表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/75

第63話 声がめちゃくちゃ好きなんだよ

ゲーム実況者が視聴者の一人と隠れて会ってるのって炎上しそう。

暴露系配信者たちにとって垂涎のネタでしょ? こういうのって。


でも多分大丈夫。


私たちがいるのは学校の教室。

話すのは掃除の時間だけ。


そしてこの視聴者、ゲーム実況者と会ってることに気づいてない。


極めつけは、


「ミューの動画見てると眠くなるんだよなぁ」


私の動画、睡眠用BGMにされている。



掃除時間。



「そういえば夜野さんってなんでボカロ好きなの?」

「勉強とかしてるときに聞いてて…」


楠本くんの質問に応えながら掃除を続ける。


この男こそ私の動画を睡眠用BGMにしている張本人。


「楠本くんはなんで?」


ボカロ曲を聴くようになったの、と尋ねる。


窓から乾いた風が入ってきた。

掃除時間だけは窓を開けている。


「俺が聴くようになったのは小学校の高学年くらいだったな」


掃除はしていないのに箒を持って、「掃除してますよ」という雰囲気は出している楠本くん。


「そのころに動画投稿サイトを見て、ぱっと目についたのがボカロ曲だったって感じかな」

「へぇー」


楠本くんとは違って真面目に掃除している私は相槌を打つ。


「じゃあ結構詳しい感じ?」

「いやそんなことないと思う」


聴きたい曲しか興味がないから、色んな曲を知ってるわけじゃない、と付け加える。


でも、と楠本くんは続ける。


「一度ハマった曲とかは何度も聴いてる感じだな」


概要欄とかに掲載されてるインストとかもちゃんと聴くし、Stemデータが配布されていれば、そこまで確認するらしい。


「クリエイターにとってはめっちゃ良い視聴者だね」


机を運びながら応える。


「やっぱり頑張って作った作品は何回も聴いてほしいものだろ?」


笑顔で呟く楠本くん。


その通り。


時間をかけて作ったコンテンツはできるだけ長い時間をかけて楽しんでほしい。


でもそれを理解してるのに、なぜ私の動画だけ睡眠用BGMなんだ。

その熱意を私にも傾けてくれないかな。


「そういえば楠本くんってゲーム実況とかも見てたよね」

「あー見てる見てる」

「どんな人の動画見てるの?」

「そうだなぁ…」


一緒に机を並べながら、楠本くんは考え始めた。


何人か名前を挙げた中に、私のチャンネル名である「ミュー」も入っていた。


「どういうときに見る?」

「暇なときに見ることが多いかな」

「ミューっていう人は?」

「それは絶対に寝るときだな」


楠本くんははっきりと言った。

そんな言い切ることないじゃん。


「なんで?」


私はそこまでミューって人のこと知らないけど、と保険をかけつつ尋ねる。


「まず動画が単調な感じで眠気を誘うんだよ」

「へぇ…」


なんか動画の構成を批判されてない?


「で、プレイ中にミスしたら言い訳し始めるし」


その言い訳がよどみなく出てくるから聞き心地が良いんだよな、と付け加える。


「…まぁ、そうかもね」


こっちは間を埋めるのに必死なんだけど。


「まぁ一番は…」


楠本くんは一呼吸置く。


「やっぱ声だな」

「声?」

「ミューの声がめちゃくちゃ好きなんだよ」

「…うん」


この流れでいきなり褒められることってある?


そういえば前もそんなこと言ってたような気もする。

声ねぇ…


「俺が初めてミューの動画を見たのが大体2年半くらい前なんだけど」

「めっちゃ前から見てるじゃん」


驚きだ。


私が動画を投稿し始めたのが2年半前。

当時の視聴回数なんて数十回そこらだったはず。


「最初に思ったのがこの人の声、めっちゃタイプだなって」

「声にタイプとかあるの?」

「他の人がどうか分からないけど、俺はあるな」


そんなこと正面から言われたことない。

コメントとかでも見たことがない。


「あの声を聞いてるとめちゃくちゃ気持ちよくなるんだよな」


合法薬物なんじゃないかって思うくらいに、と不名誉な2つ名を授けられた。

今、合法薬物を生で摂取してるけど大丈夫?


「じゃああれか、ミューの声で気持ちよくなって入眠する感じ?」

「10分以内には寝てるな」


早すぎでしょ。

私の動画、まだ面白いところまでいってないぞ。


「最初の10分しか知らないから同じ動画を何度も見直すんだよな」

「なるほどね…」


掃除時間が終わり、話を切り上げる。



楠本くんは初投稿当時から「ミュー」を知っている、いわゆる古参。

それは嬉しい。


ただ重大な問題が2つ。


1つが私の動画が楠本くんにとって、眠気促進のためのコンテンツでしかないこと。

そしてもう1つは2年半以上、ほぼ毎日私の動画を見ているのに「冒頭10分」しか知らないこと。


ゲーム実況の途中に「ちょっと君、起きなさい!」みたいなこと言ってみようかな。





掃除時間が終わった。


自分の席に戻り、5時間目の授業の準備をする。


掃除時間に夜野さんと話をするようになって数か月。

前までは休み時間になるといつも寝てるな、くらいの印象しかなかった。


でも普通に話は続くから、話すのが苦手、っていうわけじゃなさそう。

夜野さんと話をするのはそれなりに楽しい。


そして重要な点が1つ。


声がめちゃくちゃタイプ。


前から思ってたけど、夜野さんの声って特徴的だよな。

授業中に解答を読み上げるときとか、他の人とは違う感じがする。


掃除時間に「そういえば夜野さんの声ってミューに似てる気がする」みたいなことを言おうと思ったけど、「合法薬物」と微妙なことを言った手前、伝えることができなかった。


流石に「あなたの声を聞いてて気持ちいいです」みたいなこと、本人の前で言うのはどうかと思って踏みとどまった。


5時間目の開始を知らせるチャイムが鳴る。


ボカロだったら落ちサビくらいの時間。

眠気と戦いながら俺は授業を受けた。




夜。


ベッドに入っていつも通り動画投稿サイトを開く。


ミューが新しい動画を投稿していた。


俺は『睡眠用』の再生リストに追加し、その動画を再生する。


10分を経過するころ、いつも通り俺は眠りに落ちた。


「ちょっと起きて起きて!」

「んぁ?」


びっくりして起き上がる。

ミューにいきなり「起きて」と言われたんだが。


スマホを開いて状況を確認する。


主人公がゾンビに襲われて倒れているシーンだった。

ミューは主人公に「起きて」と言ってたわけか。


俺に言ってたわけじゃないのね。


安心して、俺は再び目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ