第45話 じゃあね、コサイン類似度1.0くん
約束通り、昼休みに明空さんを1-Cの教室へ連れてきた。
「あれ、吉川くんは?」
明空さんが尋ねる。
あそこ、と深山さんが指を指した。
「吉川くんはいつもクラスの男の子たちと昼ご飯を食べるからね」
一緒に食べるのは週に1回あるかどうかくらい、と説明する。
さりげなく吉川くんに会うために教室に行っているという印象を払拭したかった。
それじゃあ、と言って明空さんが続ける。
「私はいないものとして、いつも通りで過ごしてもらえる?」
「いきなり無言になるとそれはそれで気を使っちゃうって」
「じゃあ私に気を使っていつも通り過ごして!」
「それっていつも通り?」
夜野さんが初めて口を開いた。
とりあえずご飯食べよっか、と言って昼食を机の上に載せる。
「いつもはどんなこと話してるの?」
しばらく無言で食事を進めていると明空さんが切り出した。
「趣味とか?」
「良いじゃん!」
私も聞きたいな! と言って明空さんは弁当を少し横にずらす。
「じゃあ私が少女漫画のヒーローを数学的に分類しようとしている話をしようかな」
「初耳なんだけど」
いつもそんなこと話してないじゃん、と夜野さん。
「どうやって?」
明空さんは興味を持ったみたい。
「数学の先生の話を聞き流しながら、ヒーローの分類って雑だよなぁって考えてたんだよね」
俺様系、王子様系、クール系とか、と深山さんは例を挙げる。
「びっくりするくらい心ここにあらずだね」
私も似たようなものだけど。
それで? と明空さんは話を促す。
「ちらっと教科書を見たときに思いついたんだよ」
「授業中に教科書をちらっと?」
話を遮らない程度に夜野さんが呟く。
「角度を使えば、ヒーローの性格をもっと正確に分類できるはずだって!」
深山さんが大き目の声で言った。
ふと夜野さんと目が合う。
夜野さんは私を見て何かを伝えようとしている。
とりあえず微笑んだ。
溜め息を吐いて、夜野さんはスマホを取り出した。
「それで角度をどう使うの?」
例えば、と言って深山さんは引き出しからノートを取り出した。
そして深山さんはグラフを手書きで用意する。
「超シンプルな例を挙げるとこの2点があるとするじゃん」
そういって、A(1, 1), B(10, 10)の2点を書き込んだ。
「なるほどね」
ちょっと書くもの貸してくれる? と言ってシャーペンを受け取ると、明空さんはグラフに何か書き込んだ。
ノートには、原点からの角度θが付け加えられた。
「この角度でヒーローを分類するってことだね?」
「その通り!」
深山さんは嬉しそうに応える。
どんなイケメンでもこのグラフの前ではただの角度! と深山さんは付け加えた。
少女漫画の読者として、ヒーローが角度として扱われるのは納得できるものなの?
私が口をはさまなくても大丈夫そうだったけど、少しだけ参加しようかな。
「でもさ、このx軸とy軸って何なの?」
2つの要素だけで人って分類できるものかな、と付け加えた。
数学の知識が昼休みの時間に生かされるとは思わなかった。
「性格とかも2つの軸で分けるのは単純すぎる気がするよね」
そもそも思いついたの今日だから、と零す。
「二つの軸だけじゃなくていいんじゃないの?」
明空さんが切り出した。
例えばさ、と言ってノートに3次元のグラフを描く。
そして、さっきと同様にA(1, 1, 1)とB(10, 10, 10)の2点を書き込んだ。
同じく原点からの角度を記す。
「3次元のグラフなら3つの軸を取れるよね?」
「じゃあそれ以上だったら?」
それなら、と言ってグラフを描かずに座標だけ示した。
A(1, 1, 1, 1), B(10, 10, 10, 10)
「具体的なグラフのイメージはできないけど、こうすれば4次元にある点A、Bとして理解できるはず!」
これならもっと細かく分類できそう、と深山さん。
「確かにその通りだけど、どうやって角度を求めるのかな?」
私もよくわからないから調べてみよう、と明空さんは言ってスマホを取り出した。
「なんかコサイン類似度ってヤツを使うらしいよ」
高校1年生の私にはほとんど理解できなかったが、ベクトルの向きの近さを測る指標らしい。
「じゃあコサイン類似度でヒーローを分類することができそうだね!」
「あとは、ヒーローをどうやって座標として表現するかが問題になるわけか」
明空さんがそう呟いたとき、昼休みを終えるチャイムが鳴った。
「え、もう昼休み終わり?」
明空さんは残念そうな表情を見せる。
「今週は体育祭あるし、そのときの昼休みとかに話そうよ!」
「迷惑じゃない?」
「そんなことないよ!」
今日の昼休み楽しかったし! と深山さんは応える。
深山さんと明空さんは次回の約束をした。
ちゃんと仲良くなってるじゃん。
スマホをぼーっと眺めていた夜野さんの肩を叩き、教室に戻ることを知らせる。
何も言わず、夜野さんはゆったり手を振った。
「なんか楽しそうな声聞こえたけど」
自分の席に戻ってきた吉川くんが私に話しかける。
「数学を使って、ヒーローを分類できるかって話をしてたよ」
「え、数学を使って?」
私はさっきまでの話を簡単に説明した。
「何それ、めっちゃ面白そうじゃん!」
吉川くんは興味を示した。
「それを使えばラブコメヒロインも分類できそう」
「自分の興味とすぐに結び付けられるのは流石だね」
「ヒロインを角度で表現できるってかっこいいじゃん」
吉川くんもヒロインを角度にすることに対して抵抗が無いらしい。
「角度で表現するとは言っても、コサイン類似度って2つの特徴ベクトルを比較する感じらしいよ?」
「相対的にしか表現できない感じ?」
「まぁ私も詳しく知らないけど」
もし調べたら私にも教えてよ、と付け加える。
するとすぐに吉川くんはスマホでコサイン類似度を調べ始めた。
「じゃあね、コサイン類似度1.0くん」
そう呟いて私は教室から出て行った。




