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第49話 秋谷さんのモデルは、その作品でちゃんと大人になれたのかなって思って!

「読書の秋って言うでしょ?」

「うん」


明空さんに応える。


「実際さ、地球温暖化の影響だと思うんだけど、秋ってあっても1週間とかじゃない?」

「秋は1年の4分の1の長さはないってこと?」


そうそう、と明空さんは頷きながら陳列されている商品を眺める。


私は買い物カートを押していた。


「だからさ、読書の秋って実は読書をしたくない人の言い訳なんじゃないかと思うんだよね」


あ、これかな?と言って明空さんは商品に手を伸ばした。



学校帰りのディスカウントストア。



私と明空さんは文化祭の準備のための買い出しに来ていた。

2人くらいの方が効率良いから、と言って明空さんについてきてもらっている。


「それなら、読書の季節を変えた方が良いかな?」

「私は言い訳する人がいるな、くらいしか思ってないし」


どうでもいいかな、と明空さんはビニール手袋をカートの中に入れた。


「読書の秋だって言って本当に読書する人にとっては、その考えは不本意だろうね」


で、あと何を買うんだっけ?と明空さんは聞いてきた。


スマホを操作して、買うべき商品を読み上げる。


「フランクフルトって結構必要なもの多いんだね」

「準備がちょっと面倒くさいから」

「でも、当日は何もしなくていいって結構いいよね」


そうだね、と頷いた。


私たちのクラスの文化祭出店は、どの工程かに参加すればOKという方針。

部活動をしている人たちは買い出しの時間が取れないので、買い出しに参加する生徒は比較的少ない。


「当日はどうするの?」

「まぁ、普通に文化祭回るかな」

「普通に、ね…」


意味深な呟きをした。


「…明空さんはどうなの?」


さらに踏み込んだことを聞かれる前に質問を返す。


「まぁ私も似たようなものかな」


特にすることもないし、と付け加えた。


私と明空さんが教室で話すことはそこまで多くない。

仲の良い女の子たちの中で明空さんは自分から話そうとはしないから。


第一印象は可愛いけど何を考えているか良く分からない子だった。


「そういえば1-Cはたこ焼きって言ってたね」

「らしいね」


とりあえず頷く。


「秋谷さんは、1-Cの店に行く?」

「今のところは行くつもりだけど」

「じゃあ一緒に行く?」

「いいよ」


基本的に明空さんの「一緒」は他の子も一緒という意味だ。

2人で行動することはそこまで多くない。


「そのあとはどうするの?」

「そのあとってどの後のこと?」

「1-Cに行った後」

「まぁ友達と一緒に回るかな」


正直に応える。


「その友達って1-Cの人たち?」

「まだ声はかけてないけどね」


曖昧に応える。


本当は1-Cの人たちと一緒が良いけど、自分たちのクラスの子たちを完全に無視するわけにもいかない。


午後から1-Cの人たちと回れたらいいな、とは考えていた。


「吉川くんはどうなの?」

「吉川くん?」


またその話か、と私は肩を竦める。


「吉川くんにも何の話もしていないかな」


事実だけ伝えた。


私には私の友達がいるように、吉川くんには吉川くんの友達がいる。


無理に誘うつもりはない。

明空さんはそっか、と呟いて買うべき商品を手に取る。


しばらくは無言のまま、私たちは買い物を続けた。


「これで全部かな?」

「ちょっと確認するから待って…」


私は買い物リストを開き、ちゃんと指定された商品と個数があるか指さし確認した。


よし、大丈夫そうだな。


「うん、ちゃんと揃っているからレジ行こうか」

「オッケー」


軽い調子で明空さんは応えた。



精算を済ませてから、私たちは店を出た。


学校から300メートルくらい離れたところだったので、レジ袋を運ぶのはそこまで苦ではない。

買った商品も軽いものがほとんどだし。


まだ時刻は5時半。


でもあたりはちょっと暗くなっていた。


「中学校の頃の文化祭ってどうだった?」


何気なく明空さんに尋ねる。


「演劇したよ」

「何の劇?」


明空さんは簡単に説明した。


中学校が舞台の真面目な現代作品だった。

アニメ化もしている。


「それ、私も読んだことあるよ」

「意外だね」

「中学校の頃に吉川くんに教えてもらって…」

「ふーん?」


明空さんは興味ありげにこちらを見る。

余計なことを言ったかも。


「そういえば秋谷さんって吉川くんと同じ中学校だったよね」

「…まぁそうだけど」


少し歯切れ悪く私は応える。

別に隠すことはないんだけど、明空さんに聞かれるとどうしても身構えてしまう。


レジ袋の持つ手に力が籠る。


「中学校のときから仲が良かったの?」

「話していくうちに徐々に、って感じかな」


言葉を選びながら明空さんに言う。


おかしなところはない。


「徐々に話していくうちに仲良くなるってことあり得るの?」

「そうはいっても、仲良くなったしなぁ」


顔を合わせずに応える。


別に私が最初から吉川くんのことが好きだった、というわけではないし。

本当にいつの間にか仲良くなっていた。


「それってさ、吉川くんに理由があるんじゃないの?」

「吉川くんに?」


私は聞き返した。


ぱっと見、吉川くんは普通の生徒だけど。

とてもかっこいいというわけではない。

かといって性格がめちゃくちゃいいというわけでもない。


むしろひねくれているほう。


「吉川くんってそんなに印象に残る人じゃないでしょ?だから吉川くんに理由があるって言われても」

「じゃあ、なんで秋谷さんはそんな吉川くんと仲が良いの?」


他の男の子とは距離を取るのにさ、と私の言葉を遮って明空さんは付け加える。


どう答えればいいかな。


単に印象に残らない人だったら他の人と同じ。

私の隣にいて欲しいのは吉川くんだ。


「まあ、秋谷さんがいつの間にか仲良くなったとしてね」

「うん」


実際にその通りだ。


「いつの間にか秋谷さんが吉川くんのことを好きになっていたとする」

「そんなこと言った覚えないんだけど?」

「まぁとりあえず聞いてよ」


言葉を飲み込む。


「これが吉川くんの方に理由があるとしたら、だよ?」

「うん」



「吉川くんと仲の良い女の子は、吉川くんのことを好きになってもおかしくないんじゃないの?」



笑みを浮かべて明空さん入った。


深山さんのことだろう。


「それで?」

「秋谷さんはそんな場面に出くわしたらどうするのかなって」

「何もしないかな」

「何もしないの?」


隣を歩く明空さんは足元を眺める。


「気になる異性が他の女の子と仲良くしてるのを見て何も思わない?」

「そんなわけないでしょ」


明空さんの言葉を最後まで聞かずに応えた。


「…今が好きだから」


深山さん含め、今の関係は心地よい。

だから、深山さんが吉川くんと仲良くしていても見て見ぬふりをしている。


「じゃあ『先』は?」


明空さんは変わらない調子で尋ねる。


「先?」

「そう、先」

「先のことなんて今は分からないよ」

「じゃあ、その先は今と違っていても好きでいられる?」


足を止めて買い物袋を地面に置いた。

明空さんもそれにならって買い物袋を置く。


近くに自動販売機があったので、小銭を入れてボタンを押す。

ガタン、といつもより大きな音でペットボトルは落ちてきた。


そこまで喉は渇いていなかったが、一口喉に流し込む。


「先っていつの話をしてるの?」


ペットボトルのキャップを閉じながら私は明空さんに聞き返す。


「例えば高校を卒業した後とか」

「かなり先の話だね」


私が想定しているよりもずっと将来の話だった。


「就職するとか大学に行くとかの話でしょ?」


そんなの、その時にならないと分からないよ、と私は呟いた。


まぁそうだけど、と言って明空さんは続ける。


「秋谷さんのモデルは、その作品でちゃんと大人になれたのかなって思って!」


明空さんは笑いながら口にした。



実際、私の「モデル」は存在する。


吉川くんが中学校の頃に可愛いと言っていたヒロインの何人かを参考にした。


その子たちは高校卒業後、どうなっていたかな。

卒業して終わりだったのがほとんどだったはず。


物語に不要な部分だったからだろう。



「秋谷さんは今が好きって言ってたけどさ、『先』も好きって言える自信ある?」

「…何が言いたいの?」


一歩後ろに下がってから聞き返した。


外は少しずつ暗くなってきている。


「まぁ、暗くなる前に学校に戻ろうか」


明空さんの言葉を合図に、私たちは歩き始めた。

ペットボトルをレジ袋に入れているが、それ以上に重いような気がする。



すぐに正門までたどり着いた。


私たちは玄関で靴を履き替えてから、ゆっくり教室に向かう。


教室には誰もいなかった。


「疲れたー」

「うん」


勝ったものを袋から取り出し、使っていない棚に入れた。

それが終わって、飲み物に口を付ける。


しばらくしてから、明空さんが口を開いた。


「私、他の人のことなんてどうでもいいと思ってるんだけど」

「前もそんなこと言ってたね」


水を飲み込んでから応えた。


ゆっくりと水が体の中に落ちていくのを感じる。


「ごく限られた人間にだけは幸せになってほしいんだよ!」

「そっか」

「その限られた人物の中に、秋谷さんがいるわけ」

「それはどうも」


いきなりあなたは選ばれましたって言ってお金をだまし取られる詐欺とかじゃないといいんだけど。


「それで、明空さんはどうしたいの?」


明空さんにとって私は興味を持つ対象のひとりだということは分かったけど、それで何をしたいのかははっきりさせておきたかった。


「秋谷さんには幸せになってほしい!」

「今は幸せだけど?」

「将来も幸せになってほしい!」


間髪を入れずに応える。


「…ありがとう」


色々考えたうえで出てきたのは、感謝だった。


どういたしまして!と明空さんは応じる。


「なんでそんなに私に幸せになってほしいの?」

「その方が面白いから!」

「面白いってどういうこと?」

「物語として面白いってこと!」

「ここ、現実だけど」

「じゃあなんで秋谷さんは物語のヒロインやってるの?」


それを答えるのは難しい。


ヒロインをやってるけど、ヒロインではない。

私はヒロインっぽい普通の女の子。


私がヒロインをしているのは、元をたどれば吉川くんのためだった。


二次元の女の子しか興味がないのであれば、私がその二次元のヒロインになればいい、という単純な発想から生まれたものだ。


そこで気づいたことが、


吉川くんがいないと私はただの可愛い女の子でしかない、ということ。


「…明空さんは私に何をして欲しいの?」


机に一旦腰を下ろす。

それにならって明空さんも腰を下ろした。


「秋谷さんのして欲しいことを、ちゃんとして欲しいな!」

「それが明空さんにとって面白くなるの?」


もちろん! と頷いた。


腕を組んで考える。


今、私と明空さんの利害は一致している。

私にとっていいことが明空さんにとってもいいことらしい。

でも、私がそれをすることで他の人が悲しむことになるのは目に見えていた。


まわりまわって私がしたくないことに繋がることも。


「1つだけ約束して欲しいんだけど」

「なに?」

「明空さんって文化祭の日はずっと暇なんだよね?」

「そうだよ」


いつもの調子で応える。


「午後は1-Cの人たちと一緒に回るんだよね?」

「そのつもり」

「じゃあその時、ちゃんと皆のそばにいてあげて」

「みんなって?」

「明空さんが幸せになってほしい人たちかな」


なるほどね、と明空さんは呟いた。


「もちろんそのつもり!」


明空さんの声が教室に響く。


「じゃあその時はお願い」


また明日、と言い手を振ってから私は教室を出た。


バスが出るまであと5分。

少し急いで階段を下る。


バスに乗ってから、私はスマホを取り出した。


「本当にいいのかな…」


溜め息を零す。


スマホを持つ手は微かに震えていた。

打ち間違えながらも文章を完成させる。


何度も見直してから送信ボタンを押した。




『文化祭の午後、ふたりで回らない?』

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