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思ってたのと違う!  作者: 夏野恵


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第82話 どうしたの太宰さん。

「実際さ、秋谷さんの誕生日ってみんな知ってるの?」

「聞かれない限り言わないかな」


言ったことあるかもしれないけど、ほとんどの人は覚えてないだろう。


今日は吉川くんと一緒にショッピングモールに来ている。


吉川くんに私の誕生日プレゼントを買ってもらう、という口実で連れ出した。


「それでどうなの?」

「何が?」

「私の誕生日プレゼント」

「あー……」


そう言って視線を逸らす吉川くん。

ちゃんと週末までに考えといてって言ったんだけど。


「そもそもなんだけどさ、誕生日プレゼントって普通サプライズじゃないの?」

「普通はそうだろうね」


私も友人の誕生日の日にサプライズで渡したことがある。


「でも渡すってことが事前に決まってたら、貰うほうの期待が高まるでしょ?」

「だろうね」


だから困ってるんだけど、と吉川くん。


「それで、吉川くんは今日に至るまでの間にちゃんと考えた?」

「一応考えたんだけど……」


そう言って吉川くんは続ける。


「秋谷さんが欲しいものを僕が買うって言うのが一番良いんじゃないかなって、」

「それはダメ」


吉川くんの言葉を遮って応える。


「なんで?」

「私が喜びそうなプレゼントをちゃんと考えてもらいたいか」


プレゼントは贈る物より、相手のことを考える過程のほうが重要だと思っている。


だから考える時間をあげたのに。


「私が喜びそうなものは何かって一応は考えたんだよね?」

「うん」

「じゃあそれから教えてよ」

「もし違っても違うって言わないで欲しいんだけど……」


本か洋服か化粧品のどれかだろう、と吉川くんは考えたらしい。


たしかに正しい。

正しいけど、1分もあれば思いつきそうな感じ。


「それで、その中からどれがいいと思ったの?」

「化粧品はこの前行ったよね」

「うん」

「だから今回は行かないとして……」

「もう2か月近く経ってるけど?」

「まぁ、僕があんまり行きたくないっていうのもあるんだけど」

「そうだろうね」


クリスマスの日、吉川くんはコスメストアを気まずい様子で歩き回っていた。

化粧品はネットでも買えるし、今日は買わなくてもいいかな。


「洋服は?」

「正直、僕が選ぶっていう感じじゃないし」


前にも言ったことあるけど、秋谷さんの着てる服めっちゃ好きだし、と吉川くん。


普通のラブコメヒロインなら、そう言われて赤面しそうな言葉だ。

私は脚を組み替えることで感情を逃がした。


「じゃあ本は?」

「そう、最後に残ったのが本なんだよ!」


いきなり元気になったな。


「秋谷さんと言えば陰鬱っぽい小説が好きだよね」

「言い方が気になるけど、まぁ合ってるかな」


吉川くんに薦められて男性向けのラブコメを読むようになったが、それまでは湿っぽい作品を読んでいた。


「そのジャンルをよく知らないから、一緒に書店に行って探してみようかなって」


書店にいる時間が好きって秋谷さん言ってたし、と吉川くん。

書店にいる時間というより、書店で吉川くんと雑談してる感じが好きなんだけど。


まあ吉川くんの選択肢の中で最適なものだと思う。


吉川くんからいきなりアクセサリーとか渡されてもびっくりするだろうし。


「じゃあ書店に行こうか」


私たちは精算を済ませ、書店に向かう。


「吉川くんが私の好きなジャンルに興味を持つって珍しいじゃん」


初めてじゃない?と付け加える


「やっぱり、一緒に本を読んで感想を言うのって楽しいからさ」

「そっか」


多分、深山さんとの話をしているんだろう。


ショルダーバッグの表面を、手の甲でそっと撫でた。



書店に到着。



「私は海外の作品のほうを結構読んでるんだよね」

「そうなんだ」

「だから今日は日本の作品とかにしようかな」


私たちは純文学のコーナーへと足を運んだ。


「なんかアレだね」

「なに?」

「純文学のコーナーにいると賢くなった気がする」

「そうかな」

「本の表紙とか落ち着いてる感じじゃん」

「流石に純文学でヒロインの一枚絵ドン、っていうのはないかもね」


陳列されている本のタイトルを読み流しながら、気になったものを手に取る。

せっかく吉川くんが読んでくれるんだったら、文章量は短めの方が良いか。


あれ、私が選んじゃってるな、コレ。

これじゃ誕生日プレゼントにならない。


吉川くんに本を選んでもらわおうと思い、隣にいる男の子に視線を向けた。


「吉川くんは何か面白そうなのあった?」

「うーん、こういうジャンルって読んだことないからなぁ」


でも、と言って吉川くんは本を一冊見せてきた。


「太宰治の『人間失格』とかどう?」


めちゃくちゃ有名だけど、と付け加える。


裏に書かれてある説明文を読む。

私の好きな雰囲気だった。


「じゃあコレにしようかな」


文章量もそこまで多くないし、3時間かそこらで読める程度だった。


「これ、2冊ある?」

「ぱっと見は1冊しかないね」

「本当に?」


少し困った。


学校の図書室で借りてもいいんだけど、同じ所で一緒に読みたいと思っていた。

教室で一緒に読むのは人の目もあるから流石に厳しいだろうし。


少し考えてから口を開いた。


「ここから近くに図書館あるじゃん」

「あるね」

「あそこなら『人間失格』あるでしょ」


「とりあえずそこで探してみようよ」と提案すると、すぐに頷いてくれた。


「ひとまず、その本は僕が払うよ」


誕生日プレゼントだからね、と吉川くんは呟いた。


「じゃあお願いしようかな?」

「もちろん」


『人間失格』は、吉川くんに買ってもらった。



書店から出る。


「今日、結構暖かいよね」

「そうだねー」


この時期に見合わない、暖かな日差しだった。


図書館へ向かうため、私たちは歩道を歩き続ける。


「秋谷さんってなんで海外の作品の方が好きなの?」

「別に好きってほどじゃないんだけど、」


いつの間にか車道側を歩いてくれるようになったな、と思いつつ私は応える。


「なんとなく海外の作品を読むようになってから、そっちの系統に流れたって感じ」


ここが好き、という明確な理由はない。

昔読んだジャンルだから、何となくそのジャンルを追いかけ続けているって感じ。


ほとんどの読者はそうだと思う。


「じゃあ暗めの作品が好きなのは?」

「私が暗い性格だからかな」

「なるほど」

「いや、なるほどじゃなくって」


そこは否定するところでしょ。


すぐ図書館に着いた。


入館してすぐに『人間失格』が置いてありそうなコーナーに向かう。


しばらくの間、手分けして探していた。


肩をと叩かれて振り返ると、一冊の本を手にした吉川くんがいた。


本のタイトルは『人間失格』。

それを合図に、私たちは椅子のある場所に向かった。


休日の図書館だが、あまり人はいない。

子供連れの利用者が数人くらい。


奥の席が空いていたのでそこに腰を下ろす。


吉川くんの隣に座り、さっそく『人間失格』を読み始めた。



3時間後。



『人間失格』を読み終って吉川くんをちらっと見る。

その視線に気が付いたのか、吉川くんもこちらに顔を向けた。


私は吉川くんが持つ本に指を指して囁く。


「もう読み終わった?」


吉川くんは首を振る。


「たぶん他の人には聞こえてないと思うから、囁き声くらいなら大丈夫だと思うよ」

「そうかな」


吉川くんは呟いて周りを見回した。

こちらを見ている人は誰もいない。


「僕はあと10ページくらいだね」

「オッケー」


私がそう応えると、吉川くんはすぐ視線を本に落した。


お手洗いに行って髪を整え、ゆっくり歩きながら元の場所に戻る。


吉川くんは真面目に本を読んでいた。


「読み終わったよ」


私が面白かった箇所を読み直しているうちに吉川くんは読み終えたようだった。


「どうだった?」

「重いなって」

「そうだよね」


私も重いと思った。


「秋谷さんはどう思った?」

「『人間失格』っていうタイトルだけどさ、」


そう言いながら私は表紙を吉川くんに見せる。


「自己中心的で被害者だと思い込んでる感じは人間っぽいなって思った」

「やっぱこういうジャンルに詳しい人の感想は鋭いね」

「そうかな」


完璧な人間はいない、という印象を私は受けた。

むしろ完璧な人間こそ、どこにでもいる普通の人間なのではないかと思った。


その後しばらくは、感想を言い合った。


それが私にとって、本当に楽しい時間だった。



図書館から出て、バスに乗る。


「ああいう感じの作品を秋谷さんは普段から読んでるわけでしょ?」

「まぁ気が向いたときにって感じだけど」

「気が向いたときってどういうときなの?」

「まあ、学校にいるときは読めないから休日かな」


学校の自分のイメージとは異なるから、家で読むとこの方が多い。


「寝るときに読んだ本の内容とか思い出さない?」

「思い出すね」

「そういうときってどう思うの?」

「普通に『こういう内容だったなぁ』って」


あの主人公、どうしてそういう行動を取ったのかな、って考えたりする。

悲しいとか思わない私は、おそらく主人公に深く共感していないのだろう。


「吉川くんはラブコメを読んだら、眠る前に何考えるの?」

「あのヒロイン、朝起こしに来てくれないかなって」

「ヒロイン、めちゃくちゃ献身的じゃん」


モーニングコールくらいならできるけど、私はそのヒロインじゃないしなぁ。



その後は雑談をして別れた。



家に帰って、吉川くんに買ってもらった『人間失格』を机の上に置く。

実はこの作品の後ろには、別の短編も掲載してあった。


吉川くんの書籍には載ってなかったみたいだから、図書館では読まなかった。


晩御飯を食べてからお風呂に入ったあと、しばらくスマホを眺めて時間を潰してから、その作品を読むことにした。


その作品の名前は『如是我聞』。


物語というより随筆といったほうが正しいのだろう。


10分前後で読み終わった。


「めっちゃ攻撃してくるじゃん」


このエッセイは文壇や作家をかなり辛辣に批判する内容だった。

しかも名指しで。


どうしたの太宰さん。


やはり最も印象に残ったのは冒頭だった。


『他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ。敵の神をこそ撃つべきだ。でも、撃つには先ず、敵の神を発見しなければならぬ。ひとは、自分の真の神をよく隠す。』


ポール・ヴァレリーという人の言葉を引用したものらしい。


「ひとは、自分の真の神をよく隠す、か……」


そう呟いて、私は本をしまった。

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