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第51話 大体、14万回から15万回に一回あるかないかの確率ってことになる!

「吉川くん、君に足りないのは自信だ!」



文化祭で閑散とした校舎。

肌寒い階段の踊り場で、深山さんの声が響いた。



「だから、私と一緒に自分磨きをしよう!!」



「…深山さんと?」


深山さんは大きく頷いた。





2時間前。



「この人と回るから!」


秋谷さんが吉川くんの背中に触れて宣言する。

それを眺めていると、明空さんと目が合った。


残された女の子たちは2分くらい経つとどこかに行った。



「じゃあ一緒に回ろうか」


明空さんはいつもと変わらない様子でそう言った。

私と夜野さん、そして明空さんの3人は目的もなく廊下を歩く。


「どこか行きたいところはある?」

「何か食べたいかも」


夜野さんが明空さんに応える。


「じゃあ私のクラスのフランクフルト買ってほしいな」

「それでいいよ」


私も賛成だった。


「あれ、秋谷さんたちいるじゃん」


教室から十数メートル離れたところに秋谷さんと吉川くんが歩いているのが見える。

背中しか見えなかったけど、秋谷さんは目立つから遠くからでもわかった。


明空さんたちの教室に入ると、出店の女の子が明空さんに話しかけた。


「さっきね、秋谷さん男の子と一緒にいたんだけど」

「え、本当に?」


明空さんは何も知らない振りをする。


「なんか距離近かったし、アレ絶対付き合ってるよ!」


男の子はあんまりぱっとしなかったけど、と付け加える。


「えー意外だね、後で本人に聞いてみようかなー」


笑顔の明空さんは女の子にフランクフルト3本、と言って話を終わらせた。



渡り廊下。

風は強くないけど少し寒い。



外の出店を眺めつつ、熱の引いたフランクフルトを食べる。

そこまでおいしいと思わなかったけど、お腹が空いていたので無心でお腹の中に入れた。


「秋谷さんも大胆だねー、自分のクラスに吉川くんを連れて行くなんて」


それはクラスの子もびっくりするわけだ、と明空さんは笑った。


「そんなに驚きなの?」


夜野さんは数メートル離れた場所にいる。

不干渉を貫くつもりなのだろう。


「秋谷さんって自分から話しかけるタイプじゃないし、男の子と話すことって授業中にあるかどうかって感じだから」


気さくな人、というイメージだった。

初めて教室に来たときも、吉川くんとか私に話しかけてきたし。


文化祭が終わってから大変そうだ、と呟いて明空さんはフランクフルトを食べ終えた。

私も食べ終えたタイミングで、「一緒にゴミ捨てに行こうよ」と明空さんに誘われた。


夜野さんはまだ食べていたが、後で自分で捨てに行くという。


明空さんと2人で階段を下る。


「深山さんも男の子と積極的に話すようなタイプじゃないよね」


秋谷さんと同じで、と明空さんは切り出した。


そうかも、と言って頷く。


「なんで吉川くんとよく話すの?」

「隣の席だからかな」


席が隣になるまでは話したことはほとんどなかった。

話すようになったのは6月の席替えで隣になってから。


「じゃあそれ以降はずっと隣の席?」

「左右は変わってるけどね」


そんなことあるんだね、と明空さんは少し上を見上げる。


「明空さんは何で秋谷さんと話すようになったの?」

「私が図書委員のときに、」

「あ、図書委員なんだ」


明空さんはそうだよ、と頷く。


「で、そのときに秋谷さんが本を借りに来た時にちょっと話すようになったかな」

「へぇーちなみにどんな本?」

「深山さんが知ってるかどうか分からないけど、」

「うん」

「カミュの『異邦人』って作品」

「全然知らないね」


本当に知らない作品だったので、正直に応える。


「秋谷さんがその作品を借りたってのがびっくりして話しかけたのが始まりだったね」

「そんなにびっくりしたの?」

「だって傍から見れば秋谷さんってかわいい女の子って感じじゃん」

「そうだね」

「そんな人が高校生が読むにしてはハードルが高い本を読もうとしてたんだから」

「『異邦人』ってどんな作品なの?」


明空さんの説明によれば、主人公の世界観と語り口が完全一致している作品という。

例えば、主人公が眠っているときは夜の客観的描写はないらしい。


「分量はそこまで多くないから読みやすい作品ではあるんだけど、それを文学作品から縁が遠そうな秋谷さんが読もうとしたことに興味を惹かれてね」


それで話すようになったという。


まぁ、私の話は置いといて、と言って明空さんは続ける。


「今からどうする?」

「別にしたいこととかないんだよね」


そう言ってフランクフルトのごみを捨てた。


「することないんだったらさ、図書室行かない?」


他の人がいないだろうし、普通にしゃべってても怒られないからさ、と明空さんは付け加える。


それなら、と私たちは図書室に向かう。



渡り廊下を通る途中で夜野さんに、図書室に行くことを伝えると「後で行く」と返された。



図書室に着いた。



「そういえば深山さんって図書室に来たことある?」

「国語の授業で一回だけ」


あんまり私の興味がある作品がなかったから、図書室に行く機会が少なかった。


「ネット小説が書籍化された作品とかも実は置いてるけど」

「え、そうなの?」


それは知らなかった。


本棚の隅に置いてあった。

悪役令嬢が転生する作品。


「購入して欲しい本の依頼をすれば、偶に買ってくれるんだよ」


そう言って向こうを明空さんは指さす。


そこには依頼書があった。


流石に少女漫画は厳しいのかな、と思っていたら、十数年ほど前の少女漫画が何作品か陳列されていた。


「図書館の本って堅い感じの本だけじゃないから、これから使ってくれると嬉しいな!」

「来週から来るよ」


図書館にいる生徒はいなかったので、いつもの声の大きさで話す。

借りる本を机に置いてから、私たちは腰を下ろした。


さっきからずっと考えてたんだけど、と言って明空さんは話始めた。


「深山さんと吉川くんが何か月も同じ席になるのって確率的にありえなくない?」

「実際、隣になっちゃってるんだけどね」


私がそう応えると明空さんは席を立ち、依頼書とペンを持ってきた。

その紙を裏返し、何かを書き込み始める。


「教室って40人だよね?」

「うん」

「それで、縦8人×横5人になると」

「その通りだよ」

「何か月連続で隣になってるの?」

「6月、7月、9月、10月の4か月間かな」

「一回、確認してくれない?」


明空さんは私に紙を見せる。



前提:

1. 生徒40人

2. 席は毎回ランダムに決め直す

3. 「隣」は左右のどちらか

4. 特定の2人A・Bを見る。



「うん、それで合ってるよ」


頷いて紙を返す。


「じゃあ一旦、教室の席を描いてみようか」


明空さんは8×5の四角形を書き込んだ。


「この4か月間の間に吉川くんか深山さんが端の席になったことは?」

「ないね」


私は左上を眺めながら答える。


「まず、深山さんことAがどこかに座るとする。」

「うん」

「そして、その両端のどちらかに吉川くんことBが座る」

「そうだね」


つまり、と言って明空さんは計算を始めた。


(2/39) ^ 4 = 16/2,313,441(≈ 0.000691%)


「大体、14万回から15万回に一回あるかないかの確率ってことになる!」

「へぇ…」


そんなに低い確率だったとは知らなかった。


「これがどんな確率と同じか調べてみよう」


楽しそうに明空さんはスマホを取り出した。


「クローバーの葉が四葉になる確率よりもずっと低いらしいよ!」


私にスマホを見せてきたので、受け取った。

だいたい、10万分の1から1万分の1くらいのらしい。


「結構低い確率ってことは分かったけど、それで何が言いたいんだっけ?」


スマホを明空さんに変えしながら、私は尋ねる。


「ちなみに四葉のクローバーの花言葉は知ってる?」

「知らない」


少女漫画に出てくる花は出てきても花言葉を調べるまではしたことがなかった。


「クローバーは葉の一枚一枚に意味が込められてて、」


と言って明空さんはスマホを眺めながら何かを書きこむ。


Wealth, Fame, Faithful lover, Glorious Health


「この4つの意味が合って、財産、名声、満ち足りた愛、この上ない健康、と日本語では言うらしいよ」

「ふーん」

「そして四枚揃うと、」


明空さんは一呼吸置いて言った。


True Love


「真実の愛という意味に!」

「真実の愛、ねぇ…」


私は呟く。


そもそも、これってなんの話だっけ?


「クローバーが四葉になるよりもっと低い確率が起きているということは」

「うん」

「これはもう運命的な出会いと言うべきなんじゃないかな?」


こういうのって、運命的な出会いをした相手に言われるものでは?


「吉川くんと私が、ってことだよね?」

「その通り!」


明空さんは大きく頷く。


「運命的だったとして、だよ?」

「うん」

「運命的な出会いだね、で終わり?」

「まさか」


明空さんはここからが本番、という様子で身体を机に近づけた。


「運命的な出会いってことは、『ふたり』が運命的な出会いをした、ということだよね」

「普通はそうだね」


3人ってのはあんまり運命的な感じがしない。


「それなら、秋谷さんは何なんだろう?」

「まぁ男性向けラブコメのヒロインっていう話は聞いたことあるけど」


本人がそんなことを言っていた気がする。


「それが重要なんだよ!」


図書室の誰もいないからいいんだけど、明空さんの声、響きすぎじゃない?


「吉川くんはラブコメ主人公で、秋谷さんはそのヒロインってことは分かるよね?」

「吉川くんも秋谷さんもちょくちょくその話するし」

「じゃあ深山さんはその中の何?」


明空さんは声のボリュームを落として尋ねる。


「少女漫画の主人公かな」


もはやテンプレとなってきた回答を口にする。

普通の女の子とも言うかもしれないけど。


「ラブコメの枠に入らないってこと?」

「私の作品のジャンルって男性向けのラブコメじゃないし」

「じゃあ吉川くんは?」


すかさず質問を続ける。


「つなぎ役かな」


吉川くんは私のイマジナリー彼氏が改心するまで一緒にいてくれる男の子。


「あはは、めちゃくちゃ面白いことしてたんだね!」


私も誘って欲しかったな、と明空さんは笑う。

その時は赤の他人だったし。


「じゃあ吉川くんが深山さんにとって間を埋めるための都合のいい存在だとして、だよ?」

「当時はそんな冷淡に考えてなかったけどね」


話を遮らない程度に否定をする。


その時は、というより、その時「も」と言った方が正しいけど。


「吉川くんはラブコメ主人公だったら、それ難しくない?」


男性向けラブコメって付き合うのって最後だからさ、と付け加える。


「それってどの範囲の話?」

「まぁ高校生くらいかな」

「それなら高校生が終わったらラブコメ主人公は引退するってわけじゃん」


そのあとなら大丈夫じゃないかな、と呟く。


「それでもいいけど、深山さんの物語はいつ終わるの?」


もし高校で終わったら、何もしないままにならない?と尋ねる。


そもそも、と言って私は明空さんに言った。


「私の物語、まだ始まってないからね」



5時間目の終了を知らせるチャイムが鳴る。

そう言えば、いつになったら夜野さんは図書室に来るんだろう。



「まだ始まってないの?」


運命的な出会いをしてるかもしれないのに?と明空さんは付け加える。


「運命的な出会いをしてることは嬉しいけど、だから言って物語が始まったとは必ずしも言えないんじゃないかな」

「物語的にはもう始まってないとおかしくない?」


じゃあいつ物語になるの、と明空さんは尋ねる。


「まぁ、物語が完結してからかな」

「どういうこと?」

「物語がちゃんと完結してから、後付けで物語の開始時点を決めるってイメージ」


へぇ、めっちゃ面白いじゃん、と言って明空さんは私の隣の席に移動する。


「それってさ、何がゴールなの?」


明空さんは穏やかな表情を変えずに聞く。


「少女漫画のゴールと言えば結婚だね」

「誰と?」

「イマジナリー彼氏かな」


正直、そこまでは考えていなかったけど。


上手いね、と明空さんは一言呟き、さらに質問を続ける。


なんか面接みたい。

でも対面しない面接は見たことないかも。


「吉川くんは深山さんにとって何?」

「少女漫画の、」


つなぎ役、と言おうと思ったけど、それって言ってみればヒーローの1人ってことになるよな、と思った。


一学期末のときはなんて言ったっけ。


あのときは、私が頑張って吉川くんをヒーローっぽく見れるようにするって言ったかも。

苦肉の策でそう言ったけど、やっぱり吉川くんってヒーローっぽくない?


「…ヒーロー予備軍、かな」


少し間を開けて応える。


「予備軍くんはいつかヒーローになれるの?」

「そうなってもらわないと、私の物語が始まらないなぁ」


ずっと私がイマジナリー彼氏と付き合ってるだけになる。

物語として単調すぎるかも。


「じゃあ吉川くんにはかっこよくなってもらおう」

「他力本願だね」


明空さんは笑って応える。


そうすれば、私の好きな少女漫画のシナリオになるはず。


じゃあさ、と言って明空さんは切り出した。


「もし吉川くんと秋谷さんがラブコメ作品の登場人物じゃなかったらどうするの?」

「どういう意味?」


私は尋ね返す。


「普通の高校生が出会ってから付き合うまでって何か月くらいかかるか知ってる?」

「全く」

「大体1か月から3か月くらいらしいよ」

「へぇー」


適当に相槌を打つ。

普通の少女漫画ならもうちょっと遅いイメージ。


すでに付き合ってるのもあるかな。


「でも、吉川くんと秋谷さんって中学校からなんでしょ?」


それなら、1か月から3か月って関係ないんじゃないの?と付け加える。


「吉川くんと秋谷さんが高校になってから初めて出会ったのはいつ?」

「クラスマッチのときかな」

「じゃあ7月中旬くらいかな?」

「そうなるね」

「秋谷さんって高校生になってから、めちゃくちゃ可愛くなったんでしょ?」

「本人はそう言ってたけど」


吉川くんも似たようなこと言ってたかな。


「それならさ、別の人物として吉川くんが認識していてもおかしくないんじゃないの?」


吉川くんがラブコメ主人公じゃないとしてね、と説明する。


「中学校の頃から変わらないような接し方に見えるけどね」

「でも、吉川くん本人がどう思ってるか分からなくない?」

「まぁそうだけど…」


上の方を眺めながら応える。


「クラスマッチから3か月経った今くらいに付き合い始めても何ら違和感はないことになるよね」


そう言って明空さんはこちらを見る。


「そのくらいで付き合うことは自然かもしれないけど、吉川くんと秋谷さんが付き合うってのはあんまりイメージできないな」


私は冷静に応える。


「秋谷さんが吉川くんのことを好きなのは知ってるよね?」

「うん」


本人も否定しなかったし。


「それで今回、秋谷さんが吉川くんのことを誘った」

「そうだね」


びっくりしたけど。


「何もしないで普通に文化祭を回るってこと考えられる?」


明空さんは笑顔で言う。


「男性向けラブコメなら、普通なんじゃないの?」


私は知らないけど、と付け加える。


「もし物語じゃなくって現実だったらどうなの?」

「…」


現実だったら、この機会に付き合ってもおかしくはない、ということを明空さんは言いたいはず。


「現実の高校生は、付き合って1か月か2か月くらいでキスするし、3か月すればセックスしたりもするでしょ?」

「するだろうね」

「いろんなことを考えている人もいるから、セックスしたいから付き合う人も、付き合ってるけど浮気する人もいるよね」

「それはそうだろうね」


明空さんが思ったよりも踏み込んできたことに驚く。

でも表情はいつもと変わらず笑顔だった。


「深山さんは、吉川くんや秋谷さんが現実の人だったらどうするつもりなの?」

「男性向けラブコメの登場人物じゃなかったらどうするか、って話?」


そうだよ、と明空さんは頷いた。


太陽が一瞬、図書室に差し込む。


「そうなったら、吉川くんたちには少女漫画のキャラクターになってもらおうかな」

「本気で言ってるの?」


少し驚いた表情の明空さんに、私はもちろん、と肯定した。


「現実ってそもそもなに?」

「客観的な、」

「客観的ってさ、なくない?」


明空さんの言葉を遮って私は言う。


例えばさ、と言って私はさっき書いた紙を手に取る。


「この計算って本当に客観的?」

「数字は正しいと思うよ?」

「数字って本当に客観的なの?」

「というと?」

「数字ってさ、あくまでも『ものさし』じゃん」


そういいながら私は紙にリンゴを2個書いた。


「これってリンゴ2個って言うよね?」

「見たまんまだと」

「でも、2個のリンゴを半分に切ったものだったら?」

「4個、かな」


素直に明空さんは応える。


「じゃあリンゴがもし1つ腐ってたら?」

「2つのリンゴがあるけど、1つは腐っている、っていうかも」

「そこが重要なんだよ!」


少し大きめの声で私は言った。


明空さんの話し方に若干影響されてきている。


「数字にするといかにも客観的な感じがするけど、どうやって客観的に直すかという判断は主観的なんじゃないかってこと」

「それで?」


明空さんは話を促す。


「現実という完全に客観的な空間はそもそも存在しないはず」

「なるほどね」

「そして、男性向けラブコメを吉川くんたちが離れるのであれば、少女漫画の世界で捉え直せばいい」

「…」


明空さんは黙っている。


「ヒーローが別の女の子を見て恋に落ちるくらいは当たり前だし、その方が面白い」

「強かだね」


そういう作品も好きだから。


「そもそも私のメインヒーローはイマジナリー彼氏、となると問題は物語の途中に出てくる吉川くんがヒーローっぽくないことだけ」

「じゃあ文化祭で吉川くんが秋谷さんと回ることは何とも思わない?」

「何とも思わなくはないけど、気になる人が他の女の子と2人でこそこそするっていうのは、少女漫画だとあるあるだし」


主人公が彼に思いを募らせる大事な時間だよ、と付け加えた。


「すごいね、深山さんは」


明空さんがこちらを見て呟く。


「少女漫画の主人公って打たれ強いんだよ」

「そういうことね」


明空さんは笑って言った。



図書室から出る。

私は少女漫画を借りることにした。



出店回らなかったけど、結構楽しめたね、と明空さんは言う。

Q&Aしてただけじゃない?


そういえば夜野さんはどこに行った?


スマホで確認しようかな、と思っていたら、明空さんに肩を叩かれた。


「なに?」


静かにするようにいわれてから、明空さんの後について行く。


階段を上ると、吉川くんと秋谷さんの声がする。

階段で何してるの?


耳を澄ませると、話声が聞こえてきた。



「その人自身じゃなくってその人のことを好きな自分が好きなだけなのかも、って思ったら好きになれなくって」


文化祭の日にそんな重い話する?


「もし自分のことが嫌いになったら、その人のことも好きじゃなくなるかも、って思ったら…」


かなり真剣な声で吉川くんが話している。


「吉川くんは自分のこと嫌いなの?」

「嫌い、じゃないけど…」

「私、吉川くんのことを大切に思ってるのと同じくらい、自分のことも大切に思ってるよ」

「自分のことも?」

「どんなことがあっても、自分だけは自分の味方でいて欲しいでしょ」



話を聞きながら、都合がいい展開になったことに気が付いた。


なんてご都合主義。


やっぱり私って少女漫画の主人公かも。


自信に満ち足りた表情で、私は拍手をしながら2人に近づいた。

吉川くんと秋谷さんは少し身体を離す。


…よく見たら秋谷さん、メイク崩れてるじゃん。


そんなシリアスな場面だったの?


私、明空さんと図書室で話してただけなんだけど。


「吉川くん、君に足りないのは自信だ!」


私は言い切る。

明空さんの話し方がうつってるような気がする。


「私と一緒に自分磨きをしよう!!」

「深山さんと?」


私は大きく頷いた。


「話はちゃんと聞いたよ!」


本当は最後しか聞いてないけど。


私は明空さんの方を見る。

明空さんはスマホを触っていた。


こんな時にスマホ触る?


視線に気が付いた明空さんはこちらを見て頷いた。


「吉川くんは相手のことが好きな自分が好きなだけだから本当に好きになれない、と…」


だよね、と吉川くんに確認する。


「まぁ、そうだけど…」


吉川くんは動揺しながらも肯定した。


「それは、相手のことを好きな自分を好きになれていないから!」


完全に自分から切り離された相手なんて存在しないんだよ、と付け加える。


だから、と言って私は続ける。


「自分のことが好きになれば、相手のことも好きになれるはず!」

「う、うん…」

「だから自分磨きが必要!」


秋谷さん、と私は呼びかける。

少し俯いていたが顔を上げた。


「メイクが崩れていても、こんなに可愛いなんて普通はあり得ない!」


これは相当な努力をしたはず、と付け加える。


「それに対して、吉川くんはどれだけ努力してきたの?」

「深山さん、さっきから何を…」


秋谷さんが口を挟もうとする。


「化粧ポーチもってきたけど、え…?」


夜野さんが階段を上ってこちらに来た。

秋谷さんを見て驚いている。


「とりあえず、秋谷さんはメイク直した方が良いんじゃない?」


明空さんは提案する。

話が渋滞しそうになったが、明空さんが助け船を出した。


物語みたいに、いろいろなことがきれいに進まない。

困惑している秋谷さんは上の階のお手洗いで化粧直しをしに行った。


夜野さんは付き添いで一緒に向かう。


「で、なんだったっけ?」


明空さんが話を戻す。

ここにいるのは吉川くんと私、そして明空さんだけだった。


「他の人を大事に思えるように、自分に自信をつけるところから始めよう!」


だから自分磨きなんだよ、と付け加える。


「ちょっと待ってよ」


そう言って吉川くんは腕を組んで確認し始めた。


「まず、僕には自信が足りない、と」

「うん」

「そのせいで、人のことも大切にできない」

「うん」

「だから自信を付ければ、人のことも大切にできる」

「うん」

「自分磨きをすれば自信がつく」

「わかってるじゃん」


ちゃんと理解していることに満足した。


じゃあ、と言って吉川くんは続ける。


「なんで深山さんがいきなり出てくるの?」

「なんで私が?」


努力しない少女漫画の主人公はいないでしょ、と言おうと思ったが、吉川くんがめちゃくちゃ真剣なまなざしで聞いてきた、より適切な言葉を探す。


「…どうせだったら可愛くなりたいじゃん」


秋谷さんみたいに、と呟く。


「私は秋谷さんを目標に自分磨きをするから、吉川くんも頑張って!」

「僕は何を目標に…?」

「そんなの、少女漫画のヒーローに決まってるでしょ」


目標はできるだけ高い方が良いんだよ、と付け加える。


とりあえず、私が言いたいことはすべて言った。




秋谷さんたちが帰ってきた。

すこし目が腫れているが、ほとんどいつも通り。


明空さんが簡単に説明する。


「…なるほどね」


秋谷さんは一応、納得したようだった。


「なんかごちゃごちゃしてるけど、結局、吉川くんの努力が足りないのが全部悪いってことか」

「そんな結論出しちゃう?」


軽い口調で、吉川くんは秋谷さんに応える。


さっきより空気が軽くなった。


「まずは、努力で誠意を見せてからどうするか考えるべきだよ!」

「僕、そんな不誠実だった?」

「当たり前でしょ」


秋谷さんは断言する。


項垂れる吉川くん。


「吉川くんの目標はコレにしようよ!」


そう言って借りた少女漫画のページを吉川くんに見せる。

吉川くんに少し似ているヒーロー。


「属性的に近いから、目標としてちょうどいいはず!」

「…ちょっと借りても良い?」


吉川くんに本を渡す。


秋谷さんが吉川君に近づいて耳打ちをする。

吉川くんは少し困惑した表情だった。




6時間目を終えるチャイムが鳴る。

文化祭を終える合図でもあった。



「後片付け、そろそろ始まるんじゃない?」


後片付けは全員参加だったので、出店の場所に向かう必要があった。


「とりあえず、そっちに向かおうか」


教室のある校舎へと歩き始めた。


「夜野さんはずっと何してたの?」


私は尋ねる。


「渡り廊下でぼーっとしてた」

「2時間も?」

「まぁ、偶に出店に行ったりはしたけど、ほとんど動いてないかな」


一番文化祭を楽しんだのは夜野さんかも。



後ろでは秋谷さんと吉川くんが小さい声で話していたが、私には聞き取れなかった。


「いきなり明空さんから連絡が来てびっくりしたんだけど」


化粧ポーチ持ってきてって、と夜野さんが明空さんに話しかける。


「前に一緒に帰ったときに、連絡を取れるようにしててよかったよ!」


明空さんは笑顔で応える。


「え、明空さん、夜野さんと一緒に帰ったことあるの?」

「一回だけね」


その話をしつつ、私たちと秋谷さんたちのクラスの別れるところまで来た。


じゃあまた来週の月曜日、1-C行くから、と秋谷さんが言って私たちは別れる。



その間、私たちは何も話さなかった。

興味はあったけど、流石に聞けない。



出店の場所に辿り着いた。


吉川くんの友だちが近寄って話を始めたので、私たちはそっと離れる。


「そういえば秋谷さんと一緒にお手洗い行ったとき、なんか話した?」


暇だったので夜野さんに話しかける。


「『ごめんね』って言われただけだったかな」


備品をまとめながら夜野さんは応える。


「来週も普通だったらいいね」

「多分大丈夫でしょ」


珍しく肯定的な意見の夜野さんに驚く。


「なんで?」

「さっき吉川くんと秋谷さん話してたじゃん」

「全然聞こえなかったんだけど」


なんて言ってた? と私は話を催促する。

夜野さんは上を眺めてから、「やっぱ聞こえなかったかも」と言って作業を続けた。


この状態で話を逸らされることってある?




後片付けも終わり、私たちは自由解散となった。


教室に荷物を取りに行く途中、渡り廊下にいる秋谷さんと目が合う。


普段なら会釈するだけで終わりだけど、今日のことがあったので思い切って声をかけることにした。


「珍しいね、秋谷さん」


渡り廊下に立ってどうしたの?と話しかける。


「ちょっと深山さんに話をしようかなと思って」

「私に?」


そう聞くと、秋谷さんは頷いた。


「ありがとね、助かったよ」


そう言って頭を下げる。


何が、とは聞かなかった。


「めちゃくちゃいいタイミングで入ってきてくれたおかげで、深刻な感じにならないで済んだから」


深刻な感じになりそうだったの?

都合のいい話をしているな、って思っただけなんだけど。


まぁ、感謝はありがたく受け取っておく。


「私の目標は秋谷さんだからね!」


本当は吉川くんと何を話していたの、と聞きたかったけど秋谷さん泣いてたしなぁ。


流石に聞けないよね。


当たり障りのないことを言った。

秋谷さんは軽く笑う。


「来週も教室に来てくれる?」

「うん」


そのときはよろしくね、と秋谷さんは笑って言った。


「そういえば秋谷さんってメイクどうやってるの?」

「あー、私もそんなにうまくないから説明するのは難しいんだけど…」


秋谷さんが参考にしたメイク動画のリンクを送ってもらい、分からなかったら聞いてよ、と言われた。


「じゃあまた来週!」


そう言って私たちは別れた。




少し前、片付けに向かった後。



「ちゃんと自分がしたいことできた?」


明空さんは私に声をかける。


「まぁ、言いたいことは全部言ったって感じかな」


ずっとそばにいてよ、なんて口にするとは思わなかったけど。


そっかそっか、と言って明空さんは私の背中に触れる。


「あとで深山さんに感謝してね」

「そのつもりだった」

「深山さんってすごいんだよ?」


やけに深山さんのことを持ち上げる。


そういえば午後から明空さんは深山さんと一緒だったっけ。


「なんですごいの?」


興味本位で尋ねる。


まだ1-Cは片付け中。

深山さんを待つために、私は明空さんと話を続けた。


「だって深山さん、少女漫画の主人公なんだよ」

「本人が言ってるね」

「深山さんは『本物の物語』の主人公なんだよ!」

「本当に、ねぇ」


本物と偽物って見分けられるものなの?


ところで、と言って明空さんは話を変える。


「吉川くんはどうだった?」

「吉川くんねぇ…」


こういうのって他の人に言っても良いものなのかな。

でもこの機会を作ってくれたのは明空さんだし。


「ちゃんと頑張るって」


主語は伏せたうえで説明する。


廊下で話したことを振り返る。





階段から移動するとき。



「秋谷さん」


小さな声で吉川くんは私の名前を呼ぶ。


「…なに?」

「さっき耳打ちしたじゃん、あれってどういう…」


私は吉川くんに、「目標をちゃんとはっきりさせなよ」と耳打ちした。


そのまんまなんだけど。


「もし頑張るんだったら、」


そう言って私は吉川君に近づく。


「私の好きな吉川くんになって」


そう言ってすぐに離れる。

多分前の人たちには聞こえていない。


「来週からちゃんと覚悟しておいてね?」

「何を?」

「話すときの視線、声のトーン、間の開け方、体の向きとか」

「結構大変だ」

「そういうの意識して、私はいつも吉川くんに話しかけてるよ?」


階段にいるときは完全に素だったけど。


「じゃあ頑張らないとなぁ…」


そう言って下を見つめる吉川くん。


でも、と言って私は再び吉川くんに耳打ちをする。




「今の吉川くんのことも好きだから」




そこはちゃんと忘れないでね、と言って話を切り上げる。



初めて吉川くんに好きと言った。

めちゃくちゃ恥ずかしい。


吉川くんたちと別れるまでは、視線を合わせずに黙って歩いた。






「じゃあ経過観察中、って感じかな?」


明空さんは軽い感じで尋ねた。


まぁ本人は頑張ると言ってたし、もし間違えたらその時は一緒に元に戻せばいいかな、くらいに考えている。


ずっと正解を出すことはできないし、人はすぐに変わらない。


「そうだね」


私が頷くと、じゃあまた来週、と言って明空さんは帰っていった。



今回の文化祭は本当に色々あった。



「そういえば、文化祭っぽいことほとんどしなかったなぁ」


ぼつりと呟く。


来年はちゃんと参加しようかな。

学校行事ってあんまり好きじゃないんだけど。


「あ、後片付け終わったっぽい」


1-Cの生徒たちが教室に戻っていくのを見ながら、渡り廊下に出て深山さんが来るのを待った。


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