深森の魔女と、隠者たる親子
休日の昼下がり。私、Sランクパーティー『暁の特務陣』の参謀・シルヴィアは、街の市場で頭を抱えていた。
「……相変わらず、この街の市場にはまともな魔術触媒が売っていないわね」
冒険者の中で一番の魔力を持つと謳われる私の目に適うような品など、そうそうあるはずもないのだが。
ため息をついて歩き出そうとしたその時、ふと見覚えのある男の背中が目に入った。
愛嬌のあるタレ目に、どこか締まらない立ち姿。怪しい儲け話にすぐ飛びつくダメ男として有名な、ベルンだ。
かつて私を力ずくで日の当たる場所へ引っ張り出した、あの理不尽で眩しいエレナの……最愛の旦那である。
「……ベルン。相変わらずガラクタ商人にカモられているようね」
私が声をかけると、ベルンは「ああっ! シルヴィアじゃないか!」と呑気な笑顔を向けた。彼の手には、どう見ても魔力の欠片もない、ただの薄汚れた鉄の指輪が握られている。
(エレナが遺した双子の娘たちが稼いできたお金を、またあんなものに……。本当に、あのエレナがどうしてこの男を愛したのかしら)
私が内心で呆れ返っていると、ベルンの背後から、両手に大量の食材の入った買い物袋を提げた少年が歩いてきた。
「お父さん。だから、また変なものを買わないでって言ってるでしょ」
エプロン姿のその少年は、12歳になるテオ。数年前にエレナが他界して以来、あの家の家事全般を取り仕切るしっかり者だ。
「ご、ごめんよテオ! でもこれは『古代の賢者が身につけていた幸運の指輪』だって商人が……!」
「はいはい、お小遣いからの天引きね。……初めまして、シルヴィアさん。姉たちからお話は伺っています」
テオは礼儀正しく私にお辞儀をした。
――その瞬間だった。
「……ッ!?」
私の全魔術回路が、けたたましい警鐘を鳴らした。
思わず数歩後ずさった私を、テオがきょとんとした目で見つめる。
(な、何よ……この子……!?)
私は国の最高峰の魔術師だ。だからこそ、相手の持つ魔力の「質」が手に取るように分かってしまう。
剣術使いのリーゼや、拳術使いのロッテのような、分かりやすく爆発的な戦闘力ではない。
テオから感じるのは、異常なまでの「静寂」と「調和」だった。
火、水、風、土、そして錬金術。本来なら相反するはずの多種多様な魔力が、一切のノイズなく、完璧なバランスで彼の体内に圧縮され、循環している。
すべてを上位クラス(Bランク相当)で使いこなすということは、裏を返せば「すべての基礎が極限まで洗練されている」ということだ。
一撃の威力こそSランクには届かないかもしれないが、その魔力の密度と精密さは、常人の魔術師からすれば大賢者すら凌駕するほどの「底知れぬ深淵」に見えた。
「……シルヴィアさん? どうかしましたか?」
「え、あ、いえ……! なんでもないわ」
私は冷や汗を拭いながら、必死に平静を装った。
(そういえば先日、森の奥から私以上の底知れない魔力の揺らぎを感じたけれど……まさか、あれはこの子の魔力だったの!?)
家にいる8歳のミラという本当の「規格外の天才幼女」の仕業であることなど知る由もない私は、目の前の12歳の少年に完全な恐怖を抱いていた。
「あはは、シルヴィアもすっかり立派な魔術師になったなぁ! エレナも天国で喜んでるよ!」
ベルンが相変わらずのタレ目で笑う。
その笑顔の裏で、彼が国一の鑑定スキル『森羅万象の神眼』を持ち、私が手も足も出ないような神話級の指輪をたった今、銅貨数枚で見抜いて買ったばかりだということにも、私は当然気づけない。
「……そ、そうね。私はこれで失礼するわ。テオくん、あなた……お母さんの才能を、違うベクトルで恐ろしく受け継いでいるわよ。せいぜい道を踏み外さないことね」
「はあ……ありがとうございます?」
私は逃げるようにその場を立ち去った。
エレナの血を引く子どもたち。剣と拳で無双する双子だけでも厄介なのに、その後ろにはこんな得体の知れない化け物が控えていたなんて。
(絶対に、あの家族だけは敵に回してはいけないわ……!)
Sランクパーティーの頭脳である私は、その日、ギルドの要注意リストの最上位に「ベルン一家」を太字で書き加えるのだった。
こんな感じでどうでしょう?
テオの「器用貧乏」をプロの目線から「基礎が完璧すぎるバケモノ」と解釈させることで、12歳での異常性を上手く表現しつつ、ミラの強大すぎる魔力もテオのものだと勘違いさせる「ざまぁ・勘違い」の王道要素を入れ込んでみました!




