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思ってたのと違う!  作者: 夏野恵


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第80話 めっちゃ興味あるけど

「明日、バレンタインデーだね」

「うん」


私は明空さんに頷いた。



今は体育の時間。



体育館の壁に寄りかかって、明空さんと話をしている。


「他の子たち多分渡すよね」

「人によってはね」


自分からこの人に渡します、みたいなことを言う人はほとんどいない。


彼氏にあげる、という話は周りでも聞くけど。


「で、秋谷さんはどうするの?」

「珍しく直接的だね」


もっと遠まわしに聞いたほうが良かった? と明空さん。


周りを見回して他の人が聞こえないくらい遠くにいるかを確認する。


「まぁ渡すかもね」

「かも?」


『かも』くらいで、と濁した解答をする。


もうすでにチョコクッキーは作り終えている。

吉川くんに「バレンタインデーにチョコレートが欲しいです」と言わせたし。


しかしそのことを誰かに言うほど、私は開放的な人間ではない。


「明空さんはどうなの?」

「まぁ秋谷さんとか友達にチョコは渡すつもり」

「そうなんだ」


ありがとね、と付け加える。


「だから帰りにさ、交換するチョコ選ぼうよ」

「そういうのって当日の楽しみじゃないの?」

「私は事前に知っておきたいかな」


秋谷さんって甘いもの苦手って言ってたし、と言って明空さんはこちらを見る。


2か月以上前に言ったことをよく覚えているな。



放課後、明空さんと一緒にチョコレートを買いに行くことにした。



放課後。



「でも普通に羨ましいね」

「何が?」

「秋谷さんからチョコもらえるのって」


それはどうも。


「いや、そっちの方じゃなくってさ」

「別の方ってある?」

「うん」

「なんだっけ?」

「明日、秋谷さんにチョコを渡される人」

「さっき私、渡す『かも』って言ったよね?」

「言ったよ」


でも、渡す可能性もあるんだよね? と明空さん。

まあね、とひとまず頷いた。


近くのスーパーまで歩いて向かっている。


「で、その予定があるのは誰?」

「……もう分かってるんだったらわざわざ聞かなくても良くない?」


明空さんが気づかないはずがない。

あえて私の口から言わせようとするところがずるい。


「話は変わるけど、ラブコメでのバレンタインデーあるあるとか興味あるんだよね」


何か知らない?と尋ねてきた。


話変わってないじゃん。


「まぁたくさんあるよね」

「例えば?」

「義理と言いつつ本命を渡すヒロインとか」

「うん」

「手作りが失敗したけど「おいしい」と言って食べてくれる主人公とか」

「うん」

「主人公はその日、1個もチョコレートをもらえなかったけど、最後の最後でヒロインから1つだけ貰う、とかかな」

「……へぇ」


最後のものを聞いたとき、明空さんは間を開けて応えた。


「で、そのテンプレは使うの?」

「テンプレって使うものじゃないと思うけど」


私は呟く。


ちょっと考えてみることにした。


テンプレ1.

義理と言いつつ本命を渡すヒロイン

→義理と言うつもりはない。本命だけど「本命です」と言って渡すつもりはない。


テンプレ2.

手作り失敗、おいしく食べてくれる主人公

→すでに作り終えている。


テンプレ3.

最後の最後で渡すヒロイン

→最後に渡すためには—


「……そういうことね」

「何が?」

「いや別に」


明空さんは気づいていないフリをしているが、おそらくこういうことを言いたいのではないか。


テンプレを使わないものと使『えない』ものがある。


テンプレ1と2は使わないという選択肢を取ることができる。

ただテンプレ3は、他の人が関わるから自分で選択する余地はほとんどない。


分かりやすく言えば、『吉川くんに他の子がチョコを渡したら、それを使うことはできない』ということ。


そしてその『他の女の子』というのはおそらく深山さん。



つまり明空さんがおそらく言いたいことは、『吉川くんに深山さんもチョコ渡すと思うんだけど、それはどう思ってるの?』ということだろうか。



「で、明空さんは何が言いたいんだっけ?」


意図をある程度理解したうえで聞き返した。


「秋谷さんはそのテンプレを使うのかなって」

「本当にそれだけ?」


そんなはずないけど。


私が訝しむ表情をしていたからか、明空さんは軽く笑ってから口を開いた。


「普通にラブコメの話だとしてね?」

「うん」


絶対私の話じゃん、と思ったがその言葉は飲み込む。


「ラブコメでは、主人公が何人かのヒロインからかチョコをもらうわけでしょ?」

「大体はそうなんじゃないかな」


ハーレム系主人公ならなおさらだ。


「でもヒロインたちは他の子がチョコを渡すことをそこまで気にしていない」

「うん」

「それってどう思う?」


吉川くんが深山さんからチョコを貰うことをどう思うか、を聞きたいのだろう。


少し考えてから明空さんに応えた。


「これはラブコメの話、ということで理解してもらいたいんだけど」

「もちろん」


一呼吸おいて、私は呟いた。


「まあ、普通に無理かな」

「何が?」


明空さんは繰り返し尋ねる。


「……本当は分かってるでしょ」

「何を?」


明空さんは白を切ったので、溜め息を吐いてから応えた。


「テンプレだからといって、他のヒロインが主人公にチョコを渡すのは、ってことだよ」

「あーそういうことね」


まあ私もそうかな、と明空さんは答えた。



スーパーに到着したので、チョコレートが陳列されている棚に向かう。


商品を見ながら、顔を見ずに話を続けた。


「秋谷さんでも好きなチョコってないの?」

「ないかな」


ていうか甘いものが好きじゃないから、チョコ以外でもいいよ、と付け加える。


バレンタインデーにチョコクッキーを作ったのは、私がチョコレートをあまり好きじゃないから。


でもせっかくのバレンタインデーだし、チョコが入ってた方が吉川くんは喜ぶと思ってチョコクッキーにしたのだ。


「ずっと気になってたんだけどさ、明空さんって彼氏いないの?」


長い間気になっていた疑問をついに明空さんに尋ねた。



明空さんは本当に可愛い。

そして私と違って社交性もある。


モテる要素を数多く持ち合わせているのが明空さんだった。



「まあ、いないね」

「普通におかしくない?」

「おかしくないと思うけど?」


だって秋谷さんも彼氏いないんでしょ? と明空さん。

そうだけど、明空さんとはちょっと違う。


私には吉川くんという気になっている男の子がいる。


しかし明空さんは、そういう雰囲気が一切ない。


「それってなんか理由あるの?」

「へーそんなに私に興味ある?」


明空さんはこちらに視線を向けてきた。


「めっちゃ興味あるけど」


正直に答えた。


明空さんが自分の話をすることがほとんどないからだ。


少し沈黙が生じたが、明空さんは笑って口を開いた。


「これと言った理由があるわけじゃないよ。今は別に良いかなって」

「気になってる人とかもいない感じ?」

「まあ今のところはいないかな」


空気が少しだけ弛緩した。



チョコレートの口コミをスマホで調べていると、おもむろに明空さんが口を開いた。


「ちなみに私は明日、チョコを友達だと思ってる人に贈るつもりなんだけどさ」

「うん」

「私が渡さないほうが良い人とかいる?」


こちらを見ずに尋ねてきた。


「それってさ、私があげて欲しくないって言ったら聞いてくれるの?」

「まぁ人にもよるけど」


友チョコってコミュニケーションの1つみたいなものだし、と付け加える。


その通りだ。


親しい友人であれば、何かしらの用意はしている可能性が高い。

そこで準備してなかった、というのは後々面倒なことになるかもしれない。


「でも、もし秋谷さんが本当に渡してほしくないって言うんだったら、その人には渡さないかな」

「ふーん」


『その人』というのは吉川くんのことだろう。


実際、明空さんと吉川くんの関係はよくわからない。

よくわからないけど、吉川くんは距離を取っている感じだ。


かなり前のことになるが、吉川くんは「めちゃくちゃ可愛いからと言って、自分が告白するとは思わない」と言っていた。だからおそらく、明空さんが吉川くんにチョコレートを渡しても、吉川くんが明空さんのことを好きになる、みたいなことは起きないと思う。


でも、明空さんが吉川くんにチョコレートを渡しているのを何もせずに見ていられるほど、私は心が広くなかった。


深呼吸してから口を開く。


「バレンタインデーって贈るものに意味が込められてるらしいじゃん」

「らしいね」

「もし明空さんがラブコメ主人公くんにチョコを渡すんだったら、だよ?」

「うん」

「その日、明空さんに贈るお菓子はこれになるね」


そう言って私は明空さんにグミを見せる。


定義は曖昧だが、バレンタインデーにグミを渡すのは『あなたのことが嫌い』という意味があるらしい。


「秋谷さんに嫌われるのはイヤだし、やめとこうかな」


彼女はその商品をまじまじと見つめてから言った。


明空さんはその意図を正確にくみ取ってくれたみたいだ。



会計を済ませて外に出る。


「ほんとごめん」


明空さんに頭を下げた。


どうしても明空さんが吉川くんにチョコを渡すことが許せなかった。

間接的であれ、私は明空さんの行動を制限してしまった。


そんな権利はないのにも関わらずだ。


その罪悪感が、少し遅れてやってきた。


「いいよいいよ」


して欲しくないことはなるべくしないようにするのが一番だからね、と明空さん。


その言葉を聞いて、少しだけ罪悪感が薄まった。


「ちなみに秋谷さんはバレンタインデーに贈るプレゼントの意味を調べながら作ったの?」

「まあね」


何気なく応えると、明空さんは顔を覗き込んできた。


その瞬間、自分の失敗に気がついた。


「そうなんだー?」


明空さんはニヤニヤ笑っている。


あまりにも自然に聞かれたので、隠すのを忘れてしまった。



その後、明空さんから聞かれたことは素直に応えた。


吉川くんにチョコクッキーを渡すこととか。

ジャージを借りたお礼に渡すこととか。


「へー面白いね」

「そうかな」


普通だと思うけど。


「いずれにせよ、喜んでくれるといいね!」

「うん」


じゃあね、と手を振って私たちは別れた。

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