第90話 貸してもらってる体だからね。
「マジで羨ましいんだけど」
「何が?」
「今日さ、吉川くん休んでるじゃん」
「そうだな」
昼休み時間、俺は寺田と話をしていた。
吉川は欠席。
普通に風邪を引いたとか。
「なんで羨ましいんだよ」
「今日の練習、走りがあるからさ」
サッカーではない練習はやってて楽しくないから、学校に来る意味がないらしい。
学校に来る理由が100パーセント部活動というのもどうかと思うけど。
「自分の免疫力が心の底から憎いよ」
昨日は1時間以上冷水シャワーを浴びてたのに、風邪をひくどころかむしろ体調が良くなったらしい。
冷水シャワーって、むしろ健康法じゃななかったっけ?
その後は適当に雑談をして時間を潰した。
昼休みが終わりそうな頃だった。
教室に入る直前、ある生徒に話しかけられた。
「吉川くんって休み?」
秋谷だった。
話をしたのは半年以上前のことだ。
「風邪らしいぞ」
「そうなんだ」
秋谷と話しているのを他の人に見られたら面倒だと思い、俺はすぐ教室に戻った。
掃除時間。
「さっき、秋谷さんと話してなかった?」
「まあ少しだけ」
夜野さんに応える。
廊下でちょっと話してたのを見られていたみたいだ。
「普通に興味なんだけどさ、秋谷さんって中学校のころどういう感じだったの?」
「あー正直、俺も良く分からないんだよな」
話したことはそこまでないし。
「でも、とにかく本は読んでたな」
何を読んでいたのかは知らないけど。
夜野さんはそれなりに真面目に掃除をしていたので、俺も真面目にする雰囲気を出しつつ、ときおり夜野さんと話をして時間を潰した。
放課後。
いつも吉川とか寺田、瀬野あたりと一緒に帰っているわけではない。
だから今日は、1人で帰ることにした。
「すみません」
教室を出ようとする直前に後ろから聞こえた。
自分のことだと思わないで、階段を下る。
「あのっ、すみません、楠本さん」
後ろまでついてきて、自分の名前を呼ばれたので振り返った。
そこにいたのは深山さんだった。
話したことはない。
「あの、私、今週は週番なんですけど」
「はい」
とりあえず丁寧語で返事をした。
距離感が分からないときは、丁寧語で話すことにしているからだ。
「担任の先生から、楠本さんに宿題を持っていくように頼んでほしいって言われたんですけど……」
そういって深山さんは何枚かのプリントを見せてきた。
「いいですけど、宿題とかって明日渡せばいいんじゃないんですか?」
「私もそう思ったんですけど、できるなら今日渡して明日提出してもらった方が、先生としてはやりやすいみたいで……」
「はぁ」
意味が良く分からなかったが、深く考えても無駄だろう。
分かりました、と言って俺はプリントを受け取り、吉川の家に行くことにした。
通りの自動販売機で、吉川がいつも飲んでいる200ミリリットルのミネラルウォーターを購入した。
吉川の家に到着し、インターフォンを鳴らす。
すぐにこちらに向かう足音が聞こえた。
「ごめん、楠本くん」
そういって出てきたのは吉川。
すでに吉川には家に行くことは知らせており、家に着いたことも連絡していた。
「宿題な」
そういって俺はプリントを渡す。
さっき買った飲み物も渡した。
「別に用ないから、もう帰るわ」
そういって帰ろうとすると--
「まぁせっかくだから上がってよ」
「だから、その用がないって言ってるんだけど」
まぁまぁ、と言って吉川は玄関のドアを開ける。
俺は吉川の家に入った。
この後の用も特にないし。
「そういえばミューっていう人の動画、今日初めて見たんだよね」
「ほう」
今日は暇だったからミューの実況動画を見たらしい。
俺がかなり前に教えたゲーム実況者だ。
「どうだった?」
「よくもまぁあんなに言い訳がポンポン出てくるなって」
「だろ?」
あれがすごいんだよ、と俺は言いながら、俺は吉川の部屋に入った。
「ところで面白い小説があって……」
そういって吉川は話始めた。
吉川はたまに面白い小説を教えてくれる。
的中率は五分五分。
ハマらない作品もあれば、めちゃくちゃハマる作品もある。
そのため、第一話だけは読むようにしている。
「……っていうのが面白いんだよね」
「ほう」
適当に相槌を打った。
話を聞いている間、吉川の本棚を眺めていた。
「ていうかこの本、前に来た時もカバーかけてなかったか?」
そういって俺は本棚の左隅あたりにある本を指さす。
「この前っていうか、3年近くはカバーをかけてる感じだね」
「そんなに前からあったか?」
俺が中学生のときに吉川の家に来たときもあったらしい。
普通に気が付かなかったけど。
「何の本?」
「普通のラブコメだよ」
吉川はカバーを外して見せる。
有名なラブコメ作品だった。
「なんでカバーつけているんだ?」
「貸してもらってる体だからね」
「貸してもらっている体?」
「うん」
頷く吉川。
「中一のときにさ、」
「あー、あの転校した」
「そうそう」
吉川が説明する前に俺は理解した。
そういえば、中一の中盤あたりに引っ越した人がいたな。
よく覚えてないけど。
吉川によると、その人の本らしい。
「別に返せって言われてないんだけど、一応ね」
そういって吉川はその本をもとの位置に戻した。
その後は吉川の家で宿題を片付けてから、自分の家に戻った。
自分の家に帰りついた。
特にすることがないので、動画を見て時間を潰す。
ふと気になったので、中学校の頃の卒業アルバムを引っ張り出した。
もちろん、卒業アルバムに吉川の言っていた生徒はいない。
ただ、今日の掃除時間に『中学校の頃の秋谷さんってどういう感じだったの?』と夜野さんに聞かれたのと重なり、中学校の卒業アルバムを見てみようと思ったのだ。
適当にページをめくり、すぐに卒業アルバムを閉じる。
そろそろ寝る時間だ。
俺はミューの実況動画を開いて目を閉じた。
冒頭から言い訳をしている音声を聞きながら、俺は中学校の頃を思い出していた。
吉川とそれなりに話すようになったのは中1の中盤以降。
それまでは、話すことがほとんどなかった。
吉川は中一の中盤まで、その引っ越した生徒とよく話をしていたと思う。
でもどうしても、その生徒のことが思い出せなかった。
まあ、覚えていないことを無理に思い出そうとしてもしょうがないか。
ミューの音声に意識を向けて、すぐ眠りについた。




