第44話 とりあえず、部屋の電気消してベッドに横になってくれる?
「ニュースとかでさ、『今中高生の間で話題の』っていうフレーズあるじゃん」
「よく聞くね」
「あれ、その人気者を小馬鹿にする意図があると思うんだけど」
少子高齢化社会の中、12歳から18歳までの極めて限定された集団の中だけで人気ですよ、っていう言外の意味が、と僕は付け加える。
「じゃあ、ニュース番組を作ってる人たちは、若い世代の人にも見てもらうための苦肉の策としてその人気者を取り上げてるってこと?」
僕は頷く。
昼休みももう終わりそうだし次の授業の準備でもしようかな、と思っていると、このクラスの人ではない女の子と、さっきまで教室にいた秋谷さんが教室に入ってきた。
彼女は深山さんの隣にいた夜野さんに話しかけた。
「初めまして、明空です!」
夜野さんはどうも、と挨拶してから秋谷さんを見る。
「ごめん夜野さん、明空さんがどうしても話したいって」
秋谷さんは明空さんがなぜ来たか簡単に説明した。
「もしかして深山さん?」
明空さんはそばにいる深山さんに尋ねる。
「そうですけど…」
深山さんは距離を取った反応をした。
「ほら、いきなり話しかけたら気を使われるじゃん」
ちゃんと段階を踏まないと、と秋谷さんは明空さんにアドバイスする。
「ごめんごめん、もう一回教室入るところからやり直していいかな?」
そして彼女は一旦教室から出て行き、静かに入ってきた。
「御機嫌よう、お嬢様」
そういって、教室の床に跪く。
「本日あなたにお目にかかれましたこと、誠に光栄に存じます」
さっき秋谷さんが段階を踏まないと、って言ってたけど、10段くらい飛ばしたのが来た。
「…お会いできましたこと、わたくしも喜ばしく思います?」
深山さんが返答をする。
そういうのにも対応できるんだ。
「明空さんって、ちょっと変わってるところがあるんだけど…」
「ちょっとじゃなさそうだね」
夜野さんが間髪を入れずに応える。
それで、どうして明空さんは来たんだっけ、と深山さんは尋ねる。
「私も昼休みに1-Cに行きたいなと思って!」
明空さんは秋谷さんの方を見る。
「なんか私が楽しそうだったから、明空さんも混ざりたいんだって」
「別に普通に話してるだけだよ?」
深山さんが呟く。
「普通に話してることが羨ましい!」
「明空さんは普通に話せてないの?」
相手がどういう人かわかってくると、深山さんは徐々にいつも通りの話し方になった。
そういえば、僕が最初に深山さんに話しかけたときも距離があったな。
「私が1-Cにいるとき、そこまで気を使ってない感じだったから、それが羨ましかったんだって」
秋谷さんが補足する。
「まぁいきなり混ぜてって言われるよりはましかな」
夜野さんが応える。
「明空さんたちがいるクラスの人もいきなりだとびっくりするとおもうから、週に一回くらいだったら大丈夫じゃないかな?」
まともな提案をする深山さん。
「よかったね」
そういって秋谷さんは明空さんの肩に触れる。
じゃあ来週、秋谷さんが教室に来るときに一緒に行くから!と約束を取り付けた。
そして明空さんは僕の方を見る。
「よく秋谷さんと喋ってる」
「あっ、吉川です」
「中学校の頃に仲が良かったと」
「まぁそれなりに…」
「へぇ…」
そういって明空さんは僕を見つめる。
非常に整った顔をしていた。
それでも驚きだね、と明空さんは呟いてから続ける。
「あの秋谷さんが自分から話しかけるなんて」
「どの秋谷さんの話をしているの?」
別に普通だと思うけど、と秋谷さんは腕を組んで応える。
「実際さ、秋谷さんのことどう思ってる?」
突然、明空さんは僕に顔を近づけて聞いてきた。
「中学校の頃から仲が良い友人、ですね」
本人がそう言ってるように、と付け加えた。
明空さんの顔を見ずに小さな声で応える。
「ちなみに意味深な聞き方をしてるだけで深い意味はないから」
そういって顔を離す。
「じゃあなんでそんな聞き方したんですか?」
「普通に聞いたら面白くないでしょ」
予鈴が鳴ったので、秋谷さんと明空さんは自分たちの教室に帰っていった。
「個性的な人だったね」
「料理だと個性的は悪い意味で使われるけど?」
「じゃあ普通な人だったってことで」
「普通な人ではなかったけどね」
深山さんはそう言いながら教科書とノートを机上に置いた。
秋谷さんから連絡が来ていた。
『夜さ、ちょっと電話できる?』
「秋谷さんって吉川くんのこと好きでしょ?」
5時間目が終わったあとの休み時間、自動販売機のボタンを押しているときに明空さんが呟いた。
飲み物買いに行かない? と珍しく誘ってきたので、何か言われそうな気がしていた。
「どうしてそう思ったの?」
「勘かな」
そういいながら明空さんはペットボトルのキャップを開け、水を口に含んだ。
「これまで勘が当たったことは?」
「勘で物事を考えたことないから、実質100パーセント!」
喉が僅かに動いたのち、自信をもって言う。
「0パーセントともいえるけどね」
私は呟いた。
「で、私の勘の的中率は何パーセント?」
遠まわしな聞き方をする明空さん。
「試行回数を増やさないと、的中率は分からないんじゃない?」
「もっともだね」
「私がこの200ミリリットルを次の時間までに飲み切れるかどうかを予測するのが、最初の勘の的中率ってことにしようかな」
そういってペットボトルを少し上に持ち上げた。
「あはは、じゃあ半分当たりってことで!」
明空さんは私の考えを先回りして応えた。
「私、1-Cが良かったかも」
教室に戻りながら、明空さんが零す。
「そんなこと言ったら、クラスの人は悲しむんじゃない?」
昨日、吉川くんに言われたことをそのまま口にした。
「実際さ、クラスの人が悲しむと思う?」
「まぁ少しは?」
「そんなもんだよねー」
それでいいんだけど、と特に気にせず歩き続ける。
「私さ、別に他の人とかどうでもいいと思ってるんだけど」
「そういうのって他の子が聞いたら嫌な気持ちにならない?」
「他の子ならね」
私が明空さんのことをそれなりに理解しているように、明空さんも私のことを理解している。
「もし私が気に入った人たちがいたら、その人たちが嫌でも私の元にいて欲しいんだよ」
「嫌でも?」
「まぁ本当にイヤそうだったら諦めるけど、何も言わないんだったら好意的に捉えるね」
サイレントマジョリティってヤツ、と付け加える。
「それで?」
「私が秋谷さんだったら、逃がさないようにするね」
1-Cの何人かを、と呟く。
「逃がすも何も、私にはそういう権利ないんだけど」
「権利はなくても、努力はできるでしょ?」
そういって私を見つめる。
「明空さんはどうなの?」
「どうって?」
「もし私が明空さんなら、逃がさないようにするべき?」
「まだどんな人たちかわからないうちは判断できないかな」
でも、と彼女は続ける。
「もしあの人たちも文系だったら、同じクラスになりたいなってちょっと思うかも」
「あ、明空さんって文系だったっけ?」
「言ってなかった?」
「ごめん、初めて聞いたかも」
仲の良い同級生はみんな文系に行くようだ。
そのことを伝える。
「へぇーそれは期待だね」
「まぁどうなるか分からないけど」
文系も何クラスかあるし、と呟く。
教室が近づいてくる。
教室に入る直前、明空さんは私に尋ねてきた。
「私の勘は同じクラスになるって囁いているんだけど、その的中率は?」
そういって笑みを浮かべる。
明空さんはずるい人だ。
その質問には答えずに微笑み返し、明空さんと別れた。
「もしもし、私の声ちゃんと聞こえてる?」
「聞こえてるよ」
現在は22時。
秋谷さんから、夜に電話するという連絡があったので、1時間くらい前から待機していた。
「どうしたの?」
「今日の、なんかごめんね」
「僕は迷惑じゃなかったけど」
「夜野さんと深山さんにも謝ってるから、吉川くんにも謝っておこうかなと思って」
話を聞きながら、秋谷さんと電話したのは初めてだということを思い出した。
「明空さんのこと、どう思った?」
単刀直入に聞いてくる。
「なんかすごいなって」
「どのあたりが?」
「よくわからないけど…」
悪い人じゃなさそうだな、って思ったよと付け加えた。
「みんなそう言ってた」
それなら1-Cに来ても問題なさそうだね、と秋谷さんは呟いた。
「本人もみんなから良い印象を受けたっぽいから、今度来た時はよろしく」
そういって、秋谷さんは静かになった。
これで話は終わりなのかな?
「…そういえば吉川くん」
「なに?」
じゃあまた、と言って電話を切ろうと思っていたが、秋谷さんに話しかけられる。
「明空さんになんか聞かれてなかった?」
「聞かれたけど…」
「何を聞かれたの?」
顔が見えないからか、いつもより直接的に聞いてくる。
「それって言わないといけない感じ?」
「単純に好奇心だけど、言えないこと?」
僕は自室の天井に視線を泳がせた。
「普通のことだよ」
「普通なら言えるよね?」
いつもよりぐいぐい来る秋谷さん。
僕は素直に、明空さんに聞かれたことを復唱した。
「実際、秋谷さんのこと、どう思ってるの?って」
「へぇー…」
そこでかなり長い沈黙が生まれた。
秋谷さんが話す番だと思ったので、彼女が話始めるのを待つ。
「…それで、なんて言ったの?」
「『中学校の頃から仲の良い友人です、秋谷さんが言っているように』って答えたよ」
「なるほどね…」
再び、静寂が訪れる。
外で車が走る音が緊張を和らげてくれた。
「まぁ、吉川くんらしい回答か」
そういって秋谷さんは笑った。
「他に良い答え方あった?」
「良い答えっていうのは、立場によって変わるんじゃない?」
「秋谷さんは何個も立場を持ってるの?」
「もちろん」
いつも引っ張りだこで困っちゃうよ、と冗談っぽく付け加える。
「…ラブコメだったら寝落ち通話する、みたいなのあるけど?」
このまま話が終わりそうだと思ったとき、秋谷さんがおもむろに呟いた。
「僕に選ぶ権利があるの?」
「じゃあ、私が選んでもいい?」
「貰えるものは貰っておこうかな」
貰って困る物じゃなさそうだし。
「それでどうする?」
「秋谷さんはどうして欲しい?」
「私が言ったら、そうしてくれるの?」
「…善処します」
「それ、しない人が言うヤツだ」
政治家が言ってるの聞いたことあるかも、と秋谷さん
「もし、吉川くんが私がして欲しいことを絶対してくれるって約束してくれるんだったら言うけどねー」
「本当に約束するよ?」
「…ほんとに?」
顔が見えないことと、夜が深まってきたことで、いつものテンションだったら絶対に言わないことを言ってしまう。
それは向こうも同じかもしれないけど。
「本当に約束してくれる?」
「僕にできることだったら」
「じゃあ約束することの約束してくれない?」
「約束することの約束をします」
「…え、本当に吉川くんだよね?」
「吉川ですよ?」
「ちゃんと『吉川だよ』って言って」
「吉川だよ」
「…ごめん、ちょっとカメラつけてくれない?」
「別にいいけど…」
カメラをつけた。
「本当に吉川くんじゃん…」
「他の人が僕の代わりに話してるわけないでしょ」
「そうだけどさ…」
秋谷さんは口ごもる。
「さっき言ったこと覚えてるよね?」
「約束することの約束のこと?」
「うん。いいよ、カメラ切って」
僕はカメラを切った。
「じゃあ、いつもよりアグレッシブなラブコメ主人公くんにお願いしちゃおうかな?」
「寝落ち通話くらいなら」
明日は休日だし、と付け加える。
「寝落ち通話ってことは寝るまで話せるってことだよね?」
「話すことある?」
「ずっと黙ってるだけだったら、寝落ち通話する意味なくない?」
「正直、寝落ち通話のディテールは詳しく知らないかも」
「じゃあ私が言うことに従って?」
「一回、検索するのアリ?」
「ナシ」
私が電話切るまでスマホは操作しないでね、と言われた。
時刻は23時。
いつもの就寝時間と同じくらいだ。
「それで、何すればいいの?」
検索する手段がないのでとりあえず秋谷さんに尋ねる。
「とりあえず、部屋の電気消してベッドに横になってくれる?」
彼女の言葉に従った。
「横になったよ」
「じゃあ、私の良いところを10個くらいは言ってもらおうかな」
「それって寝落ち通話の常識なの?」
「私の知ってる寝落ち通話は100個だけど?」
十分の一まで譲歩しているということを言われると、なぜか10個は言わないとだめなのかも、という気分になってくる。
「時間はたっぷりあるから、ちゃんと10個答えてね」
いつも通りの調子で言った。
「まず1つ目は、コミュニケーション能力かな」
「理由は?」
「今日もそうだけど、明空さんが教室に入ってきたときに良い感じで補足したりしてたから」
「具体的に言うのは高評価だね」
「これも評価されるの?」
「いいから続けて?」
「じゃあ2つ目は、努力し続けてることかな」
「ほう」
「勉強とかも中学校の頃からずっと頑張ってたし、すごいなって」
「勉強は苦じゃないからね」
「僕は苦だけど」
「これから頑張ろうね!」
「…善処します」
「はいはい、で次は?」
「僕と似たような価値観ってところかな」
「それって良い意味で言ってる?」
「もちろん」
「具体的には?」
「スポーツをしたくないときに、絶対したくないですってはっきり言えるところ」
「やっぱり悪い意味じゃん」
「でもあれすごかったよ?」
中学校のころの話をする。
「先生にはっきり否定するのってなかなかできることじゃないよ」
「今の私だったらしないけどね」
恥ずかしいこと思い出しちゃったじゃん、と秋谷さんは呟いた。
そういって9個まで僕は秋谷さんの良いところを話した。
秋谷さんは茶々を入れながらも、僕の話をちゃんと聞いてくれる。
「次で10個目だっけ?」
「もう10個目?やっぱ100個とかにした方が良かった?」
「10個くらいが聞いてて気持ちよくなれると思うよ」
「じゃあ最後は何?」
「最後は…」
そういって僕は考える。
「一緒にいて心地が良いってことかな」
「続けて?」
「正直、一緒にいていつも楽しいか、と言われるとちょっと違うんだけど」
「いきなり悪口言うのやめて?」
「いや悪口じゃなくって、学校生活が楽しいかって言われると、別に楽しいわけじゃないんだよね」
「じゃあ私のせいじゃない?」
「学校のせいだね」
「よかった、それで?」
「そこまで楽しくない学校生活を、楽しくないって言えるのが心地が良いのかな」
「…へぇ、そうなんだ、ふーん」
ここで初めて、秋谷さんの言葉の切れが弱くなった。
とにかく眠い。
徐々に頭が働くなっていくのを感じている。
長い沈黙があってから、秋谷さんは続けた。
「…もし吉川くんが私のこと嫌いになっても、私から逃げていかない?」
「僕が秋谷さんのことを嫌いに?」
「うん」
「まぁ、なくはない話だよね」
「ちょっと、こっちは結構真面目だよ?」
「えー真面目?」
眠すぎて、言葉が頭の中で上手く作れない。
深く考えることなく、口から出た言葉を話す。
「秋谷さんが秋谷さんだったら、近くにいるかな」
半径10メートル以内には、と呟き寝落ちしてしまった。
翌週の月曜日の朝
「お、吉川くんじゃん」
廊下で秋谷さんとすれ違った。
「この前なんか変なこと言わなかった?」
何言ったか全然覚えてないんだけど、と付け加える。
「どこまで覚えているの?」
「7個目くらいまでは覚えてる」
「最後は?」
「全然覚えてない」
「大丈夫、変なことは何も言ってなかったよ!」
そういって秋谷さんは僕の背中をバンバン叩いた。
いつもより力が強い。
じゃあ昼休み明空さんと一緒に行くから、と秋谷さんは言って僕たちは別れた。




