第79話 成人向けASMRじゃないからな
「たくさん食べたねー」
「まだ弁当箱も開けてねぇだろ」
寺田はどうやって昼ご飯を食べたんだ。
昼休み。
今日は俺と寺田の2人で昼ご飯を食べている。
吉川と瀬野は自分の席にいる。
瀬野は学年末テストに向けて準備をしている感じ。
そして吉川はお気に入りウェブ小説が完結するとのことで、一話から読み直している感じだ。
同じ時間、そして同じ教室でここまで違うことをしているのもなかなかない。
そのため、俺と寺田の2人になった。
「最近全然寝れないんだよね」
「嘘つけ」
さっきの授業も寝てただろ。
先生が空気を読んで起こさないくらい、寺田は授業中に寝ている。
それはもう気持ちよさそうに。
まぁそうなんだけど、と言って寺田は続ける。
「ほら、高校生って脳が発達してる途中だから、大人よりも長めの睡眠時間が必要って言うじゃん」
「あぁ、聞いたことあるな」
実際は8、9時間くらいは必要らしい。
「じゃあ寺田の睡眠時間はどのくらいなんだ?」
「10時間」
「十分あるじゃねぇか」
さっきから何を言っているんだ。
「家に帰っても全然寝られないんだよね」
「授業に寝てるからだろ」
問題は家に帰ってもなかなか寝付けないことらしい。
じゃあ授業中に頑張って起きればいいのでは?
寺田が言うには、
授業はつまらないから眠くなる
↓
睡眠時間、確保
↓
家では自分の好きなことができる
↓
つまらなくない
↓
なかなか寝付けない
↓
睡眠時間、短縮
となっているらしい。
つまり、授業中はどうしようもないから考えないとして、家にいるときに眠りにつきやすい方法はないか、ということだった。
なんて都合の良いヤツなんだ、とは思ったが、それが寺田なのでそこまで気にしない。寺田の睡眠について、真面目に考えてみることにした。
「でも寺田ってサッカーやってるじゃん」
「やってるね」
「運動してるから疲れてすぐ眠ることができそうだけどな」
「ずっと運動してたら疲れにくくなるんだよね」
運動をそこまでしないからイメージが湧かないけど、そういうことらしい。
「でもほら、よく言うだろ」
「何を?」
「ブルーライトは眠りを妨げるって」
「あー言うね」
「スマホを見なければいいんじゃないのか?」
「夜になって、スマホを見ないようにするってできると思う?」
「ほぼ無理だな」
なんなら寝る直前が一番スマホを見るまである。
「睡眠の為にスマホを見るなって言うのは正論だと思うけど、それができるかっていうと別の話だよ」
「なるほど」
「正直、家から学校まですべての信号が青っていうくらい可能性は低いね」
「信号って何個あるんだ?」
「3個」
「まぁまぁ可能性あるじゃねぇか」
それなら頑張って夜にスマホを見ないようにしろよ。
「じゃあ楠本くんは夜にスマホを見ないようにすることはできる?」
「絶対無理」
動画を見てから寝る感じだし。
しばらくご飯を食べ進めていたが、ふと思いついて再び口にする。
「あれじゃないか、眠るときの環境の問題、みたいな」
「あーそういうのもあり得そうだよね」
めちゃくちゃ眩しいと眠りにくいとか、と寺田が例を挙げる。
とりあえず、寺田の睡眠環境を確認することにした。
「明りは?」
「完全に真っ暗だね」
「部屋の温度とか」
「エアコンで調整してる」
「枕が合わない」
「ずっと同じヤツを使ってる」
「カフェイン」
「取らないね」
「入浴時間」
「寝る90分前が良いって聞いて変えた」
むしろここまで環境が整っていて、なぜ眠ることができないんだ。
「楠本くんはどうなの?」
「まぁ俺の場合、基本的にどこでも寝れるしな」
「普通に羨ましいね」
そう呟いて寺田は白米を一口頬張る。
「俺は寝るときにゲーム実況の音声を聞いてるんだよ」
「だれ?」
「ミューって人知らない?」
「あぁ、動画のおすすめとかで出てくる人ね」
見たことはないけど、と寺田は付け加える。
「どんな感じの人なの?」
「切り抜きを見たほうが良いかもな」
俺は動画サイトを開き、ある切り抜きを再生した。
タイトル:
【私ってゲーム上手いから】絶対に自分が下手だと認めないミュー VS. 普通のノーマルモード【ノーマルって実質ハード】
タイトル画面。
『このゲームはリメイク版なんですけど、原作は以前プレイしたことがあるので、操作とかは慣れてると思います』
難易度選択画面。
『難易度はノーマルとイージーの2つか。まぁハードがあったらそっちでも全然よかったんですけど、ノーマルしかないんだったらノーマルですよね。ハードも楽勝だとは思いますけど』
ゲームプレイ中。
ミス1
『今ミスったのたまたまだから。ほら言うじゃん『弘法も筆の誤り』って』
ミス2
『普通そこに敵っていないでしょ、運が悪かっただけ』
ミス3
『別にラグとか思ってないし。まぁちょっとあったかもしれないけど、そういうので言い訳しないから』
ミス4
『今のは絶対ラグ』
ミス5
『……誤解のないよう説明しますけど、私ってゲーム上手いんですよ』
ミス6
『……』
黙って設定画面を開き、難易度を確認するミュー。
ミス7
『これさ、ノーマルっていう名前がついてるだけで、実はハードなんじゃないの?それならノーマルってハードじゃん』
私がミスしてるのも納得かも、と呟く。
カットが入り、難易度選択画面に戻った。
『……見苦しいところをお見せしましたね。さっきのはまぁアレ、準備運動みたいな感じ。だから最初から始めようと思います』
ここ、見ててくださいね~、と言って画面の左上あたりをマウスカーソルで円を描くミュー。
ゲーム開始ボタンを押す直前、難易度をイージーに変えてスタートさせた。
『ふーん、これがノーマルね……』
ミューはイージーモードでゲームを始めた。
「この切り抜きがまさにミューって感じだな」
「最後、三流マジシャンみたいなことしてたけど」
『ここ、見ててくださいね~』は難易度選択画面で普通は言わないけどな。
「他の人はゲームに詰まりすぎて泣きそうになるミューの方が好きらしいぞ」
「ゲームで泣きそうになるって小学生みたいだね」
「本当だよな」
「なんで楠本くんはそれよりも言い訳をしてる方が好きなの?」
「俺、この人の動画の最初くらいしか見れないんだよ」
だからミューが泣きそうになってるところをちゃんと見たことがない、と付け加える。
「……そういえばコレ、何の話だったっけ?」
「えーと、寺田が寝付けないって話じゃなかったか?」
寺田が授業中に寝てるのは、本当に出席扱いになってるのかという話だったような気もするけど。
腕を組んでさっきまでの話を思い返す。
「あー寺田が眠るとき、何か音声を聞けばいいんじゃないかって言うので、俺の話をしたんだった」
「そうだったね」
忘れてたよ、と寺田。
何の話してたか忘れてたみたいだし、寺田もそこまで深刻に悩んでいないのでは、と思ったが、とりあえず話を続ける。
「寺田は寝るとき何か聞いたりする?」
「何もしないね」
完全に無音で寝てる、と寺田は補足した。
「ミューの動画とかどうだ?」
「うーん、声は良かったけど眠りやすくなるかって言うとちょっと違うかな」
ミューの布教は失敗したので、スマホで睡眠について調べてみることにした。
「音って無音よりも一定のほうが良いらしいぞ」
「え、マジ?」
寺田にある記事を見せる。
なんでも、スマホの通知音みたいに断続的な音は睡眠を浅くするらしい。
「じゃあどうすればいいの?」
「なんか調べた感じだと『ピンクノイズ』っていうのが良いらしいぞ」
ピンクノイズとは周波密度が周波数の逆数になる周波スペクトル、と書いてあった。分かりやすく言えばリラックス効果のある雑音、と言った感じか。
例として挙げられていたのは強い雨の音とか滝の音。
「え、それ大丈夫なヤツ?」
寺田がそわそわし始めた。
「何がだよ?」
「ピンクのノイズってことでしょ?」
「そうらしいな」
俺も今知ったばかりだけど。
「寝てるときに聞く音声と言うことじゃん」
「あぁ」
「それがピンクってことでしょ?」
「成人向けASMRじゃないからな」
何かを勘違いしている寺田に俺はそう応えた。
「えーじゃああんまり興味ないかも」
ピンクノイズってヤツ、と呟いた。
「でも寝るときに音声を聞くっていうのは良い方法かもね」
「かもな」
「じゃあ僕が寝やすくなる音声を、夜に聞くことが有効ってわけだ」
「あぁ」
「授業前に先生に『寝るときの音声に使いたいので、録音させてください』って言おうかな」
「俺が先生だったら泣くわ」
せめて『復習に使いたいので、録音させてもらってもいいですか?』だろ。
でも寺田は授業中に寝てるわけだから、起きとけば録音までする必要ないよな。
先生の尊厳のために控えろ、と俺が頼んでこの話は終わった。
掃除時間。
「さっきミューの話してたよね」
「あーしてたな」
「あの切り抜きのタイトルを教えてくれない?」
「コレだな」
動画サイトを開いて夜野さんに見せる。
「ていうか高評価押してるじゃん」
スマホを見て夜野さんが呟いた。
「自分が良い動画だと思ったら高評価してあげないと」
動画を作る人のモチベーションに繋がらないし。
そうかもしれないけどさ、と夜野さんは零して続ける。
「ちゃんと元動画のリンク張ってる?」
「えーっと」
夜野さんに言われたので、俺は概要欄を開いた。
「ちゃんと貼ってるな」
「ごめん、ちょっと見せてくれない?」
俺はスマホを夜野さんに渡す。
「……あー普通に良い視聴者っぽい」
そう呟いて夜野さんはスマホを俺に返した。
「そもそもなんだけどさ、ミューって言い訳してるイメージある?」
「言い訳のイメージしかない」
「そうかな。結構頑張って喋ってる感じするけど」
「頑張って喋ってる内容が言い訳って感じだな」
「……マジ?」
そんなイメージなんだ……と夜野さんは溜め息を吐いた。
そして掃除時間が終わった。
帰り道。
「ねぇ夜野さん」
「なに?」
スマホを眺めながら隣にいる深山に応える。
「今日の掃除時間さ、楠本くんと話してなかった?」
「話してたけど?」
それがなに? と聞き返す。
「いや、普通に珍しくない?」
「なに『普通に』って」
「だって夜野さん、本当に他の人と話さないじゃん」
「話す必要がないから、そうしてるだけだって」
話すのが嫌いなわけではない。
でも話すのが好きと言うわけでもない。
「私見たよ?」
「なにを?」
「楠本くんのスマホを受け取ってるの」
「まぁ触ったけど」
「普通、そんなのしなくない?」
「でも深山だって吉川くんのスマホ触ってるじゃん」
「いや、あれは吉川くんが見てっていうからだし」
「そう」
私も似たようなものなんだけど、と付け加える。
今日のは『スマホを見せて』って私から言ったわけだから、深山とも違うけど。
「なんの話してたの?」
「ゲーム実況」
「だれ?」
「あー……」
言葉に詰まる。
流石に深山には声でバレそうだな。
それは困るので、適当なゲーム実況者の名前を挙げることにした。
深山はあまり興味がなさそうだったから、本当に世間話程度だったのだろう。
その後は分かれ道まで深山がずっと話をし続けてくれたおかげで、そこまで深く聞かれることはなかった。
帰宅。
「……そもそも、言い訳するの自体は悪くないじゃん」
誰に言うでもなく、私は零す。
「無言よりは話し続けたほうが良いのかなって思ったからであって別に言い訳しかできないってわけじゃないし」
部屋着に着替える。
「ていうか、切り抜きを作ってるほうも切り抜き方ってあるじゃん」
なんか私がずっと言い訳してるみたいに見えるのってどうなの?
「今日は本当に言い訳とか一切しないで話続けてみよう」
そう心に決めて、私は実況の準備を始めた。
翌日の夜。
ミューが新しい動画を投稿していた。
俺はいつも通り再生ボタンを押してから目を閉じる。
ミス1
『まぁ、こういうのもゲームの楽しみだし』
ミス2
『ちょっと待って……操作設定を変えたほうがやりやすいかも』
ミス3
『……このゲームはいつまでも私を楽しませてくれるね』
ミス4
『いや、別に言い訳考えてるとかじゃないから』
ミス5
『確かに今日はちょっと体調が良くないかもしれないけど、そういう言い訳はしないから、私』
ミス6
『ちょっとアレだよね、アレ』
ミス7
『……』
ミス8
『見てくれてる人には関係ないかもしれないけど、実際体調悪いし。普通に操作ミスはそのせいだから、マジで。いやこれ言い訳とかじゃなくって事実だから。いやたしかに99パーセントの視聴者は勘違いするかもしれないけど、言い訳っていうのはあくまでも……』




