65話 きのことたけのこのアレ
「そういえば私、今日はお菓子持ってきたんだよねー」
食べる? と明空さんはお菓子を配り始めた。
僕もそのお菓子を頂く。
「このお菓子ってさ、もう1つのお菓子と比較されることが多いよね」
昼休み。
僕たちは話をしていた。
ちなみに秋谷さんは今、席を立っている。
「あれでしょ、同じようのチョコをコーティングしたヤツ」
僕の呟きに深山さんが応える。
「なんかよくあるじゃん、どっちが優位だみたいな議論」
きのことたけのこのアレ。
「よくあるね」
教室でもたまに聞くかも、と深山さんは付け加える。
「あれってさ、本当に意味ないと思うんだよね」
「冷たすぎない?」
この教室にいる何人かに恨まれるかもよ、と零した。
そんなお菓子の議論に熱い思いを持つ人がいるの?
帰り道とか気を付けよう。
「そもそも吉川くんってさ、そういう議論したことあるの?」
「ないですね」
明空さんに応える。
全然関係ないんだけどさ、と言って深山さんは話を遮った。
「なんで吉川くんっていつも明空さんに距離感のある言葉遣いなの?」
「なんでって言われてもね…」
ちらっと明空さんを見た。
明空さんは笑顔でこちらを見つめ返す。
「…そのほうがしっくりくるからかな」
「それはそれは」
明空さんは肩を竦め、私は別にため口でも構わないよ? と付け加える。
そういうところが、なんだけどね。
まぁ私の話は置いといて、と明空さんは続ける。
「吉川くんが「どっちのお菓子が良いか」の議論したことないんだったら、1回やってみれば?」
体験したらそういう人たちの気持ちが分かるかもしれないよ、と言う。
そうかも。
「じゃあ僕は誰と議論すればいいですかね」
「私は議論を見ときたい系の人だから、」
「類型化するにしてはサンプル数少なそうですけど」
明空さんは「面白いこと言うね、吉川くん」と言って続ける。
「深山さんと議論すれば?」
夜野さんは興味なさそうだし、と付け加える。
確かに夜野さんはスマホを眺めているから、参加する意思はなさそう。
そもそも、夜野さんと話したことはほとんどない。
「じゃあ私と議論するわけね」
深山さんは僕と向き合った。
「まず必要なのは自分はどっちが好きか、だよね」
明空さんが主導で話が進む。
「私はこれの方が好きだけど」
そういって深山さんは明空さんから受け取った、きのこのお菓子を示す。
「え、僕もそっちの方が好きなんだけど」
「議論にならないじゃん」
議論失敗。
「あはは、困ったね」
じゃあどっちかがたけのこの方に回った方が良いかもね、と明空さんは付け加える。
「まぁそれなら僕がそっちに行こうかな」
「え、吉川くん、たけのこの方が好きなの?」
ありえないんだけど、と呟く。
最初からボルテージを上げる感じか。
「たけのこの方がアレじゃん」
「アレって?」
「ほら…」
どうしよう、僕、たけのこのお菓子のこと全然知らないんだけど。
議論失敗。
「ごめん、1回調べてみてもいい?」
そういって僕はスマホを取り出す。
「この時点で私の勝ちな感じがするけど」
まぁ吉川くん、自分が好きじゃない方だし、と言って1分は調べる時間をくれた。
1分後。
「やっぱりたけのこの方が最高だね」
「あ、そこから始めるんだ」
「さっき深山さんがしてたじゃん」
じゃあ議論を始めて、という明空さんの言葉を合図に僕は話を始める。
「まず議論で必要なのは問題点を整理することだよね?」
「そうだね」
「議論の対象はたけのこの形をしたお菓子ときのこの形をしたお菓子」
「うん」
「優劣を判断する基準を設ける必要がある」
「まぁそうじゃないと水掛け論になるから」
その点は僕も深山さんも理解していた。
「まずは僕と深山さんが納得できる基準を設定するところから始めるべき」
「おお、なんか議論っぽい」
感心した様子。
「ここで重要なのはできるだけ客観的な基準を設定すること」
「まぁ主観的な基準だったら意味ないか」
どっちがおいしいみたいなのはナシってことね、と確認する。
僕は頷く。
「つまり好みで話をすることは不可能!」
「それなら何を議論するの?」
「本物のたけのこときのこを比較する!」
「ここで本物の話が出てくることあるんだ」
まぁそっちの方がいいなら、と深山さんは受け入れてくれた。
「もっと広く捉えれば農産物と菌類だね」
「えー農産物と菌類だったら私、農産物のほうが良いんだけど」
なんか菌類ってなるとちょっと、と深山さんは零す。
ここで議論する立場を入れ替えることってあるの?
話し合いの結果、僕は菌類、深山さんは農産物の立場で議論することに。
明空さんは何も言わずに僕たちの様子を眺めている。
「農産物の方が良いに決まってるでしょ!」
口火を切ったのは深山さん。
そんなに菌類がイヤだったのかな。
「なんで?」
「経済的に発達した社会で、『農作物ひとつと菌類ひとつ、市場価値が高いのはどっち?』って聞いたら、普通は農作物に決まってるでしょ」
「でも経済的に発達した社会で、『農作物ひとつと菌類ひとつ、小さいのはどっち?』って聞いたら、みんな菌類って答えると思うけど」
「社会が経済的に発達しなくても菌類はずっと小さいままじゃん」
小ささで比較するのずるくない?と深山さんは呟く。
身体の大きさが小さいと表面積が大きくなって化学反応の効率が良いから。
経済的な社会以前に、厳しい自然界を生き抜くことが重要でしょ。
「菌類って小さいイメージあるけど、菌糸ネットワークの単位になるとめちゃくちゃ大きいらしいよ」
一番大きいヤツだと、960ヘクタールになるらしい、と明空さんはスマホを見ながら説明する。
ごめん、1ヘクタールってどのくらいの大きさ?
明空さんによると、100メートル×100メートルの大きさらしい。
やっぱり身体は大きいほうが良いに決まってるよね!
身体が大きい方が強そうだし。
「吉川くんが変なこと言ったせいで議論にならなくなったじゃん」
「困ったね」
お手上げ、みたいな様子の明空さん。
そもそもなんで僕と深山さんって議論してるんだっけ?
「ごめんごめん、廊下でクラスの人と話してた」
秋谷さんが教室に戻ってきた。
「秋谷さんって、たけのこときのこ、どっち派?」
「あー私あんまり甘いお菓子って好きじゃないんだよね」
どっちともあんまりかな、と呟いた。
まさかの第三勢力。
「秋谷さんってあれだね、きのことたけのこのどっちが良いっていう議論してる人に恨まれそうだね」
「自分のことは棚に上げてるじゃん」
「でもさ、ほら、お菓子は棚に置いてるし」
なんの話?と秋谷さんが聞いたので、明空さんは簡潔にさっきの議論の話をした。
「へー」
「あんまり興味なさそう」
「まぁごめん。正直ないかも」
昼休みを終えるチャイムが鳴る。
「じゃあ私たち教室戻るから」
ばいばい、と手を振って2人は帰っていった。
五時間目の準備をしていると、スマホに連絡が。
秋谷さんからだ。
僕はアプリを開いて内容を確認する。
『放課後さ、ちょっと話せない?』 12:55
『いいけどどこで?』12:55 既読
『じゃあ渡り廊下とかにしようかな』12:56
『いいよ』12:56 既読
「そろそろ先生来るよ?」
いきなり声をかけられてびっくりした。
「どうしたの?」
そんなびっくりした顔して、と言って深山さんはこちらに視線を向ける。
「ちょっと連絡が着てたから」
すぐにスマホを鞄の中に入れた。
「ごめん来てもらって」
少し申し訳なさそうな様子で秋谷さんはこちらを見る。
人通りが少ない廊下。
この場所に来たのは数回くらい。
「それで?」
「いや、大した話じゃないんだけど…」
秋谷さんの視線が泳ぐ。
大した話っぽい様子。
僕も前回やったからわかる。
「それって良い話?」
秋谷さんが前回したように僕も尋ねる。
「私にとっては良い話」
「じゃあ僕にとっては?」
「まぁ良い話なんじゃないかな」
両方に良い話なのにそんな気まずい雰囲気出すことある?
「じゃあ何も問題ないわけだ」
「まぁないかもね」
「それならどうぞ」
「いや、そんな畏まって言うことじゃないんだけど…」
秋谷さんはまだわずかに明るい窓の外を見る。
やっぱり口頭で言わなくてもよかったかも、と秋谷さんは小さな声で呟いた。
「ほら12月じゃん」
「うん」
「12月と言えば?」
「…まぁ12月だね」
何を秋谷さんが言いたいか感じ取り、少し考えてから応える。
「私ってヒロインみたいに可愛いじゃん」
「まぁ、そうですね」
「そうなるとどうなるかって話」
「なるほど…」
可能性は2つ。
1. クリスマスの日に男子生徒と一緒に出掛けようと誘われた。
2. クリスマスの日にクラスの何人かで出掛けるが、その中に男の子もいる。
まぁそれは口頭で説明した方が良いかも知れない。
説明されてるというより、こっちが雰囲気を読んでるだけなんだけど。
ここまで言ったらわかるでしょ、と言って秋谷さんは僕を見つめる。
「…わかったけど、どこが良い?」
秋谷さんは笑みを浮かべて話を始める。
正解だったみたい。
「どうせだったら少し離れたところが良いかな」
「近くでもよくない?」
「でもさ、ほら…」
そういって再び僕を見る。
「…まぁ少し離れたところなら」
「大丈夫、そんなに遠くないところにするから!」
場所は後で決めよう、と言って僕たちは別れた。
バスに乗り込む。
昼休みに同じクラスの友達から、「一緒にクリスマス出掛けない?」と声をかけられた。
女の子だけだったらそこまで問題なかったけど、男の子も何人かいるらしい。
家族と一緒だから、と断った。
夜は家族と一緒だし嘘はついていない。
そこまで深く追求されなかったので、多分私が来なくても変わらないだろう。
口実を作るために吉川くんを誘った。
後日、どこに行ったか尋ねられた時にちゃんと応えられるようにするためだ。
吉川くんには明確に伝えなかったけど、察してくれたっぽい。
「2人で出かけるのってどうなんだろう?」
ここから少し離れた飲食店を調べながら呟く。
これまで2回、2人で出かけたことはある。
1回は夏休み。
そしてもう1回は体育祭の放課後だった。
流石にクリスマスの日、2人で出かけているのが見つかったら面倒なことになる。
それは困る。
「じゃあ深山さんも誘ったほうが良い?」
私と吉川くんが一緒に出掛けるのを知って最も傷つく可能性があるのは深山さん。
でもせっかく、2人で出かけられるチャンスだしなぁ。
「あー本当にどうしよ…」
私の呟きはバスの走行音にかき消された。
他の人も誘う?
いや、これ以上大きくなると逆に同じクラスの生徒にバレる可能性もあるか。
一番厄介なのは、同じクラスの人に行きたくなくて断ったのがバレること。
アレを思い出した。
天使と悪魔が頭の中に出てくるシーン。
落とし物があって、天使は「交番に届けた方が良いよ」というけど、悪魔は「届けなくても大丈夫でしょ」っていうヤツ。
ちょっと意見を聞いてみるか…
天使: やっぱり深山さんは誘った方がいいでしょ。
悪魔: 深山さんは誘うべきだよね、私もそう思った。
天使と悪魔、意見一致。
でもせっかく吉川くんと出かけるチャンスだし…
天使: せっかく深山さんと仲良くなったのに、吉川くんと2人で出かけてるの知っちゃったら悲しまない?
悪魔: そうそう、悪魔みたいな酷いこと、よく考えられるね。
悪魔に「悪魔みたい」って言われたんだけど。
え、じゃあそうしようかな。
ちょっと待って!という声がどこからか聞こえる。
X: なんかわかんないけど、とりあえず深山さんは誘った方が良いよ。
話を全く聞いてなさそうなヤツが全く同じ意見を出してきた。
たぶん君、最初からいなくても大丈夫だったぞ。
私の脳内で「深山さんを誘う」という方針で固まった。
アプリを開く。
『クリスマスの日に一緒に出掛けたりできる?』17:35 既読
『できるよ!』 17:37
涙目のウサギのスタンプが送られてきた。
残念ながら暇です、っていう意味なのかな。
『じゃあさ、一緒に出掛けない?』 17:38 既読
『いいね!』 17:39
再び、涙目のウサギのスタンプが。
コレって喜んでるの?
『他の人は?』17:40
『ごめん後で説明するけど、吉川くんだけかな』17:40 既読
『分かった!』 17:41
『じゃあ後で説明するね』 17:41 既読
『了解!』 17:41
最後はウサギが雪だるまになっているスタンプが送られた。
スタンプは良く分からないけど、深山さんは来てくれそう。
後で吉川くんにもそのことを伝えておかないと。
これで深山さんに対して後ろめたい気持ちを感じずにクリスマスを過ごすことができる。
一通り満足してから、私は停車ボタンを押した。




