第84話 全部履歴関連じゃねぇか。
「学年末テストあるじゃん」
「あるな」
俺は寺田に応える。
「……」
「え、それだけで話が終わることってある?」
吉川が口を開いた。
深刻そうな雰囲気を漂わせながら、寺田が続ける。
「……どうやったら楽して暗記できるかな?」
よかった、そんなに深刻じゃなさそうだ。
昼休み。
俺たちは昼ご飯を食べていた。
学年末テストが近づいてきているため、クラスの雰囲気も少し張りつめているような気がする。
俺たち4人の成績を一度確認してみよう。
瀬野: とびぬけて成績が良い。羨ましい。
吉川: 数学は得意。英語が苦手。まぁまぁ。
俺: 普通。
寺田: 全科目平均以下。大丈夫かコイツ。
「暗記すれば解ける問題とかあるじゃん」
地理総合の単語とか英単語とか、と寺田は例を挙げる。
「まぁ理系科目も手を動かして覚えるみたいなところはあるけどな」
瀬野が話を遮らない程度の呟いた。
しかし切羽詰まった寺田にそんなことを言ってもどうしようもない。
「せめて暗記すれば解ける問題くらいは点数とらないとヤバいんだよ」
「寺田くんってそもそも進級できるの?」
吉川が尋ねる。
「出席日数は満たしてるじゃん」
「そうだな」
実際、寺田がこの1年間で休んだことはない。
「で、成績は赤点かどうかが重要になってくる」
「実際どうなの?」
「まぁ赤点は何個かあったけど、補習とか追試があったからそこはオッケー」
え、寺田の成績でも大丈夫なの?
「じゃあ何が問題になるんだよ」
「別に問題はないよ」
普通に進級はできるけど、と寺田。
じゃあなんで、そんなに切羽詰まった感じなんだ。
「サッカー部の中で成績がビリになったヤツが飯を奢らされるんだよ!」
それは絶対に避けたい、と寺田。
無駄な出費を未然に防ぐため、暗記科目で点数を取りたいらしい。
「だから楽して暗記できるやり方とか知らない?」
寺田はどこまで即物的だな。
俺たちは暇つぶしに効果的な暗記方法を考えることにした。
「何も見ないで内容を思い出せるか、みたいなやり方が有効って聞いたことあるぞ」
インターネットで調べたときは『アクティブリコール』と書いてあった。
「じゃあさっきの授業とかどう?」
何やったか覚えてる? と吉川が寺田に尋ねる。
「さっきの授業は寝てたから覚えてるわけないじゃん」
「その前の授業は?」
「まず数学だったよね?」
「英語な」
俺はすかさず訂正する。
科目も間違えてるぞ。
寺田の脳自体がアクティブになってないのに、このやり方って使えるのか?
「瀬野はどうやって暗記してるんだ?」
やっぱりこういうのは成績が良い人に教えてもらった方が良い。
そうだな、と瀬野は少し考えたのちに話始める。
「俺の場合は頭の中に辞書を作ってる感じだな」
「どんな感じ?」
と寺田。
「例えば『あ』って思い浮かべたら、『あ』が頭文字の人物とか事柄が並んで出てくるってイメージ」
インターネットのサジェスト機能って言った方が分かりやすいか、と付け加える。
こういうイメージだろう。
あ|
・足利尊氏
・明智光秀
・天草四郎
「こういう感じにしてるから、実際は頭文字だけ覚えとけば記憶する量が大分減るんだよ」
それはすごい。
「検索エンジンを頭の中に作るイメージで合ってる?」
「あぁ」
瀬野は寺田に頷く。
「それなら僕もできるよ!」
「すごいね」
吉川が応える。
「僕の頭の中、めっちゃ体系的に整理されてるからね!」
Wikipediaか僕かくらい、と寺田。
Wikipediaの一部の記事ってそんな体系的じゃないけどな。
「どんな感じなんだ?」
例えば、と言って寺田はイメージを説明する。
り|
・履歴 消し方
・履歴 削除
・履歴 バレない
「全部履歴関連じゃねぇか」
しかも中学生くらいのヤツが検索しそうな内容。
「たまたま『り』で思いついたのが履歴関係だっただけで、他のヤツだったら普通にできるって!」
「じゃあ『か』ならどう?」
吉川が寺田に尋ねた。
『か』なら、加藤清正や勝海舟が考えられそうだな。
寺田の検索エンジン:
か|
・
・
・
「おい、ちゃんと機能してねぇぞ」
瀬野の方法は画期的だが、寺田には難しいということが分かった。
そのため、俺たちはネットで検索してみることにした。
「なんか科目を分けて勉強したほうが暗記しやすいらしいぞ」
「どんな感じ?」
俺は寺田にスマホを見せる。
異なる科目や単元を交互に学ぶことで記憶がしやすい、と書いてあった。
インターリービング学習と言うらしい。
「どんなイメージ?」
例えば英語、数学、国語を勉強するとしよう。
そして英語なら単語、長文、文法に分けられる。
他の科目も同じように要素を区分する。
数学だったら確率とか二次関数とかだな。
そして20分で勉強する内容を区切る。
英語→数学→国語→英語(別内容)→数学(別単元)
「……こういう感じでやった方が、記憶が定着しやすいらしい」
俺がやるかと言えばまぁ別の話なんだが。
「なるほどね」
吉川が鷹揚に頷いた。
「内容を区切るって言うイメージでしょ?」
「あぁ」
「じゃあコレで良いじゃん」
そういって寺田は例を挙げる。
まず、一日の行動を3つに分けるよね。
睡眠、食事、運動。
そしてこれを区切るから、
睡眠→食事→運動→食事→睡眠→食事
「それは普通の生活リズムだな」
「じゃあ、これは?」
睡眠→睡眠→睡眠→睡眠→……
「永眠してるけど」
せめてどこかに勉強を挟むよう寺田に伝える。
「じゃあこうなるね」
睡眠→勉強→睡眠→睡眠→睡眠→睡眠→……
「勉強1回しか出てきてないじゃん」
「勉強を挟めって言ったから、ちゃんと挟んだんだけど」
コイツ、本当にテストで良い点を取る気あるの?
「寺田くんはアレだね、勉強自体を面白く思ってないでしょ?」
「もちろん」
自信を持って吉川に頷く寺田。
まぁ俺もそうだ。
「記憶系のヤツは自分で意味付けをすることで覚えやすくなるらしいんだよ」
「それは良く聞くな」
瀬野が答える。
俺もその話は聞いたことがある。
自分に関係のあることと結びつけて覚えると、脳が重要だと判断して記憶として定着しやすくなる、みたいなヤツ。
「僕は英語が苦手なんだよね」
「そうだな」
吉川の苦手科目と言えば英語だ。
「その中でも特に苦手なのが前置詞」
「あれは意外とごちゃごちゃしてるよな」
前置詞とは、名詞や代名詞の前に置かれ、他の語との関係を示すものだ。
例を挙げると、in, for, with, to, とか。
英語を勉強するほとんどの人がぶつかる壁でもある。
「で、それがなんなの?」
寺田は話を促す。
「僕は前置詞をラブコメのヒロインとして意味付けすることにしたんだよ」
前置詞をヒロインとして考えるのは斬新だな。
吉川はすぐに説明を始めた。
「まずforってあるじゃん」
「あるな」
For youみたいな感じで使う。
「for は何かの対象に向かっているイメージらしいから、身の回りの世話をしてくれるヒロインだね!」
主人公に好意を直接伝えないところがポイントらしい。
「じゃあtoは?」
「toはすでに到達してるイメージだから、主人公にいつも好意を伝える後輩くらいかな」
やっぱり主人公が相手の好意を理解しているかどうかで区別すると分かりやすい、と吉川。
「inとonとatとかも使い分けが難しいよな」
アレはどうするんだ、と尋ねる。
「えーっと……」
吉川は前置詞のイメージを調べているようだ。
In: 囲まれているイメージ
On: 接しているイメージ
At: 点で捉えるイメージ
らしい。
「まずinは空間って感じでしょ?」
「そうだな」
「だから3次元ヒロインってことで」
女優とかだね、と付け加える。
「じゃあonは面だから2次元ヒロインってことか」
瀬野が腕を組みながら答えた。
さすが瀬野、察しが良い。
「となると……」
「うん、atは一次元ヒロインってことになるね」
「『なるね』じゃねぇだろ」
一次元ヒロインって点じゃん。
「吉川にとっては分かりやすいと思うけど、寺田にわかりやすいかは別じゃね?」
「まあそうだね」
素直に認めるんだ。
「寺田の興味があるものってサッカーだけどさ、サッカーしてる自分が好きなだけだろ?」
「そうだね」
当然のように寺田は応える。
寺田の興味は1つだけ。
まさに点、atのイメージだ。
英語ならbe interested inになりそうだけど。
「そもそも授業の内容を理解しきれてないのが問題だと思う」
瀬野が腕を組みながら呟いた。
確かに、
授業が難しい
↓
つまらない
↓
理解が遅れる
↓
さらに授業が難しくなる
という負のスパイラルに陥っている可能性がある。
授業がつまらないのは仕方ないとして、授業内容の理解力を高めることが重要かもしれない。
「じゃあ『ファインマンテクニック』って言うのが使えるかもね」
「何それ?」
寺田が吉川に尋ねた。
ファインマンテクニックとは、学んだ内容を自分の言葉で子供に説明することで理解を深め、記憶の定着を図る学習法らしい。
ノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマンが実践していたとか。
「だから学んだ内容を説明すればいいんだよ」
「ちょっと待てよ吉川」
「なに?」
「寺田って前の授業のこと、なんも覚えてなかったんだぞ」
覚える過程がないヤツに使えないと思うけど。
「そもそも、ファインマンテクニックを使うのは寺田くんとは言ってないじゃん」
「じゃあ誰が使うんだよ」
「先生だよ、先生」
吉川が言うには、先生がファインマンテクニックを使うことで、授業のレベルを大幅に下げ、寺田が理解できるようにするらしい。
理解力が深まるのは先生だけどな。
結局、今の寺田に適したものは見つからなかった。
まあ寺田が罰ゲームでファミレスとかに行ったときに奢らされるだけだからそこまで深刻な問題ではないんだが。
「いいのないかなー」
まだ寺田は、記憶を定着させる方法を検索しているみたいだ。
本人もこんな感じだし、そんな深刻な問題じゃないだろ。
しばらくすると、寺田が口を開いた。
「あ、これとか僕にピッタリかも!」
「マジ?」
寺田の勉強に対する意欲は絶望的だ。
もし寺田に適した記憶定着の方法があるんだったら、俺にも当てはまるはず。
「なんて書いてあった?」
「じゃあ読み上げるね」
そして寺田はスマホ片手に文章を朗読した。
「記憶定着のためには、睡眠時間を削らないようにしましょう」
「授業中に寝てるヤツが何言ってるんだ」
ちょうどチャイムが鳴って、昼休みが終わった。




