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第46話 女の子は色んなことを考えてメイクするんだよ

「楠本くんって体育祭好き?」

「まぁ嫌いじゃないな」

「これから楠本くんのこと、お祭り男って呼んでいい?」

「体育祭って別に祭りって感じしねぇけど」


よっ、ミスターフェスティバル! と寺田くんも楠本くんのことをおだてる。


体育祭の開会式が終わった後、僕たちはクラスのテントに入る。



「そういえば吉川くんって徒競走だったよね?」


深山さんに話しかけられた。

どこに座ってもよかったのだが、何となく教室と同じような場所に座る。


「そうだよ」

「なんだっけ、絶対に吉川くんがサボれない種目にされたんだよね」

「クラスの中に内通者がいたせいでね」


おそらく楠本くんか寺田くんのどっちか。


「じゃあそろそろ準備しとかないとじゃない?」


多分そろそろアナウンスが流れるよ、と付け加える。


「ちなみに深山さんはどの種目に参加するんだっけ?」


話を変えようと思って尋ねた。


「私は大縄跳びだけ」

「僕もそれが良かったな」

「大縄跳びも代わりにやっていいよ?」

「徒競走は?」

「吉川くんの名前が呼ばれて私が返事してもバレないと思う?」

「集合の時点でバレそう」


じゃあさっさと行ってきなよ、と言われて僕は集合場所に向かう。


「あれ、吉川くんじゃん」

「こんにちは」


明空さんに話しかけられた。


「徒競走出る感じ?」

「そうなんですよ」

「テントから熱い視線を送るね!」

「ただでさえ暑いのに、熱い視線を送られると困りますね」

「じゃあ冷めた視線の方が良い?」

「そもそも見られたくないです」


まぁ頑張って! と言われて重い足取りで目的地に向かう。


秋谷さんとそのクラスの女の子たちとすれ違った。

目が合い、秋谷さんは軽く手を挙げる。


僕はお辞儀だけした。



選手の集合場所に到着。



体育委員らしき人に名前と順番などを確認されて、地面に腰を下ろす。


自分の番が来るまで特にすることがない。

地面の砂で手遊びして時間を潰す。


くだらないことを考えてみた。


人間は地球の表面に立っているわけだから、自転の影響も受けるはず。

中学校のとき、地球の半径は約6,400kmって習ったな。

地球が完全な球状だと仮定すると、地球の円周は…


2 × 3.14 × 6,400km = 40,192km


そしてこれが1日で1周するんだったら…


40,192 ÷ 24 = 約1,675km/h


時速約1,675kmで地球は時点しているということになる。


人間の走る速度が最高45km/hだとしても、その変化率は、


(1,675 + 45) / 1,675 = 約2.7%


つまり、どんなに頑張って走っても、この徒競走において大した差は生まれないのでは?


地面に書いた計算式を満足気に消して自分の出番を待った。



「びっくりするくらい遅かったね、吉川くん」


テントに戻り水を飲んでいると深山さんに話しかけられた。


「己の身体能力を遺憾なく発揮した結果だよ」

「じゃあビリでも後悔はないってわけだ」

「徒競走に参加したことが唯一の後悔かな」


そうかもね、と言い深山さんは笑った。


僕の出番は終わったので、穏やかな気持ちでテントで過ごすことができる。

午前の部にあるいくつかの競技を玉入れや綱引きを観戦する。


大縄跳びの時間になった。

秋谷さんと深山さんが参加しているらしいけど、どこにいるか良く分からなかった。


とりあえず、2つのクラスの様子を眺めていた。


大縄跳びが終わった。


「お疲れ」


深山さんがテントに戻ってきたので、僕は話しかけた。


「ちゃんと見てた?」

「一応見てたけど、深山さん参加してた?」


遠くて全然わからなかった、と付け加える。


「まぁ、見えてなかったんだったらいいよ」

「もしかして何回か引っかかった?」

「吉川くんは見えてなかったんだよね?」


じゃあそういうことで、と深山さんはどこかへ行った。


午前中のプログラムが終わり、昼休憩に入る。

楠本くんたちと教室で昼ご飯を食べていた。


「お前、ビリだったな」

「空気を読まずにそこに触れるところが、逆に空気読んでるね」


おにぎりを頬張りながら、楠本くんに応える。


「ハムストリングスが発達してなくって、ストライドが伸びてないんじゃない?」


トップスピードが遅くなるらしいよ、と寺田くん。


「珍しく詳しいね」

「サッカーやってたらそういう話聞くから」


顧問の先生が言ってた、と付け加える。


「僕は他の選手が快適に走れるように、しんがりとしての役目を全うしただけだよ」

「しんがりってかっこいいな」

「ビリってそんなポジティブに言い換えられるか?」



その後は雑談をしながら昼休みの半分までの時間を潰した。



「やぁ、ワーストランナーくん」


自分の席に戻ると、深山さんたちに会うため教室に来ていた秋谷さんに話しかけられた。


隣には明空さんもいる。


「最下位って、逆から見れば一番だからベストランナーってことで」

「物は言いようだね」


秋谷さんの言葉を聞き流して、僕は腰を下ろした。


「秋谷さんはあとリレーだけ?」

「うん」

「リレーのときはちゃんと見ておこうかな」

「大縄跳びのときは見てなかったの?」

「遠くからだと全然わからなかった」

「えー、私ってかなり目立つ方だと思うんだけど?」


そういって僕を見る秋谷さん。


「何か言って欲しそうな目をしてるね」

「そんなことないよ?」

「こういうときに言って欲しい言葉は決まってるよ」

「察しの良いラブコメ主人公くんで助かるね」


じゃあ言って? と秋谷さんは促した。


「…あの、すみません秋谷さん」


僕が応える直前、クラスの男子生徒たちに秋谷さんが話しかけられた。

前に秋谷さんのことを可愛いと言っていた人たちだ。


「…なんですか?」

「一緒に写真を撮ってもらっても…」


男の子たちはおずおずと秋谷さんにお願いした。


僕たちを見て「まぁ、いいけど…」と言って秋谷さんは廊下に出る。

こちらから見える場所で写真を撮っていた。


「どうしたの吉川くん?」

「どうしたって?」

「なんか変な顔してるけど」

「僕が?」

「うん」

「深山さんはどうなの?」

「私は普通だけど」


深山さんも変な表情してるって、という言葉を飲み込んで秋谷さんたちの様子を眺める。


他のクラスの人もわらわらと集まっていた。

写真撮影が終わると、他の生徒に声を掛けられて再び写真に写る秋谷さん。


昼休憩も終わりそうだったので自分のテントに戻ることにした。




「やあやあワーストランナーことラブコメ主人公くん」

「…なんですか?」


階段で明空さんに話しかけられた。

後ろを振り返って明空さんに尋ねる。


「テントに行くんでしょ?」

「そうですけど」

「じゃあ吉川くんについて行こうかな」

「まぁお好きに…」


玄関で靴を履き替える。


「吉川くんさ、今、秋谷さんのこと考えてるでしょ」

「…断言しますね」

「私の勘って的中率100%だから」


めっちゃ暑いね、と言いながら明空さんは日差しを手で遮る。


「それがどうしたんですか?」


ペットボトルを明空さんがいる方に持ち替えた。


「察しの良いラブコメ主人公くんなら、私が何を言いたいか分かるんじゃないかな?」

「ちゃんと名前で呼んでくれたら、何が言いたいか分かるような気がしますけど」


そういう感じね、と明空さんは言ってから続ける。


「じゃあ吉川くんは、秋谷さんがめちゃくちゃモテてることは知ってるでしょ?」

「噂はかねがね」

「『噂はかねがね』って本人に直接言う表現な気もするけど。で、吉川くんはさっきの見てどう思った?」

「どう思ったか?」

「うん」

「ここで何とも思わなかったって言う方がラブコメ主人公っぽいですか?」

「鈍感くんだったらね」


それを言うのがラブコメ主人公っぽくないけど、と軽く付け加える。


なるべく顔は見ないように話す。


「秋谷さんって他の人と距離とるから、こういうイベントのときに話しかけられるんだよね」


普段は話せないけど、こういう時なら行けるかもって男の子たちは思うんだろうね、と明空さん。


はぁ、と曖昧な相槌を打った。


「しかも今日は気合ばっちりのメイクをしてるわけだ」

「そうですね」


おそらく、秋谷さんはそのことを僕に言って欲しかったはず。


「あのメイク、だいぶ早起きしてやってるよ?」


ぱっと見でも本気度が伝わってくるくらい、と付け加える。


「それって誰のためだと思う?」

「誰のため?」

「うん」

「ラブコメだったら…」

「ちょっと待って、ラブコメ主人公くん」


足を止める。


「ちゃんと吉川って呼んでくださいよ」

「まぁそれはいいとして、『もしラブコメだったら』って言ったよね?」

「言いましたけど」

「もしラブコメじゃなかったらどう思うのかな?」


他の生徒が徐々にグラウンドに向かうなか無言で向き合う。


「質問は誰のために、でしたよね」

「そうだよ」

「…普通に考えれば、好きな人、とかの為じゃないですか?」


言葉に詰まりながら応える。


あはは、と笑って明空さんは歩き始めた。

僕もついて行く。


「半分正解って感じかな」

「半分は間違い?」

「うん」

「模範解答教えてもらえます?」

「本人に聞いてみれば?」


明空さんは腕を後ろで交差させる。



グラウンドに着いた。


「女の子が朝早くからメイクする理由は、みんな可愛い自分が大好きだからだよ」


明空さんが口にした。


「自分のため、ですか?」

「そう」


ラブコメ主人公くんでも理解できるように説明してあげよう、と言って人が少ない場所に連れていかれた。


「大体、女の子がメイクを始めるのが高校生からなんだよね」


中学生でもメイクしてる子はいるけど、先生に注意されたりするからここでは除くね、と説明する。


「で、一日のメイクに関わる時間は大体30分から60分くらいかな?」


つまり少なくとも1日30分くらい、女の子はメイクに時間を費やしているわけ、と補足する。


「それで、女性の健康寿命が75歳くらいだとすると、大体60年間はほぼ毎日、メイクに時間を使うことになるでしょ?」


ものすごく単純化してるけど、言いたいことは分かるよね?と尋ねられる。

とりあえず頷いた。


「そうなると、女の子が一生涯でメイクに費やす時間は…」


明空さんはスマホで計算をし始めた。



30分 × 365日 ×60年 = 657,000分(=10,950時間)


10,950時間 ÷ 8,760時間(1年) = 1.25年



「少なくとも、1年以上はメイクに時間を使っているということ」


明空さんはこちらにスマホを見せて言った。


「…それで、何が言いたいんですか?」


そろそろテントに戻らないといけないので、少し急いで尋ねる。


「女の子が1年間も長い間メイクをするのは、外的な要因で説明するのは単純すぎるってことだよ」

「外的な、要因」


引っ掛かった言葉だけを口にする。


「気になってる人がいるからとか周りがそうしてるからとかじゃなくって、自分が可愛くなりたいから、面倒くさいと思いながらもメイクをしてるってこと」

「自分のためですか…」


確かにモチベーションは外的なものより内的なものの方が良さそう。


「私がさっきなんで秋谷さんがメイクに気合を入れてるかって聞いて、吉川くんの答えに半分正解だって言ったよね?」

「言われました」

「秋谷さんは他の人よりも明らかにメイクに時間使っているよね?」

「本人がそう言ってたんですか?」


私の勘がそう囁いてるから、と明空さん。


「つまり、あの子は自分の貴重な寿命を他の人以上に削ってメイクしてるってわけ」

「…」

「で、それが完全に自分のためだったら勝手にすれば? で済むんだけど、」

「冷淡ですね」


僕は応えた。


そんなものでしょ、と言って明空さんは続ける。


「じゃあもし、それが特定にひとりのためだったら?」


そういって僕の目を見てきた。


「そういう描写、君が読んでるラブコメにあった? 主人公の周りにはたくさん可愛いヒロインがいるけど、その子たちが主人公に対してどんな感情を抱きながらメイクしてるか考えたことある?」

「…ないですね」


正直に応えた。


「女の子は色んなことを考えてメイクするんだよ」


メイクが上手な人の動画を見たり、SNSで新作のコスメをチェックしたりね、と付け加える。


「主人公に会って可愛いねって言われたら飛び跳ねたくなるくらい嬉しいし、何も言ってくれなかったら、気づいたけど言ってくれなかったのか、それとも本当に気づかなかったのか、夜中に考えが堂々巡りになることもある」

「…」


「そこで質問!」


明空さんは話を変えるように切り出した。


「女の子の事情を知ったラブコメ主人公くんはヒロインちゃんにあったとき、どういう行動をとることが適切でしょうか?」


午後の部の体育祭が開始を知らせるチャイムが鳴る。

僕が答える前に明空さんはテントに行ってしまった。


「困ったなぁ…」


溜め息を吐いて呟いたその声は遠くから聞こえる喧騒に飲み込まれた。




「あれ、吉川くん先に教室出なかった?」

「ちょっと用事があって」


深山さんに応える。


「…どうしたの吉川くん?」


僕が深山さんの顔を眺めていたことに気づいたのか、深山さんが尋ねる。


「深山さんってさ、今日はいつもよりメイクに時間使った?」

「え、いきなりどうしたの?」


周囲を確認してから、少し小さな声で聞き返される。

僕たちはテントの最後方にいたので、手前の生徒には気づかれてないはず。


「いつもより時間かけた?」

「真面目な顔して、そんなこと聞くんだ…」


まぁ、いつもよりは? と恥ずかしそうに髪に触れながら応えた。


「もし、僕が少女漫画のヒーローだったら、どう応えるべきかな?」

「本当にどうしたの?」

「興味本位だから、そんなに真剣に考えなくていいよ」


そういうと、深山さんは腕を組んで考え始めた。


「ヒーローのタイプによって変わるね」


王道だったら「今日、めっちゃ可愛いね!」で、クール系だったら目を逸らしながら「…悪くないじゃん」で、俺様系だったら「他のヤツにお前の姿、見せたくない」みたいな感じになるかな、と言って例を挙げる。


「もし深山さんだったら、どんなこと言って欲しいの?」

「…それって吉川くんに?」

「ヒーローに」


誤解を与えないようはっきり言った。


しばらく考えてから深山さんが続ける。


「…私だけの言葉が欲しいかな」

「深山さんにだけ?」


うん、と深山さんは応える。


「可愛いね、って言われるのももちろんうれしいけど、他の子にもそういうの言ってるんじゃないの? って邪推しちゃうんだよね」


だからちゃんと私を見て、私にしか言わないような言葉が一番嬉しいかも、と言葉を選びながら言った。


「で、なんでそんなこと聞いたの?」


深山さんがこちらの顔を覗き込んでくる。

いつもより距離が近い。


「ラブコメ主人公として時代のニーズを先取りしようかな、と思って」


冗談っぽく誤魔化す。


「女の子が欲しい言葉とかって昔からそんなに変わってないと思うよ」


ちゃんと相手のことを考えて、言って欲しいことをまっすぐ言えば、ちゃんとわかってくれるものだからね、と言って笑った。


じゃあ、と言って深山さんは続ける。


「まずは私を褒めるところから始めてみようか」

「ここで?」

「あとででもいいよ?」

「あとではちょっと…」

「じゃあ今お願い」


そういって、深山さんは少しだけ、椅子を僕の方向に動かす。


こちらをちらちら見てくる。


「あ、もう言っていい感じ?」

「それ、普通聞く?」


もう一回やり直しね、と言って、椅子をさらに近づける。


「深山さん、めっちゃ可愛いよ」


他の人に聞こえないように小声で呟いた。


「…まぁ、いつもの吉川だったら合格だね」

「いつもの僕?」


どんな時でも合格になりたいんだけど、と呟いた。


「…珍しくストイックじゃん」


じゃあもう一回、と言って深山さんは更に椅子を寄せた。


めちゃくちゃ距離が近い。


椅子から立ちあがり深山さんの目の前に膝をつく。


「…何?」


できるだけ小さな声で耳打ちした。


「いつもメイク頑張ってて偉いね。今日もめちゃくちゃ可愛いよ」

「!!」


深山さんは立ち上がってテントから出て行く。

しばらくしてから深山さんが戻ってきた。


「どうだった?」

「何が?」

「何がって、さっきのだけど?」

「さっき?」


吉川くん何かしたっけ? と白を切る。

腕を組んだまま、深山さんは目を合わせようとしない。


「…そういうのできるんだったら、前もって教えといてよ」


ちらっと見ると、深山さんと目が合う。

僕の椅子の脚に深山さんはつまさきを軽く当てた。




体育祭の最終プログラムのリレーまで来た。


「そういえば、リレーとかだとヒロインが主人公の名前を呼んで応援するシーンとかあるな」

「少女漫画とかでも見たことあるかも」


元に戻った深山さんが応える。


男性向けラブコメなら、学校で人気者のヒロインが平凡な主人公の名前を呼んで、周囲が驚くみたいなカタルシス。


残念ながら、僕は呼ばれる方じゃなくて呼ぶ方だったみたいだ。


「徒競走のとき、応援してくれた?」

「ちゃんとしたよ?」

「名前読んでくれた?」

「吉川くん頑張れー、っていうのはちょっと恥ずかしかったから、K頑張れーって言ったよ」


なるべくKが聞こえないように、と深山さんが付け加える。

イニシャルで呼ばれても、応援されている方は分からないよ?


話しているうちにスタートを知らせる音が鳴り響く。


グラウンドの中に秋谷さんがいるのを見つけた。

経っている場所から、僕たちがいるテントの目の前を通過するはず。


リレーも後半戦、徐々に観戦している方のテンションも上がってくる。


僕はテントから少しずれた場所に立った。

ここなら、ちゃんとテントの最前列と同じように声が聞こえるはずだ。


日差しが強い。


ちゃんと日焼け止め塗っておけばよかったな。


「日焼け止め塗ってないと、明日地獄だよ?」


深山さんがいつの間にか横にいた。

影があるところで観戦している。


「今、日焼け止め持ってる?」

「あるけど、あっちだよ」


そういってさっきまでいた椅子の方向を指さす。


「じゃあいいかな」


僕はリレーから目を離さないようにした。


ついに秋谷さんにバトンが渡る。

バトンを受け取り、目の前の3人をあっという間に抜いた。


中学校の頃は運動が嫌いだったはず。

今も嫌いなのかもしれないけど努力したのだろうか。


ちょうど僕たちのテントを通過しようとする。


同じクラスの人は当然だが自分たちのクラスを応援していた。

秋谷さんが最接近したタイミングで、聞こえるかどうかの声の大きさ言った。


「秋谷さん、頑張れ」


同じクラスの声援にかき消されたかもしれないが、ちゃんと名前を呼んで応援した。


「珍しいね、スポーツ嫌いの吉川くんがやけに積極的だ」

「スポーツは嫌いだけど、ちゃんと頑張ってる人は応援したくってね」


そう応えてから、僕はペットボトルの水を口に含んだ。




体育祭も終わり、その後は自由解散となった。

汗拭きシートで身体の汗を処理してから、秋谷さんがいる教室に向かう。


秋谷さんはクラスの女の子と会話をしていた。


どうしようか悩んでいると、明空さんがこちらに気が付いて近寄ってきた。


「やぁ、ラブコメ主人公くん」


うちのクラスに何か用? と尋ねられる。


「秋谷さんにちょっと」

「秋谷さんは今クラスの子と話してて忙しいよ?」


そういって明空さんは彼女がいる方を指さす。


「それなら話終わるまで待ちます」


帰りがバスなら話すタイミングはあるだろうし。


「へぇ…」


明空さんは曖昧な返事をする。


「主人公くんの時間を奪うわけにはいかないからね」


物語の進行に影響が出るとよくないし、と明空さんは言い、


「私が秋谷さんを連れてきてあげよう」


何があったかはちゃんと教えてね、と付け加えて明空さんは秋谷さんたちの場所に近づいていった。


明空さんが秋谷さんに耳打ちをすると、秋谷さんは僕のほうを見た。


とりあえず軽く手を挙げる。

明空さんが時計を指さしてから、秋谷さんが慌てて鞄を持ってこちらに近づいてきた。


「じゃあ行こっか、吉川くん」


いつもの調子で秋谷さんは言う。

階段を下り、バス停まで来た。


「中学校あたりのファミレスで良い?」

「明空さんになんて言われたの?」

「え、『吉川くんが私と寄り道したいらしい』って」


あってるよね? と僕に確認する。

明空さんにそんなこと言った覚えないんだけど。


でも僕は頷いた。



バスに乗り込む。


「夏休み以来だね、一緒にバスに乗るの」


後方の座席に座り、秋谷さんが呟いた。

隣から清涼感のある匂いがする。


そういえば、と言って秋谷さんが続ける。


「今日のリレーのとき、ちゃんと応援してくれてたね」

「気づいた?」

「もちろん」


1-Cのテントを見たらちょっとずれた場所に吉川くんが立ってるの見えて、何してるんだろうって思ったからさ、と秋谷さんが付け加えた。


秋谷さんも気づいているとは思わなかった。

目も合わなかったし。


「走ってるときさ、『秋谷さん、頑張れ』って応援してたでしょ?」

「そんなに聞こえるものなの?」

「自分の名前はちゃんと聞こえるものなんだよ」


カクテルパーティ効果ってヤツ、と補足する。


「吉川くんが、最前列まで近づいて私を応援してくれるってどういう風の吹き回し?」


そういって秋谷さんは僕の顔を覗き込んだ。

いつもだったら軽口を叩けるけど、頭の中は真っ白だった。


「…吉川くん、体調とか大丈夫だよね?」

「体調は問題ないよ」

「なんか、いつもと違くない?」

「ちょっと違うかも」

「なんで?」


軽い感じで秋谷さんが聞いてくる。

あえてそうしてるのだろう。


「体育祭の熱気に当てられたからかな」


思いついたことを口にした。

嘘ではない。



目的地に到着。



「寄り道は校則的に禁止だけど?」

「じゃあ、一緒に校則を破ってくれる?」


尋ね返した。


「…うん」


秋谷さんがぽつりと応え、ぎこちない空気のまま店に入った。

店内のBGMが沈黙を和らげる。


「夕食もあるし軽いものだけにしようかな」


メニュー表を眺めながら、秋谷さんは呟く。

僕たちはサイドメニューを注文して、待つことになった。


お互い、スマホを見ながら相手の様子を伺う。


秋谷さんは僕が何か言い出すのを待っているはず。

しかし僕もこの場所に来たのは想定していなかったので、どうしたものか頭を悩ませていた。


すぐに料理が運ばれてくる。


秋谷さんは僕をちらっと見てから、飲み物を口に含んだ。

僕は秋谷さんの喉が動くのを眺める。


「…本当にどうしたの?」


沈黙に耐えられず、ついに秋谷さんが切り出した。


「ファミレスに来てから全然話さないじゃん」


そもそも、なんで一緒に来たのかもよくわかってないし、と付け加える。


僕もよくわかっていなかった。


「秋谷さんってさ、今日の朝何時に起きた?」

「それって今関係あること?」

「関係ある」

「…6時かな」

「本当に?」

「私が嘘言ってると思う?」

「もっと早い気がする」

「なんで?」

「勘かな」


偶然、明空さんが言っていた言葉を口にした。

少し沈黙が生まれる。


「…本当は5時」


小さな声で呟いた。


「それが何なの?」


腕を組みながら秋谷さんは更に尋ねる。


「いつもは何時に起きるの?」

「6時」


時刻だけ告げられた。


僕は天井を見て、肺の奥の空気を吐き出す。


「本当にごめんね、これまで」


そういって僕は頭を下げる。


「ちょっとマジで何なの、さっきから?」

「これまで僕が秋谷さんに迷惑かけてたのかもなと思って」

「え、私が吉川くんに迷惑?」

「うん」


頷いた。


「ごめん、ちゃんと説明してくれる?私なんかしたっけ?」


秋谷さんは取り乱し始めた。


「僕がもしかしたら、秋谷さんの邪魔になってるのかもなって」

「…」

「秋谷さんってモテるじゃん」


もし僕のせいで秋谷さんの選択肢を狭めてるんだったら、関わりすぎない方が良いのかも、と口にする。


秋谷さんは深い溜め息を吐き、再び飲み物を口にした。


「色々言いたいことはあるけど、まず質問」

「うん」

「吉川くんはどうしたいの?」

「どうしたい?」

「私から離れたいの?」

「離れたいわけじゃない」

「じゃあ離れないで」


僕をまっすぐ見つめて言った。


「じゃあ2つ目の質問」

「うん」

「もし私が可愛くなかったり、モテてなかったら、私の選択肢は狭まってなかった?」

「…」

「もし私が普通の子だったら、私はずっと良い選択をし続けられるの?」

「…わからない」

「わからないじゃないでしょ」

「でも少なくとも、今よりは、良い選択ができると思う」


言葉に詰まりながら答えた。


「その良い選択って誰が決めたの?」

「誰が?」

「それは誰から見て良い選択なのかって聞いてるんだけど」


深山さんが相手のことを考えて、ちゃんと言えば良いという言葉を思い出した。


「じゃあ最後に3つ目の質問」


そういって秋谷さんは立ち、僕の横に座った。

脚が触れ合うほどに密着し、バスの時以上に爽やかな匂いを感じる。



「私の選択肢を狭めた吉川くんはどうするべきだと思う?」



僕が口を開く前に、さらに秋谷さんは続ける。


「謝るとかじゃ済まないよ?」


私ひねくれた性格してるから、と言って秋谷さんは顔を近づける。


「で、どうした方が良いと思う? 吉川くんは?」


いつもだったら「ラブコメ主人公くんは」と冗談で言うはずのタイミングで僕の名前を呼んだ。


「責任を取るべき、かな…」

「責任?」


頭の中に浮かんだ言葉だった。


「責任ってどの責任を取ってくれるの?」

「待って、僕そんなに秋谷さんに取るべき責任があるの?」


たくさんあるよ、と言いながら秋谷さんはさっきまで座っていた席に戻る。

清涼感のある匂いがしばらく残った。


「吉川くんはさ、私が他の男の子と話をしているのを見て不安に思った?」

「…思った」


正直に頷く。


「じゃあなんで自分がそう思ったか、ちゃんと考えた?」

「…考えてないかも」

「私のことを考える前に、自分がどう思ってるかちゃんと整理したほうが良いよ」

「…」

「私のために色々考えてくれるのは嬉しいんだけどね、吉川くんの考えの中に吉川くんがいないのは良くないと思う」

「僕の考えの中に、僕がいない」


その言葉を復唱した。


「私にとって良いことでも、吉川くんにとっていいことじゃなかったら、受け入れられないな」

「でも秋谷さんにとっては、」

「ほらまたそんなこと言うじゃん。私にとっていいことは私が決めるから、吉川くんは吉川くんにとっていいことを考えてよ」


ちゃんと役割分担しよう? と言って秋谷さんは笑みを零す。


「それで、吉川くんはどうしたい?」

「…何が?」

「私が他の男の子たちと喋ってるとき」

「喋らないで欲しい、かな」

「独占欲強めじゃん」


ひっかけられた?


「まぁ冗談だよ、じゃあ最初の質問に戻るけど吉川くんは私から離れたいの?」

「離れたくない」


良い答えだね、と秋谷さんは呟いた。


「じゃあ2つ目、もし私が可愛くなかったり、モテてなかったら、私の選択肢は狭まってなかった?」

「僕から見れば、変わらないと思う」

「それはどういう意味で?」

「秋谷さんがどうであっても、僕は変わらないから」

「…私がヒロインじゃなくても?」


一呼吸おいて尋ねられた。


「ヒロインになる前から秋谷さんのこと知ってるし」


秋谷さんは秋谷さんだよ、と付け加えた。


「…了解、じゃあ最後の質問。吉川くんは私の人生を歪めた大罪人です。私にどうするべき?」

「そんな質問だった?」

「似たようなものでしょ」


で、どうするの?と秋谷さんは尋ねる。


「…責任を取って、秋谷さんのそばにいるかな」

「それで責任取ったって言えるの?」

「人生を歪めたんだったら、その歪めた方向からまっすぐ行けば問題ないでしょ」

「…」


秋谷さんは何も言わなかった。


「僕が選択肢を狭めたんだったら、その限られた選択肢の中から一番良いものを選べばいいし、それでもだめだったら、全然ダメじゃんって言って文句を言えばいいと思う」


そういう意味で責任を取るかな、と応えた。


「じゃあ、もし私が吉川くんのこと嫌いになって離れようとしたらどうするの?」

「秋谷さんが僕のことを嫌いになる、か」

「あり得ない話じゃないよね?」


秋谷さんは僕の目を見る。


「泣きながら謝る、かな」

「原始的なやり方だね」

「インターネットで、『謝罪 効果的な方法』って調べるかも」

「調べ方だけ現代?」


吉川くんらしいかも、と言って秋谷さんは笑った。


しばらく無言が続いた。

店内のBGMはさっきより心地の良いものに変わっていた。



「はぁー…結局なんでここに来たんだっけ」


ポテトをつまみながら、秋谷さんは机に伏せる。


「今日は普通に体育祭のお疲れ様会をしたってことにする?」

「間違ってないね」


僕もポテトを口にした。

少し冷めた柔らかいポテトの味がしばらく口に残った。




「来週は何曜日に来るの?」


外に出てから尋ねた。


「何曜日に来て欲しい?」

「火曜日とかにしようかな」

「月曜日を避けるところはラブコメ主人公くんだね」


笑みを零す秋谷さん。


「まぁ僕はラブコメ主人公だし」

「じゃあ私はメインヒロインとかにしようかな」

「不戦勝で勝ちヒロインだね」

「勝率100%じゃん」

「ポジティブに捉えればそうだけど」

「ネガティブに捉えれば?」

「勝率0%の負けヒロイン」

「それは困るなぁ」


秋谷さんは僕の腕に軽く触れた。


「そういえば、今日の徒競走頑張ってたね」

「昼休みのとき、ワーストランナーって言われた気がするけど」

「ジョークだって」

「結構頑張って走ったつもりだよ?」

「うん、ちゃんと頑張ってたじゃん」

「そう言ってくれたのは秋谷さんが初めてだな」

「本当に? 吉川くんの周りって優しい人いないんだねー」

「その周りに秋谷さんは入らないと?」

「だって、私だけ、なんでしょ?」


秋谷さんは『私だけ』を強調して言った。


「そうだね」


じゃあまた来週、と言って僕たちは別れた。

昼の熱気を攫う、心地よい風が通った。





「調子はどう、吉川くん?」



月曜日。


3時間目の終わり、自動販売機に向かう途中で明空さんに出会った。


「アイムファイン」

「英語の定型みたいな返しだね」


明空さんは笑う。


「秋谷さんからちょっと聞いたけど、私にも体育祭の夕方に何があったか教えてくれる?」

「明空さんのせいなのかかおかげでなのか、秋谷さんと話ができました」

「それで?」

「それで、ですか?」

「私が昼休みに言ったよね、『女の子の事情を知ったラブコメ主人公くんは、ヒロインちゃんにあったとき、どういう行動をとることが適切でしょうか?』って」


それの解答を聞いてないんだけど、と付け加える。


「ヒロインのことを考える前に、ラブコメ主人公くんがどう思ってるか整理することが大事、ですかね」

「ヒロインちゃんは何か言ってくれるのを待ってるかもしれないのに?」

「自分の気持ちすら良く分からないような人間に、相手のことを考える資格はないと思います」

「へぇ…」


そう呟いて僕のことを眺めた。


「それならラブコメ主人公くんがどう気持ちを整理するかが重要ってわけだね」

「そうなりますね」


ラブコメだったらの話ですけど、と補足した。


じゃあ今日も1-Cに行くからよろしく、と先ほどの会話はなかったかのように明空さんは教室に戻っていった。


自動販売機に辿り着き、ボタンを押す。

ごとん、と音を立ててペットボトルが落ちる。


水を飲みながら、何となく上を見上げた。


突き抜けるような青空だった。


そういえば空の青さって粒子に光が当たって見えるんじゃなかった?

ちょっと調べようかなと思ってスマホを取り出すのと同じタイミングで予鈴が鳴った。


小走りで教室まで向かった。

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