第64話 日本の国語教育、同人サークルみたいなことしてるの?
「マジであれだよね、アレ」
「どれだよ」
寺田に応える。
昼休み時間。
俺たち4人は特にすることもなく話をしていた。
「ほら何度も言ってるじゃん、評論文ってなんのためにあるのかなって」
「いや初めて聞いたぞ」
寺田が勉強のことを話すのは珍しい。
そういえばそろそろ2学期末テストの時期か。
「まぁ評論文だから評論するためにあるんじゃないの?」
吉川が呟く。
それはそうだ。
「国語で評論文だけが苦手なんだよね」
寺田はいつもの調子で言った。
評論文以外の物語とか古典はできるという自信はどこから来てるんだ?
全部平均点以下だったと思うんだけど。
「それなら僕に任せてよ!」
自信ありげな吉川は応えた。
「あれ、お前の得意科目って数学じゃなかった?」
「もちろん数学だけど、僕は評論文も得意って巷で噂だよ」
「どこの巷だ」
お前と距離が近い俺でさえその噂知らないんだが。
「僕の二つ名は言葉のマリオネット!」
「お前が操られる側なの?」
言葉に雁字搦めにされる吉川が目に浮かぶ。
「いや吉川じゃなくって、普通に瀬野の方が国語の成績は良いだろ」
まずは瀬野に聞いたほうがいいんじゃないか、と俺は付け加えた。
それもそうか、と寺田と吉川は頷く。
「評論文の話だったな」
瀬野は確認する。
「うん、瀬野くんって問題解くときどうしてるの?」
「そうだなぁ…」
俺もあんまり評論文得意じゃないんだけど、と言って考え始めた。
「まず問題文を見るだろ?」
「うん」
「そしてその問題文から何を解答すればいいか考える」
「そうだね」
あとは本文から解答の要素を探して当てはめるだけだ、と瀬野は簡潔に説明した。
それが難しいんだが。
「ちょっと待って、本文に解答はすでに書いてあるっていうイメージなんだよね?」
評論文の場合は、と吉川が尋ねる。
瀬野は頷いた。
「それなら『本文を確認してください』っていう回答にすれば全問正解になるのでは?」
「インターネットのQ&Aみたいだな」
たまに見かける。
質問には答えずリンクだけを貼り「これを見ればわかります」みたいなことを書いているヤツ。
ちょっと待てよ、と言って瀬野は何か考え始めた。
俺たちは黙ってその様子を見守る。
「本文に書いあてることをそのまま解答として作るんだよな?」
瀬野が俺たちに尋ねる。
「さっきそう瀬野が言ってただろ」
「まぁそうなんだが…」
やっぱりこれっておかしい? と瀬野。
聞いてる感じ、おかしいところはなかった気がするけど。
「この問題を作成する人はすでに本文を読んでるわけだろ?」
「そうだね」
寺田が応える。
「本文の中に書いてあることしか解答者は基本的に解答することはできないはず」
「うん」
それなら、と言って瀬野は一呼吸置いた。
「実質、やってることはコピーアンドペーストと変わらないんじゃないか?」
そんな日常的な操作にまで成り下がる?
「ということは、評論文の問題は採点する人になんの情報も与えていないってこと?」
「そういうことになる」
曇った表情で瀬野は応えた。
採点する人は新しい情報を得ようと思って答案読んでるわけじゃないだろ。
「じゃあ新しい情報を答案に入れることが必要だということね」
「そうだ」
それ、国語でやったら駄目な解答方法じゃないか?
「ここに評論文の問題がある」
そういって吉川は今日の宿題を机上に置いた。
問2. 傍線部①とはどういうことか。
「普通だったら、傍線部①の前後にある解答の要素をまとめて記入する感じだよね?」
吉川は確認する。
普通だったらというか、それが最適な解答の方法だと思う。
「でも、それだと採点者のニーズに応えることができていない」
瀬野は問題を見ながら呟いた。
それなら、と言って寺田はシャープペンシルを取り出した。
吉川の宿題、お前が解答するの?
解答: この傍線部①を問題にするのってどうなんですかね。正直、もう2行先の指示語の『それ』について解答する問題にしたほうが評論文の理解の度合いについて図ることができると思うんですけど。あっ解答は「自らの経験や (100文字)
「最初に問題の文句書きすぎて解答を書ききれてないじゃん」
答案を見て溜め息を吐いた。
せめて解答は全部書かないと駄目だろ。
「じゃあ『自らの経験』ってところの『自らの』を消して3文字短縮するか」
「いや、最初の90文字がいらねぇんだよ」
そこはちゃんと残さないと駄目だろ。
「僕ならもっと良い解答が作れるね」
ちょっと貸して、と吉川は寺田からペンを受け取る。
問2. 傍線部①とはどういうことか。
解答: この傍線部①を問題にするのはどうなんでしょうか。正直、2行先の指示語「それ」について問うほうが、評論文の理解度を測れると思います。あっ解答は「自らの経験や (77文字)
「その部分を短くしろって言ってるんじゃないんだよ」
最初のところを短くしたんだったらもっと後ろの解答は長くできるだろ。
流石にこれ以上は、と3人は天井を見上げた。
見るべきなのは本文じゃないか?
「そもそもさ、採点者にとっていい答案を書く必要ないんじゃない?」
「じゃあ誰にとって良い答案を書くべき?」
吉川が尋ねる。
自分が良い点を取るための答案だろ。
最初からずっとその話をしていたはず。
やっぱり、と言って吉川は続ける。
「評論文を書いてる人にとって良い答案を書く必要があるんだよ」
結局、国語の問題って二次創作みたいなものでしょ?と付け加えた。
日本の国語教育、同人サークルみたいなことしてるの?
「じゃああれか、原作者が読んで解釈違いだ、って思わないような答案がいい答案だってことだね!」
そうそう、と寺田は腕を組んで応える。
そういえば、著名な評論家の子供の入試に自分の評論文の問題が出されてて、その模範解答を見て「全然自分が期待した答えと違うんだけど…」って思った、みたいな話を聞いたことがある。
確かに評論家の意図と違う解答が正解になるのはおかしい気がする。
あれ、評論文の問題って誰のために解答する必要があるんだっけ?
そして昼休みが終わった。
結論は出ずに俺たちは自分たちの席に戻る。
「国語の評論文って難しいよね」
「まぁそうかも」
吉川くん国語苦手って言ってたもんね、と深山さん。
5時間目が終わった休み時間。
僕と深山さんは話をしていた。
「例えば表現技法とかってあるじゃん」
「うん」
直喩、隠喩とか、と例を挙げる。
「そういう感じの表現技法とかって、筆者は意識して使ってるのかな?」
「意外と感覚でやってるような気がするけどね」
なんかこういう表現をする方が映えそう、みたいな感じでさと付け加えた。
SNSに投稿するときみたいなことを筆者は考えているの?
「ほら、倒置法ってあるじゃん」
「あぁ倒置法ね」
「ちゃんと知ってる?」
「あれでしょ、倒置する方法」
「まんまじゃん」
語順を逆にするヤツね、と説明する。
「あぁ知ってた知ってた、それで?」
本当に知ってたか怪しいけど、と肩を竦めて深山さんは続ける。
「倒置法は普通の語順を崩して最後に重要な語を置くことで印象を強くするらしいんだよね」
「へぇ」
とりあえず相槌を打つ。
「具体的にどんな感じなの?」
そう聞くと、深山さんは一度こちらを見てから、少し上の方に視線を向けた。
「そうだね、じゃあ『ラブコメが好きです』を倒置法にしてみて」
できるだけ間を開けてね、と言われたので僕はとりあえず従うことにした。
「好きです」
「うん」
深山さんはこちらを見ずに頷く。
「ラブコメが」
言い終わってから深山さんの方を見る。
深山さんはペンを回していた。
「これってやる意味あった?」
「ほら、具体的にはどんな感じなのって吉川くんが聞いたからさ」
吉川くんにピッタリの文だったでしょ、と小さく呟く。
まぁ確かにその通りかも。
「日頃から使っとけば、評論文の難しい印象がなくなるかもよ」
「深山さんはしてるの?」
「私はしてないけど」
平然と言った。
深山さんがしてないんだったら、僕もしなくていいかな。
次の授業が始まるまで、僕もペン回しをして時間を潰した。




