬戦を行っている。
長剣とガントレットから放たれる理不尽な破壊力を、セリアが神速の双剣でいなすたび、天才幼女のミラが張った空間結界がビリビリと悲鳴を上げている。そして万能少年のテオが、「庭の芝生が剥げるから加減してよー!」とおたまを振り回しながら怒っている。
全員、もし敵に回せば世界が三つくらい滅びかねない規格外のバケモノたちだ。
だが、その最強のバケモノたちは全員、ステータス最弱の「ダメ親父」である俺を愛し、養い、何があっても守り抜いてくれる。
「異世界転生して最強のステータスを手に入れるより、『最強の嫁を娶り、最強の家族に守ってもらうポジション』に収まる方が、よっぽど安全で幸せな異世界ライフってもんだ」
俺が『ダメ親父』を演じ続ける理由の半分は、エレナとの約束。
だがもう半分は、「俺がしっかりしてしまうと、この強すぎる子どもたちが守るべき『日常の象徴(ダメな父親)』を失ってしまうから」でもある。
「おーい、父さーん! 模擬戦終わったから、おやつにしようー!」
「お父さん、今日こそお肉の特売に行こうね!」
庭から俺を呼ぶ愛しい娘たちの声に、俺は光の銃(懐中電灯)をポケットにしまい込み、いつもの「気のいいタレ目のダメ親父」の笑顔を張り付けた。
「おお! 今行くぞー! 今日は奮発して、一番高いお肉を買っちゃうぞー!(※もちろんお前たちのお金で)」
異世界転生で手に入れたのは、無双の力ではない。
世界一騒がしくて、世界一温かい、この無敵の家族なのだから。




