第87話 私のヤツと交換しない?
「先生に数学の教科書忘れたので見せてくださいって言っても良いかな」
「たぶん頼む相手間違えてるね」
普通は私に頼むべきだと思うんけど、と呟く深山さん。
休み時間。
僕は数学の教科書を忘れていたことに気が付いた。
授業開始まであと1分。
流石に他のクラスの人から借りるのは難しい。
「数学の先生だから怒られたりとかしないでしょ」
「まぁそうだけど」
実際、科書を忘れたからと言って怒られることはない。
ただ、授業中に当てられる可能性が高くなる。
「じゃあごめん、教科書見せてもらっても良いですか?」
「後で飲み物とか奢ってね」
「もちろん」
僕は深山さんのほうに席をくっつけた。
「席のくっつけ方とか教科書の見せ方とかでも、その人との関係性がなんとなくわかるよね」
「今やってるときに言う?」
「そういえばって思って」
机をどっちとも近づける場合と完全にどちらか一方が寄せるのか、みたいな。
「教科書を見せるときに、相手と机をくっつけないのはちょっと距離感ある感じするよね」
「教科書を橋みたいにして見せるヤツ?」
「そうそう」
先生が入ってきた。
僕は教科書を忘れたことと、隣の人に見せてもらうことを報告すると、「一番最初に当てるから覚悟しときなさい」と言われた。
最初に当たる問題はそこまで難しくないので助かった。
その問題は難なくクリアし、普通に授業を受ける。
「深山さんって字、めっちゃ綺麗だね」
「そうかな」
「小学校のときとか習字してた?」
「硬筆はあんまりやってなかったけど」
書道教室に通っていたらしい。
授業中なのでそこまで話すことはできないので、しばらくは先生の話を聞く。
問題を解く時間になった。
先生は何か物を取りに行くとか言って教室から出て行った。
この時間、真面目に問題を解く生徒はそこまで多くない。
先生が帰ってきそうになったら問題を解き始めるという感じだ。
周りの生徒と話をすることもよくある。
「教科書を見せてもらうっていうの、けっこうあるあるだよね」
「物語として、ってこと?」
深山さんが頷く。
主人公と相手との距離感が近くなって他の人が冷やかす、みたいな流れかな。
「物を落として一緒に取ろうとして手が触れるとか」
「MONOを?」
「面白いこと言うじゃん、吉川くん」
「それを言ったのは深山さんだけどね」
でも実際、手が触れる描写は結構あるな。
図書室で本を取るタイミングで手が触れるというのも見たことがある。
先生が戻ってきそうなので、問題を解き始める。
「あっ吉川くん、そこ計算ミスしてるよ」
「マジ?」
普通に字が読みにくくって計算ミスをしていた。
修正しようと思い消しゴムを手に取る。
消しゴム、落下。
落ちた消しゴムはちょうど僕と深山さんの机の間。
深山さんは消しゴムに視線を落としてから僕を見る。
先生、入室。
「……とりあえず、私の使えば?」
普通に消しゴムをとっても良かったけど、提案された以上否定することはできない。
僕は深山さんの消しゴムを使うことにした。
机と机の境界線あたりに消しゴムを置く。
なるべく消しゴムを使わないようにして授業を乗り越えた。
授業が終わってから、自分の消しゴムを拾う。
「ずっと思ってたんだけどさ、」
机を離そうと思い、席に立ったタイミングで深山さんに話しかけられた。
「なんでこのシャープペンシル使ってないの?」
そういって指さしたのは、深山さんからもらったシャープペンシル。
「なんとなく使いにくいんだよね」
「私は普通に使ってるけど?」
そういって深山さんは自分の緑色の柄のシャープペンシルを見せる。
たしかに、さっきの授業中もずっと使っていたな。
「新しい文房具ってさ、何となく使いにくくない?」
「文房具だったら別にそういうことないけど」
「なんか汚したくないんだよね」
「私のヤツ、別にそんなに汚れてないよ?」
「そうなんだけどさ」
気持ちの問題なんだろうね、と呟いた。
「それならさ、いったん私のヤツと交換しない?」
「なんで?」
「だって使いにくいんでしょ?そのシャープペンシル」
気持ちの問題だったら、私の使っているヤツ使えばいいじゃん、と深山さん。
「せっかく渡したんだから使ってもらわないと」
そういって深山さんは自分の緑色のシャープペンシルを僕の机に置き、
僕の白色のシャープペンシルを自分のペンケースの中に入れた。
「じゃあ後で、飲み物奢ってね」
「放課後で良い?」
「うん」
話が終わったので、僕は机を離した。
次の授業からは、深山さんと交換したシャープペンシルを使った。
放課後。
「吉川くんはまだ帰らないの?」
「今日は友だちと帰るから」
「ふーん」
とりあえず私は帰るから、自動販売機まで降りてくれない?と付け加える。
「ていうかなんだけどさ、」
「うん」
「借りたのが吉川くん何だから、ふつう『飲み物奢るから、降りようか』くらい言うべきだと思うんだけど」
「そうかも」
ちゃんとしてね、と深山さんが呟いた。
自動販売機に到着。
「で、飲みたいのはある?」
「あるかないかで言えば……」
「え、ここにない選択肢とか出してくる?」
「まぁ流石にコンビニまで行けとは言えないし」
「それは助かった」
飲み物奢りね、って言われてコンビニまで走らされるのは流石にキツイ。
どうしようかな、と深山さんはしばらく考え込んだ。
「吉川くんが好きなヤツとかないの?」
そう言って深山さんは自動販売機に触れる。
「僕はいつも200ミリリットルのヤツをよく飲んでるけど」
「それって好きで飲んでる感じじゃないでしょ?」
「ていうか、飲み物に好きとかあんまりないけど」
「炭酸は?」
「あれば飲むくらい」
自分から積極的に飲む感じではない。
「もうココアとかにしとこうかな」
オッケーと応え、小銭を入れてココアを自動販売機から取り出す。
その時にちらっとラベルを見る。
カカオ豆がどうこう、みたいなことが書いてあった。
「教科書見せてくれて助かったよ」
「どういたしまして」
ココアを深山さんに手渡し、そこで僕たちは別れた。
カカオ豆という単語を見て思い出したことがある。
よく考えたら、ホワイトデーが近い。
バレンタインデーのお返しを用意しておかないと。
週末はショッピングモールに行こうと決めてから、僕は教室に戻った。




