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第62話 君と同じだね

「『大したことじゃないんだけどさ』、ねぇ……」


私の呟きはドライヤーの音にかき消された。



19時30分。



吉川くんが電話をすると言った時刻まではあと30分ある。


さっきの連絡を見返しながら丁寧に髪を乾かす。

いつもよりお風呂に入る時間が15分くらい長かった。


「電話できるかって聞いてくる時点で、重要なことに決まってるでしょ」


文化祭が終わってからはいつも通り吉川くんと接していたから、私が何かしちゃったみたいなことはないはず。


これまでの会話を何度も振り返って自分を安心させる。


私が吉川くんに嫌われるようなことは何もしていない。


もっとポジティブに考えよう。


「それなら吉川くんが告白してくれる、とか……?」


口元を覆いながら呟く。


流石にないか。

ラブコメ主人公くんがこの段階で告白するなんてことは考えられない。



ドライヤーのスイッチを切り、ヘアブラシで髪を梳かした。


20時になるまでそわそわしながら、スマホを触って時間を潰す。


頭の中は電話のことでいっぱい。

自分が何の動画を見ているのかもよく分からないまま、時間が過ぎるのを待った。



20時。



ちょうど20時になったタイミングで着信が来た。


「吉川くんさ、もしかして8時きっかりに電話かけようと思ってた?」


自分を落ち着かせるために、こちらから切り出す。

心拍数が早まっているのを感じる。


前電話したときよりもめちゃくちゃ緊張する。

だって吉川くんが電話してきたのかわからないから。


「20時ごろって言ったし、早く電話したほうがいいかなと思って」


吉川くんの声はいつもと変わらない、ような気がする。


電話越しだと表情が見えないから、何を考えているのか分からない。


「それでどうしたの?」


吉川くんから電話するなんて初めてじゃん、と付け加える。


「あぁ……」と言って吉川くんはしばらく無言になった。


言いにくいことなの?

ちょっと待って、私何かしたかな。


「あの、」

「ちょっと待って」


吉川くんが話始めるのを遮る。


「まず良いことなのかどうか教えてくれない?」


袖を捲りながら尋ねる。

11月末だけど身体が熱い。


「秋谷さんにとっては良いことなんだと思う」

「じゃあ吉川くんにとっては?」

「僕にとっては……」


再び吉川くんは押し黙る。


私にとっては良いことなのね。

とりあえず安心する。


「それで、吉川くんにとってはどうなの?」

「まぁ、概ね悪い、かな」


また、ちょっと距離感のある言葉。

「概ね」ってぼかしてるけど、吉川くんにとってはかなり悪いことなんじゃないの?


「わかった。それで?」


何を言いたかったんだっけ、と話を元に戻す。


「ちょっと言いにくいんだけどさ、」

「うん」

「えっと……」


吉川くんはまた考え出した。


そもそも吉川くんから電話したいって言ってきたわけじゃん。

何を言いたいかくらいははっきりさせておいてよ。


私と電話するのって、そんな大したことじゃないって思われてるのかな。


とりあえず、吉川くんが話始めるのを待つ。


「……秋谷さんがさ、」

「私がなに?」


棘のある声になってしまった。

少し落ち着こう。


いちど深呼吸をする。


「秋谷さんがサッカー部の人に好かれてる、みたいな話を今日聞いてさ」

「え、うん……」


なにそれ。

いきなり「サッカー部」という単語が出てきてびっくりした。


私がサッカー部の人に好かれてる、と。


「それで?」


とりあえず話を促す。


「……」


黙る吉川くん。


「あのさ、ちゃんと言ってくれないと何考えてるか分からないんだけど」


「雰囲気で察してください」みたいな沈黙だったので、少しイラっとした。

自分は鈍感なフリしてるのに、私には雰囲気で察して欲しいってずるいでしょ。


私、そんなに都合の良いヒロインじゃないんだけど。


「吉川くんは何を言いたいの?」

「まず、秋谷さんに謝りたい」

「え、謝るの?」


今までの話の中で吉川くんが謝るべきタイミングなんてあった?

私とサッカー部の誰かの話じゃないの?


「何に対して謝ってるのか教えてくれるかな」


こちらの動揺を悟られないように落ち着いて尋ねる。


いやな記憶が蘇る。


体育祭の日の放課後、ファミレスで吉川くんに謝られた。

吉川くんから「自分のせいで秋谷さんの選択肢が狭まってるかもしれない」と言われた。


そのとき私は好きで吉川くんと関わってるんだから関係ない、と言った。


「『サッカー部の人が秋谷さんのこと好きらしい』って話を聞いて、嫌だなって思ったことに対して謝ってる」

「う、うん」


自分でも声が震えているのを感じる。


そんなことラブコメ主人公くんが言うの?


「それが言いたくて電話したの?」

「まぁ、そうだね」


へぇ。


吉川くんは私が他の人に好かれているのを知るのが嫌なんだ。

まあ私も、吉川くんが他の人に好かれてるのを知るのは嫌だけど。


「わかったけどさ、それでどうしたいの?」


吉川くんは、と尋ねる。

このまま「そうなんだ、じゃあ切るね」って言えるわけないでしょ。


「いや、どうしたいとかはなくって……」

「じゃあ私がサッカー部の誰かさんと付き合っても構わないの?」


今の吉川くんはラブコメ主人公の顔が完全に剝がれていた。

右脚を上にして脚を組む。


「それは無理、だけど」

「だけど?」

「僕がそれを言う権利はないと思う」

「そう」


自分が何を言ってるか分かってるの?


他の人と付き合って欲しくないって、ほぼ私に「付き合ってください」って言ってるようなものだよ。


もしかして私、吉川くんに告白されてる?

でも、「権利はない」みたいな話もしてたな……


どうしよう頭が回らない。


一度深呼吸してから私は続ける。


「ちょっと確認させて?」

「うん」

「吉川くんは私が他の人と付き合うのはイヤなんだよね?」

「そう、だね」


言葉に詰まりながらも、吉川くんは肯定する。


「でも、吉川くんはイヤという権利はないと」

「うん」


じゃあ付き合ってくださいって言ってよ。


「それで?」


吉川くんはどうするの?と尋ねる。


「僕はそれはイヤだ、って秋谷さんに伝えたかった」

「え、吉川くんはどうもしないの?」

「さっきも言ったじゃん。僕には権利はないって」


小さな声で呟く吉川くん。


私は向こうに聞こえないように溜め息を吐いた。

せっかく近づいてくれたのに、最後の一線は超えてくれないんだね。


「権利はなくてもさ、努力することはできるでしょ?」

「努力?」

「うん」

「僕は電話するっていうことが努力の1つだったんだけど」


そうだけどさ、私と電話するのってそんなにハードル高い?

こっちは電話したいけどする理由がないから自重してるのに。


「まぁ努力をしたことは偉いね、って褒めるべきだと思うんだけどさ」

「うん」


とりあえず、心を落ち着かせながら頭を回転させる。


結局、何が問題なんだっけ?


「吉川くんはさ、なんでイヤだって思ったの?」


サッカー部に私のことが好きな人がいるって言うのが、と尋ねる。


「サッカー部だから、とかじゃなくって秋谷さんのことが好きな人がいるってイヤだなって」

「それ答えになってないよ」


ただ私が言ったことを繰り返してるだけだし。


「そもそもさ、それって誰から聞いたの?」


噂とかだったら、そんなの噂にすぎないよって否定できる。


「……サッカー部の人から聞いた」

「……そう」


本当のヤツかも。


「まぁサッカー部の人が私のことを好きだとしてね?」

「うん」

「吉川くんはイヤな気持ちになったんだったら、それをなくす必要があると思うんだよ」

「……え?」


なんで?と尋ねられた。


イヤだなって思いながらずっと過ごすのって大変でしょ。


「吉川くんはちゃんと自分のことを大切にして?」


文化祭のときにも言ったけど、と付け加える。


「吉川くんが私のことをびっくりするくらい大切にしてるのは分かったから、」

「語弊があるような気もけど、まぁうん」


私の言葉を遮って一応否定する。


「吉川くんは自分のことも大事にしてよ」


君ってラブコメ主人公なんでしょ? とからかった調子で口にした。


「まぁ僕がラブコメ主人公であることは疑いないとして、」

「うん」


吉川くんのテンションが戻ってきた。


「どうやってイヤな気持ちを解消するべきか考えるのが必要なわけだ」

「その通りだね」


ザッツライト、と呟く。


良かった。

いつも通りじゃん。


「僕がイヤな気持ちになったきっかけは秋谷さんの話を聞いたから」

「そうかもね」


軽く肯定する。

それって私のこと気にしています、って言ってるのと同じだけど今は言わない。


「原因は僕がその情報をどのように解釈したかにあるはず」

「なんか複雑になってきたけど、まぁそうなんじゃない?」


そんなシステマチックに考える?


「僕はサッカー部の人が秋谷さんのことを好きだっていう話を聞いて、どういう結果が生じるかをイメージしたからイヤな気持ちになったのでは?」


つまり、


刺激: サッカー部の人の話を聞く

解釈: こうなるのでは? とイメージ

反応: イヤな気持ちになる


というプロセスがあったはずだ、と吉川くんは説明した。


吉川くんは説明してて恥ずかしくないの?

まぁ本人がしたいならいいけど。


「だから、どのように解釈したかを明らかにするのが、この気持ちの解消に繋がるはず」

「それで?」


とりあえず話を促した。


理論的なのはいつものことだけど、結局何が言いたいわけ?


「秋谷さんがサッカー部と付き合うということが、僕にどう解釈されたのか……」


そういって吉川くんは考え始めた。


10秒近く沈黙が生じる。


わかった、と呟いて吉川くんは続ける。


「ラブコメとかの二次創作っぽくってイヤだなって思ったのかも」

「二次創作?」


ほらあるじゃん、ヒロインがラブコメ主人公じゃなくってサッカー部のイケメンと付き合う、みたいな二次創作、と説明された。


ラブコメは読むけど、二次創作までは追えてない。


「それで、二次創作だとどうなるの?」


その結果が生まれるかも、って思ったからイヤな気持ちになったんだよね、と付け加える。


「それは……」


吉川くんは言葉を濁す。


「どうしたの吉川くん?」

「それ言ってもさ、秋谷さん怒らない?」

「私が怒る可能性あるの?」

「こういう話って、女の子にしていいのか分からないからさ」


ちゃんと女の子として扱ってくれるんだったら、話はしないほうが良いって感じかな。

どうしよう……


「わかった、絶対怒らないからさ、教えてくれない?」

「じゃあ……」


と言って吉川くんは二次創作の話を始めた。


思ってた以上の内容だった。

えーと、こういうのってちゃんと説明した方が良いの?


簡潔に言えば、ヒロインとサッカー部のイケメンが仲良くなってエッチするって感じかな。そしてそれを見て主人公が絶望するって流れらしい。


そんなの読んで面白いの?


「じゃあ吉川くんは私とサッカー部の誰かさんがそういう関係になることを想像した、と」

「本当にごめん」


申し訳なさそうな声だった。


深呼吸をする。

怒らないって言ったけど私、かなり怒ってるよ。


でも吉川くんに当たるのは違うし……


爪の付け根あたりの皮膚をぐっと押し込む。


痛みでイライラを和らげた。


「とりあえず吉川くんはどういう流れでイヤな気持ちになったのかを理解したわけね」


その結果、私がイヤな気持ちになったけど、という言葉は飲み込む。


「それならどうやって解消するべきかな?」


なるべく冷静に尋ねる。


「サッカー部の人と、」

「ちょっと待って」

「なに?」

「さっきの二次創作の部分はカットして教えて?」

「わかった」


機嫌がこれ以上悪くなるのを防ぎつつ、話を促した。


「秋谷さんがサッカー部の人と付き合わないことがはっきりすればこの気持ちは解消できると思う」

「私が何かしないといけないの?」

「だって僕は話を聞いただけだし」


君さ、自分が何を言ってるのわかってる?


「じゃあ私は何をすればいいのかな?」

「サッカー部の人と付き……」


途中で気づいたのか、吉川くんは言葉を切った。


自分を大事にするためには、権利がないことを理解しつつ相手にお願いすることもある。


はっきり言って「サッカー部の人と付き合いません」と私に言わせる権利は、吉川くんにない。

私たちの関係があくまでも「中学校の頃から仲の良い友人」なら。


吉川くん、ラブコメ主人公ならどうするかな、とか今考えてそうだね。


でも私は本物のヒロインじゃないから、ラブコメっぽい答えなんてしなくていいんだよ。



ちゃんと私のことを見て。



「秋谷さんには今のままでいて欲しい」

「もっとわかりやすく教えて?」


吉川くんは大切なところをぼかす癖がある。

そこはラブコメ主人公っぽいけど。


「私に具体的にどうして欲しいの?」


今ならちゃんと真剣に考えてあげるからさ、と付け加える。


こんなに相手に歩み寄ってくる子なんて、普通いないからね?

捻くれた性格の吉川くんには、同じくらい捻くれた私じゃないと駄目だから。


「……秋谷さんには」

「私には?」

「サッカー部の人と、」

「サッカー部の人と?」


そして吉川くんは一呼吸置いた。



「付き合わないで欲しい、です……」



とても小さな声だった。


「えーどうしようかな~?」


ニヤニヤしながら応える。


やばい、めっちゃ心臓が動いてる。

今すぐベッドに飛び込みたい。


「ここまで言ったのに?」

「私は『ちゃんと真剣に考える』って言っただけだし」

「確かにそうだけどさ……」


吉川くんは不服そう。

それはそうだ、吉川くんがそこまで言ってくれるなんて普通じゃあり得ない。


「まぁ、そこまで? 吉川くんが? 私のことを想ってくれてるんだったら? そのお願いは叶えてあげてもいいけど?」

「……お願いします」


しおらしい声で重ねてお願いされた。


本当に仕方ないね、吉川くんは。

そんなに私のこと独占したいんだ?


「じゃあそんな激重ラブコメ主人公くんのために、」

「激重って……まぁ、はい……」


一度否定しようとしたが、結局肯定する。


「私が今ここで、ちゃんと誓ってあげよう」


一呼吸置いて、私は口にした。




「私はサッカー部の人と付き合いません」




静かな部屋。

私の声だけが揺れた。



「これでよかった?」

「……ごめん、ありがとう」

「謝るのか感謝してるのか良く分からないぞ~?」

「なんだろう、自分が良くないことをしてるみたいで」

「まぁ、普通に考えたらよくないことでしょ」


人の関係に口出すって何様なの、って感じだし。


「でも、吉川くんがして欲しいんだったら、まぁちゃんと考えるから」


本当に無理なことは断るけど、と付け加える。


だからさ、と言って私は続けた。


「ちゃんとありがとうって言ってよ」

「……ありがとう」


吉川くんは小さな声だったが確かに「ありがとう」と言った。


「なんか一区切りした感じだけどさ、他に何か頼みたいことはある?」

「え、他に?」

「一応聞くけど」

「……うーん、今はないかな」

「今後は生まれる可能性もあるってこと?」

「わからないけどね」


もしかしたらあるんじゃないかな、と吉川くんは呟いた。



沈黙が生まれる。



「明日も学校だからさ、もう切ろっか?」


吉川くんが気を使って口を開いた。


「なに、用が済んだら早く切りたいの?」

「またそんなこと……」


秋谷さんって本当にひねくれてるよね、と吉川くん。


君と同じだね、と言う前に「じゃあまた明日」と言って通話を終了させた。



翌日の朝。



吉川くんが対面で渡り廊下を歩いているのを見つけた。

いつも人がいるときは軽くお辞儀をしてすれ違う。


今、渡り廊下には誰もいない。


吉川くんは私を見て軽くお辞儀して、右側にずれた。

私も右側にずれる。


それを見て吉川くんは左側にずれる。

私も左側にずれる。


そのやり取りを何回かするうちに、かなり近いところまで来た。


「なんで秋谷さん進行方向に入ってくるの?」

「偶然だって」

「そんなことありえる?」

「吉川くんが動くタイミングと私が動くタイミングってほぼ一緒だったでしょ?」

「秋谷さんの方が遅かったと思うけど……」


吉川くんはそわそわして呟いた。


昨日の今日で気まずい感じかな。


「じゃあ私、謝った方がいいかな?」

「こんなことで謝る?」

「だって吉川くんの進行方向に私が入っちゃったんでしょ?」

「まぁそうだけど」

「じゃあごめんね」


軽く頭を下げる。


「本当に謝ってる感じしないけど」

「いやいや、ちゃんと心から謝ってるって」


昼休み行くからよろしく、と言って吉川くんと別れた。




教室。


「あれ、秋谷さんなんか嬉しそうだね」


教室に入ってきた明空さんに話しかけられる。

そんなにわかるものなの?


「どうして?」

「私の勘って的中率100%だからさ」


勘だよ勘、と言って明空さんは笑みを零した。


「そんなことないよ?」

「へぇ?」


明空さんは私を見つめてきた。


「ほんとだよ?」


なるべく気づかれないように付け加える。


「いいことあったんだったらよかったね、何もなくても嬉しそうなのは良いことだね」


そう言って自分の席に向かっていった。


絶対何か気づいたじゃん。

なんで明空さんはそんなに察しがいいわけ?


「あとで何か聞かれたら面倒だなー……」


溜め息を吐いてからつま先を軽く揺らした。

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