天才幼女の休日、あるいは災厄の鎮圧
森の奥にあるプール付きの超豪華な大邸宅から、さらに数十キロ離れた人跡未踏の渓谷。
8歳になる末っ子の妹、ミラは、苔むした巨大な岩の上にちょこんと座り、王立図書館の最深部から空間転移魔術でこっそり借りてきた『古代魔術の禁書』をパラパラと捲っていた。
「……ふむふむ。この術式、ちょっと無駄が多い。こう書き換えた方が魔力効率いいのに」
彼女は一見すると無邪気な8歳の幼女だが、その頭脳は超がつくほどの頭脳派であり、魔力総量はこの国でも五本の指に入るレベルを誇っている。
その時だった。
突如として渓谷が激しく揺れ、地割れの中からどす黒い瘴気が噴き出した。
現れたのは、かつて神代の時代に封印されたと言われる『災厄の古竜』。目覚めたばかりの猛烈な飢餓感と破壊衝動を剥き出しにし、岩の上に座る小さな少女を丸呑みにしようと、巨大な顎を開いて襲い掛かった。
「……うるさい。お本、読んでるのに」
ミラは本から目を離さず、指先を軽く振るった。
純粋な身体強化や反応速度といった「戦闘力」だけで言えば、いまのミラはAランク冒険者と同等程度だ。そのため、超音速で迫る古竜の牙をギリギリのステップで躱すことしかできない。
――しかし、彼女の異常性はそこではない。
長年の修練が必要なはずの上級魔術を、息をするように感覚だけで使いこなすその圧倒的な「総合力」にある。
「『次元圧縮』」
ミラがポツリと呟いた瞬間、古竜の周囲の空間そのものが、見えない巨大な万力で挟み込まれたようにギシギシと軋み始めた。
『ギャアアアアアッ!?』
絶対的な捕食者であるはずの古竜が、理解不能な力に押し潰され、地面に縫い留められる。
ミラは現在、その規格外の魔力と頭脳により、数十名規模の巨大クランにして、この国に3つしかないSランクパーティーと単独でほぼ互角に渡り合えるポテンシャルを持っていた。ただのデカいだけのトカゲなど、彼女の敵ではない。
古竜は恐怖と怒りに目を血走らせ、ミラの精神を破壊しようと『竜の威圧』を全力で放った。常人なら即死、熟練の冒険者でも発狂するほどのプレッシャーだ。
しかし、ミラは首を傾げて小首を叩いた。
「んー……怖くない」
ミラはふと、剣術使いの姉リーゼと、拳術使いの妹ロッテの顔を思い浮かべる。
やろうと思えば、自分の魔術で双子のお姉ちゃんたちを相手取ることもできなくはない。でも、万が一怒らせて本気を出されたら、あの理不尽な剣圧と拳の風圧で跡形もなく吹き飛ばされてしまうだろう。
「お姉ちゃんたちの本気の喧嘩の方が、ずっと怖い。……それに、おやつのプリン勝手に食べた時のロッテ姉ちゃんの顔の方が、百万倍怖かった」
ミラはトラウマを思い出したようにブルッと身震いすると、もう古竜には興味を失ったようにため息をついた。
「もういいや。静かにしててね。『絶対零度』」
おやつのクッキーを冷ますために使っていた極所的な上級魔術が、今度は渓谷全体を包み込む規模で発動した。
一瞬にして、災厄の古竜は巨大な氷の彫像へと変わり、渓谷に再び静寂が戻った。
「よし。これならゆっくり読める」
Sランクパーティーが総出で何日もかけて討伐するような神話級の災厄を、わずか数分で無傷のまま氷漬けにしてしまったミラ。
しかし彼女にとって、この出来事は「読書中のちょっとした虫よけ」程度の認識でしかなかった。
「早く読み終わって、帰ろ。テオにいの美味しいご飯、食べなきゃ」
氷漬けになった古竜を背に、天才幼女は再び禁書に目を落とし、平和な休日を満喫し続けるのだった。




