第88話 私みたいなヒロインっていないの?
「……フロアマップが実はフェイク、みたいな展開ないよね?」
僕の呟きは喧騒にかき消される。
僕はショッピングモールに来ていた。
スマホ片手にうろうろする。
アレ、この道さっきも来なかった?
突然、後ろから肩を叩かれた。
「迷子センターは一階に降りて右奥だよ?」
「別に迷子じゃないです」
何でいるんですか、明空さん、と付け加える。
そこにいたのは私服姿の明空さんだった。
周りに人がいないことから見るに、ひとりで来ているみたいだ。
「それじゃあ、」
「ちなみに吉川くんはどういう用事なの?」
こちらが離れる前に明空さんは尋ねる。
「普通に買い物ですね」
「そうだろうね」
ウィンドウショッピングが好きなタイプじゃなさそうだし、と明空さん。
正解だったけど、何も言わないで腕を組んだ。
「何を買いに来たとかは言わなくても良いんだけどさ、なんか迷ってなかった?」
「まぁ迷ってはいましたけど、いつから気づいてたんですか?」
「ついさっきだね」
具体的に何分前、と明空さんは言わなかった。
「で、どこに行きたかったの?」
「それ言ったら、何を買いに来たか言うようなものじゃないですか」
「でも迷ってたんでしょ?」
「まぁ」
「それなら助太刀いたすって感じ!」
「うーん、それなら……」
ここに行きたいんですけど、とスマホで店舗のサイトを見せる。
「あーこれ、別のフロアだね」
「本当ですか?」
気が付かなかった。
「地図とか読むの苦手な感じ?」
「そうですね」
少なくとも、得意ではない。
「じゃあ行こっか!」
「いや、あの……」
「なに?」
「普通に、場所だけ説明してもらえばいいんですけど」
「私もここに用事あるからさ」
別の目的地だったら、説明するだけでよかったんだけど、と明空さん。
僕たちはギフトショップに向かって歩き出した。
「それで、ギフトショップに何の用?」
「言わないといけないヤツですか?」
「言わないといけないヤツ」
そもそも言わなくてもバレてるような気がするけど。
少し考えてから応える。
「まぁホワイトデー的な感じですよ」
「的な?」
ちょっと濁して言ったが、明空さんはすぐに違和感に気づく。
「ちなみに私もホワイトデー『的な』感じだよ?」
「そうなんですか」
あえて『的な』を強調してきた。
「友チョコのお返しみたいな感じなんですよね?」
「そうだね」
「それなのに本命みたいなお返しするんですか?」
「吉川くんのは本命だったの?」
そういって顔を覗き込んできた。
いらないことを言ったかも。
少し沈黙が生まれる。
「……僕、何も言わないですよ?」
「それは残念」
エスカレーターに乗る。
明空さんの後ろに2段離れて乗った。
「友チョコとかは貰った?」
「それっぽいのはあったけど、貰わなかったですね」
僕はバレンタインデーであった、1-Cの教室の話をする。
その間にギフトショップに辿り着いた。
僕と明空さんはその話をしながら入店する。
「でも、吉川くんは貰わなかったんだよね?」
「そうですね」
「そっか」
明空さんとの会話は一旦、そこで途切れた。
商品を吟味する。
よく考えたら、バレンタインデーのお返しをする必要ってある?
お返しをしないといけなさそうなのは秋谷さんと深山さん。
秋谷さんは「お礼に誕生日プレゼントが欲しい」って言われたから、一緒に出掛けて本を買った。深山さんはバレンタインデーの一日後で安かったから、という理由でチョコレートを渡された。
どっちとも、お返しをするにしては微妙なところだ。
もちろん、お返しをしたほうが喜んでもらえるのは分かるんだけど。
「良さそうなのあった?」
僕の肩を叩いて、明空さんが尋ねてきた。
「正直、迷ってますね」
「ちなみに私はこれにしたよ」
バウムクーヘンの写真が掲載されている箱を見せる。
「やっぱりお菓子とかの方が良いですかね」
「それは自分で考えて欲しいな」
そう言って一瞬、明空さんは少し上を見た。
「ホワイトデーのお返しも意味があるらしいよ」
「通俗だけど」と言ってスマホを取り出す。
僕も調べてみようと思ってスマホを取り出そうとすると——
「私が調べるから吉川くんは商品を選んでていいよ」
明空さんは手で制してきた。
「そうですか」と呟き、僕はスマホをポケットにしまう。
商品を眺めつつ、明空さんはホワイトデーのお返しの意味を読み上げた。
「クッキーは『仲の良い友だち』で、キャラメルは『安心』って意味らしいね」
「へえ」
「ちなみに私が選んだバウムクーヘンは『長く続く幸せ』だよ」
「良いですね」
「でしょ?」と応えてから、明空さんは続ける。
「 マイナスの意味を持つとされるのはマシュマロ、グミ、ハンカチだね」
「こういうこというのって失礼なのかもしれないですけど、」
明空さんがスマホから顔をあげたのを確認してから口を開いた。
「その情報、ちゃんと合ってるんですよね?」
一瞬だけ、僕たちの間に沈黙が生まる。
「ちゃんと確認するのは重要だね」
そういって明空さんはスマホを僕に渡してきた。
画面をスクロールして、情報を確認する。
全ての情報は正しかった。
「すいません」と言って明空さんにスマホを返す。
そのあとすぐ、明空さんは話題を変えた。
「バレンタインデーに貰った贈り物にも意味があるというのは分かるよね?」
「そうでしょうね」
ホワイトデーと似たようなものだと思うけど。
「それに対する返事、みたいなニュアンスで贈り物を考えたら良いんじゃない?」
「なるほど」
普通に良い案だった。
「ちなみにチョコクッキー自体の意味はなさそうだね」
スマホを見ながら、明空さんは口にした。
一瞬だけ明空さんを見たが、すぐに視線を逸らす。
なぜか明空さんが秋谷さんからもらったプレゼントを知っていたが、スルーする。
「だからチョコとクッキーの意味を混ぜた贈り物が良いんじゃないかな」
「バレンタインデーのときのチョコレートの意味って何ですか?」
「『あなたと同じ気持ち』とか『変わらない関係でいたい』とか」
「クッキーは?」
「『あなたと友達でいたい』、らしいね」
「なんとなく、バウムクーヘンが返答として一番良さそうですけど」
「えー同じの買っちゃう?」
明空さんは僕の顔を覗き込んできた。
うーん、それはちょっとイヤかも。
明空さんと少し距離を取ってから、口を開いた。
「なんで明空さんはバウムクーヘンにしたんですか?」
「意味のまんまだね」
「バレンタインデーの時に貰ったのは友チョコなんですよね?」
「そうだよ」
「え、興味ある?」と言って、再び僕との距離を詰めてきた。
「参考までに知りたいって感じです」
別に言いたくないんだったら別に良いですけど、と補足する。
一呼吸置いて、明空さんは口を開いた。
「私のは親用だね」
「……そうなんですか」
「なんか深刻な感じに捉えてない?」
捉えてますけど。
「家庭環境に問題があるとかじゃなくって、せっかく渡すならちゃんと意味を持たせたいなって」
「普通でしょ?」と言ってこちらに視線を向ける。
「それにしても、高校生でそんな親想いの人って珍しいですね」
「まあ尊敬はしてるかな」
ちなみに、と言って明空さんは話題を変える。
「お菓子とかじゃないものにも意味はあるらしいよ」
「そうなんですか?」
とりあえず話を促す。
「ネックレスとかブレスレットなら『独占』とか『束縛』って感じ」
「意味として良くなさそうですけど」
「そうかもね」と頷いてから、すぐに明空さんは続けた。
「でも関係性が深いカップルだったら良い意味になるんじゃない?」
相手次第では好意的に受けとってくれる可能性もあり得るらしい。
「他には何かあります?」
「指輪とかどう?」
「それこそ関係が深くないと駄目じゃないですか」
そう答えると、明空さんは首を傾げながら口を開いた。
「贈る相手との関係はそこまで深くないの?」
「……」
「いや、ちゃんと良いのを選べるようにって意味でね?」
本当かな。
「とりあえずお菓子にしようと思います」
アクセサリーは自分のセンスが出そうだし、そういうのを贈っても相手は困りそう。
贈り物はお菓子に限定することに決めた。
お菓子が陳列されているコーナーで吟味をする。
明空さんは後ろでその姿を眺めているようだった。
「なんかよく考えたら、やっぱバウムクーヘンが一番良い気がしてきたんですけど」
返答としてちょうどいいし。
「じゃあ一緒のヤツ買う?」
「それだと僕が何も考えないで買ったみたいな感じで嫌なんですけど」
「結果よりも考える過程のほうが大事だと思うけどねー」
明空さんは笑いながら口にする。
秋谷さんにもそんなことを言われたことがある。
「ちなみに、いま2本買ったら10パーセントオフらしいよ」
お得感を明空さんが匂わせてきた。
「明空さん、このお店の回し者じゃないですよね?」
「まさかー」
その強く否定しない感じが怪しいんだけど。
しばらく考えてから、僕はバウムクーヘンを手に取った。
「結局、同じヤツにするの?」
「はい」
「じゃあ一緒に買おっか」
レジに向かおうとする明空さんを引き留めた。
「いや、別々で払いましょう」
そう提案すると、明空さんはこちらをまっすぐ見てきた。
「一緒に買ったほうがお得だよ?」
「そうですけど、ここはあえて分けたいんですよ」
「ふーん、そっか」
「もちろんいいよ!」と明空さんは笑って応えた。
明空さんが先に支払いを済ませ、僕はそのあとに精算を済ませてから店から出る。
「さっきバウムクーヘン以外のも買ってなかった?」
「見てました?」
「見てたというより、見えたのほうが正しいかな」
偶然ね、と付け加える。
「で、これからどうするの?」
「書店に寄ってから帰るって感じですね」
「おー書店」
丁度私も行こうと思ってたんだよね、と明空さん。
本当かな。
「……別々で行っても良くないですか?」
「なんで?」
「勘違いされたくないんですけど」
「何に?」
「……何ですかね」
「恋人みたいにって?」
「まぁそうです」と言って頷く。
「それってさ、吉川くんの読んでるジャンルの典型だったりしない?」
「そうですけど」
勘違いイベントのテンプレだ。
「ならテンプレじゃん、って割り切れば良いと思うけどな」
「テンプレだからって、全部好きってわけじゃないですから」
「例えば?」
「ナンパとか」
「ヒロインが何かしら傷つくのがイヤって感じ?」
「そうですね」
「それは紳士的だね」と明空さんは呟いた。
しばらくは無言で歩いていたが、明空さんがおもむろに口を開いた。
「まあ、だからと言って別々に行動するか、と言えば話は別だけど」
「それは困りましたね」と言って、目的地に向かった。
書店に到着。
「明空さんってどんな本を読んでるんですか?」
「興味ある?」
「まあ少しだけ」
本当に少しだけしかないんだけど。
明空さんが案内してくれたので、それに黙ってについて行った。
あるコーナーに到着した。
「あの明空さん」
「なに?」
「見栄を張ろうと思ってここに来たわけじゃないですよね?」
「ひどい言い方だね」
私がラブコメヒロインだったら傷心してたかも、と付け加える。
そこは、めちゃくちゃ敷居の高いコーナーだった。
色んな学術書が、威厳たっぷりに陳列されている。
物語じゃないってところがキツイ。
「じゃあ僕、別のところに行くんで」
「どうぞどうぞ」
特に引き留められる事もなく、しばらくは別のコーナーで過ごした。
ウェブ小説で書籍化した作品を手に取る。
「『SNSで話題の人気作品が待望の書籍化!!』ねぇ」
帯の宣伝文句を、後ろから読み上げる声が聞こえたので振り返った。
「いたんですか」
「今来たって感じ」
そう言って明空さんは隣に並ぶ。
「何か買いたい本とかなかったんですか?」
「あったけど、ネットで買ったほうが安いし」
「じゃあ何のためにここに来たんですか?」
「暇つぶしだよ」
暇つぶしに学術書を立ち読みするとかすごいな。
ところで、と言って明空さんは続ける。
「吉川くんってそういう本が好きなんだよね?」
「まぁそうですね」
「何で好きなの?」
「面白いからですけど」
「それじゃ私が学術書が面白いって言ってるのと変わらないじゃん」
具体的な理由とかないの?と尋ねる。
「じゃあ明空さんは具体的な理由があるんですか?」
「私はあるね」
明空さんはすぐに答えた。
「参考までに教えてもらっても良いですか?」
「何の参考にするつもり?」
「僕がラブコメを好きな理由を説明するときに使おうかなって」
「なるほどね」と明空さんは呟き、特に躊躇うこともなく理由を言った。
「まあ親が読んでた影響だね」
「親ですか?」
そういえばさっきも親の話が出たな、と思いつつ尋ねる。
「親の学術書があって、意味がわからなかったから親に教えてもらったんだよ」
「好奇心旺盛ですね」
学術書に興味を持つってところがすごい。
「うん、でその時に親が噛み砕いて説明してくれた時に、思ったんだよね」
「面白いって思ったんですか?」
「いや違うよ」
明空さんは首を横に振る。
「じゃあどう思ったんですか?」
「この理論、自分でも作れるなって」
「マジですか?」
偉大な学者の理論も、自分の経験から導けると思ったらしい。
「だから、そのときに初めて嫉妬したわけ」
「偉大な学者にですか?」
「うん」
「先を越されたなって思ったね」と明空さんは呟いた。
それから学術書を読み始めたという。
「吉川くんはどうなの?」
「僕のはそんな深い理由じゃないんで、今めっちゃ冷や汗かいてるんですけど」
本当に深い理由じゃなかったから、どうしたものか困った。
しかし特に脚色せず、事実だけ伝えることにした。
「中1のときに、近くの人がラブコメを読んでたんですよ」
「うん」
「それで何読んでるの? って聞いて教えてもらったって感じです」
「上手く布教されたわけだ」
「それはもう巧妙に」
僕がそう言うと、明空さんはくすっと笑った。
結局、何も買わないで書店から出て、エントランスに向かう。
「今日は楽しかったね!」
「まあそうですね」
明空さんに会うとは思わなかったけど。
「喜んでもらえると良いね!」
「そうですね」
ショッピングモールの外に出る。
そういえば、と言って明空さんは続ける。
「興味があるから聞くって感じなんだけどさ」
「なんですか?」
「吉川くんが読んでるジャンルの中に、私みたいなヒロインっていないの?」
「うーん、完全に合致っていう感じのキャラクターはいないですね」
「似た特徴を持ってるキャラは?」
「まぁ賢い感じのキャラならかなりいると思いますよ」
「でもそれと私は違う、と?」
「まぁそうですね」
なんとなくだけど。
「そうなんだね」と明空さんが呟き、僕たちはそこで別れた。




