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第43話 じゃあ吉川くんは、もし可愛い子がいたら告白するの?

早歩きで廊下を通る。

あと5分でバスが出るけど、急げば間に合うかも。


いつもの癖で1-Cの教室に何気なく視線を向けた。

そこには、退屈そうな表情でスマホを見ている吉川くんがひとり。


まぁ、次のバスに乗ればいいか。


お手洗いで前髪を整え、呼吸を落ち着けてから1-Cの教室の扉に手を掛ける。


「吉川くん何しているの?」


いつもの調子で話しかけ、吉川くんが座る前の席に腰を下ろす。

左の横顔が見えるような座り方をする。


これもいつも通り。


「普通に時間を潰してた」


部活動をしている友人と一緒に帰るのを待っているという。


そういえばさ、と言って吉川くんが尋ねてきた。


「秋谷さんって高校に入ってから告白されたことある?」


吉川くんが私のことを聞くのはかなり珍しい。

これまでは趣味の話はするけどパーソナルな部分は聞かない、という姿勢だった。


「どうしたのいきなり?」


私のこと、気にしてくれるの?


「最近さ、よく教室来てくれるじゃん」

「一学期は週二だったけど、二学期になってから週三になったね」

「やっぱり頻度増えてるよね、何となく気づいてたけど」

「三学期は週四にしようかな」

「じゃあ来年は週五?」


冗談を言いながら吉川くんの様子を伺う。


普通に乗ってくるんだったら、そこまで重要な話じゃないかも。

少し安心してから、「どうしてそんなこと気になるの?」と話をもとに戻す。


「秋谷さんが来てから、あの人めっちゃ可愛いよね、って話聞くからさ」

「ほう」

「察しの良い秋谷さんならこれでわかってくれると思うけど…」


そういって吉川くんは私を見る。


かなり踏み込んでくるね。

言いたいことは分かるけど、そこまで私に興味があるんだったら少しだけ泳がせてみようかな。


「いつも察しの良い秋谷さんだけど、吉川くんの言いたいことが分かんないな」


ちゃんと何が言いたいか説明してくれる? と尋ねる。


「…絶対嘘でしょ」

「何が?」


右脚を上にして脚を組み、重心を少しだけ吉川くんの方に傾ける。

十秒くらい、吉川くんが視線を彷徨わせてから小さい声で呟いた。


「非常にお美しい秋谷さんが、他の男の子に告白されてたらなんか嫌な気持ちになりそうなので、そんなことが起きていないことを願ってお尋ねしました」

「ほら、やっぱり言葉遣いに距離あるよね。こういう時さ」


言い直して、と言いたかったがさすがに可哀そうだと思いその言葉を飲み込む。


「だってさ、普通に重くない?いきなり人の恋愛のことを聞くのって」

「重いね」


断言する。


「やっぱりか…」


そういう吉川くんはいつもより小さく見えた。


「執着ゴシップくんの質問に答えるなら、」

「執着ってほどじゃないでしょ」


吉川くんは腕を組む。


「まぁ、告白されたことはないね」


そういうと吉川くんは曖昧な表情を見せた。


「安心した?」


ちゃんと正面に向き合って尋ねる。


「なんか意外だなって」

「意外って?」

「ラブコメとかだったら、ヒロインが色んな人に告白されるみたいなのあるじゃん」

「あるね」

「現実でもそういう感じなのかと思ってたけど」

「じゃあ吉川くんは、もし可愛い子がいたら告白するの?」


さりげなく踏み込んだことを聞いてみた。


「しないね」

「そんなもんだよ実際は」


少し心臓の鼓動が早くなっているのを感じながら話を続ける。


「まぁ、SNSとかで徐々に仲良くなってから告白するのが普通だから、連絡が取れない私にいきなり告白はできないって感じなんだろうね」


みんな自分が傷つくのは嫌だろうし、と付け加える。


少し間が生まれた。


おそらく吉川くんはさらに踏み込んだ質問をしていいか考えているはず。

質問されたらちゃんと答えるけど、質問されなかったら答えるつもりはない。


「…そういえば来週は体育祭だね」


吉川くんは話を変えた。


引き下がったか。

それがいつもの吉川くんなんだけど。


そうだね、と頷く。


「どの種目に出るの?」

「私はリレーと大縄跳び」


吉川くんは?と尋ねる。


「徒競走だけ」

「最低限の一種目参加か」


吉川くんっぽいね、と付け加える。


「徒競走は不参加だと名前が読み上げられても返事する人がいなくて気まずい空気になるから、サボれないってことをクラスの人に気づかれちゃってね」


クラスの人良く分かってるじゃん、と応えた。


上の階から降りてくる足音がかすかに聞こえる。


「私も1-Cが良かったな」

「それ、秋谷さんのクラスの人が知ったら悲しまない?」

「私がいなくても変わらないって」


もう昼休み時間の半分以上はクラスにいないわけだし、と付け加える。


「来年は一緒のクラスになれればいいなぁ」


そういってさりげなく吉川くんに視線を向ける。


こういうことを言うのはヒロインっぽいかな。


でも本物のヒロインなら1年生のときから同じクラスになりそう。

私は普通の女の子だからそういう補正がない。


「もしかして秋谷さんって文系?」

「結局ね」

「僕の周りはほとんど文系だよ」


吉川くんが呟く。


1年で同じクラスになれなかったとき、文系と理系のどっちでも対応できるように、全科目を良い成績に維持することを決意した。


吉川くんがどっちを選択しても、さりげなく同じところに行けるように。


中学の頃から勉強することはそこまで苦ではなかったけど、目標があるとさらに頑張れた。


実はそういうところでも吉川くんに感謝しているんだけど、それを言うのはヒロインっぽくないし今後も言うつもりはない。



教室に夕陽が静かに差し込む。



「そういえば秋谷さん、バス通だったよね」

「うん」

「時間とか大丈夫なの?」

「もう私への用事は済んだ感じ?」


あえて意地悪なことを聞いた。


「やっぱりひねくれてるね、秋谷さん」

吉川くんは笑った。


そうやって返してくれるから、吉川くんについ甘えてしまう。


普通の女の子だった私をヒロインにさせたのは吉川くん。

そして私を完璧なヒロインにさせてくれないのも吉川くん。


「中学校の頃まではまっすぐな性格だったはずなんだけど」

「そうだったね」

「じゃあなんでこんな風になっちゃったと思う?」

「僕に聞かれても…」

「ちゃんと考えといて、明日の昼休みに聞くから!」


じゃあまたね、と言って鞄を手に取り教室から出る。

吉川くんは私の真意を測りかねた様子で手を振っていた。





次の日の昼休み。


「今日も1-Cで食べてたね」

「もしかして見てた?」

「ちらっとだけど」


廊下を歩いてた時にね、と呟く。


彼女はこのクラスで最も仲の良い友人。


めちゃくちゃ可愛い。


それにしても、と続ける。


「珍しいよね、秋谷さんが自分から人に話しかけるの」


しかも男の子に、と付け加える。


「中学校の頃に仲が良かったからさ。そもそも、私が会いに行ってるのはあのクラスの女の子だからね」


誤解なきよう、と冗談っぽく言った。


「いや、それでも普通に羨ましいよ」


彼女は周りを一旦確認してから小さい声で言った。


「気を使わないで話せる人がいるの」

「色々大変だからね」


軽く肯定する。


私たちの沈黙は、昼休みの喧騒にかき消される。



「私も1-Cに行っていい?」


唐突に彼女は切り出した。


「いきなり来たら、みんなが気を使うんじゃない?」


私は許可する立場じゃないような気もするけど。


じゃあさ、と彼女は続ける。


「昼休み時間、さりげなく1-Cのクラスの人たちの視界に入るようにして、無意識のうちに私の存在を刷り込むっていうのはどう?」

「サブリミナル?」

「初めて会ったはずなのに、なぜか見覚えが、ってならない?」

「そこまでするんだったら、私が聞いてみるけど」


「昼休みに1-Cに行きたいって子がいるんだけど大丈夫かな?」と夜野さんに尋ねた。


『秋谷さんと同じクラスの人?』

『うん』

『別に私が決めることじゃないけど…』

『一応確認しておこうと思って』

『誰?』

『明空 (みょうく) さん』

『名前は知ってるけど、どんな人?』

『深山さんに似てる感じかな』

『ダブル深山はきついかも』


「だめそう?」


明空さんが尋ねる。


「うーん、明空さんの名前は知ってるけど、話したことないから何とも言えない、って感じかな…」


深山さんに似ているから、ということは触れなかった。

なんか悪い意味で使ってるっぽいし。


「話したことないんだったら、今から話せば大丈夫?」


ちょっと今から1-Cに行くからついてきて!と言われた。

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