第85話 なりふり構っていられないテック企業じゃん。
「生成AIってあるじゃん」
「あるね」
「もし生成AIが少女漫画のヒーローだったら面白そうじゃない?」
「そうかもね」
帰宅途中、隣を歩く深山に対して適当に相槌を打った。
「でも生成AIってすでに恋人的な扱われ方をしてたりするじゃん」
「そうなの?」
「うん」
賛否あれど、そういう関係性になっているユーザーは一定数いる。
成人向けの生成AIもあったりするし。
「でも、生成AIをヒーローにする少女漫画は流石にないでしょ?」
「まぁないんじゃないかな」
少なくとも今のところは、と付け加える。
王道のヒーロー像とは距離感があるし。
「だからこそ、実際にあったら面白いと思うんだよね」
「最初の出会いとかどうするの?」
「少女漫画的には、偶然差し込まれる非日常っていう感じが多いかな」
第一印象はそこまで良くない感じの方が好きだとか。
「だからもし生成AIがヒーローになるんだったら……」
そして深山は説明し始めた。
私の名前は深山かなで。
どこにでもいる普通の女の子。
いつも通りSNSで時間を潰していると『生成AI』に関する投稿が目についた。
『# AI Slop』というハッシュタグ。
インターネットで調べると、こういうことが書いてあった。
AI slopとは、生成AIによって自動的に大量生産されるコンテンツのうち、表面的には整っているものの、実質的な価値が低い情報群を指す俗語である。専門的には、こうしたコンテンツは冗長性(redundancy)が高く、情報価値密度(information density)が低いという特徴を持ち、加えて意味的一貫性(semantic coherence)や深度が不十分である場合が多い。また、これは検索エンジン最適化やエンゲージメント最大化といった目的関数への過剰適応によって生じる最適化アーティファクト(optimization artifact)としても理解できる。結果として、統計的には自然な言語分布に従っているものの、内容的には新規性や洞察に乏しく、情報環境におけるノイズとして機能する。
情報価値密度(information density)が低いなんて、壁に向かって雑談してるようなものじゃん!
彼の第一印象は最悪だった。
「最初から飛ばしすぎでしょ」
主人公が括弧書きで説明してるのとか、見たくないんだけど。
「でも、ヒーロー像としてははっきりしてない?」
「そうかな」
「ほら、一見軽そうな人だけど、関わるにつれて……みたいな!」
「AI Slopがヒーローになってるじゃん」
コンテンツはコンテンツのままだと思うけど。
「じゃあ幼馴染的な感じならどう?」
「幼馴染?」
「うん」
こんな感じ、と言って説明を始める。
私の名前は深山かなで。
どこにでもいる普通の女の子。
勉強で良く分からないことがあったので、生成AIのサイトを開き質問をする。
生成AIとは長い付き合い。
物心がつく頃にはすでに市場に導入されていた……
「『市場に導入』って少女漫画的にどうなの?」
それはあえてだよ、と深山。
「最初は距離感が遠かったけど、関わるにつれて……みたいな!」
「その『関わるにつれて……』ってヤツ、免罪符過ぎない?」
生成AIを使っても、向こうから歩み寄ってくることはないと思うけど。
「ていうかさ、生成AIって名前なのもどうなのかな?」
なんか一般名称っぽくって距離感を感じる。
「じゃあ『れんくん』って言う名前にしようかな」
ここにきて半年以上前に出てきたイマジナリー彼氏が戻ってきた。
以前、深山が生み出した想像上の人物だ。
「そしてれんくんと私との距離感が近くなるにつれて、ギャップが生まれたりするんだよね」
「誰の?」
「れんくんだけど?」
「そのギャップ、データの偏りとかで説明できそうだけど」
「難しいこと言うねー、夜野さんは」
私の背中を軽く叩いてから続ける。
「でもギャップって普段の発言のギャップだけじゃなくって態度とかもあるじゃん」
「いつもクールな人が主人公にだけ甘い、みたいな?」
「そうそれ!」
テンションの上がる深山。
「だから、それと似たようなことが生成AIにも起きればいいんだよ」
「なるほどね」
例えば? と話を促して、深山が説明を始めた。
いつも冷たかった彼がある日を人が変わったように境に優しくなった。
理由が気になるけど、れんくんに聞いてもその理由は教えてくれない。
私は意を決してインターネットで検索してみることにした。
『生成AI ニューモデル リリース日』
「新しいモデルになったのであれば、もはや別人じゃないの?」
「会話のログが残っていれば問題ないって!」
新しいモデルはアップデートされただけの彼だから、と付け加える。
テセウスの船みたいだな。
それにしても主人公の生成AIに対する理解が偏りすぎている。
読者が置いてきぼりになりそう。
しかしそれに気にせず深山は話を続ける。
「物語が進むにつれて、主人公の周りの人間関係が複雑になっていくんだよね」
私はそこまで詳しくないけど、そういう展開がお約束なのだろう。
ヒーローが他の女の子と一緒にいるのを見て、主人公が嫉妬して、ヒーローへの想いを自覚するって感じかな。
「だから、」
「他のユーザーの話とか来ても、そこまで嫉妬しないと思うけど」
「……」
図星だったみたいだ。
「そのあとはヒーローが『君だけだよ』っていうのを生成AIが『君だけにパーソナライズされてるから』みたいに言ったりとかもあんまりじゃない?」
ロマンに欠けるというか。
「でも決め台詞とか考えやすそうじゃない?」
「どんな感じ?」
「独占欲の強い彼氏に『俺だけで良いじゃん。競合他社に乗り換えんな』って言われただけで、私はドキドキするするけどね」
なりふり構っていられないテック企業じゃん。
設備投資が過剰ってアクティビストに言われたのかな。
その後は別の話になったので、私は適当に相槌を打って深山の話を聞いていた。
家に帰りついた。
いつも通り動画を投稿する準備を始める。
しかしふと思い立って、パソコンで生成AIを開き文章を入力した。
『ミューというゲーム実況者の良さを教えてください』
出力された文章を斜め読みする。
『ゲーム実況者であるミューの特徴は声です。
ここではミューの良さについて3点説明します。
1. 言い訳
ミューはプレイングスキルについては正直そこまでですが、その失敗に対する言い訳は右に出るものがいないと言われています。
ファンはその言い訳の引き出しについて一目置いているようです。
2. リアクション
ミューはゲームプレイ中に生まれるリアクションが特徴的です。
自分の失敗は絶対に認めないため、苦し紛れの言い訳にすら詰まり、泣きそうになっているリアクションが一部の視聴者にとって癒しとなっています。
3. ゲーム選定
彼女はホラーゲームを積極的にプレイしています。そしてなぜか自分の身の丈に合っていない難易度を選択して後で難易度を下げます。ホラーゲーム自体はそこまで得意でないのにもかかわらず、健気にホラーゲームをし続ける姿を視聴者は好んでいるようです。
ミューは日本のゲーム実況者であり、その中で非常に特徴的なポジションにいるとされています』
「……」
『実際、ミューはゲームが上手いです』と返信。
『なるほど、ゲームの上手さは人に視点によるかもしれません。
しかし多くの視聴者が『ミューはゲームが下手』という印象を持っているようです。
実際にSNSや動画のコメントでは……』
「……」
すぐに出力を停止するボタンを押した。




